戯曲の錬金術師
第52話 旅の成果の展開
「というわけでこんな感じのものを作って欲しいのよ」
私はピアノの設計図と、簡易版として一オクターブ分だけ作った試作品をテッドさんにみせた。試作品は、鍵盤を連動させて裏側に張った炭素鋼の金属線をハンマーで叩く構造で、裏側の鋼の線を調律する仕組み以外は、音を止めたりするような構造を設けていない。
「これは何をするものなんだ」
「音楽を演奏するための楽器よ」
試しにと一オクターブだけで弾ける曲として『メリーさんの羊』を弾いてみせた。ここにくる前に調律は済ませてあるわ。
「こんな風に鍵盤を叩くのと連動して裏側ハンマーで金属でできた鋼線を叩いて音を出すの」
鋼線は長さによって出る音の高さが決まるからと、五弦だけ張った木の板を取り出してギターのように指で押さえて単音や和音を弾いてみせ、抑える位置で音が変わる様子を伝える。
「よくわからんが、寸法もでかいし構造もそれほど難しいものではないから金属線以外は木工職人で作れるだろう」
やった!神聖国では結局パイプオルガンを見ることができなかったので、急に作りたくなってしまったのよ。音響計算してないから構造や響板は作った後も継続した改良が必要かもしれないけど、とりあえず私が楽しめればそれでいいわ。
「ありがとう、これは旅のお土産よ」
私は、旅の帰りに錬金術で擬似的に発酵させて作った日本酒を三本取り出した。それぞれ、純米酒、吟醸酒、本醸造酒だ。
「どれも透明だが山で摂ってきた水か?」
「米というエープトルコ王国で収穫される農作物から作る新しいお酒よ」
純米酒が純粋に米だけで作るお酒で、ふくよかな味がするはず。残り二つは醸造アルコールを加えたものでフルーティなものとスッキリ辛口なものに分かれるの。後で感想を聞かせてもらえると助かるわ。
「そうか!ありがたくもらっておく」
「ウィリアムさんに製法を伝えて本物が作れるようになったらまた持ってくるわ」
そう言って決済を済ませるとテッドさんの店を後にした。
◇
私は帰りがけに商業ギルドに寄り、旅先で作ったポーションや化粧品の原料を納品した後、オリーブの実や米や大豆を見せて、それぞれの産地から商業ギルドを通して輸入できないか相談していた。
「オリーブは隣のスポーン王国の南で、米や大豆はその隣のエープトルコ王国で収穫される農作物なの」
「可能ですが、参考までにどういったものに使うのか教えていただけませんか」
私は、オリーブの実から錬金術で抽出したオリーブオイルの瓶と帰りに錬金術で作ったオリーブを使ったハーブ石鹸を取り出してみせた。
「オリーブはこのような料理に使う油を取り出して使うのと、ハーブ石鹸の原料にもなります」
米や大豆はそのまんま食べることもできるけど、色々と調理すれば美味しく食べられるし、お酒の原料や調味料にもなります。日本酒を出して説明を続けたところ、商業ギルドを通して取引商人に依頼すれば、食料品なら問題なく輸入できるとのことだった。
「ただ、エープトルコ王国からの輸入となりますと国越えの関税が二回分かかるのでお高くなるかもしれません」
「蒸気船で海上輸送することはできませんか?」
海上輸送となるとそれなりの輸入量が必要になるそうで、今後の取引量次第で陸上輸送から海上輸送への切り替えもできるとか。そっか・・・じゃあ、現状で一番消費が見込まれるカレーライス展開で、ビルさんに相談して南大陸の貿易船の一部で運んでもらうというのも考えられるわね。
とりあえずビルさんとの相談は置いておいて、米と大豆についても定期的な輸入の依頼を商業ギルドを通して行う段取りをつけて商業ギルドを後にした。
◇
「ビルさんのところに相談しに行くにしても、ご飯の用途がカレーライスだけというのは芸がないわよね」
やっぱり、醤油や味噌を作って丼ものレシピも開拓した上で大量流通させる方が効率がいいわ。消費者も毎日カレーを食べたいというわけでもないでしょうし。
まず、大豆は蒸して小麦は炒って砕いて程よく空気を入れて発酵しやすい土壌を作る。次に
