第49話 スポーン王国の白百合

「やっぱりあったわ!オリーブの実」


 あれから一ヶ月後、私はフィルアーデ神聖国に向けた旅に出ていた。隣国のスポーン王国での逗留とうりゅうで市場を見回っていた私は、お目当てのオリーブのような実を見つけていた。少し購入して早速錬金術でオリーブオイルを抽出してみると、狙い通りの油が抽出できた。


「よぉし!これでパスタもハーブ石鹸も作りやすくなったわ」


 私は市場でオリーブの実を大人買いすると、逗留先の宿でオリーブオイルを抽出して料理長に渡した。


「パスタ料理を作るときに、このオリーブの実から取れるオイルを使うと、相性がいいと思うわ」


 他にもドレッシングとか違った風味を出せるものがあると思うので研究してほしいと付け加えた。


「わかりました。さっそく試しましょう」


 料理長はオリーブオイルを受け取ると、キャンピングカー内部に設けたキッチンスペースに消えていった。オリーブオイルは錬金術を使わなくてもミキサーにかけて水分と油に分離した上澄みをすくうだけで簡単に作れるから輸入できれば気楽に使えるわ。


「ところでこの後の予定はどうなっているの?」

「スポーン王国の駐在大使館に行って大使と王宮に挨拶に行くことになる」


 うへぇ、聞かなければよかったわ。でも大使の指示に従って紹介されたら会釈えしゃくするだけでいいそうだから少しの間の我慢よね。

 そう、この時はそう思っていた。


 ◇


「ほう、そちらが噂の錬金薬師殿か」

「はは、フィルアーデ神聖国にて聖女認定を受ける旅の途中にて、軽く挨拶に参った所存です」


 大使の人が滑らかに会話を進めていく後ろで、頭を下げて待機するだけの簡単なお仕事です。やっぱり貴族の人たちは鍛えられているだけあってコミュニケーションは完璧ね。


「折角だから姫にも顔合わせをしようではないか」


 そう言って王様が側仕えに手を振って指示をすると、後ろの扉から妙齢の美しい女性が現れた。王妃様やエリザベートさんが薔薇を連想させる美しさなら、こちらは白百合しらゆりのようなたおやかな女性で、絹のようなオフゴールドのロングストレートの髪に優しげな青い瞳でこちらを見つめていた。これは今まで見た中でもトップクラスに綺麗な女性だわ。


「我が娘セリーヌは隣国のエープトルコ王国の王子と婚約を交わす予定でおったのだが…」


 どこぞの国でまみえた青い薔薇が美しいと評判で話が頓挫とんざしておってな。友好国である大使においては、どうしたらよいものか是非とも妙案を聞かせてもらいたいものだ。そうスポーンの王様がやけにニッコリした笑顔で話しかけたけど、先ほどと違って大使が大汗をかいている様子だった。

