第84話 帝国の天然資源開発

「天然ガスについては、広範囲に渡って何箇所も見つかったぞ」

「え?本当ですか」


 ウルカンから一番近い発生箇所に連れていってもらって確かめてみると、水溶性の天然ガスのようで、錬金術で気体を抽出してみると百パーセントに近い純度の高いメタンガスが取れた。どうやら帝国は天然ガス資源に恵まれているらしいわ。

 私は適度な大きさの魔石に気体分離と液化の効果を付与し、丸い木の棒で鋳型用の粘土をグリグリとさせて棒より少し太い穴を開けて常温鋳造で棒の周りに金属を流し込んで作った細い管の両端に、ゴムで密着させるようにして魔石を設置した。

 これに密閉された金属の容れ物に細いガス栓をつけ、先ほどの気体分離の効果の魔石を水溶性天然ガスが含まれた水に漬け込み、逆側の魔石から出てくる液化天然ガスを流し込んでやり、ある程度溜まったところで栓を閉めた。一応、漏れがないかバケツに入れて密閉性を確認した。

 その後、今度はゴムホースで離れた場所に置いたガスバーナーを通してガスを放出して火をつけて空気の量を調整してやると、細い金属の口からガスバーナーのような青い火が灯った。


「こんな感じでガスを取り出して利用します」


 続いてガスコンロにも接続して、チャーハンを作って振る舞った。ガスコンロは久しぶりだけど、やっぱり炒め物は魔石コンロよりガスの火を使った方が使いやすいわ。この調子でガスストーブや、風の魔石を組み込んでガスヒーターとかを作ってやれば、まきを燃やすよりは暖かいはずよ。


「素晴らしいじゃないか!早速、ボンベやガス器具とやらを作らせよう」


 これで解決とガスコンロの火に手を当てて無邪気に喜ぶ様子を見て、ガスの危険性も知らせておいた方がいいと判断した私は、ガス爆発の様子を見せることにした。

 まず、錬金術で出入り口のない薄い密閉された金属容器をつくって液化天然ガスを封入して何もない広い場所に置いた。次に、ブレイズさんに耳栓をしてもらって氷結の大盾を構えてもらい、雷撃の効果を付与した魔石をやじりとした矢を作り、洋弓で百メートル先から放つと同時に盾に隠れて耳をふさぐ。


 ドゥゥン!


 盾越しに上を見ると特撮ヒーローモノでお馴染みの炎が燃え上がる様子が見て取れた。こんな時に不謹慎だけど懐かしいわ。どうせやるならガソリン系のナパームの爆炎が見たいところね。

 後ろを振り向くと、さらに遠く離れた場所で見ていたルイーズさんが驚愕する様子がうかがえた。まだ火薬がないから、この規模の爆発は珍しいのかも知れないわ。


「とまあ、ガスが漏れて引火すると危険なので、取り扱いには注意が必要です」

「わ、わかった。周知徹底させるようにしよう」


 私は引火して爆発すること以外に、炭を燃やした時の中毒症状と同じようなガス中毒の可能性も一応は指摘したけど、そこまで密閉性の高い住居はないから多分大丈夫でしょう。念のため、ガス事故の緊急対策として中級ポーションを、ガス中毒にはキュアポーションを街や村に一定数置いてもらうことにしたわ。

 危険性を一通り説明した後は、ガスの採掘の方法についてより詳しく説明した。より効率的にやるには、蒸気機関を使った井戸ポンプで組み上げてバンバン取り出す必要があるけど、蒸気機関を輸入したり自国で作れるようになる必要があるので、後日の課題ということになったわ。


 ◇


「ふぅ、それにしてもガス爆発はちょっとびっくりしたわ」

「ちょっとじゃないだろ」


 実験の後、ブレイズさんにガスコンロとガスボンベは取り上げられてしまった。危険過ぎるとか大袈裟ね。


「十年や二十年もすれば、一般的に使われるようになるわよ」


 精密加工技術と天然ゴムの輸入が必要だけど。帝国にも港はあるのだし、南大陸と直接貿易するか、ボルドー商会のビルさんのように南大陸との貿易に実績のある商人に用立てて貰えば、やがては一般化するでしょう。


