神託の錬金術師

第47話 二人目の弟子取り

「やはり冬はコタツに限るわね」


 台座の上の掘り炬燵ごたつに足を入れ、上に置かれた饅頭まんじゅうを手に取ってお茶と一緒に食べながら、美肌ポーションや化粧品を生成する。ここが王宮の研究棟でなければ、もっとよかったのに。

 白粉おしろいを駆逐したのはいいけど、あれからメリーズの化粧品の需要が増加してしまい、主な製造工程を委託した商業ギルド錬金術に卸す原料を作らなくてはいけなくなったわ。こんなことなら1,200年前そのままの化粧品を伝えればよかった。


「明日は、また五人ほど来るそうだ」

「わかったわ」


 そして、十五歳になるまでに二人目の弟子の候補者を絞るため、最近では錬金術の素養がある者が波長の確認のため送られてくるようになっていた。この機会に素養が判明しているもの全てを引き合わせて波長適合の順位付けをするらしい。

 性格に問題がある者や我儘わがままな子息が事前面接で足切りされるようになったのは助かるけど、この調子で弟子を取らされたら、五十歳になる前に十人くらいの弟子を抱えることになってしまうわ。


「普通は二、三人も弟子を取れば十分なんだけど」


 というか大体は一人だった。波長の適合率を考えればそれでも万々歳よ。まあ、二人取れば少なくとも私の代では倍に増やしたことになるでしょう。


「それより、泥炭ピートと水源が見つかったんですって?」

「ああ、北の国境近くの森で発見されたそうだ」


 ウィリアムさんのところで泥炭ピート無しではあるものの、ウイスキーの工程は一通りできるようになっていた。これでいよいよ本格的なウイスキーができるわ。最短で三年、それなりのものは十年後に。


「若いウイスキーでも出来上がりは三年後ね、ウィリアムさんには伝えたの?」

「もちろんだ、今頃は現地に行っているはずだ」


 これで一通りのお酒は・・・って、肝心のラム酒がまだじゃないの。

 いつぞや貴族の令嬢方を通した農業機械の普及のお願いは思ったより効果があった。なんと農業機械の受注でテッドさん達はしばらく忙しくなってしまい、遠心分離機の研究は後回しになっていた。来年になれば年を追うごとに収穫が倍増していくはず。でも伝え聞いたところによると、綿花を輸入して布や服にして輸出する加工貿易が盛んになっているようで、綿花の国内生産にそれほどこだわる必要はなかったのかもしれないわ。となれば、


「いよいよ見えてきたわね、私のスローライフ」

「そんなわけないだろう」


 ブレイズさんの話によると、十五歳になると同時に、未成年を理由に突っねてきた外交舞台へのデビューが待っているそうだ。なにそれこわい。


「まずはフィルアーデ神聖国を訪問して聖女認定がされる予定だ」

「は?聖女なんてどこからそんな話が出てくるのよ!」


 こんなに食い意地が張って商売っ気があってぐーたらスローライフする気満々の聖女がいてたまるものですか。神様だって笑い転げるわよ。


「お前が聖女らしくないのはまったくその通りだが政治的配慮だ」


 どうやら第三国で加護の正式な認定を受けることで、戦争などの紛争停止が確定するとか。そうでなければ嘘か真かわからない加護認定宣言が飛び交うことになるらしい。


「隣国にフィルアーデ神聖国なんて国あったかしら」

「隣国を隔てた大陸中央にあるぞ」


 え?それってまさかの旅行フラグ!?いや、私は騙されないわよ!


「まさかバギーでノンストップで行くつもりじゃないでしょうね」

「隣国を素通りできるとでも思っているのか?」


 当たり前だが、途中で表敬訪問くらいするだろう。そう言って肩をすくめるブレイズさん。なるほど、ということは途中で色々な料理を食べたり歓待を受けたりできるわけね。


「それは楽しみだわ!」

「楽しいわけがないだろう」


 忘れているのかもしれないが、お前が考えた料理以上の料理なんて道中はおろか隣国の宮廷にもあるはずがない。ついでに言えば酒も衣類も甘味も移動手段や生活インフラも含めて、全て、ベルゲングリーン王国が最先端だ。このコタツとやらで暖を取りながらカーディガンを羽織って饅頭まんじゅうを食って過ごすのが当たり前だと思っているお前が満足できるような国は一つもない。そう言って肩をすくめてみせるブレイズさん。


「なんてことなの。そんな辺鄙へんぴなド田舎の国に行くなんて・・・」

「お前、国を出たら絶対そんなこと言うな」


 というか口を閉じて愛想笑いを浮かべていろというブレイズさん。失礼ね、公然とそんなこと言うはずないでしょう。ちょっと心の中で思うだけだわ。これでもTPOくらいわきまえているわよ!


