第76話 親交の証と名誉薬爵叙爵

「おかしいわね、薬師としてこの上ない働きをしていたと思ったらコーディネーターに逆戻りしていたわ」

「奇遇だな、俺も錬金薬師の護衛騎士として名誉ある働きをしていたと思ったらマネージャーに逆戻りだ」


 あれから帝国との間に平和条約締結に向けた前交渉がされるようになり、それに先駆けた親交の証として私は王国だけでなく帝国の貴族令嬢の季節のコーデもすることになり、服飾デザインにかかる手間が倍になってしまったわ。

 ベルゲングリーン王国の令嬢たちが比較的ゆったりとした丈の長い服を好むのに対し、帝国の令嬢はブレザーに丈が短めのスカートという制服調のデザインが受けたので被りは少ないのだけど、服飾デザインと紅茶を使ったお茶会とピアノ演奏に美容アドバイスという四重苦のフルセットメニューはキツくなってきたわよ。


「必ずお父様にお願いしますね!」


 王都に訪れた帝国の外交官の御令嬢に『メリアのお友達ポイントカード』にスタンプを押して渡すと笑顔で帰っていった。食文化も服飾も段違いのベルゲングリーンの王都での生活に、はしゃいでいるようだわ。

 そんな帝国の御令嬢には、地域の特産品情報を送ってもらうことにしたわ。もう、あんな硬いパンと上級ポーションだけの強行軍はゴメンよ。大体、北にあるんだからカツオブシとかメープルシロップくらい産出してもらわないと割に合わないわ。


 ◇


商業ギルドに寄った私は受付嬢から思わぬ報告を受けていた。


「え、茶葉の産出場所が見つかったんですか?」

「見つかりましたけど、帝国領にあり・・・」


 なるほど、今後の条約締結の行方次第ということね。それなら一般売りは当分は諦めるしかなさそうね。


「いえ、メリアスフィール様とのお取引とお伝えしたところ、引き合いが殺到して選別をお願いしたく」


 なんと、帝国令嬢のコーデで出した紅茶がよほど気に入ったらしく、早く量産して欲しいのだとか。仕方ないわね、茶葉にも種類があることだし、この際全部送ってもらって産地の違いと最適な銘柄を見極めるしかないわ!

 私はそれぞれの産地の茶葉を送ってもらい、それから判断する段取りをつけ商業ギルドを後にした。


 ◇


「久しぶりだな、聖女殿」


 辺境伯邸に戻ったらルイーズ皇女が訪れていたわ。料理長が作ったお菓子と、メアリーさんがいれた紅茶に感心しているところだという。


「お久しぶりです。外交交渉などでお忙しいのでは?」


 なんの御用かと尋ねると、やけに豪華な装丁の手紙を渡してきた。ちょっと待って、なんだかデジャヴを感じるわよ?表紙をチラッと見ると『名誉めいよ薬爵やくしゃく叙爵じょしゃく』という文字が見えたわ。


「父上から此度こたびの聖女殿の働きに対して名誉爵位の叙爵の知らせを受け取ってきたのでもらって欲しい」


 父上というとブリトニア皇帝かしら。


「え?複数の国で爵位を貰うってありなの?」


 ルイーズさんによると、ベルゲングリーン王国との調整は済んでいるから問題ないそうだ。名誉爵だから私一代になるよう調整してあるのだとか。まあ、名誉爵なら名前だけだから問題ないわよね。


「ベルゲングリーン王国の先例を倣って、帝国領内全ての薬草群生地を領地として付けてある」


 名ばかりじゃなかったー!管理もベルゲングリーン王国と同様に事務官にやらせておくので手間はかからないから安心して欲しいとか。


「いや、さすがに領地は如何なものかと・・・」

「この紅茶とやらの茶葉も栽培している」

「ありがたく頂戴いたします」


 やったわ!商業ギルドと調整して領地からも茶葉を送ってもらったり、ベーシックな紅茶は現地で作ってもらって輸入でもいいわね!