 なんだか雲行きが怪しくなってきたわね。青い薔薇でどうして頓挫とんざするのかさっぱりわからないけど、こんな美しい姫君を放っておくなんて勿体無もったいないことだわ。


「そこの錬金薬師殿にも是非意見を聞いてみたい」


 直答じきとうを許す、そうおっしゃるものの額面通り受け取っていいのかわからないので大使の方を見ると、仕方なしといった風情でうなずくので思うところを述べた。


「これほどの姫君を放っておくなどエープトルコの王子は見る目がありませんね」

「ほう、聞けば錬金薬師殿は薬だけでなく服飾デザインや化粧にも詳しいとか。姫に相応ふさわしい装いを見繕みつくろってはくれぬか」


 お安い御用です、白なら前にエリザベートさんのドレスで使わなかったシルクの布もあるしね!私は右手を胸に当てた錬金薬師としての礼をとりながら自信満々に答えた。


「そこいらの野薔薇などかすむほどの美しい白百合しらゆりを王子の眼前に見せつけてご覧にいれまフガフガ・・・」


 そこまで言ったところで大使に口を抑えられた。ブレイズさんを見ると天井を向いて目を手に当てて「あちゃー」という表情をしている。


「そうか、それは楽しみにしておるぞ」


 王様は会心の笑みを浮かべ、大使はガクリと項垂うなだれていた。どうやら、やらかしたらしいわ。


 ◇


「自国の姫を野薔薇にしてどうするんですか!」


 バベン、バベンと机を叩くエイベールさん。そう、謁見終了後、大使館に戻った私は駐在大使のエイベール伯爵にこってり絞られていた。


「青い薔薇がエリザベートさんのことだとはつゆ知らず・・・」


 今度は私が大汗をかいて苦しい言い訳をする。うぅ、ハッキリ言ってよ!お前の国のエリザベート姫がよくもやらかしてくれたじゃないかって言えばいいじゃない!

 とにかく謁見の間で王様と直々に約束したからには履行りこうしないといけなくなったそうだ。ははは、青いシルクのドレスをまとったエリザベートさんの上を行かなくてはならなくなってしまったわ。

 ただまあ、あの時は化粧もしてなかったし、脳筋姫様エリザベートさんよりは地の素材はこちらの方が上だからなんとかなるでしょう。

 やればいいんでしょ、やれば!


 ◇


「これが、私なの?」

「私の持てる技術とスポーン王家の職人達の技術の粋を集めた最高傑作でございます」


 セリーヌ姫は姿見鏡に映る自分を見て呆然としている様子だった。

 私が錬金術で作った美肌ポーションと化粧の技術、そしてスポーン王国の王家御用達職人との合作による純白のシルクを使った必殺のウェディング風ドレスよ。ヘアケア、フェイシャル、ボディ、ネイル、香水、つま先の靴のエナメル素材に至るまで錬金術でやりきったわ!これでなびかないボンクラ王子ならあきらめてちょうだい。

 王様にも完全武装メイクアップしたセリーヌ姫を確認してもらうと、王様は驚愕の表情を浮かべて約束の履行りこうを認めてくれた。


「何か褒美を取らそう、望みはあるか」

「オリーブの実を輸出してもらえれば十分です」


 なんだ、そんな簡単なことかと王様はこころよく受諾してくれた。

 その後、王宮の女官に化粧技術を伝授し、美肌ポーションと化粧品を渡し、後はよろしくお願いしますということで、ようやく解放された。


 ◇


「やっと出発できるわね」


 まったく、中級ポーションがぶ飲みで一月弱くらいかかってしまったじゃないの。旅の日程が大きくずれてしまったわ。


「最初にお前が言ったノンストップ・バギーで急行する案が一番良かったかもな」


 確かにポーションをがぶ飲みする期間は短くて済んだでしょうね。幸い、遅延の理由はスポーン王家のほうで取り成してくれるそうだから、行事取りやめということにはならなかったけど、もう謁見はこりごりだわ。そう思いながら、エイベール伯爵からエープトルコの駐在大使に向けた手紙を預かり、西に向かって出発した。


「でも一ヶ月も逗留とうりゅうできたおかげでオリーブを使った料理のレパートリーは格段に増えたわね」


 チキンピザ、チーズピカタ、チキンソテー、ローストポーク、そしてイタリアン風味のカツレツ。キャンピングカーの中で料理長により昇華されたオリーブオイルを使った料理に舌鼓を打つ私。今回のことは犬にまれたと思って忘れることにしましょう。


「さあ、次は米を発掘するわよ!」

「忘れた頃に何かありそうな気がするんだがな」


 不吉なことをいうブレイズさんの言葉は、次のエープトルコ王国の市場に想いを馳せる私には聞こえなかった。


 ◇


 その後、エープトルコ王国の王子とスポーン王国の姫君との間で、無事、婚約が取り交わされたことを知るのは、辺境伯邸に大量に送られてきたオリーブに付けられた謝意を示す手紙からとなる。

 隣国から颯爽さっそうとあらわれ、魔法のように縁談をまとめたという錬金薬師の手腕に、各国王家から姫君の縁談への協力要請が届くようになるのはまた後の話となるのだが、この時のメリアには知る由もなかった。

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