第78話 喫茶店の立ち上げ計画
ビルさんが私の御用達商人になっていたなんて知らなかったわ。
でも、商業ギルドではああは言われたものの、カレーと違って流行に左右される面もあるから絶対の自信はないし、頼むにしても、もう少し考えを整理して出さないと申し訳ない。
「とりあえず企画書みたいなものでも作りましょう」
まず、紅茶は競合はいない。強いて言えば飲食店とケーキを出すことからパン屋さんが競合になるから差異化が必要。顧客ターゲットは産業活性化により急速に富を蓄積してきた商人や、雇用関係で間接的に恩恵を受ける街の町人。自社はカレーや丼物で国内に手広い店舗を展開中で強固な基盤を持つと・・・カキカキ。私は顧客と競合と自社の関係、強みと弱みをピックアップして行った。
次に現状の政治的、経済的、社会的、技術的要因を考えると、まず政治的には帝国と条約を結んで茶葉の取引が自由になり、姫様結婚という祝賀ムードも期待される。
経済も産業革命効果で上向き、社会的には工業化による輸出増で商人が裕福になり雇用関係が生まれ嗜好品に手を出す余裕が十分にあり、技術的には蒸気機関による物流革命と通信・通話・遠隔決済というブレイクスルーで更なる経済活性化が期待できる。これによって、強固で需給によって通信・遠隔決済による調整が可能な柔軟性を持ったサプライチェーンを構築できるようになったわ。
火炎、冷却、冷凍の魔石を使った最新キッチンや冷蔵庫、飲料サーバーも完備できるのよ!
「要は新しいビジネスを立ち上げる環境として悪くないわ」
メインターゲットとなる商人や比較的余裕の町人の人数を期待値とした商圏分析をして、配置する店舗の規模と位置を決める。複式帳簿で原因と結果が見える管理をしていくわ。
客層は裕福な商人と比較的余裕のある町人という二層構造だから、一般の一階席と裕福な二階席とに分け、蒸気機関エレベーターで運ぶようにしてVIP用にセパレートエリアを設ける。町人用には、接客無しのお持ち帰り用の売り場としてガラスケースに入れてケーキやタルト、そして後ろの棚に紅茶の大缶を入れて、そこから袋に茶葉を詰めて量り売りする形式にしましょう。そうだわ、店内は大型のオルゴールを入れて何曲か音楽を鳴らしましょう。やっぱり雰囲気作りは大事だわ。
まずは王都、四大都市に店を開くのよ。そこで店舗経営を完全マニュアル化してサービス品質を担保したチェーン展開をしていく工程表を書く。内外装や店員の制服を統一してブランドイメージを定着させるのよ!デザインは私が書いたものを服飾店に統一ユニフォームとしてサイズ別に作って支給させるようにしましょう。この際、商人と町人の雇用関係を明確に意識した雇用条件を記載した雇用契約書も作りましょう。
サプライチェーンは紅茶は商業ギルド、チョコレートなどはビルさんがカレーの展開で独自のものを持っているでしょう。そこにケーキや砂糖、
需要を太くすることで、主に、私がお菓子材料を手に入れやすくするために!
「まあ、こんな感じかしら。後はカスタマージャーニーマップでも書いて顧客を誘引する導線を強化しましょう」
まず、商人や町人の奥様方や娘さんに刺さる広告を打つにはどこがいいかしら・・・やっぱり、少し余裕が出てきた町人さん向けには全国にばら撒いているチョコレートにチラシをつけるのが効果的ね。家族連れや旦那さんに持たせるためにカレー屋のお土産につけるのもいいわ。
商人向けとしては、商業ギルドに広告料を払って美肌ポーションや化粧品にも広告をつけてもらう。これで、裕福な商人の奥様方には、ほぼ届くでしょう!
こうして私は妄想と言う名の喫茶店立ち上げ計画を書き終えると、料理長に説明の際に持っていくケーキ、タルト、アイスクリーム、パフェを主体としたスイーツの製作をお願いするのだった。
◇
後日、見本のデザートや制服を用意した私はボルドー商会に連絡を入れてビルさんに打ち合わせの時間を作ってもらった。
「というわけで喫茶店の展開をお願いしたいと思うのよ!」
私は
軽食のスパゲッティ、カルボナーラ、サンドイッチやハンバーガーは、軽く昼食をとるような形態の店舗の場合に出す別メニューとして机に並べた。
「カレーと違って流行に左右されるし、見ての通り穴だらけの企画かもしれないけど、幸いポーションを売るばかりで使い道のないお金は沢山あるから、そのお金を使って紅茶の普及のために喫茶店をやってみてくれないかしら」
ビルさんは私の
「・・・とても本職が薬師の方が書いたとは思えない内容です」
あら、ダメだったかしら。まあ『出来たらいいな』みたいな内容だし仕方ないわ。
「そうですか、やっぱり素人考えでしたよね」
「いやいやいや、ご謙遜を!是非やらせてください」
ここまで確たる構想があって成功まで持っていけない商会など、商才の無さすぎで、とっくの昔に倒産してますよとビルさんは笑う。
「それはよかったわ。折角、紅茶が安定して手に入るようになったから、チョコレートみたいに広くみんなに味わって欲しかったのよ!」
「お任せください。カレーやチョコレートと同様、ベルゲングリーン王国中に展開して見せますよ!」
私とビルさんはガッチリ握手して喫茶店の立ち上げに向けて気合を入れるのだった。
◇
錬金薬師殿、いや、薬爵様が帰られた後、商会長は先ほどの企画書をもう一度じっくりと読んでいた。やがてノックが聞こえ、番頭が姿をあらわした。
「おや、ビル商会長。美味しそうなお菓子が沢山並んでますね」
「ああ、新しい店舗で出す予定の品々だ」
試食してもいいですかと問う番頭に許可を与えると、どの皿のデザートを口にしても驚いた顔をする。それはそうだろう。ここまでの品は王宮と辺境伯邸以外では出せないはずだ。
商会長はふと思い付き、番頭に先ほどの企画書を表紙だけ抜いて、2ページ目以降を渡して問うた。
「お前、この企画書を何歳で書ける?」
番頭はじっくりと企画書を見た上で商会長に企画書を返して答えた。
「見せられる前であれば、何歳になっても難しいかと」
「やはりそうか・・・」
「これは、どなたが書いたものですか?」
「
番頭は絶句して固まった。
その番頭の前で企画書の表紙を付けて見せる。表紙には、『紅茶拡販に向けた喫茶店メリアード(仮)立ち上げの企画書』と書かれ、右下にメリアスフィール・フォン・フォーリーフとサインされた上で、デフォルメされたサイドテールの少女のスタンプが押されていた。
「私はとんでもない方の御用達商人になってしまったらしい」
そう言って大笑いする商会長に、番頭はもう一度企画書を隅から隅まで確認し、大きく息を吐いて漏らした。
「薬爵殿は、薬師にしておくには勿体無いお方ですね」
商家に生まれていれば、どれほど勢力を伸ばした事かわかりませんという番頭に、商会長はこう答えた。
「機械を生産した工房や服飾デザインをする服飾店、新しい酒を出した酒屋、それに料理人も似たようなことを考えていただろうよ」
「まさにその通りですね」
商会長と番頭は互いに顔を見合わせて爆笑するのだった。
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