「その心の中が分かりやす過ぎて姫さんにトランプで負け続けたことを忘れたのか」

「・・・仕方ないわね。わかったわよ」


 使えそうな内陸の特産物でも見つけて、目ぼしいものがあったら商業ギルドを通して輸出してもらうくらいが関の山ね。米以外で言えば醤油や味噌を作れそうな大豆。あとは唐辛子とごま油、つまりラー油あたりかしら。チャーハン・・・う、頭が!

 こうして比較的平穏な日々を過ごすうちに、やがて春を迎えた。


 ◇


「ここに来れば饅頭を沢山食べられると聞いて来ました」


 冬の間に選別を終えた中で第一位の弟子候補となったカリンちゃんは、すごく食い意地がはった子だった。年齢は九歳の女の子。肩口で切り揃えられた茶髪を振り乱しながら興味深く研究室を見回している。

 こんな子が私と一番波長が合うなんて…


「この上なく納得の第一位じゃないか」


 ぐぅ、まあいいわ。それならそれで私にも考えがあるわ。

 これからよろしくねと私はお姉さんらしく飴ちゃんを渡した。しばらく一緒に過ごしながら初夏を迎えて私が十五歳になったら知識伝承の儀式を行う説明をしていく。


「これからしばらく一緒に過ごして仲良くなると儀式の成功率が上がるの」


 その為にはカリンちゃんの為に、色々な春のお菓子を作りまくらないといけなくなったのよ!さあ、さっそくマカロン、シフォンケーキ、パウンドケーキ、チーズスフレでも作りに辺境伯邸に帰りましょう。


「わかった!メリアお姉ちゃん!」


 よし!これでしばらくは合法的にルーチンワークから解放ね!


「すまん、先行き凄く不安になって来たんだが…」


 メリア二号じゃないかと顔を手で覆うようにするブレイズさんに安心するように言った。


「なにを言っているの?弟子が増えたら楽になるって言ってたのはブレイズさんじゃない」


 帰りがけ、折角だからとスケッチブックを取り出してリボンをあしらったベレー帽に紺を基調とした白いラインの入った小学生の制服風デザインを描き、カリンちゃんの寸法を取ってもらって注文した。貴族令嬢の春のコーデも終わったし、被りは無いはずよ。

 衣食住足りて礼節を知る。貧しい農村から連れて来られたカリンちゃんには、まずは文化的な暮らしをしてもらいましょう。

 こうして、料理とお菓子三昧の楽しい春が過ぎていき、やがて初夏を迎え私が十五歳となったある日、私はカリンちゃんに知識伝承の儀式を行った。


「これから、するべきことはわかった?」

「うん、まだまだ山ほど実現できていない料理があるってわかったよ、メリアお姉ちゃん」


 その通りよ。危険な知識も多分に含まれる私の書庫ライブラリを受け継いた後も、なおも変わらぬカリンちゃんの様子に私は嬉しくなって微笑ほほえんだ。それでこそ私の弟子、カリン・フォーリーフよ!

 まずは知識伝承の試しにと、カリンちゃんに中級ポーションを作ってもらった。


「魔力水生成、水温調整、薬効抽出、薬効固定、冷却・・・」


 チャポン!


 中級ポーション:やや重い傷を治せるポーション、効き目普通。


「ふむ、普通ね。まだ九歳だしあせらずこれから成長していけばいいわ」

「わかった、ポーションの方もついでに頑張る!」


 ついで・・・なにやらボソッとした声がブレイズさんから聞こえた気がするが気にしない。錬金薬師になったからといって、趣味も持たずに蒸気馬車のようにポーションを作るだけの毎日を送るのもなんだし、頑張るって言ってるんだからいいじゃない。

 これで、私の代では少なくとも二人の弟子が生まれ、師匠の弟子として最低限の役目は果たしたと安堵した。もう、いつ過労死しても思い残すことは、


「ありまくりよ!これからも料理とお菓子を広めていくのよ!」


 研究棟の中庭の木の下で、カリンちゃんとそろってエイエイオーと右手を上げる私たちに呆れながら仕方ないなと笑うブレイズさん。そんな私たちを祝福するように初夏の優しい木漏れ日が降り注いでいた。

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