第79話 来年の飛躍に向けた準備

「私のウェディングドレスをデザインしてくれないか」

「別にいいですけど、王室御用達職人の方々はいいんですか」


 エリザベートさんの婚儀の日取りが決まり、これから色々な準備を進めるので忙しくなるという話のついでに、ウェディングドレスのデザインを依頼されてしまったわ。依頼内容としては、スポーン王家に負けないようにとか。それって、頭のてっぺんから爪先つまさきまで錬金術でフルコーディネートしろってことじゃないの。そういうわけで、王室御用達職人や女官との協業で、総力を上げて取り組むことになったわ。

 まあ、エリザベートさんはセリーヌ姫より豪奢なデザインが似合うから問題ないでしょう。


「一応、白を基調としたデザインを考えていますが何か要望はありますか」

「む?なぜ白なんだ」


 それは・・・言いにくいわね。ほら、『あなた色に染まります』とか色々ありますでしょうと話すと、そうかと言ってエリザベートさんは黙った。案外、照れているのかもしれない。


「婚儀の後のお披露目やパーティなどはネイビーを使いますよ」

「わかった、よろしく頼む」


 来年の六月だそうだし、スポーン王国の時と違って時間があるから、いくらでもデザインを書けるわね。テーマは白薔薇のウェディングドレスよ!

 その後、化粧品やティアラ、ヒールなどの装飾品の担当と打ち合わせをする段取りを決めていく中で、喫茶店の話が出た。


「喫茶店を新しい公爵領の領都にも建ててくれないか」

「別にいいですけど、エリザベートさんなら料理人に覚えてもらった方がいいのでは」


 料理人にも覚えてもらうけど、帝国との境界で文化交流を図るために商人や町人などの層にも食文化や服飾文化が伝わるようにしたいのだとか。それに割譲された領地の住民にも明るい未来の展望が開ける様子を見せてやらないと不安になると。

 仕方ないわね。ビルさんと相談して、なるべく早い段階で展開してもらいましょう。


「ところで公爵領や領都の名前とかはもう決まっているんですか?」

「アジュール公爵領の領都ローズブランシェだ」


 ずいぶんと華やかな名前だけど、エリザベートさんには似合っているわね。できるかわからないけど、地域限定でローズティーなんかを作ってみるのも一興だわ。


「わかりました。名前にちなんだ地域限定品などを考えておきます」


 その後、パンプキンケーキなどの南瓜カボチャを利用したお菓子を紹介して、エリザベートさんはお菓子をお土産に研究室を後にして行った。


 ◇


 帰りの馬車の中で、スケジュールを確認するうちに私はあることに気がついてしまった。


「そういえば、来年も神仙水が取れるか確認しないといけない気がするんだけど、どうしようかしら」


 エリザベートさんの結婚式の時期と重なってしまうわ。


「代わりに人を遣わして運んできて貰えばいいだろう」

「なるほど、薬草と同じで私は持ち帰った水を確認すればいいわね」


 スポーン王国を経由すると、どこまでこき使われるかわからない・・・って、平和条約を結んだ後なら帝国を経由した方が直線距離で行けるから早いのかしら。


「まだ駐在大使もいないから、お前自身が皇帝に謁見して挨拶をすることになるがいいのか」

「神聖国に行くことがあっても帝国を通るのはやめます!」


 というか言われて気がついたのだけど、領地をもらっておいて皇帝に一言の挨拶もなしとかいいのかしら。いつかは、挨拶をしに行かなくてはいけない気がしてきたわ。

 そんな他愛もないことを考えているうちに辺境伯邸に到着した。


 ◇


「喫茶店も開くことだし、スカッとするためにソーダー水でも作ろうかしら」


 私は柑橘系の果物をもらってきて、錬金術でクエン酸を抽出して同じく錬金術で生成した重曹と一緒に水に混ぜてソーダー水を作った。これに先ほどの果物の果汁を搾って飲んでみると、果汁ソーダーが出来上がっていた。