「じゃあ十年したら使ってもいい」


 もう。ガスコンロの火加減は惜しいけど、危険性を自ら説明したから仕方ないわ。私には魔石コンロがあるから、それで十分よ。


「それにしても、寒波が襲っていたはずだけど、最近はやけに暖かいわね」

「ああ、これなら別に来なくても大丈夫だったかも知れないな」


 帝国を襲っていたはずの猛烈な寒波は数日前から体感できるほど緩んでいた。私は食後の紅茶を淹れながら、その数日前に見かけたフェンリルの子供を思い浮かべた。ひょっとしたら、親フェンリルが何かしたのかも知れないわね。

 ライブラリの知識によると、北方では寒波に襲われると祈祷をして神使であるフェンリルにお供えをしていたという。そんな事をした知らせは聞いていないから、長い歴史の中でそういった風習も廃れていったのでしょう。


「神獣って聞いたことある?」

「なんだそりゃ。知らんぞ」


 やっぱり。人里に降りてくることはほとんどないのだから、普通の暮らしをしていればほとんどの人は会う機会は訪れない。わざわざ高山を登るのは猟師や私たち錬金薬師くらいのものよね。効果があるかわからないけれど、ルイーズさんに伝えて、帝国に残る過去の文献とかを元に祈祷の復古を勧めてみましょう。

 私はフルーツの香りがする紅茶をたしなみながら、今後の予定について思案を巡らせていった。


 ◇


「これがガスの採掘の工程表とガス採掘設備の図面で、こちらがガスボンベとガスストーブ、その他コンロやバーナーの図面よ」


 あれから帝国の鍛冶職人のゲーツさんと共同で設計を進める事となり、ドラフターで書いた図面を見せてポンプでガスを含んだ水を吸い上げる構造、そこから魔石によりガス液状でガスボンベに溜め込む仕組み、最後にガスを完全燃焼させるための空気との混合といった一通りの仕組みを説明した。

 流石に球状の大型の貯蔵施設まで作るのは難しいし、最初から密閉性を担保した加工は難しいでしょうから、王国と同じように精密な部品は始めは私がつくって、保険にボンベにも補強用に硬度強化や液状化維持の魔石を設置できるようにして、技術の進歩とともに徐々に移管していくことにしたわ。


「嬢ちゃん、いや、聖女殿。その鉛筆ってのはどこで手に入るんだ?」

「嬢ちゃんの方が気楽でいいわ。鉛筆は王国で大量生産してるから輸入すれば買えるわよ」


 まあ、そんなに難しいものじゃ・・・いや、鉛筆の芯の生産だけは私の一様化の効果を付与した魔石じゃないと安定生産できなかったかしら。一応、生産方法を教えて一様化の効果を付与した魔石を渡し、可能なら帝国で地産地消するよう勧めた。


「鉛筆ができたら、こんな台を作れば設計がはかどると思うわ」


 私は魔法鞄からテッドさんにつくってもらったドラフターを出して紙に2HBの鉛筆で細い線を引いて見せた。ゲーツさんはドラフターを細部までじっくりと観察した後、今までの仕事で通じるものがあったのか仕組みや機構の利点を理解したようだった。


「わかった。何か他に俺たちにできることはねぇか?」

「そうね・・・ちょっと帝国の鉱石を融通して貰えないかしら」


 色々つくっていたら材料がなくなってしまったわ。疫病の時を教訓に食材だけは忘れなかったけど、こんなにものを作るとは思っていなかったのよ。そう言うと、ゲーツさんはお安い御用だと若手に指示して一山持って来させた。

 私は成分の確認に鉱石に含まれているものを錬金術で元素ごとに分解していくと、鉄の他に銅も多く含まれていることがわかった。これなら熱伝導性が良い銅の部品も作れそうね。私は試しに常温鋳造で一様化を掛けた鉄のパイプと銅のパイプを作ってみせ、ゲーツさんに渡した。ゲーツさんは一度融解したように見えたのに熱を持たないそれを手に持ちしげしげと見つめた後、感心したようにいった。


「錬金術ってのはすげぇな」

「大きなものは金属が流れ切る前に固まるから作れないわよ」


 この後、私は常温鋳造の利点の欠点を伝えて、互いが作る部品の擦り合わせを行なった。これで帝国でもある程度のものは作れるようになりそうだわ!

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