第5話 脱税なんて聞いてない

 ポーションを作っては商業ギルドで売り捌く。そんな日々が続いて数週間したところだろうか。ある日、村長さんが役人に連れられて家にやってきた。


「メリアスフィール・フォーリーフ、お前を脱税の疑いで連行する!」


 なんという事でしょう。商業ギルドでの売り上げが本業の農業を上回るほどになり、ギルドでキッチリ記録が残る事で領主の目にとまる事になった。農村籍の村娘が商業で荒稼ぎしてたら問題だわね。


「メリア、お前さん何をしたんじゃ」

「ごめんなさい、ちょっと薬を売って…」


 ごにょごにょとするうちに、私は役人が乗ってきた馬車に乗せられて連行された。十二歳という事もあり手足を縛られたりはしなかったけど、いわゆるお縄についたというやつね、トホホ。こうしてドナドナされた私は街の領主官邸につれて行かれた。


 ◇


「商業ギルドの記録によると大量のポーションを卸していた様だが、どこから仕入れたのか?」

「自分で作りました」

「嘘をつくな!村娘がポーションを作れる訳がなかろう!」


 ですよねー!我ながら無理があるとわかっているけど、そもそもまわりに薬師がいないのに適当な言い訳も思いつかないわ。仕方ない。


「では今ここで作ってみせます」

「なんだと?」


 そう言って腰のポーチから癒し草と瓶を取り出した。


「魔力水生成、水温調整、薬効抽出、薬効固定、冷却・・・」


 そうして中級ポーションを作ってみせた。


「なん…だと」


 査問官と思しき人はちょっと待ってろと言って出て行ったかと思うと、鑑定ができる人を連れてきたようだ。


「最高品質の中級ポーションですね、これがどうしたんです?」

「この村娘が作った」


 ハァ?そんな擬音が聞こえてきそうな顔で私をみたかと思うと、なにを寝ぼけた事をと笑い出した。


「中級ポーションが作れる様になるまで何年かかると思ってるんですか」


 無理無理と言うと査問官の人がもう一度やれというので、腰のポーチから癒し草を取り出してもう一度作って見せた。


「出来ました」


 目を丸くして鑑定をかける男の人は、信じられないものを見たように掠れた声で言った。


「さ、最高品質の中級ポーションをこんなにたやすく…」

「しかし商業ギルドの記録では下級ポーションを大量に納品していたとあるが?」

「ああ、それはこういう事です」


 10本の瓶に中級ポーションを均等に分けて魔力水を生成して薄めてみせた。


「なんという勿体無い事を!」

「どうなったんだ?」

「…全て下級ポーションですよ、最高品質の」


 とりあえず嘘を言ってない事が判明した様なのでこれは案外いけるかもとへらっと笑って言ってみる。


「農村でのほんの冬の手仕事です」

「「そんな手仕事があってたまるか!」」


 チッ、ダメだったわ。その後、審議すると言って二人とも出て行き私は軟禁部屋に残された。


 ◇


 しばらくすると査問官の人が来て、私は軟禁部屋から出されて偉そうな人の前に連れて行かれた。隣に先程の鑑定人が控えている。


「もう一度ポーションを作って見せろ」


 私は査問官の人に言われるまま作り、査問官の人に渡した。偉い人が顎で指示すると、鑑定人に渡された。


「間違いなく最高品質の中級ポーションです」


 それを聞いた偉そうな人は「そうか」と短く答えたあと、私に話し始めた。


「領主のブラウンだ。お前に裁定を下す」


 なんとなくそうではないかと思っていたけど領主様だった。


「まだ十二歳という事もあり納税に関しては不問に付す。ただし…」


 罪に問わない代わりに薬師として街で開業する事が義務付けられてしまった。家がないというと、老衰で亡くなった薬師が使っていた家屋と店舗を土地ごと下げ渡すそうだ。


「あの…農村の家や畑はどうなるのでしょう」

「村長に伝えて村のものに引き継がせる」


 収穫量が減っては困るからな、そう続けた領主にせめて荷物だけでも運び出したいというと、了承された。

 この後、商家籍としての追徴課税分をギルド証で支払った。今後の納税はどうすればいいのか聞くと、商家籍ヘの異動により商業ギルドの口座から自動的に引き落としされるそうだ。

