第53話 音楽文化の芽生え
「帰国してから何処に行ってたんだ」
「あ、お久しぶりです」
久しぶりに王宮の研究棟に顔を見せると、待ち構えていたかのようにエリザベートさんが訪ねてきた。
ウィリアムさんに日本酒や焼酎、みりん、酢の製造方法を伝えたり、ビルさんに醤油や味噌を使った料理を堪能してもらって蒸気船を使った輸入を検討してもらったりしていたんですけど。そう言ってコテンと首を傾げて見せると、エリザベートさんは呆れたようにしていう。
「夏のコーデの予定が詰まっているぞ」
「・・・そんなこともありましたね」
7月に入り絹糸用の綺麗な繭が採取され始め、農業機械の導入で時間ができた農民たちの副業として人手による絹糸の生産がされ始めた。それにより、私が人間製糸機になる時間は減ったけど、相変わらず服飾デザインからは解放されなかった。
でも、各貴族令嬢ごとにファイリングして似合うデザインを帰りがけに描いていたから全く進捗がないわけではないのよ。そう言ってデザインをエリザベートさんに見せた。
「ほう、これなら時間も短くて済みそうだな」
帰りの時間を利用して一人当たり何枚もデザインしたから、急ぎならスケッチブックを参考にして、お抱え職人に回してもらえればすぐに取り掛かることができるはず。
納期と希望を聞いてスタンプ授与の簡易化も含めて相談することとなった。いや、あの私を可愛くデフォルメしたスタンプはもう出回らなくていいんじゃないかしら。
「ほら、ちょっと大人になったことですし?」
サラリとサイドテールを流してさりげなくアピールする私。
「大丈夫だ、いささかも変わっていない」
「・・・」
おかしいわね、農村に居たころに比べれば比較にならないほど栄養は十分摂っているはずなのに!
「ところでフィルアーデ神聖国で何をしてきた?」
「教皇様にお会いして創造神様の像の前で祈ってきただけですけど」
聖女認定の書簡は王様に渡しましたし。そう答えると、そうかと思案気な様子をするエリザベートさん。どうやら使徒云々は伏せられたままのようね。これでしばらくは外交関連の堅苦しいことからは離れていられるわ。
「メリア、尋常ではないほど外交筋から
「へ?薬師風情に会ってどうするんです?」
表敬訪問が四割、王族の縁談協力要請が三割、貿易協力の打診が二割、ポーションの要請が一割といったところだな。淡々とした口調で話されたけど、意味がわからないわ。
「やけに多いが表敬訪問は様子見だろう。縁談はスポーン王国の実績によるものだ。貿易は一個小隊丸ごと蒸気馬車、いやキャンピングカーだったか?それを乗り回した結果だ」
一気に
「いや、スポーンの件はあれっきりにしてほしいんですが」
そういえばエリザベートさんの縁談の可能性を一つ潰してしまったわ、ごめんなさい。
「私のことは別に構わないが、大々的に行われたセリーヌ姫のお披露目で、メリアのコーディネートに関する技量が知れ渡ってしまったぞ」
しまった、手加減無しでやりすぎたわ。
「こんなことならオリーブの実の関税優遇くらい要求すればよかった」
「そんな要求をしなくても言えば毎年大量にスポーン王家から贈られてくるはずだ」
折角の錬金薬師との繋がりを手放すわけがなかろう、対価がオリーブの実では安すぎる。今頃、噂を聞いた各国から特産品リストが外務に送られているはずだとか。
「それは、かなり嬉しいような」
「エープトルコでも上級ポーションとキュアイルニスポーションを献上したそうじゃないか」
ああ、謁見で四重合成の技量を見せて欲しいと言われた分ですね。まあ、材料は向こう持ちだから問題ないですよ。
「大ありだ、材料があれば作ってもらえるということではないか」
ワイズリーさんは何も言わなかったというと、駐在大使にしてみれば如何なる重症でも重病でも治せる薬師を我が国は
「仕方ないですね。ポーションが欲しくば私に特産品を献上してもらいましょうか」
ククク・・・特に米と大豆!
「そんな安請け合いは外務としては許容できないから教育して欲しいそうだ」
「そんな。それなら外交に顔を出さなければいいのでは」
そう言ってみるも、敵対国ならそれでも構わないが友好国まで隠し通しておくわけにもいかないそうだ。特に、ベルゲングリーンを含めたスポーン、エープトルコの南三国は北のブリトニア帝国に対する同盟関係から
とりあえず外交に関しては選別して方針を決めて回答を用意するから不用意に安請け合いしないように釘を刺され、
「折角帰ってきて好き勝手できるかと思ったのに残念だわ」
「さっきの話だがオリーブの実が大量に辺境伯邸に届いたそうだぞ」
そう言って付いてきた手紙を渡してきた。手紙を開くと、セリーヌ姫の婚約成就に関しての感謝状だった。どうやら上手くいったようね。
「別に何もしなくてもあれだけ美人なら決まったんじゃないかしら」
「多分、化粧するだけで十分だったと思うぞ」
やっぱりそうよね。この際、一杯オリーブがもらえただけでよしとしましょう。
◇
ポロン、ポロロン♪
「素晴らしいですわ!」
夏のコーデをしていたと思ったら、いつのまにかピアニストにされていた。テッドさんに依頼していたグランドピアノが出来上がり、研究室に置いていたら夏のコーデにきた令嬢に何をするものなのか聞かれたので即興で弾いてしまったのだ。
求められるままに『G線上のアリア』『エリーゼのために』『ひまわり』『幻想即興曲』『革命のエチュード』と次から次へと弾いていく。遠い昔に習った曲なのに、よくもまあ指が動くものだわ。並列合成の
(ぜんぜん響かないわぁ・・・)
楽器のプロとかっているのかしら。舞踏会とかバイオリンとかのストリングで曲を流しているとしても、ピアノを完成させるためには音響のプロが必要な気がするわ。まあ、ストレス解消目的ならこれで十分だからいいのかもしれない。そう割り切って令嬢に向かって終演の挨拶をする私。
「私、メリアスフィール様のファンになってしまいましたわ。お父様にお願いして然るべき演奏会で弾いてもらえるようにしますわ!」
そんな必要は全く・・・という間もなく退出していく御令嬢。まったく、この世界は神様をはじめとして人の意見を聞く前に決定するクセがあるに違いないわ。そういえば芸術関連は貴族がパトロンになって発展していったから、歴史の必然というものなのかしら。
「どうせならジャズやフュージョンの方がいいんだけど」
続けて練習曲を弾いていく私は、日頃のストレスを解消するように激しい曲を弾いていき、やがてポップの曲に合わせて調子に乗って歌も歌ってしまった。
「はぁ、気持ちよかったわ」
やがて辺境伯邸に戻ろうと扉に向かったところ、エリザベートさんが呆然とした顔で突っ立っていた。
「メリア、お前は音楽の天才か」
「は?」
背中がゾワゾワしてしまった。やめてほしい。前々世の子供の時分に、そこらのピアノ教室やエレクトーン教室の免状をそこそこ取ったくらいの一般人です。
「ほんの手慰みですよ、忘れてください」
「無理だ!」
えぇ?まさか、音楽未分化だったりするのかしら。
結局、エリザベートさんに請われて、先ほどの貴族令嬢に聞かせたレパートリーを一通り聞かせることになってしまい、帰るのは真っ暗になってからになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます