第75話 疫病の根絶と和平に向けた動き

「現地に行ったら四本同時に作っていくから、一本を十本分に希釈していって」

「わかった、任せろ」

「ルイーズさんは移動スピードアップのために蒸気自動車バギーの使い方を覚えていって」


 私は使い方の実習をしたあと、収納用の魔法鞄と共に自分のバギーと、今まで不安に駆られて作り続けてきた分のキュアイルニスポーションを全てルイーズさんに渡した。


「ありがとう、有効に活用させてもらう」


 よし、あとはいつものようにポーション製造機になるだけよ!


 ◇


 ルイーズさんが前線指揮をしている間、私とブレイズさんはキュアイルニスポーションを作り続けながら、兵士さんから散発的に現場の報告を受けていた。時系列的に最初に発症したのは帝国であることから予想はしていたけど、死者数が数万単位で報告されてきて酷いものだったわ。

 私のポーションで封じ込めの境界は徐々に東の海岸に近づいていくものの、通り過ぎる街の人たちの表情は暗かった。

 やがて帝国に来て一ヶ月弱になろうかという頃、東端の港町も含めて疫病を駆逐した。私は念のため自分とブレイズさんとで最後にキュアイルニスポーションを飲んで、ルイーズ皇女にお別れの挨拶をしに行った。


「色々大変でしたけど、王命を無事果たしましたので国に帰りますね」

「メリア、いや聖女殿。本当にありがとう。我が国は貴方から受けた恩を絶対に忘れない」


 帰り際に、ルイーズさんが腰にいていた皇家の紋章付きの帯剣を渡された。何かあればこれを見せれば、どこでも通行できるそうだ。

 やったわ、これで帝国で食材探索し放題ね!私は喜びながら蒸気馬車に乗り込むと、ルイーズさんの姿が見えなくなるまで手を振った。


 ◇


「いやはや、今まで色々あったけど、一番疲れたわ・・・」


 何が一番辛いかって、食事が不味いのよ!硬いパンをかじりながら一昔前の食生活に戻って大変だったわ。


「なあ、ところで出発するときにやったおまじないってなんだったんだ?」

「あれは『聖光の盾』と言って、神職を兼務していた過去のフォーリーフの錬金薬師が、疫病に侵された街におもむく際に使った神聖魔法の一種よ」


 完全に根絶するまで帰らない覚悟を持った者にだけ与えられる時間制限付きの完全防疫の加護なので使い所が難しいのよ。普通の状況じゃ、不退転の覚悟なんて出来ないものね。


「そんなものまで使えたのか。本当に薬師としてだけは完全無欠だな」

「だけって何よ。まあ否定はしないけど言い方があるでしょう」


 それにしても夏の旅行の途中から怒涛の日々を過ごしてしまったわ。なんだかんだ言ってるうちに、秋になってしまうじゃないの。


「そうだわ、秋といえば、そろそろ三年ものの赤ワインが完成するはずよ」

「おお、そりゃいいことを聞いた。帰りに寄って行こうぜ」


 それくらいの寄り道は許されるでしょう。私は頷くと、一路、王都近くのウィリアムさんの醸造蔵に向かって蒸気馬車を走らせるのであった。


 ◇


「ルイーズ皇女様、先ほどの帯剣は・・・」

「なに、聖女殿の功績を考えれば大したものではなかろう」


 あれがベルゲングリーンの聖女殿、いや、使徒殿か。もはや壊滅的被害も覚悟していた状況下で、わずか一ヶ月で疫病の猛威から帝国を救ってみせた錬金薬師としての手腕は、聞きしに勝るものだった。

 ルイーズ皇女は、いまだ薄らと見える自分に掛けられた加護の光を見て、フィルアーデ神聖国が出した聖女認定の文言を思い返していた。これほど長い間持続する神聖魔法など、教皇にも掛けられまい。

 それを思えば皇女の第一位の騎士に送られるはずのなど安いものだった。


「父上にベルゲングリーン王国との関係改善を進言せなばなるまいな」


 使徒殿が救った帝国臣民の数は百万を下るまい。あれだけの働きをしておきながら、使徒殿は個人的には何一つとして対価を求めず、まるで当たり前のことをしたかのように帰ろうとしたのだ。

 そこまでしてもらって何の礼も無しでは、歴史あるブリトニア皇家の名がすたろう。ルイーズ皇女はメリアを乗せた蒸気馬車の方向を見て固く決意するのであった。


 ◇


 メリアがベルゲングリーン王国の北端の街に着く頃、ベルゲングリーン王宮の宰相にも疫病駆逐の任を完遂した報告が届けられていた。それと同時に、帝国から深い謝意と共に過去の紛争の清算と、平和条約締結の打診が届けられていた。


「やはりこうなったか」


 彼女が向かった時点で結果は見えていた。より正確に言うならば、帝国の第一皇女が平伏して陛下の慈悲にすがった時点でというべきか。あそこまでされたら、使徒をようする国として、道義的に断ることなどできない。


「はあ、せめて使徒である事実が公表されていたなら説明も楽だったものを」


 これから国内貴族に同意を得る道程を思い、ため息をつく宰相だった。


 ◇


「ウィリアムさん、赤ワインの味見に来ましたよ!」

「ああ、ちょうどテイスティングしていたところだ」


 私とブレイズさんは辺境伯邸に戻る前に、真っ先にウィリアムさんのところに来てワインの味見をしに来ていた。早速とばかりにグラスに注がれる赤ワインからは芳醇な香りが漂ってきた。


「ああ、ものすごく帰ってきた感じがするわ」

「そうだな、俺も猛烈に感動している」

「なんだよ飲む前から大袈裟だな」


 私たちの反応に後ろ手に頭をかいて見せるウィリアムさんに、この一ヶ月の帝国での強行軍の様子を聞かせた。


「はっはっは、そりゃ大変だったな」

「というわけで、チーズとパンとピザとかも出してくれるとありがたいわ」


 待ってろと、料理人にワインに合う料理を持って来させるウィリアムさんが救世主に見えてくる私とブレイズさん。


「助かるぜ、本当にここ一ヶ月、硬いパンと上級ポーションしか飲んでねぇ」

「そりゃ、聞きようによってはこの上なく贅沢な話だな」


 上級ポーション一本で、どれだけ飲み食いできるか知れたもんじゃねぇと笑うウィリアムさん。そりゃそうだけどね、ポーションは栄養ドリンクじゃないってのよ!


「はあ、ピザ美味しぃ!ワインと合うわぁ」

「すまん、赤ワインが最高に美味いってのはわかるんだが、今は何を飲んでも食っても最高としか思えねぇ」


 なんだかウィリアムさんのところに飲み食いに来たみたいで悪いけど許して欲しいわ。薬草を持てるだけ持っていくということで、食べ物は二の次だったのが失敗だったのよ。


「いいってことよ。美味い料理に美味いワイン。これが俺がワイン造りを始めた原点だからな」


 そんだけ美味そうにしてくれれば本望だというウィリアムさん。うぅ、いい人だわ。


「あとはラム酒と最後にウイスキーの天然物ができれば最初に目標にした地点までくるわね。オールドヴィンテージの赤ワインは十五年以上熟成するから、次はそこかしら」


 落ち着いてきて赤ワインをチビチビと飲みながら熟成ワインに想いを馳せる。


「おいおい、まだ先があるのかよ」

「先というか、一先ひとまず十五年から三十年が目安だけど、もっと長い場合もあるしワインのピークはずっと研究し続けるしかないのよ」


 きっとウィリアムさんがお爺ちゃんになる頃に、自分なりの極めたワインが一本できていたら、老後の楽しみにいいんじゃないかしら。そう言う私に、探究心をくすぐられたのか、これからも最高のワインを作り続けてやるぜと意気込むウィリアムさん。これで、老後のスローライフのお供として最高のワインが楽しめそうだわ!

 私は三年ものの赤ワインのグラスを傾けながら、将来のオールドヴィンテージワインの構想に酔いしれるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る