第50話 エープトルコ王国の肥沃の大地

「これは夢にまで見た米じゃないの!」


 エープトルコ王国の街中で、ついに米を見つけてしまったわ。川が氾濫するほど水資源が豊富ならあるのではないかと思っていたのよ。そして、嬉しいことに大豆も見つけてしまったのよ。私は店に置いてあった米と大豆を全て買い取った。商業ギルド証の決済は国をまたいでも有効で便利だわ。


「無敵!醤油と味噌はもう手に入ったも同然よ!」

「なんだそりゃ」


 右手を振り上げて喜ぶ私にブレイズさんが不思議そうにしていたが、こればかりは現物を用意してからじゃないと伝わらない。

 あんこに使う小豆あずきは糖質が多くてタンパク質や脂質が足りないから醤油や味噌を作れなかったけど、これで、かなりの料理が解禁されるわ。帰ったら日本酒、焼酎、みりん、酢も作らないとね。

 でもこれらの品々を定期的に輸入するにはどうしたらいいのかしら。というか、ベルゲングリーン王国でも栽培できないものかしら。いや、量をとるのは無理ね。それに水を湛えた肥沃な大地でしか育たない品種もあるし。


「そうだわ、商業ギルドを仲介して送ってもらいましょう」

「その前に大使館に行くぞ」


 商業ギルドに突貫とっかんしようとする私の襟首を掴んで止めるブレイズさん。いけない、喜びのあまり忘れるところだったわ。仕方ない、商業ギルドは国に帰ってもあるからなんとでもなるでしょう。


 ◇


「スポーン王国では、相当やらかしたようですね」


 エープトルコ王国における駐在大使であるワイズリー伯爵はスポーン王国の駐在大使であるエイベール伯爵からの手紙を読み終え、私が予定より遅れて到着した理由を知ったようだ。


「不幸な事故だったんです」


 当初の予定では、会釈だけしてればオッケーのはずだったんですけどね。でも王様も納得していましたし、旅の日程が少し遅れただけで問題ないわね!


「エープトルコ王国の謁見では、くれぐれも口を慎んでくださいよ」

「はい、もちろんです。直答を許されてものどを痛めていることにしてください」


 死の淵にある重病人でも瀕死の重傷からでも全快してみせる最高峰の錬金薬師が自分ののどを痛めたままにしているわけないでしょう、そういうところですぞ!などと、迂闊うかつな発言癖を指摘するワイズリー伯爵は中々のやり手のようだった。

 これなら、黙っていればなんとかしてくれるでしょうと私は逆に安心してしまったわ。


「もし発言するときは発言内容を一度、私に小声でお伝えください」

「はい、わかりました。言う通りにいたします」


 私は原点に立ち返り、イエス・オア・イエス、偉い人には考えるだけ無駄というスタンスを貫くことにした。私の考えを見抜いたのか、今度は肩の力を抜いて旅の疲れを癒すようにとワイズリーさんに自由行動を勧められ、二日後の謁見まで暇になった。


 ◇


「握り飯美味しいわ」


 米を手に入れたので、早速、脱穀だっこくしてご飯を炊いた。牛丼、カツ丼、天丼、親子丼、炒飯チャーハン、ドリア、団子、大福、おはぎ、草餅。醤油ができたらお寿司、海鮮丼、鉄火丼、いくら丼。単なるお茶漬けや卵かけご飯でもいい。

 しかし、塩をかけただけの単なる素の握り飯に、私は涙を流していた。


「変わった食感ですな」


 新しい食材の素の味を確かめる料理長に、私は米を利用したレシピを説明していく。色々な応用が効くけれど、本領を発揮するのは帰って米や大豆から作る調味料を作ってからのお楽しみよ。


