伝送の錬金術師

第57話 通話と通信の始まり

「チョコクッキーが焼きあがったわよ」

 <わかった、今すぐいく!>


 スピーカーを作った時に思いつき、カリンちゃんの部屋に糸電話の糸の代わりに伝声管を限りなく細くした専用管を通して内線電話代わりの通話機を作っていた。使わない時は、スピーカーとは逆に振動抑止の魔石で抑える事でプライバシーを守る仕組みよ。


「研究棟の端から端にいく手間が省けて便利だわ」

「またとんでもないものを」


 とんでもないって、別に伝声管くらい大きな船とか要塞とかにあるでしょう。魔石無しでも水道管みたいなもので部屋を繋げて喋るだけで、ある程度の距離なら声が伝わるはずよ。


「来たよ、メリアお姉ちゃん!」

「ついでに詳しく聞かせてもらおうか、糸電話とやらを」


 なんかオマケがついてきたわ。どうやらカリンちゃんのところに居たらしい。


 ◇


「ではこれを使えば離れた場所でもその場にいるかの様に話せるのだな」

「あんまり離れたら、途中で中継用に振動増幅の魔石を挟まないと減衰してしまいますけどね」


 ある程度の距離間隔で魔石で再増幅してやれば遅延は生じるけど届く事は届くはずよ。交換局、もとい、伝声管の接続先を変えてもらう係の交換手を置けば、違う場所の違う人と話すこともできるでしょう。

 あれから詳しく聞いたところ伝声管もなかったわ。そんな大きな船はまだ無いし要塞の様な高い建物もないからよ。今まで原形すら無いものは説明が厳しい。


「これで国と国の間で話せるのか?」

「あまり遠いと音が反響・・・そう、山彦やまびこのように重なって聞こえなくなるかもしれないので、ある程度の距離で人間同士で話して、内容を伝言してあげる必要があると思います」


 それに、そんなに長い距離をチューブで繋ぐなんて、どれだけ人手がかかることやら。


「つまり十人やそこらで、数分足らずで伝令が伝わるというのか」

「まあ…そう、かな?」


 うぅ、エリザベートさんなら十人や百人どうとでもなるわね。でも、そこまでするならモールス信号で光をチカチカさせた方が楽だけど。LEDなら作れるし、錬金術でゴムチューブ内部をコアとクラッドの二層構造にした樹脂ガラスで置換すれば一キロくらいなら増幅無しで光を通せるから確実かも。


「なんだそのモールス信号というのは」

「たとえばトーントントントントーンって長音の間に三回鳴らしたら特定の文字という様にあらかじめ取り決めてですね…」


 私は簡単な信号化や暗号化の例を説明して光の明暗で文を送る概念を伝え、ゴムチューブ内部を二層構造の樹脂ガラスで置換して片方から光を当てて、逆側の端をピカピカさせて見せた。


「なんということだ。メリアの頭の中は一体どうなっているのだ」


 食べ物のことで一杯ですが。私はコタツに入りながら、カリンちゃんと揃ってチョコクッキーを食べながらお茶を飲む。


「メリアお姉ちゃん、どうせならテレビ作って!」

「それは、かなり無理かな。あはは・・・」


 フィルムの素材はわかってるから写真とか映写機はできるけど、デジタルなのはカリンちゃんを含めた後進が百年くらいかければ作れるんじゃないかな。


「よし、国中の街を繋いで国家間の連絡網を作るぞ!」

「ええ!そんなの何人の人手がかかることか」


 というか、この脳筋姫様、人手の問題じゃ止まらなかったわ!こうして、思わぬきっかけで国内通信網計画と国家間通信計画が立ち上がったのであった。


 ◇


「折角、人間製糸機を卒業したと思っていたのに、今度は特殊導声管と光ファイバー製造機にされていたわ」


 錬金術で通信通話用のケーブルを常時発動の錬金術で作っていき、身長ほどもある巻き取り機に巻き取らせて行く。糸と違ってあまり曲がらないからね。

 大体、いつでも通話できるなんていいことないのよ?仕事をあおられたり、顧客対応やクレーム対応で忙しくなるだけだわ。そのうち、この世界での二十四時間三百六十五日ニーヨンサンロクゴ対応を生み出しかねない諸悪の根源よ。

 それに、こんなものを一般にも普及させてしまったら、情報格差でとんでもないことが起きそうだけど、わかっているのかしら。


「早く情報が伝わるに越したことはないだろ」

「例えば、穀倉地帯で洪水が発生して小麦が駄目になった情報を王都の商人が今すぐ手に入れたらどうするの?」


 ブレイズさんはしばらく考える素振りを見せた後、


「王都中の小麦を買い占めるな」

「その通りよ」


 まあ、通信手段がなくても遅かれ早かれ同じ行動をするから、あまり考えないことにしましょう。その時は今の政治体制ならロイヤルパワーでどうとでもなるはずだわ。


 それにしても寒くなってきたし、鍋物が食べたいわ。醤油とみりん、それから野菜の煮汁で煮込んだ後に、卵に浸してパクリと食べる。そして残り汁でうどんと溶き卵を入れて最後までいただく。そんな暖かい光景を思い浮かべる。

 そろそろ、麺やうどんを作りましょう。小麦はあるし、カンスイや重曹なら錬金術で直接生成できるから何とでもなる。チャーシューを作って醤油ラーメンでも味噌ラーメンでも、塩ラーメンでも作れるはずよ。


「はあ、本当にまだまだ作っていないものがたくさんあるわね」


 カリンちゃんが数年もすれば自発的にレシピ開発するようになるでしょう。それまでは私がバンバンとレシピを世に出していかなくてはいけないわ。


「なあ、その作るのをやめればスローライフとやらに近づくんじゃないか」

「例えばの話だけど、今、ブレイズさんが三年前に戻ったら我慢できる?」

「もちろんだ、余裕で我慢できるぞ」

「そう、じゃあお酒は無しで「やっぱりできない」」


 ほら、ブレイズさんだって我慢できないじゃない。やめられないのよ!あれもできる、これもできると止まらない。それに、まだ十五歳だから過労死はしないでしょう。今のうちに作っておけば老後は楽に暮らせるはずよ。初めから、行き着くところまで行くしか道はないわ。

 そうこうしているうちに今日のノルマが出来上がったので連絡を入れる。


「もしもし、こちらメリア」

 <はい、どこに繋ぎますか>

「エリザベートさんのところにお願いします」

 <わかりました>


 すでに王宮内であれば主要な人物や部署には連絡が取れるような体制ができていた。交換手が自動化されたら電話と変わらないわね。


 <エリザベートだ、どうした>

「今日の分の特殊導声管と光ファイバーができたので研究棟の受付に渡して帰ります」

 <わかった、ご苦労だった>


 よし、看守報告ホウレンソウも済んだし帰って鍋に入れるうどんでも作りましょう!


 ◇


「今日は鍋の締めに使ううどんを作るわよ」


 私は薄力粉に適量の塩と水を加えながらうどんの生地を練り込んでみせる。力が要る作業だけど、十五歳になった今では、地脈の力を込めたコシのある最高のうどんが練れるわ。

 表面が滑らかになったところで十五分くらい寝かせ、打粉を撒いた板に押し付けて平らにしたあとに麺棒を使って更に引き伸ばしていく。

 適当な厚さになったところで三つ折りにして包丁でうどんの太さに切り分けていく。


 トントントン…


 打粉をまぶして今日食べるをとりわけ、残りは錬金術で乾燥処理をして保存食にして料理長に渡した。


「だいたい三分から五分茹でれば食べられるわ」


 天つゆをベースにしたスープで野菜と一緒に食べたり、逆に水で冷やして天つゆにつけて食べたり、醤油をかけて鉄板で焼きうどんにしたり、今日やるように鍋の残り汁を染み込ませて最後に食べたりする説明をした。


「見た目はパスタに似ていますが味はまた別ですな」

「パスタの様にうどんをベースにしたレシピが出来るって事よ」


 なるほどと新しい食材について逐一メモを取っていく料理長。これでうどんを使った料理が楽しめるようになるわ!

 私は夕食の鍋と締めのうどんを楽しみにして厨房を後にするのだった。



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