第63話 白糸の滝の思わぬ効果
「エープトルコには淡白な対応を期待したいところね」
「
エープトルコに向かう道中、私はふと外の風景に目をやると、池に向かって草を投げ入れている
「止めて!」
私は蒸気馬車を止めてもらい、先ほどの池に草を投げ入れている農村の人に声をかけ、何をしているのか聞いた。
「何って、稲の苗を投げ入れてるんだ」
まさかの苗を投げ入れる時代の農法だった。なんてことなの、水田とか田植え機とか、そんなレベルではなかったわ。水路すらない池ポチャ農業なんて信じられない。
思わず苗に鑑定を掛けたところ、品種も品質もバラバラだった。
「いきなり馬車を飛び出してどうしたんだよ」
私の後を追ってきたブレイズさんが後ろから声をかけてきた。私はなんでもないと答えると蒸気馬車に戻っていった。そう、私は何も見なかった。あんなの一部の農村だけよね。そう自分に言い聞かせて王都の大使館に向けて再出発し、窓の外を見続けた。
「まさかエープトルコがこんな原始的な稲作をしていたなんて思ってもみなかったわ」
結果としては変わり映えしない風景が続くのみだった。そりゃ水田なんてあれば、店で売られる米をみる前に気がついていたはずよね。こんな原始的な農法でも肥沃な土地だから問題なく育つのだろう。そのうち需要が増していけば供給側も進歩していくに違いないわ。
とはいうものの、見てしまったからには見過ごすのも忍びないわ。私はキャンピングカーの中で水田農法の基本を一から書き始めた。
「なあ、また自分からドツボにハマろうとしてないか?」
うるさいわね。そんなことは言われなくてもわかっているのよ。でもちゃんとした農業をすれば今の何倍も多く収穫できるだけでなく、味も段違いでさっき苗を見せてもらった限りでは
そんなことをしているうちに大使館に着いた。
◇
「スポーン王国は随分柔軟な考えができる者が揃っているようですね」
エープトルコの駐在大使であるワイズリーさんは、エイベールさんからの手紙を読み終えると、そんなことを言った。エープトルコではそこまで他の国の良いところを取り入れようと
「あの、ここに来るまでに稲作を見て改善案をまとめたんです」
改善に向けた分厚い稲作の手順書と改革に関わる工程、田植え機や刈り取り機、水を汲み上げるポンプに水路などの区画整理図を魔法鞄から取り出してワイズリーさんに見せた。そして、こうすれば今の何倍も収穫できて美味しく、また
「・・・踏み込み過ぎですな」
いくらエープトルコが呑気なお国柄でもここまで詳細で具体的に書かれたら農業振興に積極的な内政派閥が黙っていませんよとワイズリーさんは苦言を
仕方ないわね、でも最低でも餅米は分けて作って欲しいものだわ。というか、稲と大豆しか考えていなかったけど、この国にはひょっとして
行きは日程に影響するから時間を取れないけど、帰りに市場を回ってエープトルコの特産品を見て回るしかないわね。これならスポーンみたいに一から十まで見せてもらう方が精神衛生にはよかったわ。
結局エープトルコの謁見では形式通りの挨拶を交わすのみで終わった。受け答えをしていた宰相さんが、またしても見覚えのある懐中時計をチラチラと見ていたのが印象的だった。時計というのは悪魔の発明なのかもしれないわ。
◇
「これで後は白糸の滝でもゆっくり見物しながら峠越えすればいいだけね」
「ああ、前回を思えば随分と余裕のある旅になったな」
そう言ってブレイズさんは私が作った高山病予防ポーションを受け取ると、他のキャンピングカーに配布しに行った。
今回はフィルアーデ神聖国の西の国との通商条約だそうだけど、よく考えたらエープトルコ王国の西にも国は存在するでしょうし、エープトルコを経由した通信網とかは考えなくていいのかしら。帰ってきたブレイズさんに聞いてみると、エープトルコの西の国は中立国で、敵か味方どちらに転ぶかわからないので保留だそうだ。帝国が北から攻めてきて情勢が傾いたと見るや、いつ攻めてくるかわからない国は危険だとか。
「今回、条約を結ぶ国は問題にならないの?」
「フィルアーデ神聖国を間に挟んでいるから攻めようがないからな」
どちらかといえば、エープトルコの西の国エルザード王国が攻めてきた時に、手薄になった北からエルザード王国に攻めてもらえるような同盟関係が望ましい。そのためには、三国同盟としてフィルアーデ神聖国の西に位置するキルシェ王国と関係強化するに越したことはない。そういった地理的な条件に起因するようだ。
「敵の敵は味方みたいな論理で殺伐としているのね」
「外交なんてそんなもんだ」
でも友好関係を結ぶに越したことはないってわかったわ。おかげで堂々と干物を輸入するためのインフラを整えられるから良しとしましょう。そして、刺身用の生魚は東と南の海でなんとかするしかないわね!
私は頭の中の食材マップを更新しつつ峠越えに向かって出発した。
◇
「すごーい!これが白糸の滝ね!」
フィルアーデ神聖国に続く道中で、切り立った岩の間から
飲めるのか確認するために鑑定をしてみたところ普通の水じゃなかった。
神仙水(−):ごく微量の
「神仙水?ライブラリにもないわね」
この水で試しに中級ポーションを作ったらどうなるのかしら。
「魔力神仙水生成、水温調整、薬効抽出、薬効固定、冷却・・・」
チャポン!
どれどれと鑑定で見てみる。
上級ポーション(++):軽い欠損や重度の傷を治せるポーション、効き目最良
え!上級ポーションができてるじゃないの!じゃあ上級を作ったらどうなるのかしら。
右手に月光草、左手に癒し草、そして中央に神仙水を汲み上げた瓶を置いて、
「二重魔力神仙水生成、水温調整、薬効抽出、合成昇華、薬効固定、冷却・・・」
右手に浮かべた真紅の魔力神仙水と左手に浮かべた赤色の魔力神仙水が両手の間で混ぜ合わされ、お椀のようにした両手の平の上に黄金色をした最上級ポーションと思しき水球が浮かんだ。出来上がったポーションを瓶に詰めて鑑定をすると、
最上級ポーション(++):
嘘でしょう!?上級ポーションの材料で最上級ポーションが作れてしまったわ!じゃあ、最上級ポーションの材料で作ったら何ができるのかしら。
「ブレイズさん、とんでもない発見をしてしまったわ」
私は今作成した最上級ポーションと上級ポーションを見せて、この白糸の滝の水をポーション作成で使った場合の効果について話した。
「じゃあ、今まで量産していた中級ポーションが、そのまま上級ポーションになっちまうのか?」
「そうなるわね。この最上級ポーションだったら胴体から真っ二つでも完治するわよ」
生きてさえいれば胴体から下がなくても助かるわ。もっとも、そこまでされたら普通の人間はショック死するから口移しで飲ませて心臓マッサージしながら蘇生することになるけど。これでちょっとやそっとじゃ死ねなくなったわね。
「今までも手足切断や腹を刺されたくらいじゃ死なないだろ」
そうね。オーバーキルならぬオーバーヒールなのよ、最上級ポーションは。その最上級の上の可能性も見えて来てしまったけど、その効果が想像できないわ。若返りや不老、錬金薬師の夢と言われる不老不死の秘薬アムブロシアーとか出来たらやばいわね。その可能性はまだ私の中だけに留めておきましょう。
「毎年、神仙水が取れるのかわからないし、しばらくここで神仙水を魔法鞄に入るだけ取っていきましょう」
「わかった。他の奴らにしばらく野営すると伝えてくる」
微量でこの効果って
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます