辺境の錬金術師
第6話 薬草採算準備
「もう売り切れたの!?」
街に戻って郊外の家の台所にコンロやオーブンを設置して、当座の食料を買いに街に来たメリアは、ギルド証の残金が急激に増えていることに気が付いて商業ギルドに来ていた。
「一瞬でしたよ」
なんということでしょう。張り紙を貼ったそばから売れてしまったようだ。
「メリアスフィール様のポーションは高品質で有名ですから」
以前のは希釈したポーションだったのに高品質と言われてもピンとこないわ。ここまで売れるとは思っていなかったから、薬草採取を考えなくてはいけない。うーん冒険者ギルドにクエストを出して集まるかしら?薬草採取なんて初級クエスト誰も受けないわよね。今後の課題ということにしよう。
私は手持ちの10本だけ追加で納めて、また次の機会に持ってくる事を約束して商業ギルドを後にした。
◇
カーラはギルドの扉を開けて出ていく少女を見送ると満面の笑みを浮かべた。最高品質のポーションを商業ギルドで一手に引き受けられる。そんな競合不在の独占販売権、美味し過ぎた。しかも中級ポーションなのだ。そこいらの低級ポーションとは訳が違う。重度の傷でも完治するポーションは王都ですら入手は難しい。それがこんな辺境で!
「需給次第で適当に薄めて売って下さい」
もちろん、そんなことするはずが無かった。このポーションをセットで一本つければ、難しい商談も一発成約の魔法のポーションを薄めるなどとんでもない!それをあんな年齢の少女が直接販売していたら薬屋の前で暴動が起きていただろう。
ギルドであれば、不心得者にはちょっとポーションの供給を渋る素振りを見せるだけで大人しくさせることが出来る。この追加の10本も、ズラリと書かれた予約順リストを見て、ギルドに非協力的な者を除く前10人に売るだけの簡単なお仕事です。
そう、正確には張り紙を貼ったそばから未来の分まで売れていた。
「次の納品日が楽しみですね」
受付に対して急に丁寧な対応になった商人たちに、カーラは笑いが止まらなかった。
◇
「なにか護身用の武器が欲しいの」
また高原に薬草採取に行く事を考えると、電撃の鎌はいささかリーチが短い。フォレストウルフ程度ならいいけど、もっと大型のフォレストマッドベアーだと少し厳しい気がする。そう思って鍛冶屋のガンドに武器の相談をしていた。
「魔石を設置できる丈夫な鉄の棒でいいの」
そう言って草薙の鎌3号改を取り出して放電する様を見せた。電撃に感心しながらもガンドさんは指摘した。
「いやぁ嬢ちゃんには鉄の棒は重いんじゃねぇか?」
確かに。であれば薙刀みたいに先だけ鉄でいいわね。そう思って説明すると、丈夫に作ればこの間の斬撃強化も一緒につけれるそうだ。ただし金貨40枚くらいはかかるらしい。ギルド証の残高を確認…するともうさっきのポーションが完売した事を知った。早すぎるわ!
「もっとかかってもいいから丈夫に作ってください」
そう言うと持ち手の木をエルダートレントにして金貨60枚ならどうかと言われたので即決してギルド証で決済を済ませた。今度は2週間くらいかかるそうだ。また2週間後にくる事を約束して鍛冶屋を後にした。
そういえば武器はともかく防具というか服を買いたいわね。さすがに街を農村の村娘の姿で歩くのは目立つ。そう思って服飾店に行き、出来合いの服を何着か買って帰った。
「はぁ…とりあえず今ある癒し草でポーションでも作ろうかしら」
メリアは両手の親指と人差し指の間に一本ずつ、中指と薬指の間に一本ずつの計4本を手に持ち、自分の四方に瓶を置いて錬金を始めた。
「四重魔力水生成、水温調整、薬効抽出、薬効固定、冷却・・・」
チャポポポポン!
「よしと、どれも最高品質ね!」
上級ポーションで二重同時合成、最上級ポーションで四重同時合成の技術が必要になる。つまり、彼女は最上級ポーションの作製技術で、中級ポーションを同時に四本生成して時間短縮をはかっているのだ。
こういう事をするから仕事をどんどん回されて過労で死ぬのだが、当の本人はそれに気がついていなかった。そういう意味では、彼女が望むスローライフへの道のりは、彼女の効率化にかける情熱とは裏腹に、遥か遠く険しいものだった。
◇
メリアは新しい服を着ると、一応薬草採取クエストが出せないかと冒険者ギルドに来ていた。
「無理ね」
一刀両断だった。市場の薬草価格との兼ね合いで冒険者の人件費と採算が取れないのだそうだ。仕方ないわね、そう思って帰ろうと思ったときクエストの掲示板が目に入った。
「フリークエストのフォレストウルフを狩ったら解体してくれるのかしら」
「手数料を払えばギルド員ならしてくれるわよ」
なるほど、じゃあ冒険者ギルドにも登録しておこうかしら。そう思って申請をお願いしたら、本気かという目を向けられたが「銀貨5枚よ」と事務的に対応してくれ、商業ギルドと同じように会員証を手に入れた。違いといえばランク表示かしら。今はFランクらしい。
「まあ解体してもらえるならどんなランクでも変わらないわね!」
次に今後の薬草採取の往復の手間を考えると大きな容量の魔法鞄が欲しくなったので、魔道具屋に来た。
「なるべく大きな魔石が欲しいです」
「今はこれしかないね」
ノースホワイトグリズリーの魔石か、これなら30立方メートルはいけるかしら。というか、これなら冷蔵庫に使いたいわね。いくらかきいてみると金貨10枚とか。
「買いますけど、同じくらいの、もう一つないでしょうか」
「あるよ、これも同じノースホワイトグリズリーさね」
おお、これなら小さい方で冷蔵庫を作れるわね!私はギルド証で決済を済ませ、お礼を言うと魔道具屋を後にした。
◇
それから二週間かけて、店舗にあった空瓶の数だけ中級ポーションを作製したメリアは、ノースホワイトグリズリーの魔石で新しく作った魔法鞄を腰に下げ、商業ギルドに来ていた。
「今度は200本作って来ましたけど空瓶がなくなりました」
どこかで瓶を売ってないか尋ねたら、次からは作った分だけ空瓶を用意してくれるそうだ。手間が省けたわ!
「ところで随分と大きな容量の魔法鞄ですが購入されたのですか」
「あ、これは今日作ったものです」
「メリアスフィール様は魔法鞄を販売する気はございませんか」
魔石が必要になるので魔石の大きさ依存で統一が取れないから値付けも難しいし、当たり前だけど鞄そのものも用意しないとデザインとか合わなくて難しいのではと話すと、ギルドで用意した組み合わせでいいからという。
「一応薬屋をする様に言われたので片手間くらいなら」
目安として腰のポーチがフォレストウルフの魔石で一立方メートル、今回のノースホワイトグリズリーの魔石で30立方メートルと伝えた。一辺3メートルの立方体よりちょっと大きいならちょっとした馬車代わりにはなるかしら。
そう伝えると、次回、薬瓶と一緒に材料を渡してくれることになった。
◇
「なんてことなの!」
金貨100枚相当のポーチと相場が付かない容量の鞄を簡単に作れるなんて。薬師は薬師でも錬金薬師だった。カーラはギルド長に報告して最高級の鞄とそれに見合う魔石の融通をすると、薬師のメリアスフィールの副業でオークション級の魔法鞄ができることを話した。
「どこが副業なんだよ」
商業ギルド長は突っ込んだ。カーラは頭を振って言い募る。
「今日納入した200本の中級ポーション全てが最高品質の錬金薬師なのです」
そしてそれを運ぶための利便に、家庭でパッチワークでもしたかの様な気軽さで、大小の魔法鞄を付けて来たのだと。
「道理で領主が絶えた薬師の家屋と店舗をポンと下げ渡すわけだ」
脱税疑惑でしょっ引かれたのに、豪勢な庭付き家屋と一等地の店舗を渡されて帰るなんておかしいとギルド長は思っていた。なんせ報告したのはギルド長なのだ。しかし、低級ポーションの売り上げなど、かの少女が生み出せるものに対して脱税額がささやか過ぎる。
とにかく鞄と魔石の調達が進められることとなった。
◇
メリアが鍛冶屋に来るとガンドさんが出迎えてくれた。
「おう、嬢ちゃんか。出来てるぞ!」
石突が付いたエルダートレントの長い柄に先の尖った両刃の穂。うん、薙刀というか普通の槍ね。
「この石突を外すと魔石が設置出来る」
なるほど、まずは魔石無しで試してみたいわね。そう言うと、奥の試し切りエリアに通された。私は槍を下段に構えて自然体をとる。
フッ!
孤月下段斬りからの突き一閃。斜めに切断された案山子が斬られる前そのままの位置で槍に突き刺さっていた。
「ふむ…」
槍を引き寄せて二つに分たれた案山子の切断面を確認すると、押し潰される事なく綺麗に切れていた。次に切れ味増加の魔石と電撃の魔石を設置して上段に構える。
フッ!
紫電一閃、焦げた案山子の後ろの土壁に穿孔が穿たれ煙を上げた。槍を引き寄せて槍の穂や柄を確認して問題ない事を確かめると満面の笑顔を浮かべた。
「いい槍ね!これならフォレストマッドベアーが10匹いても返り討ちだわ!」
「おいおい、嬢ちゃんどんな腕前してんだ」
魔石無しでもやべえ。そう言うガンドさんに、今度は冷蔵庫の筐体が欲しい旨を伝えて、箱の寸法や冷気を閉じ込めるための密閉性について説明した。
「わかった、構造は簡単だがでかいから材料費が嵩んで金貨20枚だな」
私はギルド証で冷蔵庫分の決済を済ませて槍のお礼を言うと鍛冶屋を後にした。
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