第64話 キルシェの竜騎士連隊

「笑ってしまうほど上級ポーションが出来たわ」


 行水体勢で神仙水を汲みながら八重合成で八本ずつ上級ポーションを生成していたら、魔法鞄が神仙水で一杯になるまでに八百本くらい出来てしまったわ。中級ポーションがぶ飲みの時代は終わりを告げ、これからは上級ポーションがぶ飲みで不眠不休のノンストップ作業の時代が到来するのよ!


「嫌な暗黒ブラック時代が来たな」


 言わないでちょうだい。そう、今まで上級ポーションを消耗品のように使えるような環境になかったから気がつかなったけど、上級ポーションなら睡眠を取らなくても済む事に気がついてしまったのよ。人間、知らない方が幸せなことはあるものね。

 つまり、その気になれば上級ポーションを飲みながら白糸の滝が尽きるまで朝晩ずっと上級ポーションを生成することができるということなのよ。


「この禁断の知識がフォーリーフの後世に伝わってしまうなんて!」


 まあ、何かの役に立つこともあるでしょう。よく考えたらお腹一杯になってずっとは作業できないわよ。待って、錠剤に出来たら・・・はい!考えるのやめた!


「そろそろ出発しましょう。ここに居ると良からぬひらめきが次から次へと湧いてくるわ」

「わかった、日程的にもここらが限界だしな」


 白糸の滝でデトックスするはずが、とんだ行水修行になってしまったわ。こうして私は白糸の滝を後にした。


 ◇


「エーレンさん、お久しぶりです」

「ようこそおいでくださいました、通商条約締結の調印式まで数日ありますので、それまでゆっくりしていてください」


 今回の条約締結はエーレンさんが全権大使として行うそうだ。不測の事態があっても、光報により即時ベルゲングリーンに直接問い合わせをすることができるようになったことで、権限移譲が進んだそうだ。


「今までだったら外務大臣、宰相、王族のどなたかにお出でいただくところでしたが、便利な時代になったものです」

「それはよかったです、頑張った甲斐がありました」


 そう、通商条約締結で干物がゲットできるところまでググッと近づくわ!


「調印式は大神殿の一室で行います」

「なるほど、わかりました」


 私は窓の外に見える大神殿に目を向けた。相変わらずうっすらと光が立ち上っているわね。ひょっとして、あれが神仙水に含まれる微量の神気プラーナなのかしら。だとしたら、微量じゃないとどうなるのか・・・って、また余計なものを作りかねないわね。

 頭を振って考えを追い出すと、エーレンさんに挨拶をして休息のため与えられた部屋に向かった。


「神仙水で日本酒を作ったら神酒が出来たりして」


 ベッドに横になって一段落すると、グルメ探求心という名の好奇心がムクリと身を起こした。既存の純米酒に吟醸アルコールを追加して神仙水を加えて合成してみようかしら。

 そう考えて、私は純米酒の口を開けて前に置くと錬金術を発動した。


「吟醸アルコール生成、魔力神仙水生成、昇華合成・・・」


 よし、できた。鑑定してみましょう。


 神酒(++):神前に供えるためのお酒。特級。


 出来た!出来たけどお供え用だったわ。あれね、月見団子と一緒に供える日本酒みたいなものに違いないわ。折角作ったのだし、大神殿に行った時にお供えしましょう。


 ◇


 次の日の夕食、条約締結の事前知識として西のキルシェについて聞いてみる事にした。


「キルシェ王国はどんな国なんですか」

「気候はブリトニアと同じで寒冷地が多く、国土は広く西の海岸まで続いています」


 要は西のブリトニア帝国と考えて良さそうだわ。真ん中にフィルアーデ神聖国がなかったら大陸の覇を競って不毛な戦争をしていただろうとのこと。そして、今でもドラゴンが多く生息しており、大陸でもっとも冒険者が活躍していることから、冒険者ギルドの本拠地があるのだとか。


