第51話 フィルアーデ神聖国の聖女認定

「もう少し早く来れたら白糸の滝が見れたのに残念だわ」


 予定より一ヶ月遅れてしまったので、雪解け水は完全に流れてしまって見所を逃してしまった。今では夏の訪れを感じさせるような日差しが照り付けている。帰ったら夏のコーデを急かされそうだわ。帰りに去年のスケッチブックを参考にしてデザインしながら帰るしかないわね。


「高山病にかかった人は出ていない?」

「ああ、一人もいない」


 ふふ、当然よね。これなら早く済ませて帰れそうだわ。薬草とかハーブを採取するつもりだったけれど、今回はあきらめましょう。せめてパイプオルガンくらいは聴かせて欲しいものだわ。


「見えてきたぞ、あれがフィルアーデの大神殿だ」

「でか!こんな山脈の間にある盆地によくあんなものを建てたわね」


 前々世のケルン大聖堂くらいあるんじゃないかしら。それに、何かしら。なんだかうっすらと光が立ち上っているのが見えるわ。


「そんなもの俺には見えないぞ?」

「おかしいわね、地脈でもないし何かしら」


 大神殿を横目に、まずはフィルアーデ神聖国にあるベルゲングリーンの大使館に向かった。


 ◇


「ファーレンハイト辺境伯直属の筆頭錬金薬師メリアスフィール・フォーリーフです」

「駐在大使のエーレンです、遠いところお疲れでしょう」


 エーレン伯爵は気さくな人のようだった。スポーン王国やエープトルコ王国の大使たちとは印象が違うわね。不思議そうに思っていることが顔に出たのか、エーレンさんは答えを教えてくれた。


「神聖国では世俗の駆け引きよりも誠実さが求められますから、他の大使とは違うかもしれません」


 なるほど、宗教国家は一般的な国とは立ち位置が違うということね。それはそれで、なんだか肩が凝りそうな話だわ。


「スポーン王国ではやらかしましたからお手柔らかにお願いします」

「ははは、聞き及んでおりますよ。なかなか面白いことになっているとか」


 あのあと、セリーヌ姫とエープトルコの王子を引き合わせるお茶会がセッティングされ、王子は一発でセリーヌ姫のとりこになったそうだ。今では逆に王子が必死にセリーヌ姫を口説いているのだとか。


「それは良かったです、苦労した甲斐かいがありました」


 そう、半端な苦労じゃなかったわ。思い出してもげっそりしてしまう。


「婚約発表がされるのも時間の問題でしょう」


 そうして一通りの世話ばなしをしたあと、今後の予定が説明された。


「明日ですか、随分早いのですね」

「到着時期は大体わかっていたようですから」


 へ?未来予知的な?それとも神託でもあるのかしら。


「いえ、加護持ちの方から立ち上るプラーナが遠くからでも観測できるそうです」

「ひょっとして、大神殿から立ち上っているうっすらとした光のようなものですか」


 エーレンさんはゆっくりとうなずいた。


「私には見えませんが、神に属する人たちには見えるそうです」


 えぇ!そんなの初耳なんですけど!いつから私は神に属する人の一員になっていたのかしら?加護というか慈悲で見せてやろう的なものなのかもしれない。

 とにかく明日ということでその日は旅の疲れを癒す意味もあり早めに就寝することになった。


 ◇


「聖女様、ようこそおいで下さいました」

「認定に来たのでまだ聖女ではないのでは・・・」


 そう言うと、教皇様は笑っておっしゃった。


「認定などあくまで世俗の形式的なもので、来られる前からわかっておりました」


 どうぞこちらへ。私は教皇様の導くままに大神殿中央にある礼拝堂に向かって歩を進めた。しばらく歩くと、神様と思しき像が立ち並ぶ中央に、見覚えのある顔が見えてきた。


「あ、フィリアスティン様だ」


 私の呟きに、ぎょっとした表情で教皇様が振り返った。やがて私の目線の跡を追った先の像を見るや、私の前にひざまづいた。


「ちょ、何してるんですか!」

「使徒様とは気が付かず大変ご無礼を」


 いやいや、使徒なんて大層なものになった覚えはないですって。一回目は好きに生きるが良いで適当に送り出され、二回目は死んでしまうとは情けないと言われて慈悲の加護に注意書き付きで再送されただけなんですよ。


