茶店の錬金術師

第77話 紅茶の宣伝に向けた店舗構想

「やっぱり南瓜カボチャは最高だわ」


 秋になって南瓜カボチャが収穫されるようになり、早速、遠隔決済で輸入してパンプキンケーキ、パンプキンタルト、パンプキンパイ、パンプキンプリンと代表的なお菓子を作って食べてみたけど、とても美味しいわ。

 もちろん、素の南瓜カボチャの煮物であっても、素朴で口の中でホロリと溶ける甘みは人を安心させるような味わいを感じさせてくれる。手を加えなくてもこんなに美味しいのに、どうしてあまり流通していないのか不思議で仕方ないけれど、エープトルコは農作物が豊かだから、知らない人は見た目が堅そうに見える南瓜カボチャを食べようと思わないのかもしれないわ。


「この他にも濃厚なスープや天ぷら、すり潰してサラダやコロッケにしてもいけるわよ」

「なるほど、これは素晴らしい素材です。これから研究していきます」


 いつものように、私は料理長に更なる洗練化を頼んで厨房を後にして自分の部屋に戻った。個人的にはパンプキンスープがオススメね!

 部屋に戻ってメアリーさんにアールグレイ風味の紅茶を淹れてもらい一息ついていたところ、ブレイズさんから爆弾発言が飛び出した。


「そういえば姫さん結婚するらしいぞ」

「え!エリザベートさんが?」


 あれだけ婚約の打診をされていながら、全て蹴って近衛騎士団長と結婚するらしい。それにしても剣の師弟関係で歳の差婚とは・・・どうやらシルクのドレスは余計なお世話だったようね。でも待って、そうなるとエリザベートさんが窓口になっていた季節のコーデから、ついに解放されるってことなのかしら。いきなりスローライフ来ちゃった!?


「そんなわけないだろう、新しい公爵家を起こして公爵家として引き続き取りまとめるそうだ」


 ガックリよ。帝国から割譲された領土を元に転封てんぷうで多少の調整をして新しい公爵家を興すのだそうだ。これには帝国と軋轢のある貴族家との間に緩衝を設けることと、帝国との友好の窓口とする二つの意味があるという。逆に言えば、それがなければ今回の話は領地の関係もあって難しかったのだとか。王族の降嫁というのも難しいのね。・・・あれ?


「エリザベートさんが女公爵になって、嫡男が生まれたら公爵を継ぐのよね?」

「そりゃそうだろ。何も疑問に思うことはないだろ」

「ということはよ?私の爵位もそういう扱いなのかしら」

「当たり前だろう、前に説明されてハイハイ頷いていただろ」


 え?じゃあ私は誰と結婚すればいいっていうのよ!思わず声を張り上げてしまったが、ブレイズさんは知らんといってそっぽを向いた。

 実際には、薬爵について貴族籍に入ると同時に子爵家相当の当主となった時点で、爵位を継げない貴族家の次男坊以下から注目の的になっていた。しかし、どこの貴族家に取り込まれても影響が大きすぎるということで、王宮でも辺境伯家でも取り扱いを決めかねている問題だったが、今のメリアに知る由はなかった。


「まあいいわ。そのうちなんとかなるでしょう」

「そういえばテッドさんから槍が完成したって連絡が来たぞ」


 それは早速取りに行かないといけないわね、そう返事を返して私は厨房に引き返すと、先ほど作った南瓜カボチャのお菓子を大量に詰めてもらい、早速テッドさんの店に向かうことにした。


 ◇


「おう、メリアの嬢ちゃんか。槍の調整は済んだぞ」


 そう言って渡された槍は槍じゃなくなっていた。


「え?薙刀なぎなたじゃない」

「嬢ちゃん、本当は突き技より斬り技の方が得意なんだろ」


 だから材料を足して一から打ち直したと言ってニカッと笑うテッドさん。軽く振ってみると今の私に丁度いい重さと重量配分になっていた。私が筋力測定代わりに見せたツバメ返しを一目ひとめ見ただけで斬撃が得意なことを看破し、槍しかない世界で薙刀なぎなたの形状に行き着くなんて・・・


「凄いわよ、テッドさん。ちょっと試してもいい?」

「ああ、こっちに試し斬りの案山子を用意してあるぞ」


 いつもの試し斬りスペースに行くと、三体の案山子が中心に向き合うように設置されていた。意図を察して私は魔石を外した薙刀なぎなたを左へ右へとヒュンヒュンと縦に回転させながら中心地点に歩を進めると、縦の回転を腰の回転で横に変じ、コマのように回転して技を放った。


「孤月回転円舞、三段!」


ザザザンッ!


 周囲に立っていた三つの案山子の首と胴体と足の部分が綺麗に切断され、地面に崩れ落ちた。これはいい薙刀なぎなただわ。槍の時に付けていた魔石で強化したら周囲の半径十メートルは鎌鼬かまいたちと電撃の嵐ね。


「すごく使いやすいわ!ありがとうテッドさん」

「おいおい、前にも言ったが薬師にしとくには勿体無い腕前だ」


 テッドさんは案山子の残骸を拾ってわらが全く潰れていない切り口を見ると感心したような声を上げた。その横でブレイズさんは右手を顔に当てて何やらボヤいている。


「これくらい出来ないと薬草採取でオオカミに囲まれたら面倒じゃない」

「だから囲まれるようなところに取りに行くなっての」


 もう!ブレイズさんもいるのに小動物に囲まれたくらいでどうとでもなるでしょうと肩をすくめて言うと、テッドさんからも同意の声が上がった。


「そりゃそうだ。最強剣の使い手の名が泣くぞ」

「そうよね!さすがテッドさんは話がわかるわ!」


 イェーイ!とテッドさんと久しぶりにハイタッチして問題ないアピールをしてみせる様子に、ブレイズさんは諦めたようにため息をついた。


「そうだわ、南瓜カボチャっていうエープトルコの農作物を作ったイチオシのお菓子を大量に持ってきたわよ!」


 私はテッドさんに差し入れとして持ってきたパンプキンケーキ、パンプキンタルト、パンプキンパイ、パンプキンプリンの詰め合わせセットを渡した。今度は二人じゃ食べきれない量だからテッドさんも食べられるはずよ。


「お、おう。たぶん食えないと思うが、ありがとな」


 ほおをかいて苦笑するテッドさんにギルド証を差し出して決済を済ませると、手を振りながら店を後にした。


 ◇


 テッドさんの店を出た後、私は商業ギルドに寄って紅茶の流通に関する最終的な打ち合わせを終えた。


「これにて紅茶の流通に関する取り決めは全て完了しました」


 あれから色々な産地の茶葉を確かめた結果、帝国の領地から送られてくる茶葉はイストバードと同種で、それ以外に商業ギルドで取引の引き合いが来ていた平地で作られている茶葉は、ダージリンに近い味わいが出ることがわかったわ。よって、一般売りはギルドの方で製造・販売委託する形でダージリンとして広め、薬草の産地で取れる茶葉は主にフレーバーティーとして加工して商業ギルドに卸して販売を委託することになったのよ。

 ただ、紅茶というもの自体の知名度がまだ低いので、貴族向けの銘柄以外はなかなか数量は出ていないようだわ。


「う〜ん、喫茶店とか開いて王都や主要四都市のような都市で運営すればいいのかしら」


 物流インフラに加えて通話網や通信網の整備が終わったことで、大都市では取引活性化により急速に富を蓄えつつある商人と町人の間で、雇用関係の原形が固まりつつあるわ。今なら、喫茶店でお菓子や紅茶をたしなむことができる富の蓄積は十分にあるでしょう。


「メリアスフィール様、喫茶店というのはどういうものでしょう」


 なんと、喫茶店という概念がなかったわ。考えてみれば紅茶がなかったのだから、文字通り喫茶できるわけもなく、言葉が無いのも当たり前よね。

 私はスケッチブックを出して喫茶店の外観と内観、そしてカフェの制服として男性は蝶ネクタイをしたベストの黒制服を、女性はカフェエプロンをしたシックなメイド風カフェ制服を描いて見せた。

 さらに、パンプキンケーキと紅茶を取り出して、前々世の喫茶店のバイト経験を思い出して受付嬢を客と見做した応対をしてみせた。


「とまあ、このような形で紅茶とケーキやタルト、後はスパゲッティ程度の軽い軽食を出す飲食店で、商業ギルドの待合室のように人と待ち合わせたり軽い話をしたりするような店ですね」


 一応、人気のお菓子などは持ち帰りもできるよう、ガラス張りのショーケースに入れて見せ、店舗で食べないお客についてはお菓子や茶葉を買って帰るということも話した。


「これほどの展望がおありなら、御用達商人に開かせればよろしいでしょう」

「え?御用達商人といってもいませんけど・・・」


 美味しそうにパンプキンケーキを食べていた受付嬢は、驚いたように口に手を当てて紅茶で飲み下すと、ボルドー商会があるじゃないですかという。

 いつの間にか、ビルさんが私の御用達商人の扱いになっていたわ。


「メリアスフィール様が薬爵にお就きになったことで、自動的にそのような扱いとなっています」


 カレーと丼物、チョコレートの展開で飛ぶ鳥を落とすような勢いのボルドー商会であれば、飲食店の店舗形態が一つや二つ増えたところで問題ないでしょうとか。そんなことになっていたとは思わなかったわ。


「わかりました。じゃあビルさんに相談して紅茶の宣伝を相談してみます」

「それはよろしゅうございます。是非とも、この魅惑のデザートを展開ください」


 そんなに気に入ったのならと今日作ったパンプキンシリーズをワンセット出して受付嬢にプレゼントし、私は商業ギルドを後にした。

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