第54話 完全音程の広まり
ジャカジャン♪
錬金薬師のはずなのに、いつのまにかフォーリーフ楽団になって『四季』を弾いていたわ。カリンちゃんがバイオリン、ライルくんがチェロ、そして私がピアノよ。だって、譜面を知っているのはライブラリを共有したこの三人しかいないもの。エレクトーンみたいに足でベースを弾いても、私だけじゃ3パートまでしか担当できないのよ。
「メリアお姉ちゃん、私、アニソンの方が好きなんだけど」
カリンちゃん、それは言わない約束よ。私は無言でカリンちゃんの口にご褒美の草饅頭を押し込んで黙らせた。
「とまあ、こんなふうに五線譜に書かれた各パートを弾いていくと複数の人数で曲が完成されるんです」
エリザベートさんの指示で王宮の楽団に向けて、ある程度体系立てた音楽の講義をすることになったけど、それも今日で最後を迎えようとしていた。これで一オクターブ十二音で表現される完全音程に沿って、音楽が生み出されていくことになるわ。
「なるほど、素晴らしいです。我々はまだまだでした」
「いえ、音楽はその国や地域の文化で多様に変化するものですし優劣はないです」
そう言って民族音楽をピアノで奏でる私。
<ドナドナドーナードーナー薬師をのーせーてー♪>
「悲しげな曲ですな」
「ええ、時の権力者に連れ去られていく薬師を表現した曲です」
ブフッ!
ライルくんが吹いたけど気にしない。
「俺、それ聞いたことあるぞ」
お前と初めて会った日に辺境泊のもとに連れていくときに、など余計なことをいうブレイズさんも気にしない。お黙りになって、今は高尚な音楽の時間ですよ!
こうして好評のままフォーリーフ楽団による音楽の講義は幕を閉じた。
◇
「一時はどうなることかと思ったけど無事に終わってよかったわ」
テンポの速い曲は新鮮だったのか、あれから色々な場所で演奏会をさせられ、興味を持った貴族家からピアノの発注がテッドさんを通して木工職人に殺到した。数を作るようになれば、やがては音質の向上に行き着くことでしょう。
幸い、貴族令嬢自身が弾くような文化ではなかったのでレッスン講師として駆り出されることはなかったけど、音楽を流布するために知っている楽譜を沢山書くことになって大変だったわ。
活版印刷方式で文字を印刷する前に、大量の五線譜を印刷してもらうことになった。ある程度需要が生まれれば、文字も印刷するようになるでしょう。
「さてと、もう一曲弾いてティータイムにでもしようかしら」
「そういえば姫さんが外交パーティで弾くようにって言ってたぞ」
ジャジャジャジャーン♪
「くっ!思わず『運命』が漏れ出てしまったわ」
「音楽のことはよくわからんが気持ちは凄く伝わった」
王宮の楽団どうしたのよ!まあいいわ、やってやろうじゃない。
「これで表敬訪問が消化できれば外交の四割は終わったも同然よ」
ポーションは渡して終わりだし縁談メイクアップはセンシティブな問題ということで突っ撥ねて、貿易協力については外務でケースバイケースで判断してテッドさんに公共事業として発注。なんだ、私に舞い込んできた外交は
いつの間にか弾いていた曲がヘンデルの『見よ、勇者は帰る』に変わっていた。
「それを弾いてるとお前の心の中がダダ漏れだな」
「心の内をありのままに表現するのが音楽の基本よ!」
はあ、やっぱり音楽はいいわ。この時は、そう思っていた。
◇
「今日は
私は
フライパンに油を入れて餃子を並べて狐色になるまで焼きを入れる。その後、餃子の三分の一が隠れる程度のお湯を入れて蓋をして蒸し、最後に油をかけて整えて完成よ!焼売も蒸し器がなかったので同じ要領で調理していく。
「次は湯気で蒸す容器を作って蒸し焼きの手法で調理したいわね」
それぞれ一つずつ醤油をつけて食べてみる。ちょっと熱いけど美味しいわ。
「焼いて蒸す、その組み合わせで外皮の香ばしさと内部の肉汁のジューシーさを出しているのですな」
「一応、水餃子って言ってスープで調理して、スープの具として柔らかい餃子にする場合もあるわ」
なるほどと逐一メモをとる料理長。これでまた一つ、昇華される料理のレパートリーが増えたわ。毎日のように違う料理をしているけど、醤油やみりんを使った料理はなかなか尽きないわね。なんというか春雨とかすき焼きとか食べたくなってくるわ。こんにゃく芋、どこかにあるのかしら。あ、大豆から豆腐を作るのを忘れてたわ。まだまだ作らないといけないものはたくさんあるわね。
外交終了で喜んでしまったけど、特産品リストの話はどうなったのかしら。外交判断で廃棄されたのだとしたら、勿体無いことだわ。
そう、餃子と焼売を食べながら不足している食材に思いを馳せるのだった。
◇
「ついに噂の錬金薬師殿が外交の表舞台に立つとか」
「まずは慣らしとして、自ら考案したピアノという楽器で音楽を奏でるそうですね」
スポーン王国とエープトルコ王国の駐在大使は互いの情報交換として事前の打ち合わせをしていた。この三年で目覚ましい発展を遂げているベルゲングリーン王国の立役者が出席するとあって、なんとか積極的な協力を得られないものか思案していたのだ。
「まったく、本国はベルゲングリーン王国国内の目覚ましい発展をもっと見てほしいものです」
蒸気馬車、蒸気船、産業機械、農業機械、生活インフラ、服飾文化、食文化、そして音楽芸術に至るまで、百年以上の差が付いてしまったかのような錯覚を覚える。単なる筆記用具ですら、インクが尽きないでいくらでも書けるようなものが流通しているのだ。
ポーションの提供や縁談の協力を取り付けられるくらいなら、それらの技術協力をこそ優先するべきではなかったのか。
「ただ一度訪れただけの我がエープトルコの農作物を使って、我が国以上の料理を量産しているようで、かの錬金薬師の頭の中は一体どうなっているのか」
時間的に、道中で考え付いたのだろうが、完成度や加工にかかる手間から考えて錬金術なしでは不可能なものばかりだ。王宮で振る舞われた醤油、米を主体とした料理や酒はそれほどの完成度を示していた。
「やはり、あの噂は本当だと考えてよいのか」
「かの錬金薬師殿が使徒であるという噂ですか」
むしろ、それ以外の者に今のベルゲングリーンの変革の原動力となり得るだろうか。
「早めに三国同盟として友好関係をもとにした技術協力について、貴国と連名でベルゲングリーン王国にせまるしかないですな」
「ええ、さもなくば・・・」
神が直接恩恵を与えているのと同義であるこの国との格差が広がり続けることになるだろう。
◇
「スポーン王国とエープトルコ王国から連名で技術協力を申し出てきました」
「そうか、ついにきたか」
これが十年くらい経過していたなら何のためらいもなく協力するところだが、どれもこれも、まだ三年も経っていないのだ。そんな研究中の技術を言われるままに提供する国などあるまい。それと同時に、自国が異常なまでの発展を遂げ、友好国に危機感を抱かせるほどの格差が生まれていることも十分に自覚していた。
「トップ会談での決着しかあるまい」
大局から判断できるのは国のトップである王のみだろう。それに、その原動力となっているメリアスフィール・フォーリーフは、極めて特別な聖女なのだ。これまでの全ての説明がつく隠された事実には、相応の決断をさせるだけの力があるだろう。
それらを踏まえ、三国同盟のトップ会談について宰相は王に奏上するのであった。
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