「けれど、まずはカレーライスを食べましょう!」


 ナンやカレーパンしか用意してなかったけど、今は久しぶりにカレーライスを食べたいわ。私はご飯を炊く間に用意してもらっていたカレーをご飯にかけてもらった。


「はぁー美味しいわ」

「これはカレーによく合いますな」


 基本、ぶっかけは米に有効よ。いっしょに炒めたり煮汁を染み込ませる雑炊などで素のコメに深い味わいを持たせることができるの。


「主食であるパンにも通じるところがあるから今後の研究課題ね」

「わかりました、帰るまでに旅の途中でも試行錯誤していきます」


 これで帰ったら色々なレパートリー開発が楽しめるわ。


「確かにカレーライスはうまいがパンでもよくないか」

「そうね、これは好みの問題だからそういう場合もあるかもしれないわ」


 米からもお酒を作れるから、それも好み次第で好き嫌いが分かれると思うわ。


「これから酒ができるのか!?」

「ええ、甘口、辛口とあるけれど、透明でスッキリとしたお酒ができるわ」


 寒い日にあっためて飲んだり、色々と楽しみ方があるのよ。そう説明すると、それは楽しみだなと笑うブレイズさん。

 もうこれで思い残すことはないわね。そんな満足感に包まれながら、その日は久しぶりの米料理に満足しながら眠りにつくのであった。


 ◇


「そちらが貴国の錬金薬師殿ですか」

「はは、フィルアーデ神聖国への旅の途中にて、軽く挨拶に参った所存です」


 エープトルコ王国は王様と直答を交わすことなく宰相を通して会話をする形式のようで、スポーン王国のような突発的な事故が起きる土壌は元からなかった。私は言われるがままに会釈をしたりポーションを作って見せたりしただけで無事解放された。


「エープトルコ王国の謁見は王様との距離が遠くて助かったわ!」

「謁見は楽ですが、その後の社交がメインなのですよ」


 なるほど、公私を明確に分けているので私的な場なら距離近くコミュニケーションをとるそうだけど、その前に私は旅程の遅延を理由に退散するという段取りになっていた。日程通りだったらボロを出す可能性があったと考えると、早い段階でボロを出しただけ。それなら予想の範囲内なんじゃないかしら!


「そんなわけないだろう」


 すかさずブレイズさんから鋭いツッコミが入ったけれど、あとはフィルアーデ神聖国でボロを出さなければ終わりなんだからいいじゃない。


「フィルアーデ神聖国ではちょっとやそっとボロを出したところで問題にはならないでしょう」


 やり手のワイズリーさんにしては随分と寛容な意見だけど、神聖国ならはっちゃけても問題ないお国柄ということなのかしら。そんな疑問を投げかけると、宗教国家においては、仮にも聖女になろうというものに不利益となることをする人は一人もいないそうだ。


「それなら、ここまで来れば私の旅は終わったも同然ね」


 米と大豆も手に入れたことだし。


「どちらかというと山脈越えが一般人には厳しいんだが…」


 山脈の一つや二つでどうこうなる玉じゃないからな、ブレイズさんはそう続けた。そりゃ、十二歳で徒歩なら厳しいけど、今や十五歳だし、蒸気馬車で峠越えしても何の負荷にもなるわけないじゃない。


「たまに高山で具合が悪くなるらしい」

「ああ、高山病ね」


 それなら予防ポーションを作って飲んでもらいましょう。私は高英草と癒し草で高山病を治す草を二本同時に合成して一本を水で希釈した。


「四重魔力水生成、水温調整、薬効抽出、合成昇華、薬効固定、冷却・・・」


 チャポポン!


 高山病治療ポーション(+):酸素摂取を急速に促進して高山病を治すポーション、効き目良。

 高山病予防ポーション(+):酸素接触を促進して高山病を抑えるポーション、効き目良。


 山越え前に薄めた方を飲んでもらえばほぼ高山病にかからないけど、それでも高山病になる人がいたら薄めてない方を飲ませれば一発で治るわ。

 そう説明して護衛の人たちの分としてブレイズさんに渡した。


「嘘だろ、そんなにあっさりと抑えられるなんて」

「私を誰だと思っているの?錬金薬師なのよ」


 高山に薬草を取りに行く錬金薬師が、高山でよく発生する病を治せないわけがないじゃない。


「さすが錬金薬師殿ですね、スポーン王国のやらかしとは大違いだ」

「すっかり忘れる時があるが、薬に関することだけは完全無欠だった」


 感心するワイズリーさんとブレイズさんだけど、なんだか納得いかないわ。私はなんとなく悶々としたものを抱えながらも、エープトルコ王国を出立するのであった。

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