第58話 国内連絡網の整備
「あれからカレーライスや丼物の調子はどうかしら」
<好調ですよ、輸送もエープトルコから蒸気船を使った海運の拡充に対して援助が出る様になって低コストで済んでいます>
私はボルドー商会のビルさんとコメを使った飲食業の展開について打ち合わせをしていた。
あれから、王宮だけでなく王都の有力商会にも連絡が取れる様になり、商売のやり取りのスピードが格段に上がっていた。
「ところでこの通話機はどうかしら」
それなりの利用料金と敷設費用を払わないといけないので、利用出来る者は限られていたからなかなか率直な意見を聞く機会に恵まれなかった。
<王宮や貴族家の様にお会いするにしても手間がかかる顧客に重宝してますよ>
これなら先触れを出して日取りを決める必要もなく先方の都合でいつでもご用件を承る事が出来る。高貴な方々に御用聞きに遣わせる事が出来るレベルの者を雇ったり、それに付随する馬車を維持する費用を考えれば安いものだとか。
<あとはそのまま決済出来れば言う事無しですね>
今は相手を信用して取引をしているけど、未払いが生じたら相手を考えると取り立てるのは厳しいようだ。
さすがにオンライン決済にまで要求が及ぶとは考えてなかったわね。ギルド証の決済って超音波とか電波なのかしら?
「ちょっと試したい事があるので付き合ってくれますか」
私は、試しにビルさんに通話機か光ファイバーの通信線に接触させて少額請求してもらったら光ファイバーの方で決済出来てしまった。どうやらギルド証の決済は光、もしくは、光に類似した性質を持つなにかを利用しているようね。
<これは素晴らしい発見です!これなら離れていても取引が成立しますよ!>
ギルド証の決済は大昔の使徒が作ったそうだけど、とんだオーパーツだわ。これならモールス信号より入金額や決済額で“早く来い(88951)”の方が早いくらいよ。大抵の人はそんな内容の為に金貨を大量に払えないだろうけど。
でも光…ね、そういえば感光紙を一定スピードで送り出して光増幅の魔石を通して焼き付ければ、信号の長さをそのまま紙やフィルムに焼き付けて記録できそうだわ。いいヒントになったかもしれない。
そんな事を考えながら私はお礼を言ってビルさんとの通話を終えた。
◇
私は光ファイバーを通したギルド証での決済の報告書と、信号の記録方法を感光紙、それから適度な光増幅の効果を付与した魔石に、以前に旅の道中で作ったオルゴールの板バネによるゼンマイ式の送り出し機構をつけた記録装置を作ってエリザベートさんに見せた。
「理屈はわかったが、この音楽を奏でるカラクリは関係があるのか」
「いえ、それは試作の為に別に作っていたオルゴールというものを転用しただけです」
オルゴールの方は、本当は宝石箱とかオシャレな箱に仕掛けて音を楽しむもので、ゆっくり回転するなら何でも良かったという説明をした。手回しだと一定速度という雰囲気が伝わらないし、小型蒸気機関やモーターじゃ速過ぎて変速ギアを作るのが面倒だったのよ。
「わかった、記録装置はもちろんだがオルゴールも単品で作ってくれ」
仕事が増えてしまったわ。オルゴールはテッドさんを通して細工師の人に加えて宝石箱みたいなものを作っている人との協業を頼みましょう。というか曲はどうするのかしら…って、私しかいないじゃない。五線譜とロール譜面をある程度作って凡例を作るしかないわね。
本題の決済は敷設する際に説明させる事にして、記録装置もキチンとした形に完成させ、敷設先に配布する事になった。
「街と街を繋ぐ計画は進んでいるんですか」
「王都と主要四都市の間はもう繋げた」
都市間は流石にケーブル剥き出しというわけにはいかないから、カバーする配管と石が必要になった。基本的には防水のために合成ゴムの配管でカバーして、コンクリートで保護する。
コンクリートは、火山灰や珪藻土などの適当な天然ポゾランを持ってきて、錬金術で生成した水酸化カルシウムを加えて簡単なセメントを作ってみせたわ。街道の両脇にコンクリートを敷設していき、その中をゴムの配管を通した特殊導声管と光ファイバーを通す構造よ。
「ちゃんと声は届いていますか」
「若干、聞こえ
光ファイバーの方はまったく問題ないそうだ。テクノロジーのベースが違いすぎるものね。でも伝言役を置けるなら、国の緊急連絡はしやすくなったのかもしれない。
一般利用を考えると声の方は役人を通すことになるから、利益率に関することなど検閲を避けたい内容は難しいでしょう。光による信号通信や決済については、場合によっては独自暗号も使えるから直接やり取りできそうね。
場合によっては電報サービス会社を作って一般の人に回線の恩恵を小売りすることもできるわ。光通信って原始的な方法でも凄いのね。
「それでは国と国の間では基本的には光ファイバーを使った信号通信になりそうですね」
「ああ、いま三国間で共通の信号を検討させているところだ」
それが出来たら、スポーンを隔てたエープトルコでも直通で通信できるようになる。そう言って喜んでいるけれど、商人ならともかくエリザベートさんがそんなに喜ぶことかしら。
「なにを言っている。ほぼ時間差のない連携した軍事行動がとれるのだぞ」
「ああ、そういう・・・」
私はもっと平和的な電報サービス事業という一般利用向けの概念を伝えた。いえ、電気を使っていないから光報サービスかしら。
「それは面白い。メリアが存命のうちは喫緊の軍事行動もないわけだし、始めは商業利用がいいだろう」
「広く使われていけば技術も進歩していきますから」
やがてはテレビ会議だろうと高速通信だろうとできるようになるのでしょう。順番が逆だけど、もう決済までできてしまうわ。
その後、エリザベートさんは新しい決済手段や記録方法、光報サービス事業について話すために王宮に戻っていった。
◇
「本当にメリアの嬢ちゃんは次から次へととんでもないものばかり持ってくるな」
エリザベートさんに話をしたあと、私はテッドさんのところで信号記録装置とオルゴールの依頼の話をしていた。
「記録装置の方は、別にゼンマイ式じゃなくても一定速度にできれば蒸気機関でも手回しでもなんでもかまわないわ」
ゼンマイだと途中で止まるし、エリザベートさんが想定するような公式のものは、超小型蒸気機関でも作ったほうがいいのかもしれない。モーターや電池は量産ノウハウがないし、電池が切れた時に充電するのが手間だわ。
「わかったけどよ、このゼンマイってやつは普通考えつかねぇぞ」
渦巻き状に巻かれた板バネが元に戻ろうとする力を回転に利用するだけでなく、それを一定速度の回転に保つなんてと感心するテッドさんだけど、私が考えたわけじゃないから!
そこから精密な腕時計や自動巻き腕時計などにも展開できるのだけど、腕時計は無理でも懐中時計くらいなら行けるのかしら。
「無理かもしれないけど、そのゼンマイを使って手のひらくらいの大きさの時計を動かしたりできるとありがたいわ」
私は一日二十四時間として、十二時間、六十分、六十秒で一周する長針、短針、秒針の懐中時計を書いてみせ、オルゴールにも使った調速機と脱進機により一定速度で歯車が回転するからくりを説明した。
調速機で、ヒゲゼンマイの伸縮でテンプと呼ばれる輪が振り子と同じ原理で規則正しい往復回転運動を繰り返し、脱進機では、ガンギ車とアンクルの組み合わせで、テンプの往復運動を秒ごとに動く秒針の歯車を回転させる動きに変える仕組みよ。
秒針が六十回転するうちに長針のギアが一周、長針のギアが六十回転するうちに短針を十二分の一だけ回転させるようにギア比に調整することで、一定の速度で動く時計が機能するわ。
「とびっきりの熟練細工師じゃないと無理だな」
「信号記録は信号の長短が分かればいいから、そこまで精密に同じ速度で回すことにこだわらなくても大丈夫よ」
そりゃ助かるとオルゴールを机に置くテッドさん。でも、今までだって振り子時計くらいあったのでは、と思ったらそれもなかったわ。
別に何かに追われるように仕事をしているわけでもないし、時間なんて太陽の動きで十分よね。
私はゼンマイ時計よりも簡単な振り子時計の図面を書いて、振り子の原理とそれを利用した時計の仕組みの理解から始めてもらうことにした。
「なるほどなぁ。振り子の振れ幅に関係なく、往復する周期は一定であることを利用するわけか」
「重りまでの長さが変わると往復周期は変わるから、それで調整するのよ」
ゼンマイの話が一段落して箱の話になったけど、宝石箱は意外にも家具職人が作っているそうで、ゼンマイが再現できるようになったら別途話をつけることになった。
一つだけだけどオルゴールの見本があるから原理を理解した今なら周期調整と加工精度次第だからいつかは作れるでしょう。
「そういえばラム酒の遠心分離機はできたぞ」
「えっ、本当に!?ありがとう!」
これでお菓子用のお酒はフルラインナップで揃ったわね。私はラム酒ができたらお菓子を作って持ってくると約束しようと思ったけど、酒でいいと言われてしまった。テッドさんが飲むとなるとカクテル用のホワイトラムやゴールドラムより、単品でガツンと来るダークラムの方がいいわよね。お菓子に一番適しているのもダークラムだし。
私は、味わいのある熟成酒は三年かかる話をして、また試しに錬金術で熟成加速したら持ってくると約束し、テッドさんの店を後にした。
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