 そうして下げ渡される家と店舗の地図と鍵を渡されたあと私は釈放された。


「はぁ…もう日が暮れるわ」


 夕焼けに照らされた街並みにため息を吐きながら地図に示された家に向かった。


「…ここで合ってるわよね?」


 一言で言ってデカい。街の郊外の丘に建てられた家はちょっとした薬草畑もある二世帯くらいで住むような立派な家だった。店舗はこことは別に街の中心部にある所謂一等地にある模様。こんなの十二歳の子に維持できるわけが…


「まあ大人二人分の畑より簡単よね」


 メリアはそう思うことにした。


 ◇


 門から出ていく村娘を窓から見下ろすブラウンは、感慨深げに言った。


「まさか我が領の農村にあんな逸材が埋もれていようとは…」


 機材を一切使わずに錬金術のみで鮮やかに最高品質の中級ポーションを、出来て当たり前とばかりに作る。それがどれほどのことか。

 薬師の家系が絶えてしまったこの街には粗悪な下級ポーションすら外から仕入れない限り入手出来なかったのだ。それがどうだ。目の前に置かれた3本のピンク色のポーションを見る。僅か十二歳の娘が作れる代物ではない。それどころか熟練級の錬金術師のみが作成できる逸品なのだ。


「末永く血筋を残してもらわねばな」


 ブラウンは遠くを見つめると、村娘の扱いに思案をめぐらせた。


 ◇


「お腹が空いたわ」


 昨日はもう夕方だったので寝室だけ掃除してさっさと寝てしまった。街でなにか買って食べて、ついでに街の店舗もみてこよう。そうして家に鍵をかけて地図を片手に街の中心にテクテクと歩いていく。行きがけにパン屋があったので、パンを四本買って水を分けてもらい、道すがらかぶりつく。美味しいわ。そうして食べ歩きながらさらに歩いていくと薬屋と思しき店舗が見えてきた。


「だからデカいっていうのよ!」


 街の中心を走る十字路からそれほど離れていないじゃないの。有力商店でもあるまいし、十二歳の娘になにを期待しているというのよ!普通は、町はずれのアトリエみたいなこじんまりしたとした店舗じゃないの?


「まあいいわ。くれるものなら貰っておこうじゃないの」


 そうして店舗のカギを開けて入ると、郊外の家と違って定期的に掃除していたのか薬棚をふくめて綺麗に保存されていた。カウンターから奥の部屋にはいると、仕分け棚がたくさんある調合室、空の薬品瓶が山積みにされた倉庫、二階にはリビングと寝起きできるようなスペースまであった。


「店舗で暮らしていけるんじゃないかしら」


 う~ん、でも小さいとは言え薬草畑は捨てがたいわね。あのデカい家の維持をどうするかが今後の課題だけど、最悪、ハウスキーパーを雇って掃除してもらうしかないけど、そんなに儲かるかしら。それ以前に、中級ポーションしか作れないけど、低級ポーションとかどうすればいいのかしら。ハッキリ言って中級も低級も手間がかわらないのよね。


「めんどくさいわね、店売りはせずに商業ギルドに卸して終わりにしようかしら」


 接客も案外時間がかかるのだ。開業する約束でも営業形態までは指定されていない。店で製造したポーションの委託販売を商業ギルドに相談してみよう。


 ◇


「お安い御用です。お任せください」


 商業ギルドに、領主から昔の薬師の家屋や店舗を下げ渡されて開業する経緯と共に、手数料は出来高払いで委託販売をして貰えないか相談を持ち掛けたら二つ返事で了解してもらえた。早速と作り置きしていた中級ポーションを30本並べて、薄めて低級にするかも含めてお任せしてしまった。希釈すれば300本分、しばらくはこれで回るでしょう。手数料を差っ引いた売り上げは自動的に口座に振り込まれる寸法よ!


 商業ギルドで用を済ませたメリアは、急いで農村に戻り、コンロやオーブンをポーチにしまったあと、新たに大きめの魔法鞄を作って当座の大麦を詰め込んだ。その後、ミー子の飼い葉を交換して掃除したあと、村長さんのところに行って経緯を話し、ミー子のことを頼んだ。


「街に行っても達者でな」


 村長さんはミー子の里親探しを了承すると、そう言って頭を撫でてくれた。私は両親を亡くした十歳のときから目をかけてもらった村長さんに深々とお礼を言って村を後にした。

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