「そんな、どうして北西にばかりドラゴンが・・・ずるいわ」

「なんでだよ、ドラゴンなんて居ない方が平和でいいだろ」

「教会に伝わる伝承によると、南東の錬金術師たちの活躍により狩り尽くされてしまったようですね」


 嘘かまことか、かつての錬金術師たちは一振りでドラゴンをも丸焼きにしたり氷漬けにする剣を片手に、野生の鹿を狩るかのようにドラゴンを仕留めてはしょくしていたとか。

 やがて生命の危機を感じたドラゴンたちは南東から一番遠い北西に一斉に大移動をしたと伝えられているそうです。


「そんなことあるはずがありませんけどね、はっはっは」


 そう言って笑うエーレンさん。


「前半部分は、どこかで聞いたような気がする話だな」


 ボソッとつぶやくブレイズさん。

 もう、情けないわね。そこは地上最強の竜種として、根性を見せるところでしょう。薬草と同じで、細心の注意をして狩り尽くさないように気をつけてたのに。

 何やってんのよ、ドラァ!


「そしてキルシェでは竜騎士というものがいるそうです」

「竜騎士?」

「なんでもドラゴンと子供の頃から過ごして心を通わせ、人竜一体となって空を駆けるのだとか。キルシェでは竜騎士は一騎当千の強者つわものとして尊敬されているそうですね」


 ドラゴンを飼うなんて凄いことを考えるのね、つまりということじゃない。でも、竜に乗って一騎当千なんて・・・


「よほど曲芸じみた飛行をするのでしょうね」

「多分、お前が想像していることは何一なにひとつ合っていないと思うぞ」


 失礼ね、キルシェはブリトニアの代わりに海産物カツオブシが取れて尚且つドラゴンステーキ食べ放題のグルメ国家、ちゃんと理解しているわよ。これで通商条約締結前の事前知識はバッチリね!


 ◇


「お久しぶりです、教皇様」

「おお、聖女様。お久しぶりでございます」


 うう、やっぱり聖女呼びは厳しいわ。でも今日一日過ぎれば終わりだから耐えるのよ。


「キルシェの使者は到着されましたか」

「本日ドラグーン卿が竜に乗って来られるそうです」


 なんと、あの竜騎士というやつかしら。それはちょっと見てみたいわ。エーレンさんも興味を持ったようで、外で出迎える事になった。しばらくして、西の空に数頭のドラゴンが見え始めた。


「ドラゴンを養殖できるのは本当のようね」

「お前、そんなこと考えていたのか」


 ブレイズさんが呆れたような声を出したけど、物珍しいドラゴンの連隊に目を離せない。

 やがて目の前の広場に騎士を乗せたドラゴンたちが降り立った。思ったよりずっと若いドラゴン達だわ。まだ子供じゃない。これじゃ、まだまだ食べ頃には程遠いわね。

 そんな幼いドラゴン達は、私を見たかと思うと・・・一斉に腹を見せてひっくり返ってみせた。

 あらら、騎乗していた騎士さん達、痛そうだわ。


「あの、大丈夫ですか?」


 よかったらどうぞと、私は魔法鞄から中級ポーションを取り出して差し出した。騎士さん達は仰向けになったドラゴンの下からい出ると、私が差し出したポーションを飲んで人心地ついたのか、謝辞を述べた。


「ありがとう、助かった。私はキルシェ王国の竜騎士団団長ドレイク・フォン・ドラグーンだ」

「私はベルゲングリーン王国の錬金薬師メリアスフィール・フォーリーフです」


 こんな事は初めてだと仰向けになったドラゴン達に起きるように話し掛けたけど、一向に起きる気配を見せない様子に戸惑っているようだ。


「あの、よろしければ起こしましょうか?」

「は?いや、無理じゃないか?」


 私は大丈夫ですと言って、幼いドラゴン達に合図をした。


 ドンッ!


 右足で大地に向かって震脚しんきゃくを放つとドラゴン達は一斉にムクリと起き出し、私の前に一列に並んだ。


「これで問題ないですね」

「あ、ああ・・・」


 こんな子供のドラゴン達じゃ、私から立ちのぼる地脈を見たら震え上がってしまうわよ。せめて、この子達の祖父おじいちゃん曽祖父ひいおじいちゃんを連れて来ないと、そこで思考を一旦区切ってドラゴン達を見回して続けた。


(食べても美味おいしくないわ・・・)


 その思いに反応してか、ドラゴン達はブルブルと震え上がった。

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