 それは良かったと笑うルイーズ皇女に、その後、疫病は発生していないか聞いた。


「ああ、おかげで疫病は根絶された。本当にありがとう」


 そう言って、ルイーズ皇女は頭を下げてきた。私は慌てて頭を上げてもらう。


「病に臥せるものを助ける、フォーリーフの名を継ぐ薬師として当たり前のことをしただけです」

「・・・そうか、やはり間違いはなかったな」


 ルイーズさんは私の言葉に満足したような笑みを浮かべると、紅茶を飲んで息をついた。

 その後、ルイーズ皇女は用は済んだと辺境伯邸を後にしていった。


「おい、その手紙開けて確認してみたか?」

「へ?いや、口頭で伝えられたからまだみてないわよ」


 早く開けてみろと、やけに急かすブレイズさんの指示に従ってペーパーナイフで開封して封筒の中を取り出してみたところ、書面と共に何か十字のブローチのようなものがついていた。手紙を読んでみると、名誉爵位の叙爵と合わせて親交の証として第一位騎士勲章を送ると記載されていた。


「やっぱりか・・・」

「なによ、これが何か知っているの?」

「お前、帝国の姫さんの第一位騎士になってるぞ」

「はあ?」


 なんでも、帝国から戻る時にもらった帯剣とセットで、皇族一人につき生涯一人だけ指名できる第一位の騎士という勲章だそうで、かなりの発言権があるのだとか。


「家紋だけでも単なる通行証としては十分だから、帯剣を渡したのは即席の処置かと思っていたんだが、あの姫さん本気も本気だったようだな」

「そんな前から気がついてたなら教えてよ!」


 もう、困ったわね。私は剣なんて・・・使えるけど。試しに抜剣して中段突きからのフェイント技である月影を放ってみると今の私の腕力なら丁度いい感じだったわ。


「お前、剣もそこまで使えるのかよ」


 ブレイズさんから呆れた声が聞こえてきたけど、騎士勲章については深く考えないことにした。美味しい紅茶の茶葉が合法的に手に入るようになった、その事実で十分だわ!


 ◇


「テッドさん、久しぶり」

「おう、メリアの嬢ちゃんか、元気だったか」


 私は世間話として帝国の一件を話した後、農業機械の見本をエープトルコに送った後の反応について聞いた。


「見本は問題なく動いたが、いくつか質問が来たので適当に返事を返しておいた」


 見本があるから、とりあえずは問題なく量産できるようだわ。これで来年から収穫アップが見込めるといいわね。ついでに餅米もちごめも出荷されるようになれば万々歳だわ。


「そういえば、前にテッドさんが作ってくれた槍なんだけど、成長して筋力がついたので軽くなってきたからもう少し重くできないかしら」

「嘘だろ、あれは嬢ちゃんが大人になる頃を想定したつもりだったんだが」


 ちょっと振ってみろというので、裏庭の試し斬りスペースで魔石を外して案山子に上中下段の三連突きをしてみせた。あと、筋力を見るならと、ルイーズさんにもらった帯剣で袈裟斬りからのツバメ返しをしてみせた。日本刀じゃないからツバメ返しは厳しかったけど、筋力測定みたいなものだからいいわ。


「驚いたな。おい、ブレイズよ。メリアの嬢ちゃんの剣の腕はどうなってんだ?」

「知らん、本人に聞いてくれ」


 なぜ剣が使えるって、氷炎剣は誰が何のために作ったと思っているのかしら・・・って、あれは前世だから私ではないことになっていたわね。私は気にしたらダメよと誤魔化した。


「とにかく大体わかった。槍の方は俺の方で調整しとく」

「ありがとう!そういえば三年ものの赤ワインができたから置いていくわ」


 私はウィリアムさんのところでもらった三年もののワインを差し入れとしてテッドさんに渡した。


「おう、楽しみにしてたぜ!ありがとな」


 私は槍の調整が終わる頃にまた来ると約束して、テッドさんの店を後にした。


 ◇


 その後しばらくしてブリトニア帝国とベルゲングリーン王国との間で平和条約が結ばれた。一部領土割譲と賠償金の支払いを含んだ大幅に王国に譲歩した内容であったが、疫病の影響もあり賠償金の支払いは分割で行われる配慮がなされた。

 その平和条約の冒頭には、『創造神の極めて特別な聖女殿の活躍により、帝国内に蔓延した疫病が根絶された功績に帝国は深く感謝し、以下の条約に批准するものである』という一文が明記されていたという。

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