第48話 国外に向けた旅の準備
「なぜこんなことに・・・」
私はまた六重合成による量産活動の日々に戻りながら、その作業と同時並行で表敬訪問に必要な知識を詰め込まれていた。せめて、どちらかにしてもらえないものかしら。
「仕方なくお菓子作りを優先してきた結果だな」
自業自得だと冷たくあしらうエリザベートさん。それにしても、エリザベートさんは周辺国の事情をよくわかってるわ。両手両足が塞がっている私の代わりにノートに記帳していくブレイズさんの文章や簡易地図を見ながら感心していた。
今回の旅程は西の隣国から更に隣の国を経て北上してフィルアーデ神聖国にいく予定だ。北の国経由なら一国で行けるらしいけど、敵対国だから万が一を考えると駄目だそうだ。敵対国であっても過去の前例から、加護持ちを殺めた場合に降り注ぐ自国への災禍を考慮すると滅多なことは起きないだろうが、軟禁するくらいは考えられるようだ。
「途中で面白い観光地とかはないんですか」
そんな長い旅路で、なんの楽しみもなく蒸気馬車で揺られる毎日では気が滅入るわ。
「ないこともない」
メリアからしてみれば料理には期待できないだろうが、初夏の時期限定の雪解けによる白糸のように流れる滝や、向こう岸が見えないほどの雄大な河川、山脈越えの峠道の中央から見下ろす景色など見所はあるだろう。ただ、日程を考えるとゆっくり物見遊山している時間はないという。
「これが最初で最後の訪問かもしれないのに」
「いや、教皇の代替わりの際にはまた呼ばれるだろう」
聖女認定されたら私が教皇の任命式で任命する役回りを務めることになるとか。そんなこと一言も聞いてないんですけど!
「加護持ちは、それほどに希少な存在なのだ」
ましてや創造神の加護など文献を漁らないと出てこない。同格の者が後から出てきたとしても私が筆頭だという。あの微妙な加護というか慈悲にそんな価値があろうとは思わなかったわ。そんな希少な存在が物見遊山も許されないとはどういうことなのかと問うと、夏のコーデが間に合わないだろうとか。
「季節も一巡しましたし去年を参考にお抱え職人にデザインさせればいいのでは」
令嬢たち曰く、メリアス&メリーズ、メリメリの装いにあらずんば貴族令嬢にあらず。その証拠がメリア謹製の特殊なインクを使って押されるメリアのお友達ポイントスタンプだ。真面目な顔で告げられたシュールな内容に思わず吹いてしまう。完全にブランド化していた。
「私も別に服くらい家のものに作らせればいいと言ったのだがな」
国内の農業振興にも一役買っている側面もあるので、メリアにはすまんが頑張ってもらうしかない。そう言われると自分が仕向けたこともあり反論の余地がない。でも私の心にメリメリくるものがあるわ。
その後、西のスポーン王国、その隣のエープトルコ王国、それからフィルアーデ神聖国について大体の詰め込みが終わると、北のブリトニア帝国についてはまたの機会ということでようやく解放された。
◇
辺境伯邸に戻り、私は指示されたシルクの生産ため無意識下で四重合成により生糸を生成しながら、これからの旅に思いを馳せた。
「隣のスポーン王国はともかくエープトルコ王国にあるナール川は見てみたかったわ」
雨季になると氾濫して肥沃な農業地帯を生み出しているのだとか。なんだか稲が期待できそうな話よ。更にエープトルコ王国の北のケール山脈を超えたところにあるフィルアーデ神聖国は、高所にあるから薬草が沢山生えてそう。ハーブも期待できるわ。スポーン王国の南に張り出した半島部分は乾燥してるようだから、案外、いい葡萄やオリーブが取れるかもしれないけど、南に迂回することはできないからどうにもならないわね。
「市場を回れば農作物は見れるだろう」
「確かに、それくらいは許してほしいものだわ」
とにかく目ぼしいものを見つけたら魔法鞄に入るだけ買い込むのよ。
「ところで何人で神聖国に向かうの?」
「スポーン王国に隣接する辺境伯軍から一個小隊程度をつけて向かう」
あまり大規模では誤解を生むからな。ブレイズさんはそういうけど、数十人規模じゃないの。大袈裟ではないかしら。
「そんなに大人数じゃ料理を作ってられないわね」
「大丈夫だ、料理長もついてくる」
「え、そんなのありなの?」
「辺境伯も辺境伯夫人も王都にいないのだから問題ないだろう」
なるほど、それは助かるわ。珍味や珍しい作物を見つけたらその場で調理できるわね。こうなると、キャンピングカーを設計してテッドさんに作ってもらわないといけないわ。
「なんだそのキャンピングカーってのは」
「ちょっと空間拡張の魔石で馬車の荷台を広げて料理する場所や寝泊まりできる居住空間を設けるだけよ」
魔法鞄のちょっとした応用ね、人が入れる分だけ鞄よりかなり狭いから魔石が勿体無いけど。荷台の筐体を方形にして少し大きくするだけだからすぐできるでしょう。
「また、そんなとんでもないものを」
「ちょっと広くなるだけで大したことないわよ」
テントを張らなくても野宿できるからいいでしょう。小隊規模なら全員分用意できると思うけど要らないの?そう訊いてみると、ブレイズさんは顎に手を当ててしばらく考えたかと思うと、
「外からバレなければ問題なかろう」
「そうそう、蒸気馬車を動かしている時点で今更よ」
大体、小隊規模が移動したら小さな町や村じゃ泊まるところがないじゃない。それにしても料理長がいるなら、ほとんど辺境伯邸で過ごすのと代わりないわ。むしろ、ポーションなどを作らなくていい分だけ、楽ちんなのではないかしら。
「いつからポーションを作らずに済むと錯覚していた」
魔法鞄に材料を詰めていけば作れるだろうと、いつ用意していたのか、薬草などの材料を詰め込んだ鞄を見せるブレイズさんに思わずため息をついてしまう。料理だけじゃなくて、その他も王都にいるのとなんら変わらないじゃないの。
まったく、どこの誰よ。魔法鞄などという無粋なものを作ったのは!
「旅行気分が台無しだわ」
「元から旅行じゃないけどな」
それは言わない約束よ、ブレイズさん。聖女などという
「用がありまくりじゃないか」
「あれもしたいこれもしたい年頃なのよ」
十年、二十年経っても変わらない気がするんだがと言うけど、そりゃそうよ。十年や二十年で地脈を通すこの肉体と精神が衰えるものですか。まだ十五歳なのよ!
「それじゃ年頃関係なくないか」
「女性に年齢の話は禁物よ!」
興味を無くしたのか、へいへいとおざなりな返事を返して私が書いた設計図を持ってテッドさんのところに行こうとするブレイズさんに、ちょっと待ってと何パターンかにナンバリングしたウイスキーの小樽を渡す。
「ウィリアムさんのところで試験的に作ったウイスキーを錬金術で擬似的に熟成したものよ」
原酒が二割の水割りの状態で、どれが一番好みかなるべく多くの職人さんたちに聞いてきてもらうよう、お願いした。後で混ぜ合わせてある程度の調整ができるとしても、十年経って失敗じゃ困るものね。主な消費者の嗜好を早めに調査できるならしておくに限るわ。
「おう、任せろ!」
先ほどとは打って変わってやる気を出したかと思うとバギーを飛ばしてあっという間に視界から消えていった。
まったく、いつもあれくらいやる気を出してくれるといいのだけどとぼやきながら部屋に戻ると、私は魔石を手にキャンピングカー用の効果付与を始めるのだった。
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