「それが使徒様以外のなんだというのでしょう」


 要は神様に送り出されたイコール使徒なのだそうだ。師匠から受け継いだ錬金薬師としての力以外は特殊な力は何も持ってないのに・・・まずいわね。このままだと私のスローライフ生活に多大な影響を及ぼす気がしてならないわ。


「えっと、このことはどうか内密にお願いします」


 私のスローライフのために、そう心の中で付け加えた。教皇様は渋々しぶしぶというていでそれがお望みとあらばと了承してくれた。聖女認定が危うく使徒認定に格上げされるところだったわ。聖女呼ばわりされるのも、かなりゾワゾワっとくるものがあるけど。

 とりあえず形式通り、加護を与えてくれた神様の像の前で、目を閉じてお祈りをした。


(フィリアスティン様、色々と大変なこともありましたけど、おおむね楽しく生きています。ありがとうございます。これからも食い道楽でスローライフを目指して頑張ろうと思います)


 <好きに生きるが良い>


 何か声が聞こえたと思って目を開いて見ると、目の前のフィリアスティン様の像が半端なく光っていた。まあ、一般の人には見えないからいいか。そう思って立ち上がって振り返ったら、また教皇様をはじめとした教会関係者全員がひざまづいていた。

 ぎゃー!よく考えたら、ここ一般人以外しかいないわよ!


「いや、あの・・・普通にしてくださると嬉しいのですが」

「メリアスフィール・フォーリーフ様、あなた様が神託の錬金薬師殿で間違いありません」


 なにその大層な名前。訊いてみると、錬金薬師が途絶えた世に神が遣わす錬金薬師の再来、それが私なのだとか。そういえば、そんな失われた知識の補填のために再送されたのでは、という考察を以前した気がするわ。


「いや、でもまあ、もう弟子を二人とって最低限の務めは果たしたのでお役御免ですよ」


 あははは・・・って、全然笑いが通じてないわよ!とにかくひざまづかれるのは非常に困るので普通にしてくださいと拝み倒した。このあと、聖女認定の書簡を受け取り無事に目的を果たすと、私は逃げるように大使館に戻った。


「酷い目にあったわ」

「なあ、また何かやらかしたんじゃないか?」


 いくら俺が宗教にうとくても、礼拝堂から出てきた教会関係者の反応がおかしかったことくらいわかるぞというブレイズさんに、耳を塞いであーあー何も聞こえないー何もなかったーと言って誤魔化した。


「無事に聖女認定の書簡も貰えたんだし、別に何だっていいじゃない」

「それもそうか」


 ブレイズさんはそれ以上の追求は無駄と悟ったのか、あっさり引き下がった。


「さあ、早く帰って味噌と醤油を作るわよ!」


 こうして無事に全日程を終えた私たちはベルゲングリーン王国に向けて出立した。


 ◇


『フィルアーデ神聖国は、メリアスフィール・フォーリーフ様を創造神様の極めて特別な聖女であることを認め、これに仇なすものは神敵として全教徒の力を以て誅滅することをここに誓う。第九十五代教皇フィアデル・ヨハン・エインヘリアル・デア・フィリア』


 メリアが出発してしばらく経った後、フィルアーデ神聖国から各国に向けてベルゲングリーン王国の聖女認定の結果を知らせる書簡が届けられた。その異例とも言える文面に、各国首脳は何度も書簡を読み返したという。各国の統一した見解としては以下のようなものだ。


「使徒宣言で出される文面の使に置き換えただけではないか」


 様々な憶測を生んだが、首脳たちの誰もが、つまりはそういうことだろうと教皇の意図を察した。教皇はメリアの約束を表面的には守ったものの、じつの部分では一歩も譲らなかったのだ。

 こうしてメリアの与り知らぬところで各国に隠された真実が伝えられることとなった。

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