第55話 三国同盟のトップ会談

「まさか、半年もしないうちにスポーン王国に来るとは思ってなかったわ」


 ごく普通のパーティの席で穏便な音楽外交デビューを飾るはずだったのに、なぜか初っ端からから国外のスポーン王国を舞台にした三国同盟トップ会談に臨席することになってしまったわ。というか、私は別に国内に居ればよかったのでは。


「名目上は新しい楽器の紹介という文化交流だから仕方ないだろう」

「名目上ってことは別の意図があるの?」


 ありすぎてわからん。ブレイズさんはそっぽを向いて答えた。

 私にはさっぱり思いつかないんだけど。セリーヌ姫の件は感謝状までもらったし、エープトルコ王国ではヘマを起こしてないわ。私からすれば、オリーブの実もたくさん送ってもらったから、もう用無しなのよね。


「それにしてもキャンピングカーは本当に便利だわ」


 移動中なのに、やっていることが王都にいる時となんら変わらなすぎて、移動している実感が湧かない。コタツに入りながらバター醤油味のポテトチップスを食べているブレイズさんと、芋羊羹を食べながらお茶を飲んでいる私という構図は、王都の一室の風景と変わらない。

 暇なので板バネ式のオルゴールを常温鋳造で作っていて、あとは曲のドラムを作ればできるところまで来てしまった。曲のチョイスはオルゴール定番のノクターンでいきましょう。


「このバター醤油味のポテトチップスを食ってるとビールかワインが飲みたくなるんだが」

「さすがに酒の匂いをさせていたら不味いんじゃないの」


 といっても、トップ会談だけあって行軍するかのように兵士の守りに囲まれているから問題ない気もするけど。アルコールはキュアポーションで無理やり抜けるし。そうだ、煎餅せんべいにすればそこまで飲みたくなくなるんじゃ。後でキャンピングカーのキッチンスペースで米と醤油を使って作ってみましょう。


 ◇


「今日はここで野営を張るするそうだ」

「野営って気がしないけどわかったわ」


 私は天ぷらを揚げながら答えた。醤油、みりんを使って天つゆを作って天丼に適量をぶっ掛けた。カツオブシやエビかイカがあれば完璧だったんだけど、久しぶりに天丼を食べたくなったわ。はい、白身魚の天ぷらに秋の菜葉と芋の付け合わせよ。


 サクッ!


「やっぱり安心するわ、天つゆというか、みりんが演出する奥行きのある甘みは」

「ソース以外にもこれほど合う調味料があったとは」


 この美味しさを広めたいけど、今回は兵隊さんの人数が多すぎて料理を配れないわね。それに、今となってはそれほど兵隊さんの食べるものも粗悪なものというわけではないわ。


「固形化したルーを使うだけで簡単にカレーが楽しめるとは」

「このコメってやつにぶっかけて食うと最高だよな」

「ああ、これでビールを飲めたら言う事ねぇ」


 漏れ聞こえてくる話し声によると野営でカレーライスを食べているようだ。この勢いでコメが広まったら生産が間に合うか心配だわ。


「明日、スポーンの王都に着いたらどうするの」

「俺たちは用意された区画で一泊して、次の日の日中に会談、そのあとお前は夜会で演奏だ」


 ずいぶんと急な日程だけど、王様がいつまでも国を留守にしているわけにもいかないでしょうし、そもそも外交官を通さずに話すのが異例なのだとか。

 あまり考えていても仕方ないし、今日はさっさと寝てしまうことにしましょう。


 ◇


「久しぶりだな、スポーン王にエープトルコ王よ」

「ああ、直接ちょくせつまみえるのは王太子時代の外交での歓待パーティ以来か」

「思えば我らも随分と齢をとったものだ」


 トップ会談は思っていたより和やかな雰囲気で始まった。意外に、王子の時分に他国を訪問してパーティや舞踏会などで交流をしていた様で、王となって立場が変わってからも親交を保っているのだとか。それには同盟関係を強固にする意味もあるらしい。

 そんな談笑のあと、外務大臣と大使が側に控える中で本題に移ることになった。


「さっそく本題に移らせていただきますが、ベルゲングリーン王国の目覚ましい発展について、技術援助や文化交流を図り、格差を埋める協力を願いたい」


 スポーン王国の宰相が進行を進める中で、本題が切り出された。というか、それが本題だったの?私、ここにいなくてもよくない?


