第56話 演奏会とスピーカー開発
「なあメリアの嬢ちゃん、このピアノってやつは長方形じゃダメなのか?」
「長方形のものもあるけれど、音の高さ、つまり音の波長によって良く反響する長さが違うのよ」
グランドピアノの曲線は単なる見た目ではなく、屋根は反響方向を、鳥の羽のような曲線はピアノ線の長さで決まる固有振動数に合わせているから、この形になっているのよ。そう説明する私にテッドさんは納得したようだった。
私が三国同盟のトップ会談後の夜会でグランドピアノを使った演奏をしたことにより、またピアノの注文が増えてしまったそうで、なんとか簡略化できないか相談を受けていた。でも練習用ならともかく、貴族に納入するものが簡易楽器というは体裁が悪いわよね?
「こうなったら、振動増幅の魔石を組み込んだ擬似スピーカーを作ってみようかしら」
スピーカーの基本構造に、振動を発生させるマグネット部分を魔石に変えれば音が増幅されて、今までより大きい音が出せるはずよ。というか、ついでにメガホンも作れるわ。私はピアノを簡略化した場合、あるいはフルセットでも有用な魔石スピーカーの構造図面をテッドさんに書いて渡した。
「音が振動で、振動を増幅すると大きな音や大声に変わるって?」
「怒鳴られるとビリビリってするでしょう」
確かに。修行時代に親方から怒鳴られた経験を思い出したのか、テッドさんも原理を理解したようだ。構造は簡単極まりないので、その場でフォレストウルフの魔石に振動増幅の効果を付与して試作スピーカーが出来た。これを鋼線でピアノ内部の振動板に繋げて試しに弾いてみたところ、かなりの音になった。
「うぉおお!すげぇ音だな。嬢ちゃんのピアノは上手いが広い場所じゃないとやばいぞ」
「ここまでうまくいくとは思わなかったわ。これなら大人数に指示するのも楽ね」
増幅幅は付与効果の魔石に伝わる振動を調整してやればいいから、ツマミをつけて内部の魔石に伝わる鋼線への柔らかい抑えの機構に連動させるようにして、伝わる振動の大きさを調整してやればいいわ。これで室内から大広間のパーティ、コンサート会場での使用まで自由自在よ!
こうして、練習用の弦を縦方向にして長方形にした簡易版ピアノと今までのグランドピアノ、そしてオプションスピーカーとを分けて受注できるようにした。なんだか
「そういえば、若い赤ワインが出来始めたそうだから一本置いていくわ」
「おお、ありがとよ」
前に錬金術で無理やり作った物より、かなり美味しくなっていたから、来年の完成した赤ワインには期待できそうだと伝えた。
その後、他国から技術研修にくる人との顔合わせの日程などの段取りを済ませると、私はテッドさんの店を後にした。
◇
「メリア、仕事だ」
「エリザベートさん、そのパターンはよくないですよ!」
その名簿のようなリストを持ってくるスタイルは、何かが起きた証拠じゃないですか。
「大したことではない。この間の夜会の演奏が素晴らしいということで演奏の依頼だ」
「他の演奏家の人はいないんですか」
そういうと、あの楽器を作ったのは私なのだから、すぐ使える者がいるはずがないという。
「逆に聞くが、メリアと同じくらい弾けるようになるまでどれくらいかかるんだ?」
「えっと、これくらい小さい頃から始めて六年から八年もあれば」
・・・って、無理じゃない!自分で言って気がついたわ。自分の胸の下あたりの身長というジェスチャーで、あげた手をそのままにしたポーズで私は固まってしまった。
「答えは出たようだな」
愕然とする私の顔を見て心の内を察したのか、エリザベートさんはニヤリと笑い、じゃあ頼んだぞと言って出ていった。
「こうなったら教会の全ての孤児院にグランドピアノと譜面を送りまくってパトロンになって、未来の音楽家や演奏家を育てるしかないわ!」
こうして教会音楽の始まりとして、後の世にメリアスフィール楽団として大成する土壌が築かれることになるのは、また別の話となる。
◇
「はあ、音楽外交も演奏会も、もうたくさんだわ」
「どうしてだ?喋らないから、やらかしも皆無で大使からも大好評だぞ」
そう言って、黙ってさえいれば有能な錬金薬師で通ると口の端を上げて笑いながら親指を立てるブレイズさん。そりゃブレイズさんは飲み食いできるけど、私は演奏しながら飲み食いは・・・できるわね。なんだ、簡単なことだったわ。
「私が演奏している間、パーティの料理を持ってきて食べさせてよ」
「いや、さすがにそれはやっちゃダメだろ」
いくら音楽芸術に
「そんなことのために鍛えたわけじゃないぞ」
どこの世界に護衛対象の口にケーキを放り込むために動体視力を鍛える騎士がいる。そう言って呆れるブレイズさんを指差して私はおもむろに告げた。
「ここにいるわ」
「おらんわ!」
私はそんな掛け合いをしながらも、ずっと蒸気機関用の魔石を量産している。
あのトップ会談の後、まずは人・物・金の流れをよくしようということで三国間を定期蒸気馬車で繋いだり、エープトルコとベルゲングリーン間で蒸気船を使った定期便を設けることになったわ。製造はベルゲングリーンで、その過程を技術研修にきた他国の工房長たちが学んで帰るという寸法よ。
それに先立って私は今後必要になる蒸気機関用の魔石を量産することになったけど、どれくらい必要かわからないから、時間の許す限りひたすら効果付与をする毎日を送っている。
「毎日ピアノを弾いていたら手足が器用になったのか八重合成に目覚めそうだわ」
「よかったな、効率が上がるじゃないか」
そうね。六重合成ではできるポーションに変化はなかったけれど、八重合成でポーションを作ったら、また違う境地に目覚めるかもしれない。最上級ポーションに必要な精霊草が取れないから、八重どころか四重合成が必須になる場面は絹糸生産くらいしかないけど、違うポーションができるか試してみたいものね。
「そういえばドラゴンを見かけないわね」
フィルアーデ神聖国くらいの山脈なら、昔は一匹や二匹くらい遭遇してもおかしくなかったけれど、全く出てこなかったわ。
「南にはいないぞ。北のブリトニア帝国や大陸の西側に行かないといない」
なんですって。それじゃあいつまで経ってもドラゴンハートは食べられないし、精霊草も生えている場所がなさそうじゃない。乱獲でもされていなくなったのかもしれない。
「敵対国だから、ブリトニア帝国との交流はないのかしら」
「どうだろうな。聖女認定を受けた今なら多少あってもおかしくない」
認定を受ける前なら軟禁の恐れがあったけれど、今はもう紛争停止が確定してしまったから、行こうと思えば帝国にも行けるそうだ。
そういえばブリトニア帝国はフィルアーデ神聖国に行く前の詰め込み講義の範囲外だったから、どんな国か聞いていないわね。
「ブリトニア帝国には、なにか美味しい特産物はないの?」
「基本的にはないな」
寒冷地だから主に狩りと寒冷地でも育つ品種の麦の生産で賄っているとか。となると、ドラゴンのステーキ以外で期待できるとしてもメープルシロップくらいなのかしら。北なら海産物としてマグロとかサケとかどうかしら。私が今作ってる蒸気機関用の魔石で、海産資源を運ぶ物流の距離が近づくことを祈るのみだわ。
私はまだ見ぬ海産資源に思いを馳せ、手に握る魔石に地脈の力を込めた。
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