第60話 国際通信の起こり

「もうエープトルコまで通信できるようになっていたんですか」

「ああ、今ではスポーンもエープトルコも主要都市間を結ぶ程度の通信ができるようになった」


 ペースダウンを決意した頃には、すでに当初必要とした量は作り終えていたわ。もう寝ながらケーブル作成をしなくていいのね。


「米や大豆の遠隔決済は出来ているんですか」

「それも試験的に実施したところ問題なく出来たそうだ」


 やった!これで当初の目的は達成したわね!さあ、帰ってコタツでゴロゴロ計画を発動するのよ。では、ごきげんようと帰ろうとしたところ呼び止めれらた。


「実はスポーンやエープトルコの外交筋から導声管による遠隔会話の技術協力の要請が来てな」


 今度は光ファイバー通信と同様にスポーンやエープトルコ国内の通話網の整備の協力のため、今度は導声管の方を作ってくれないかと言われてしまった。でも米とか大豆はもうキープしたし、今度はゆっくりやらせてもらいますよ。そう言って私は研究棟を後にした。


 ◇


「こんにちは、調子はどうかしら」

「おう、メリアの嬢ちゃん。久しぶりだな」


 私は差し入れに持ってきた錬金術で擬似熟成して作ったダークラムを渡した。


「先日話したダークラムよ、本当は三年くらいかかるけど錬金術で擬似的に作ったものよ」


 ストレートかロック、お酒が弱い人でどうしても無理ならジュースや牛乳、お湯で割って飲むと説明した。ソーダ割りとかカクテルは、また研究してからにしましょう。


「おう、ありがとよ」

「あと、これがラムレーズンのチーズクッキーサンドよ」


 レーズンをダークラムで漬け込んだラム酒を使った代表的なお菓子で、かなり美味しいから奥さんや娘さんにと渡した。ダークラム漬けだからテッドさんもいけるかも?


「いや、俺が食うと飯抜きになりかねん。これは女房や娘に渡しておく」


 あらら、仕方ないわね。料理長にダークラムを使ったラムレーズンのお菓子のレシピを渡して来たから、今頃はレーズンサンドをはじめとした代表的なお菓子が量産されているはず。今度はテッドさんが少し摘んでも問題ないほどのフルレパートリーで持って来てあげましょう。


 その後、以前エリザベートさんの依頼として伝えた信号記録装置、オルゴール、それから私的な依頼である懐中時計などの進捗を聞くと、オルゴールが出来た後で作ることになっていた宝石箱以外は出来ていた。


「すごいじゃない、もっと時間がかかると思っていたわ」

「ああ、王都一の細工師のガラクの爺さんに作ってもらったからな」


 私のオルゴールを見せたら、オルゴールの各部品のいびつつたない加工とは真逆の超精密な仕組みに大笑いして、ワシに任せてみろといったそうだ。

 私は試作のオルゴール箱を開けると、以前作ったノクターンが再生された。


「ちゃんとオルゴール箱になってるじゃない」

「ああ、そっちは見本があったからすぐ出来たぞ」


 私は箱の中に置かれていた銀製と思しき懐中時計をハンカチに包んで取り出すと、銀色の四つ葉のフォーリーフの蓋をパチリと開けた。中ではクリスタルに納められた外側の文字盤をなぞるように、長針と短針、そして秒針がチクチクと時を刻んでいて、中央に剥き出しにされた調速機と脱進機の精密な動きが美しい。

 ふと蓋の裏側をみると、サイドテールにした女性の姿絵が精緻せいちに描きこまれていた。


「信じられない!ガラクお爺さん天才じゃないの!?」

「天才は嬢ちゃんだろ。一応、俺も参考にして振り子時計を作ったぞ」


 そう言って奥から壁掛けの大きな振り子時計を運んできた。


「わ、シックなデザインでいいじゃないの」


 手元の懐中時計と比較すると、全く同じ時間を刻んでいた。


「こんなに大きさに差があっても同じ速さで回るんだから見ていて不思議だぜ」

「これを見て人に会う予定とかを合わせるんだから一緒じゃなきゃ困るわ」

「そこまでキッチリ予定を合わせないといけないのか?」


 私は顎に手を当てて必要性を考えてみる。


「いえ、合わせる必要ないわね。よっぽど忙しい人向けよ」


 自分で頼んでおいてなんだけど、時計を見ないといけないような人は働きすぎだわ!


「なんだ、じゃあメリアの嬢ちゃんにピッタリだな」

「・・・」


 ま、まあ蒸気馬車とかを定刻通りに発車させたり、料理で使うオーブンの焼き時間をはかったりにも使うのよ。忙しくなくても需要はあるわ。


「それから、これが信号記録装置だな。結局、大きめのゼンマイで作った」


 懐中時計に比べれば余裕だとか。オルゴールも結構長い間動くし、ゆっくり回転させるから長時間記録できるそうだ。


「ありがとう、色々とエリザベートさんに見せてくるわ」


 とりあえず出来たものをエリザベートさんに見せて、追加要望のほか、オルゴールの宝石箱の外見をどうするかも聞いてくるということで、私が個人的に発注した時計の決済を済ませてテッドさんの店を後にした。


 ◇


「以前に頼まれたオルゴールが出来たんだけど、どんな箱がいいですか」


 私はテッドさんの店で受け取ってきたオルゴール箱を手渡した。エリザベートさんが木箱を開けるとノクターンが再生された。


「これはすごいな、箱は王家御用達職人に作らせよう」

「わかりました、ではお持ちください」

「待て、中の銀のペンダントのようなものはなんだ?」


 あれ?渡されたまま持って来たから懐中時計もそのままだったわ。


「懐中時計というものです」


 私はハンカチで包んで懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開けるとエリザベートさんの方向から見やすいよう、対面の私から見て逆さ方向にして差し出した。

 その後、テッドさんが作った振り子時計も魔法鞄から取り出し、全く同じ時を刻んでいる様子を見せ、時計の針の働きを説明した。

 そして、離れた場所で同じ時間、同じタイミングで行動したり、決められた時間キッカリに人と会ったり、蒸気馬車のように公共の乗り物を時計の時刻を基準にして出発させたり、料理の調理の時間を毎回ピタリと同じ間だけ焼いたりするような時間を測る時に使うと、更に用途を説明した。


「オルゴールに使われている一定の速さで回転させる機構と基本的なところは同じです」

「これは素晴らしい。通信とこの時計を合わせたら一秒のズレもない行軍が可能ではないか」


 脳筋姫様エリザベートさんが想像する用途ユースケースは相変わらず物騒だった。思わず眉間を親指と人差し指で抑えてしまったが、そうですねと肯定しておいた。


「この時計も量産できないか」

「大きな方はできるかもしれませんが、懐中時計はガラクお爺さんしかできないかも」

「ああ、ガラクの手による物か。さすがだな」


 エリザベートさんによると、ガラクさんは王家御用達職人の一人だった。


「なんだ、じゃあエリザベートさんの方で依頼してくださいよ」

「わかった、これは芸術的価値もあって楽しみだな」


 その後、元々の本題である信号記録装置を見せ、光ファイバーに魔石を取り付けて試しに感光反応で記録する様子を見せた。


「これもゼンマイ式なので、ここの取手であらかじめゼンマイを巻いて使う必要があります」


 これで見逃しもなくなり長距離通信も確実に伝達されるでしょう、そう説明すると信号記録装置の出来に満足したのか、エリザベートさんは配備の指示をしてくると言って王宮の方に戻っていた。

 これで、エリザベートさんからの一通りの依頼がはけたわ。結局、一日に二回も研究棟にくることになってしまったけど、これで辺境伯邸に戻ってコタツでゴロゴロ計画が実行できるわ。私は目を閉じて布団の温もりに気をやりつつ帰邸の途に着くのであった。


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