竜滅の錬金術師
第62話 西の国との調印に向けた旅路
「お抱え職人さんも育ったでしょうし、もう春のコーデとか私がしなくてもいいんじゃないでしょうか」
シャッシャ、シャシャッ・・・
白地のハイウエストAラインのティアードワンピースに春らしい色合いのフード付きプルオーバーを被せたデザイン画を描きながら、目の前のテーブルで満足気にラムレーズンのマカロンでティータイムを楽しんでいる侯爵令嬢に、さりげなく服飾デザイナー引退アピールをしてみる。
「だ、駄目ですわ!そんなことになったら王都中の貴族令嬢が悲嘆に暮れてしまいます!」
「あ、はい。わかりました」
この世の終わりのような顔をして
そう思いながら私はできたデザイン画を侯爵令嬢に渡し、確認してもらう間に
「これからも季節のコーデをお願いしますね」
「かしこまりました、お任せください」
返事を返しながらメリアのお友達ポイントカードにデフォルメされた私のサイドテール顔のスタンプを押して渡すと、侯爵令嬢は胸の辺りで大事そうに受け取り、研究室を後にして去っていった。
パタン・・・ドサッ!
「はぁ〜、これってずっと続くのかしら」
ドアが閉じると同時にソファに身を投げ出して一気に脱力する私にブレイズさんが言う。
「諦めろ、と言うか自分でお任せくださいって言っていたじゃないか」
「そんなものは条件反射よ。前にも言ったじゃない、イエス・オア・イエスって」
これが盗賊とかドラゴンだったら問答無用で腹パンして黙らせているところよ!
そんな愚痴を吐きながら、光ファイバーの製作の続きに取りかかる。もうこうなったら光ファイバーをさっさと作って大陸の
そう、結局のところ山脈が雪解けしてもスケジュール的にフィルアーデ神聖国の西にある国々に向けて旅立つことはできなかったのよ。北のブリトニア帝国なら距離的には一ヶ月以内に往復でしょうけど、そちらは敵対国なので通信網は整備されていなかった。このままだと私が存命中にとんでもない格差が生まれる気がするけど、大丈夫なのかしら。
「というか、ブリトニア帝国と国交正常化するつもりはないの?」
「こちらから正常化する理由はないだろうな」
「なら東の海から北上した海域で漁業をするのはありなの?」
「かなりの沖合なら問題ないだろうが見つかったら
つまり
「詰んだわ、私のマグロ・カツオ漁計画」
ブレイクスルーをあきらめて考えるのをやめた私は、粛々と光ファイバーの生産やポーション作りに集中した。
◇
そんな私に新たな動きが知らされるのは数日経ったある日のことだった。
「フィルアーデ神聖国に訪問することになったぞ」
「え?教皇様が亡くなったの?」
そんなわけないだろうとブレイズさんは訪問の背景を話し始めた。どうやらフィルアーデ神聖国の西に位置するキルシェ王国と通商条約を結んで光ファイバーの敷設の段取りをつけるらしい。そこまで私の光ファイバーが届いていたのね。
でも待って、別に私は条約締結に必要なくない?
「そこは仲介を務めるフィルアーデ神聖国からの要望だそうだ」
仕方ないわね。干物のために一肌脱ぐとしましょう。
「というかフィルアーデ神聖国には敷設の許可とか取ったのかしら」
「お前が考案して自ら作ったものを敷設するのに許可は不要だそうだ」
それはありがたいのか畏れ多くて身震いするというか。私はフィルアーデ神聖国の礼拝堂での光景を思い出して寒気がしてきた。
ここはポジティブにいきましょう。今度こそ雪解け前の白糸の滝を見ることができるでしょうし、干物だって手に入れられるようになるのよ。ここで怖気付いたらカツオブシを
「うまくすれば、そのまま西の国に旅行するのもありよね」
私は新しい食の可能性に胸を膨らませて出発の日を迎えた。
◇
「ええ、スポーン王国の南に面する乾いた土地でできる葡萄なら、ベルゲングリーン王国の葡萄とはまた違った風味のワインが出来上がることでしょう」
「なるほど、それは興味深い。ぜひとも文化交流のためワインの造酒の方法についてご教示願いたいものです」
おかしいわね、フィルアーデ神聖国に向けて出発したはずなのに、なぜ私は町興しのような相談を受けているのかしら。旅で通過するスポーンの特産品を次から次へと見せられ、活用方法について聞かれている。
「まあ、素晴らしいデザインですわ」
ついでに言えば、それらのアドバイスと同時にセリーヌ姫のロイヤルウエディングドレスのデザインも同時進行で書かされているのよ。ベールとスカートが長い王室仕様で、服じゃないけど見栄えの問題でティアラもセットで書き込んでいる最中だわ。
「五分後に、昼食をご用意してあります」
そう言う係の人は、やけに見覚えがある四つ葉のレリーフが刻まれた懐中時計を手に、一分一秒も無駄にしない勢いでタイムキーパーを務めていた。
「ありがとう、ございます?」
ありがたいのかどうか微妙だけど、反射的に返事を返してしまった。
「なるほど、懐中時計というのはこういう風に使うんだな」
違うわよブレイズさん!いえ、違わないけどこんな使われ方をするとは思っていなかったわ。
昼食中も一品一品について味を問われ、お酒で肉を柔らかくした方が、とか、白ワインを使ったビネガーを加えれば、とか述べた感想を逐一メモに取っていく姿は誰かを彷彿とさせる。どうやら、スポーン王国はベルゲングリーンのやり方をとことん吸収する方針にしたらしい。
分刻みのスケジュールからやっと解放された私はソファに横倒しになってうめいていた。
「ちょっと、こんなの聞いてないわよ。ぱぱっと通過の挨拶をして終わりだって言ったじゃないですか」
「通信手段の影響もあって錬金薬師殿の手腕が広く知れ渡ったせいもありますが、あそこまであからさまにされると、
王の謁見でもあそこまで過密スケジュールにはしませんからね、そう言ってスポーン王国の駐在大使であるエイベールさんは苦笑いしてみせた。
とにかくこれで義務は果たしたわ。さっさとスポーン王国から脱出するわよ!
「一応、今回の件を踏まえた注意事項を手紙にしましたので、エープトルコの駐在大使にお渡しください」
わかりましたと返事をして手紙を受け取った私は、ふと気がついて通信網を使った光報で済むのではと言うと、急ぎではない一部の外交文章については、念のため文章でやり取りしているそうだ。外交官というのは用心深いのね。
その後、私は
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