「ここに来た時点で、ある程度の協力には同意しています。細部をお話し願いたい」


 ベルゲングリーンの外務大臣の返答に頷き、スポーンの宰相はエープトルコ王国とスポーン王国で話し合った具体的な協力要請の内容を挙げ始めた。

 一つは、蒸気機関を使った馬車や船などのインフラ整備への技術協力、もう一つは、産業機械や農業機械といった工業に関する技術協力、最後に服飾や化粧品などの文化交流とのことだった。というか、ほとんど全部じゃないの。


「エープトルコとしても同様の協力をお願いしたい」

「ベルゲングリーンとしても協力するつもりでおりますが、機械のたぐいは開発されてから三年経っていないので、誰でもできるというわけではなく・・・」


 技術移転の対象となる技術者をベルゲングリーンの各工房に派遣して現場で学んでもらうしかないという説明がされ、根幹となる魔石への魔力付与も錬金薬師三人のうち実質二人しかまだ無理であることから、供給先は優先順位を決めて配備計画を練る必要があると伝えられた。


「服飾については人材を派遣したり輸出することも可能でしょう。また、化粧品については特許登録されていることもあり各国の商業ギルドで地産地消は可能でしょうが、一部の錬金術を要する材料については、同様に供給の問題があるので徐々にとなりましょう」


 いずれにしても、最先端はただ一人の人物に依存しているので、厳しいことはご理解いただきたいと、私の方に一斉に目が向けられた。うう、そのギラギラした目はやめて欲しいわ。


「我が娘のセリーヌに施したようなものは無理なのか」

「伝え聞いた限り無理というより我が国でもまだ実現しておらぬわ」


 我が国の錬金薬師殿は、スポーン王に随分とこき使われたようだと笑うベルゲングリーン王。そりゃそうよ。頭のてっぺんから爪先つまさきまで妥協なしだったんだから。

 それから、スケジュールを含めた細部は実務レベルで詰めるということでトップ会談は無事に終わった。


 ◇


「これがエープトルコのコメを使って作られた料理なのか」

「なんという深い味わいだ。こちらのカレーライスもいくらでも食べられる」

「ピザやパスタもうまい。オリーブからこのような料理が作れようとは」


 夜になり、立食パーティの形式で各国の特産物を利用した新しい料理がベルゲングリーンの王宮料理長とファーレンハイト辺境伯の料理長との合作で振る舞われる中、私は魔法鞄で運んできたグランドピアノでクラシック音楽を弾いていた。

 なんてことなの、まさか自分は食べられないなんて。音楽外交は楽だなんて言ったのは大間違いだったわ!


「このモンブランというデザート、素晴らしいですわ」

「私はこちらのチョコレートのショートケーキが好みでしてよ」

「この白ワインは今までのワインとは全くの別物だわ」


 単なる生殺しじゃない。私の気分を反映して、当初のトップ会談成功を祝う『英雄ポロネーズ』から『月光』、『怒りの日』そして『ツィゴイネルワイゼン』へと悲劇的な選曲にシフトしていく。


「まるで光景が目に浮かぶかのような劇場の音楽ではないか」

「あれほどの弾き手は、かの錬金薬師殿しかいないそうだぞ」

「わたくし、すっかりファンになってしまいましたわ」


 こうして私は料理どころか一欠片もデザートを食べることなく最初から最後までピアノを弾き続けることになったという。

 もう!ピアノはしばらく封印よ!私はそう固く心に誓うのであった。

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