第59話 通信士の起こり

「ウィリアムさん、ラム酒の遠心分離機ができたので近々そちらに送られるわ」

 <ついにできたのか、使い方は職人に聞いて届き次第使ってみる>


 王都近郊の街なので直通で話せるのはやっぱり便利だわ。


「お菓子で使うにしても、職人さんがお酒で飲むにしても、適しているのは三年熟成のラム酒よ」


 そこで私はホワイトラム、ゴールドラム、ダークラムといった熟成期間による種類の違いを話し、ウイスキーよりも高温多湿で寝かせることで熟成が早く進み、ウイスキーの半分から三分の一程度で熟成することを説明した。


 <ではうまくすれば三年でウイスキーの九年物相当のダークラムができるというわけか>


 ダークラムになればウイスキーやブランデーのように香りや味わいを出すことができ、使用した樽により変化する甘みや、コクの深いずっしりとした余韻が楽しめるお酒になるわ。ホワイトラムやゴールドラムは他のお酒やジュースと混ぜ合わせるカクテルのベースに使われるの。


「ホワイトラムができたら、また錬金術で加速熟成して調整を考えましょう」

 <わかった、まかせてくれ!>


 チンッ!


 私は受話器を置くと、乾いた喉を潤すためにお茶を飲んだ。これでお酒に関しては、あとはウィリアムさんの手腕次第というところまで来たわね。

 なんだかラム酒の話をしていたらお菓子を作りたくなってしまったわ。冬にふさわしいフォンダンショコラを作ってカリンちゃんに持って行ってあげましょう。


 ◇


「三国間で通信に使う信号の取り決めが済んだぞ」


 美味しそうにフォンダンショコラを食べる横でエリザベートさんが通信の進捗状況を話していた。最近、カリンちゃんに連絡を入れるとセットでエリザベートさんが付いてくるのは何故かしら。そんな疑問が浮かんだが、後回しにして通信の話にのる。


「では通信士を育成して信号から文字に復号できる人を増やす必要がありそうですね」

「なぜだ?対応表をみれば誰でもわかるだろう」


 私は熟練してくると信号パターンを暗記して、表を見なくても直ぐに文章に直せるようになることを話した。


「表をちんたら見ながら文章に変換していたら情報の鮮度が落ちてしまうし、専門家を作って任せればすぐ読み取って報告してくれることでしょう」


 前に話した光報サービス事業も、そういった人達の普段の仕事にすれば、儲けも練度も上がって一石二鳥よ。


「わかった。その通信士という役職を新たに作ることにしよう」


 これでよしと。何より私が信号表を見ながら復号なんてしたくなかったのよ。


「ところで国内の通信網は完成したのですか」

「村までとはいかないが主要な街は全て開通した」


 各都市や街の中での連絡は発展度合いに依存するから地方では領主のみの場合もあるようだけど、こんな短期間に王国全土を通信網で繋ぐなんてすごいわ。


「線を通すだけなら蒸気自動車で各拠点に運ばせて、蒸気馬車の定期便の脇に巻き線を付けて敷設させていば、あとはコンクリートで保護するだけだからな」

「ああ、剥き出しのままでとりあえず通したところもあるんですね」


 それなら直ぐに終わるわけだわ。もしケーブルが痛んだらまた作ればいいわけだし・・・主に私が。まあ天然ゴムでコーティングされているから放置しても少なくとも数か月は問題ないでしょう。


「ところで感熱紙はできたのか」


 私は魔法鞄からロイコ染料をベースにしたロール紙を取り出して差し出した。


「これに魔石で増幅した光をあてたり、火を近づけたりすると熱を持った部分が黒く変色します」


 性質上、夏に外気にさらしたまま長時間置いておくと、真っ黒になって使えなくなるという注意も付け加え、私は染料だけ用意して塗布する工程は化粧品のように製造委託したいことを話した。


「わかった、製造委託の調整は内務に回しておく」

「おねがいします」


 よし、これでほぼ終わったわね。私は美味しいフォンダンショコラに舌鼓を打ちながら、コタツでゴロゴロ計画に思いを馳せた。


「国内の次は国同士の通信だな」

「・・・」


 あまりにも短い夢だったわね。まさかスポーンもエープトルコも同様の通信・通話環境にしたいなんて言わないわよね。いけませんよ、姫様!友好国とはいえ他国にそんな安請け合いをしては!


「米や大豆の輸出の量が急激に伸びていて、輸出量を担保するために遠隔決済の要請が強くなってきている」

「私が持てる錬金薬師としての技量、その全てをもってして必ずや必要な量のケーブルを用意して御覧に入れましょう」


 私は胸に手を当て斜め三十度に腰を折った完璧な錬金薬師としての礼を取った。


「そうか、頼んだぞ」


 そう言って、気が付けばエリザベートさんは姿を消していた。


「ああ!私はなにを!」

「ケーブル量産機になると宣言していたぞ」


 呆れたように言うブレイズさんに、先程のやり取りがフラッシュバックして思い出された。なんてことなの、遥か遠いエープトルコまで届くケーブルを作らなくてはいけなくなったわ!


「いいわ、やってやろうじゃない!八重合成の極みを見せてやるわよ!」


 こうして中級ポーションがぶ飲みの果てしないケーブル生産ロードが幕をあけたのであった。


 ◇


「私は気がついてしまったわ。寝たままでもケーブルを生産出来るって」


 かつて先人は野営で睡眠下にあっても野生動物や魔獣から身を守るため、緊張を保つ術を編み出していたけど、その応用で、自動巻き取り機に生産したケーブルを巻き取らせることで、寝た姿勢のまま生産を続けられるようになったわ。私自身は地脈の土管、悟りの境地の先に睡眠下合成の極みがあったのよ。


「ポーション無しで二倍以上のケーブルが作れるようになって良かったな」


 でも、寝ている時もある程度の緊張を保っているせいか、微妙に気疲れしてしまうわ。あれから毎日のように生産し続けたのだし、そろそろエープトルコまで届く量のケーブルを生産し終えたのではないかしら。


「よし、今日はもうこれくらいにして、帰ってラーメンでも作りましょう」


 別に一日や二日遅れたところで大勢に影響はないでしょう。


 ◇


 麺を作る前に麺に乗せるチャーシューを作るため、ブロック肉とたっぷり入れた薬草を油を引いた鍋に入れて焼きを入れ、薬草の煮汁に日本酒を少し足して蓋をして煮汁がなくなるまで蒸し焼きにする。


「この間に麺を作るわよ」


 まずは錬金術で生成した重曹と、塩、水をよく混ぜ合わせた混合液を作る。それから強力粉と薄力粉を半々の割合でザルを通してキメを揃え、ボールに入れた小麦粉の中心にくぼみをつくって、先ほどの混合液を入れてダマがなくなるまで均等に混ぜ合わせ、五分ほど休ませる。

 その後、混合液を少しずつ加えながらご飯の柔らかさくらいになるように調整し、地脈を込めながら広げて畳んでを繰り返して麺のコシを作っていく。

 一時間ほど休ませた後に、うどんと同じように綿棒で広げて細い麺に切っていく。パスタ製造機みたいに専用の器具を使う方が簡単かもしれないけど根性よ!

 そうして、できた麺に打ち粉をして寝かせ、


「酵素生成、気泡摘出、一様化」


 本当は二、三日寝かせるところを熟成加速して完成よ。

 私は先ほどのチャーシューの火を止め、今度はラーメンをお湯で茹でて湯切りをし、醤油をベースとしたスープに麺を入れ、先ほどのチャーシューを薄切りにして乗せ、切った生野菜を入れた。


「シンプルだけど醤油ラーメンができたわ」


 はしで麺を掴んでズルズルと食べてみると懐かしい味がした。


「これもパスタやうどんとはまた違った味わいがしますな」

「スープを味噌味にしたり、鶏がらスープにしたり、あっさり塩味にしたり変えることで色々なラーメンを楽しめるのよ」


 なるほどと逐一メモをとる料理長。かなり端折ったから出来はそれほど良くなかったけれど、料理長が昇華してくれるでしょう。

 私は麺を食べ終わった後に、ご飯をぶっかけて卵を落としてかき混ぜ、ラーメンライスにした。


「はあ、久しぶりにちゃんとしたものを食べた気がするわ」


 このところケーブル作りばかりでろくに食べてなかったけど、やっぱり人間は三食昼寝しないとダメよね。もうご飯や大豆が尽きても我慢することにして元の生活に戻りましょう。

 私はふやけたご飯を卵と一緒に啜りながらスローライフへの回帰を決意するのであった。

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