第2話 不思議な村娘

 鎌の性能に満足するも、その幸せは長く続かなかった。


「私の草薙の鎌2号改が!」


 この間買ったばかりの鎌が折れて早くも使い物にならなくなっていた。鑑定して一番いい鎌を選んだはずだったんだけど、どうしてかしら。

 考えてもどうしようもないので鍛冶屋に行って折れた鎌を見てもらうことにした。


「嬢ちゃん、この持ち手の先についてる魔石はなんだ?」

「よく切れるようにするおまじないよ」


 おまじない…おじさんはブツブツと何か言うと、ちょっと外して試していいかと言うので頷くと、魔石を外して奥にあった剣の柄頭に設置して外の試し斬り用の案山子の前に立って軽く剣を振った。


 ズバンッ!


 案山子が真っ二つになり奥の土塚が抉れた。剣をジッと見たかと思うと柄頭に設置した魔石を外して私に返し、開口一番こう言った。


「嬢ちゃん、草刈り鎌は魔剣じゃねぇんだわ」


 出力がでか過ぎるとのこと。この魔石に相応しい剣の素体は金貨20枚は必要だとか。どうやら家庭用の鎌では耐えられないらしい。なんてこと!草刈り効率化計画が破綻してしまったわ。がっくりした私は、新しい鎌を買って帰った。


 鍛冶屋のガンドは、肩を落として帰っていく少女を見送りながら、先程の魔石の効果に思いを馳せていた。軽く振っただけであれなら、あの魔石を設置した剣なら金貨100枚でも安い。腕のいい冒険者に持たせればワイバーンでも真っ二つだろう。それを草刈り鎌に設置するなんて何考えてんだ。いや、何も考えていなかったのだろう。村娘のナリで、あの歳で街まで一人で来てるんだ。両親の形見を知らずに使ったのだろう。ガンドはそう推測して仕事に戻った。


 ◇


「なんてことなの!リスクを冒してポーションを売ったのに、もう金貨一枚と銀貨八枚しか残っていないわ」


 そもそも農家では財産扱いの鎌を二本も買った上に魔石を購入するのが悪い。そんなことはわかっていたが、悪態をつかないとやっていられなかった。こうなったら、開き直って週一くらいで定期的にポーションを卸してしまおうかしら。そうしたら月収金貨24枚、いえ、会員になれば来月以降は月収24.5枚よ!

 そんな捕らぬ狸の皮算用をしたメリアは、そういえば前回作った中級ポーションが残っていたことに気が付き、水で十倍に希釈して商業ギルドに向かった。



「また下級ポーションを買い取って欲しいのですが」

「かしこまりました。今回も非ギルド会員での売却ですか」

「いえ、定期的に来ようと思いますので、会員申請をお願いします」

「直ぐには得になりませんが問題ありませんか」

「5回取引すればとんとん、それ以降は黒字になるので大丈夫です」


 そういって、メリアは銀貨5枚を受付嬢に差し出した。


「こちらの規約を確認の上で、会員申請書にサインをお願いします」


 メリアは規約を確認する。思いもしない見落としがあったらあとでこまるものね。


「7条に一年以上取引がない場合は会員資格を失うとありますが取引はギルドとの取引でしょうか」

「ギルド会員同士の取引や特許入金などもギルドに記録が残るものも該当します」


 なるほど。ギルドから観測可能な取引であればなんでもいいということね。一通り規約を読んで瑕疵がないことを確認すると、メリアは署名欄に名前を書いた。


「メリアスフィール・フォーリーフっと、はい出来ました」

「ありがとうございました。これがギルド会員証になりますので血を一滴垂らしてください」


 メリアは渡された針に指をさし、会員証に血を一滴垂らして会員証をアクティベートした。


「これでメリアスフィール様以外は使用できなくなります」


 これで商業ギルドの口座にお金を預けておけば会員証を通して決済ができるようになるそうなので、ポーションの代金を口座に入れてもらい商業ギルドをあとにした。


 ◇


 商業ギルドの受付嬢のカーラは、出口から出ていく村娘のなりをした少女を見送ると思案を巡らせた。


「何から何までおかしいわね」


 農村から来たと思われる少女がポーションを定期的に卸せるということ。また、商人向けの規約文章を読み下し難なく理解して署名欄にサインをしたこと。そして、ポーションを定期的に卸すにあたり、ギルド会員になる損益分岐点を難なく計算してのけたこと。なに一つ、村娘にできることではなかった。


「なによりこのポーションおかしいわ」


 全く均一な良判定の低級ポーション。だというのに低級ポーションの緑色ではなく薄いピンク色をしている。薄いピンク色は中級ポーションの作成に失敗した結果ということになるが、それなら均一の出来栄えはおかしいし、なぜ良判定になるのか理由がつかない。まさか、中級ポーションを水で希釈してわざと品質を落としている?


「ありえない」


 そう、ありえないのだ。中級ポーションなら一本でも金貨100枚で売れる。わざわざ品質を落として販売する理由などないはずだった。いずれにせよ、商業ギルドは仕入れに関して詮索をしないのが決まりだ。定期的に万年供給不足のポーションが一定量手に入るというならそれでよい。受付嬢はそう判断すると、仕事に戻った。


 ◇


「冬が来る前に薬草を採取しておかないといけないわね」


 街の門に向かう道すがら今後の予定を考える。冬の手仕事をする代わりにポーションを作るなら時間はできるはず。でも、冬はポーションの材料となる薬草は生えていないから、余分に採取しておくか、冬でも取れるもので錬金するしかない。そういえばと、無駄な支出になってしまった切れ味増加効果を付与した魔石を取り出して眺めるメリア。


「こんなのでも売れるのかしら」


 精々、案山子が切れやすくなるだけで、特に火炎斬や雷撃付与が付いているわけでもない単純な効果だけど、金貨一枚も出費したのだから元は取りたいわね。魔道具屋さんのお婆さんなら中古で買い取ってくれるかもしれないわ。そう思い、この間の魔道具屋に寄った。


「すみません、効果を付与した魔石を買い取ってもらえませんか」

「どれ、見せてみな」


 切れ味増加を付与した魔石を渡した。


「これはこの間のフォレストウルフの魔石じゃないか」

「鎌に付けたら鎌が折れてしまって使えないことが分かったの」


 そうして鍛冶屋での一件をお婆さんに話すメリア。ふ~んと、お婆さんは鑑定眼鏡を取り出して魔石を確認した。


「・・・金貨30枚かね」


 えぇ!そんなにするの。火炎斬や雷撃も付与していないのに。そういうと、そんな効果が付与されていたら街の店には置いておけないだって。それならと、魔石を売ることにして、代わりにまた手ごろな魔石を幾つか買い込み、つくったばかりのギルド証を出して決済をすませた。


「また何か売る気になったら持ってきな」


 そう告げるお婆さんに挨拶をして魔道具屋を後にした。


 ◇


 店の扉から出ていくメリアを見送るお婆さんは、先ほどの魔石を手に取りあらためて鑑定眼鏡を通してみた。


「斬撃増加+60か。フォレストウルフの魔石に込められる効果じゃないさね」


 この魔石を取り付ければ、そこらの鍛冶師が売った数打ちの鉄剣でもちょっとした魔剣になる。村娘が効果が付与されていない魔石を買ってなにをしようというのか不思議だったけど、どうやら、あのなりをしていながら付与魔法を使えるらしい。それに十歳をすこし過ぎたくらいの娘っ子が商業ギルド証まで持っているなんて、どうなってるんだい。まあ、老い先短いわっちが気にすることでもないさね。そう思ったサラ婆さんは魔石をしまうと仕事に戻った。


 ◇


 思わぬ収入を得て魔石を仕入れたメリアは、冬の手仕事の代わりに作るものに思案をめぐらせた。折角だから、コンロの魔道具が欲しいところね。薪を割るのは非力な私には無理だから、親切な隣人から融通してもらっているのだ。冷蔵庫はこれから冬になるから後回しでもかまわないわ。冬になるまでできるだけ薬草を採取しつつ、冬がきたら火炎と氷結の効果をそれぞれ付与した魔石で火力調整できるコンロを作る。うん、それでいきましょう。


 ああ、そんな先の話より帰ったら干し柿や干し草を取り込まなくては。まだまだ魔道具で楽々生活には程遠いメリアだった。

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