第4話 コンロとオーブンの魔道具
一週間後、ポーションの販売を兼ねて鍛冶屋に発注した調理器具を受け取りに街に出たメリアは、道中で血を流して倒れている商人を見かけた。馬車の荷台が荒らされているところを見ると、盗賊被害にでも遭ったのかもしれないわ。
「うぅ・・・」
倒れている商人風の男性はまだ息があるようだった。特に腕も足も千切れていないし、腹を切られて後ろから剣で刺されただけね。う〜ん・・・それでも放っておけば遠からず死ぬのは間違いなかった。
「仕方ないわねぇ」
メリアは青い色をした上級ポーションを取り出すと、患部に半分振りかけて残りを飲ませた。切り傷から煙が吹き上がったかと思うと、傷跡ひとつない肌が見えた。さすが私の上級ポーション、完璧ね!
男性はまだ気を失っているようだったが、息も穏やかになっているし上級ポーションで失った血液も補填されたでしょうから、気がつくのは時間の問題でしょう。でも時間もないので、豪快に平手をかました。
「うぅ・・・俺は?」
「気がついた?傷ついて倒れていたから介抱してあげたわよ」
「そうだ、俺は盗賊に剣で切られて・・・」
そう言って腹部を確認する男。
「傷がない」
腹にも背中にも傷も痛みもない。ただ、衣服が破れていることから夢ではなかったことはわかる。
「運が良かったわね、ちょうどポーションを売りにいくところだったから飲ませて治したのよ」
そう言って低級ポーションを取り出して見せるメリアに狐につままれたような表情をして男は礼をいった。
「・・・ありがとう」
ポーションで治るような傷だっただろうか。心なしか襲われる前よりも調子がいい。慢性化していた膝の痛みまで消えている。
「ポーションの代金を払おう」
そう言うと驚いたことに商人ギルドの会員証を取り出す少女。こちらも胸を探って会員証を出して使用したという2本分のポーションの代金を支払った。鑑定してみると、最高級のピンク色の低級ポーションだった。そのおかしさに首を傾げながらも命の恩人に疑惑の目を向けることは失礼と思い、男は疑問を胸にしまった。
「馬もいなくなってしまったことだし、一度街に戻る」
「そうなの?私も街に行くので途中まで一緒ね」
そうして街に一緒に向かうことになった。
「街から村に行商に出る途中だったんだが、ここらも物騒になってしまったな」
「あら、ここから先の村というと私のところかしら」
農村の村娘の
「う〜ん、馬車だと速度も出ないし魔法鞄で運べばいいんじゃないかしら」
「そんな鞄いくらすると思っているんだ」
そうなんだ・・・と呟く声を聞いた男は、隣を歩く村娘が常識をあまり知らないことに気がついた。
「小さな魔法鞄でも金貨100枚はくだらないぞ」
つまり、お前さんは最低でも金貨400枚を付けて歩いているように見えているから気をつけろ。そんな男の言葉に今気がついたようにあちゃ〜という顔をしたが、
「もう散々見せてしまったから今更隠しても遅いわ」
それに・・・襲ってきたら返り討ちよ!物騒なことを聞いた気がした男は、空耳だろうと前を向いた。やがて門まで着くと商人の男は別れを告げて街の中に消えていった。
◇
「うぅ、上級ポーション一本で金貨1枚とは大赤字だわ」
低級ポーション2本と言わず、十本ふりかけたといえば良かったわ。そんなことをいうメリアだったが、十本でも大赤字だった。切り傷であれば傷跡すら残さず完治、軽い欠損や古傷も完全に治してしまえる最上級ポーションの価値は金貨10000枚は下らないのだ。
過労死するほど働き詰めだったメリアはモノの価値に疎かった。
「過ぎてしまったことを振り返ってもしょうがないわ、それより今日は調理器具が待っているのよ!」
そう言ってメリアは鍛冶屋に急いだ。
「おう、嬢ちゃんか。できてるぞ!」
鍛冶屋に行くとガンドさんが笑顔を向けてくる。出来上がったものをみると完全に要望通りのものができていた。試しに台座に火炎と氷結の魔石をセットして火炎を付与した魔石と氷結を付与した魔石同士を近づけたり遠ざけたりしてみるとちゃんと火力調節ができるコンロになっていた。よし、うまくいったわ!
まさかの魔道具かよ・・・そんな呟きがした気がするがはしゃいでいた私には届かなかった。
「ありがとうございました!」
「おう、また何かあれば言ってくれ」
私は調理器具を魔法鞄に収納すると鍛冶屋を後にした。帰りがけにポーション30本を商業ギルドに卸した。口座に貯まっていくお金に、この調子なら街でポーションを作っているだけで暮らせるんじゃないかしら、そんな考えが浮かんだが過労死がフラッシュバックしたので頭を振って思い直した。
「私は今度こそ農村でスローライフを楽しむのよ!」
そうメリアは決意を新たにした。
◇
メリアは家に帰るとコンロやオーブンを台所に設置した。早速、大麦でクッキーの生地を作って注文した金属の円筒でくり抜くと順次オーブンに投入して加熱してみた。しばらくするとクッキーの焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
水で牛乳を冷やして待っているとやがて大麦のクッキーが完成した。
「美味しいわ!」
早速口に放り込み冷やした牛乳を飲んでご満悦な表情を浮かべるメリア。砂糖は入っていないけど、水で溶いた麦や蒸した芋ばかりの生活とはおさらばね。気軽に火を使えるからこれからは暖かいものが食べられるわ。
こうなってくるとお肉も食べたい。それには…狩の道具と冷蔵庫が必要かしら。あと井戸から水を汲み上げる手押しポンプも欲しいわね。あと製粉機も考えなくちゃ。石鹸も欲しいし油もなんとかしないとだわ。でももうすぐ冬だし暖房を考えるべきかしら。囲炉裏の代わりにコタツが欲しいわ。
際限なく広がる願望と妄想からメリアを現実に引き戻したのは牛の鳴き声だった。
「しまった、ミー子の世話をしないと!」
まだまだ文化的な生活には時間がかかりそうだった。
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