「酵素生成」
錬金術で加速。
「アミノ酸生成、ブドウ糖生成、発酵・・・」
また錬金術で加速。出来た醤油を
「やったわ!醤油完成よ!」
とんだ加速プロセスだけど、少し
問題は醤油の生産委託をどこに持って行けばいいのか。加工してから輸入、あるいは原料を輸入して加工して逆に輸出する加工貿易になるのか。そもそも、受け入れられるのか。
「後で考えることにして味噌を作ってしまいましょう」
まず大豆に水を浸透させるところを
「水分浸透」
錬金術で加速。それから指で
「
それから煮込んだ大豆を潰して、塩きりした
「酵素生成、デンプン分解、タンパク質分解、ブドウ糖生成、麦芽糖生成、ペプチド生成、アミノ酸生成、乳酸生成、糖分分解、アルコール生成・・・」
擬似熟成で加速。さて、お味はどうかしら。
「うん、基本的な味噌が出来たわ」
色々な風味の味噌が欲しいなんて贅沢は今は言わないわ。味噌は醤油以上に好みによっては受け入れられないだろうから、生産委託が難しいわ。お金で人を雇う制度があれば私が給料を出す形で生産してもらうんだけど、また今度考えましょう。
みりんは帰りの旅路に日本酒を作った時に、四割のアルコールを仕込んでアルコール発酵しないよう分岐プロセスを組んで作ってあるわ。酢はアルコール発酵後に錬金術で擬似酢酸発酵をして同様に作ってある。つまり、
「ついに、料理のさしすせそが完成してしまったわけね」
砂糖もない、塩も満足にない、酢もみりんもない、醤油もない、味噌もない状態からここまでくるのに何年かかったことか。
さっそく料理長に持っていって日本食や中華料理のレシピ開発を始めましょう。
◇
「これが、醤油と味噌、そしてみりんと酢よ」
今までと違って、かなり好みに左右されるから本当に美味しい料理が作れるのか疑問に思うかもしれないけれど、まずは私が作る料理の仕方を見ながら食べてみて欲しい。
「わかりました、まずは原型となる料理を見せてもらいます」
とりあえずご飯を沢山炊いて、洋食寄りのオムライスとドリアや簡単なチャーハンを作って、カレーライス以外での、ご飯の使い方を見せてライスの導入とする。
その後、炊き込みご飯を続いて作るうちに、素の味を味わってもらおうと、だし巻き卵と小魚の醤油焼きにご飯と味噌汁という定番朝食メニューを出す。
みりんと醤油で必殺の肉じゃが、煮物、煮魚で旨味を引き出す手法を見せる。
次に応用として牛丼や親子丼、鳥の照り焼き、照り焼きバーガー、醤油で味付けした鳥の唐揚げを出していく。
最後に、刺身を作って酢飯を作ってチラシ寿司と、不恰好ではあるけど寿司そのものを握り、念のため錬金術で滅菌処理した。
「という感じが、基本的な使い方になるかと思うわ!」
「まるで別の国の料理を丸ごと再現するかのような多様さですな」
その通りよ。私の出身を考えればレパートリーは洋食の比ではないわ。
「ナマモノや味噌は少し慣れが必要かもしれないけどどうかしら」
「いやはや、凄まじい。未だにここまで料理の世界が広がるとは思ってもみませんでした」
私は思い出したように日本酒を渡して、ワインを使っていた肉の処理なども色々確かめてもらうことにした。
「ここまできたら醤油ラーメンとかチャーシューとかも作りたくなるけどまた今度ね」
これ以上作ったら館の人全員でも食べきれないわ。というか、キリが無いくらい後から後からレシピがわいてくる。角煮も食べたい、煮凝りも食べたい。本当にやばいわね。
「わかりました。研究して更なる美食を目指します」
「頼んだわ、美食の道に終わりはないのよ!」
よし!これで、食に関しては輸送に問題がある海鮮以外は不自由なくなったわね。
私はある程度のクオリティに達したら米や大豆の海上輸送の相談のためにボルドー商会のビルさんに料理を持っていく話を料理長にして、厨房を後にした。
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