「これだと私がいないとできないから、海水から電気分解で重曹を作ったり、柑橘系の果物に炭酸カルシウムを加えてクエン酸カルシウムとして取り出して硫酸で分離・・・は厳しいわね」


 例のイストバードで硫黄産出計画を発動しないと、工業的に大量生産するのは難しそうだわ。私は果汁ソーダーを飲みながらシュワッと舌を刺激する感覚に懐かしさを覚えながら、一般展開を諦めた。どうしても化学知識が認知されるようにならないと厳しいものが出てくるのは仕方ないわ。


「メリア様、エープトルコから餅米もちごめが届いております」


 メアリーさんの声に思考の海から戻った私は、聞き間違えかと思って再度聞いてしまった。なんと、農業機械や稲作の進歩のお礼に特別に餅米もちごめを選別して栽培して送ってくれたらしい。一俵くらいだけど嬉しいわ。これができるということは、来年はもっと大量に作れるってことだものね。


「ありがとう、早速、お餅を作ってくるわ!」


 ◇


 私は厨房に行って、料理長にことわりを入れると、通常の米より少なめの水で餅米もちごめを炊いて、棒でもちつきを始めた。来年までに木工職人さんに頼んでうすきねを用意してもらわないといけないわね。今は気合いよ!

 やがて懐かしのもちそのものが出来てくるとペタンペタンと板に叩きつけるようにして、さらに粘り気を出し、適当な大きさに切り分けて鏡餅にして皿によそっってバターと醤油をつけた。


「はあ〜美味しいわ」


 これで、お雑煮とか草餅、大福におはぎ、力うどんと楽しめるわね。


「これは普通の米とはまた違った食感ですな」

「ええ、煮物に入れたり、うどんに入れたりしても良し。あずきを使った餡子あんこと一緒に団子だんごにしても良し。すり潰した食用の葉と混ぜて別の味わいを出したり、このまましばらく置いて乾燥させれば、それなりの期間もつ保存食として、焼いたり煮たりすると食べられるわ」


 あんこを使ったお菓子は既に小麦粉を使って作っているから想像はつくと思うので、折角だからと、カツオブシで出汁だしをとって鶏肉と野菜の菜を煮込んで、最後にお餅を入れ、簡単なお雑煮を作ってみせた。


「なるほど、これは素朴な味わいですな」


 出汁とのハーモニーが重要な料理なので、きっと、料理長ならより良いものを作ってくれるでしょう。私は久しぶりのお餅に満足して厨房を後にした。


 ◇


 エープトルコはゆっくりしたお国柄と聞いたけれど、着々と成果を出していけば農作物は豊富に採れるし、農業という面で言えば今後に期待が持てるわ。

 その一方でスポーンでは結局オリーブの実と南の葡萄の利用しか見えていないから、何かしらテコ入れが必要なのかもしれない。その危機感が、私が訪れた時の過密スケジュールに表れていたのでしょうね。それでも帝国の惨状を思えば、豊かで進んだ国なのだし将来は明るいわ。


「メリア様、食後の紅茶でございます」


 私はメアリーさんにありがとうとお礼を言って紅茶の香りを楽しみながら、コリアード諸島のことを思い出した。あそこも名義上は私の領地なのだし、何かしら考えないといけないわよね。そうだわ、紅茶のティーポット、ティーカップ、ソーサーのセットを陶器や白磁で作ってもらいましょう。

 私は紅茶を飲み干すと、ブリティッシュ調の白地に青のデザインと、トルコ調の独特のデザイン、それから普通の花柄のデザインの三つを描いた。港町サリールの役人宛てにコリアード諸島に届けてもらうように依頼の手紙と一緒にデザイン画を同封して送った。うまく出来たら、喫茶店メリアードの調度品として使うのよ。

 紅茶と共に茶器も宣伝して需要が増せば、コリアード諸島もベルゲングリーン王国本土の経済成長にあやかることができるでしょう。


「なにより、私の趣味に合う茶器で紅茶が楽しめるわ!」


 私は茶器の完成形を思い浮かべながら、紅茶文化の普及に想いを馳せるのであった。

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