転生錬金少女のスローライフ(Web版)

夜想庭園

農村の錬金術師

第1話 農村少女の薬売り

「今年の年貢を納めに来ました」


 私は農村の草臥れた村娘として生まれ、貧しいながらも両親に愛されながら、ささやかな生活を送っていたが、十歳になると同時に流行り病で両親は早々に他界してしまった。しかし、この世界では十歳で畑を継ぐことができるので、一人で畑を耕しながら牛の世話をし、冬の手仕事として、草編みのカゴや笠を作って街で売る。そんな細々とした生活を送ること二年、私は村長に2度目の年貢を納めに来ていた。


「おうメリアか。そこの蔵に入れといてくれ」


 村長の指示に従い、荷を引いてきた牛を連れて蔵の前に停め、大麦の袋を積み終えたのち、村長のもとに戻って納税証をもらった。


「ありがとうございました」


 そう言って空になった荷台を牛に引かせて家に戻る私。


「ふぅ、今年も無事に年貢を納めることができたわ」


 そう言って水瓶の水で顔を洗う。水面に映る私はごく一般的な容貌で、肩まで伸びた栗毛をサイドテールにして結んでいる。

 私はメリア、本名はメリアスフィール・フォーリーフ。日本の商社でプロマネをして過労で死んだ後、この世界に生まれ変わって薬屋を営んでいたものの、需要と供給が釣り合わないポーションを延々と作っていたら、また過労で死んでしまった間抜けな女よ。


「おおメリアスフィール、死んでしまうとは情けない」


 二度目の白い空間でそんな台詞を聞いた時に抱いた感想と言えば、「異世界でも過労死ってあるのね」ということくらいだった。続けて聞こえた、


「神フィリアスティンの名の下、生まれ変わるが良い」


 というセリフに、いえ、もう結構ですという暇もなく、気がついた時には赤子になっていた。そんな私をのぞくようにする両親を見ながら、今度はゆっくり生きていこうとぼんやりと思ったものだ。

 しかし現実は厳しい。この小さな体で大人二人分の畑を維持して、牛の飼い葉を刈り取って干しては、牛に与える日々。全然、ゆっくりする暇なんてないわ。過ぎ去った過去を思い返しながら鎌で草を刈る。

 そのようにぼーっとしていたからか、それとも単なる寿命か、愛用の鎌が折れてしまった。


「あぁ!私の草薙くさなぎの鎌が!」


 ちなみに単なる農村の粗末な鎌で、草薙くさなぎの鎌とは私が勝手に名付けていた名前だ。こんな粗末な品でも金属製の鎌は農村では貴重で、両親から受け継いだ財産だったのだ。


「あぁ・・・どうしよう」


 納税したばかりで冬の手仕事もまだしていないし、換金性のあるものなど家には残っていわ。ふと牛小屋の方を向くと、牛のミー子が呑気にこちらを呑気そうな目で見ているのが見えた。ミー子のために、なんとか新しい鎌を手に入れなくてはならない。


「仕方ないわね」


 こうなったら禁断のポーションを作って換金するしかないわ。でも中級以上なんて持っていったらどこで手に入れたって話になるし、かといって低級を大量に作る材料もないしチマチマ作っている暇もない。となれば、中級を作って水で薄めて低級にして売ればいいわね。

 家に戻って中級ポーションの薬草と瓶を手に取り水瓶の前に行く。


「魔力水生成、水温調整、薬効抽出、薬効固定、冷却・・・」


 ちゃぽん!中級ポーション出来上がりっと。これを十本の瓶に十分の一ずつ入れて、水で薄めて鑑定。


 低級ポーション(+):軽い傷を治せるポーション、効き目良。


 これでよしっと。いくらかわからないけど、鎌一本分にはなるでしょう・・・なるわよね?不安だわ。背に腹は代えられないから、念のために中級ポーションを一本だけ作っておこうかしら。少し足りないくらいなら街で薄めればいいでしょうし。


 ◇


 私は作製したポーションを鞄に入れて、農村から半日ほど歩いた場所にある辺境の街コールライトに来た。よく考えたら、街に近づいてから作ってもよかったわね。十二歳の非力な女の子の体には地味に重い鞄を手に、私は今更なことを考えていた。

 冬の手仕事を売る際に使用する通行証を見せて街に入り、


「薬師ギルド・・・または商業ギルド、それとも冒険者ギルド、どこにしようかしら」


 当たり前だけど、薬師ギルドの会員でもないし、目をつけられても困る。冒険者ギルドは絡まれたりしたら困るわ。となれば、後腐れない商業ギルドかしら。そう結論付け、私は商業ギルドに向かった。


「いらっしゃいませ、今日はなんの御用でしょうか」


 受付のパリッとしたお姉さんは、十二歳の私にもきちんとした態度で接してくる。プロだわ。


「低級ポーションを売りに来たんですが、引き取ってもらえるでしょうか」


 そう言って十本のポーションを鞄から取り出した。もちろんですと返事を返した後、お姉さんはポーションの鑑定を掛けると、買取価格を提示した。


「一本あたり銀貨5枚、十本金貨5枚で、買取手数料として銀貨2枚をいただきます。銀貨5枚でギルド会員になられると、手数料は半額の1枚となります」


 う〜ん、会員になると銀貨6枚、トントンになるまで5回は取引しないといけないわね・・・ブツブツとそう呟くと、


「今回は会員にはならず、買取だけお願いします」


 私はそう答え、金貨4枚と銀貨8枚を受け取った。


「またのご利用をお待ちしております」


 私は受付のお姉さんに礼をして、商業ギルドを後にした。ふふふ、これで鎌は買えるわね。早速鍛冶屋に行った私は、店主のおじさんに鎌を見せてほしいと頼んだ。


「おう、そこに並べてある鎌から好きなものを選びな」


 鎌を鑑定で見比べた。左から2番目のものが一番質が良さそうね。


「じゃあ2番目の鎌をもらうわ。おいくらですか」


 鎌は金貨1枚だった。金貨を払って挨拶をすると鍛冶屋を後にした。こうして、私は草薙くさなぎの鎌2号を手に入れた。低級でもポーションの利益率は半端ないわ。癖になってしまいそう。これなら毎日お腹いっぱいになるまでパンが食べられる・・・じゅるり。

 でも、せっかく街まで来たのだから、鎌の切れ味を増すために魔石が欲しくなってしまうわね。う〜ん、ちょっと魔道具屋に寄ってみようかしら?


「すみません、魔石は売っていますか?」

「予算はいくらくらいさね」


 魔道具屋のお婆さんが予算を聞いてくる。


「金貨一枚くらいで買える程度のものはありますか」

「それならこれくらいだね」


 そう言ってフォレストウルフの魔石を出して見せてくれた。これなら、草刈り用の鎌の切れ味を増すにしては十分すぎる。けど、大は小を兼ねるっていうし、まあいいわ。


「それでお願いします」


 そう言って金貨一枚を支払って、魔道具屋を後にした。


 ◇


 農村に帰った私は、買ってきた鎌の持ち手の端に魔石を設置し、錬金術により切れ味強化の効果を付与した。効果を確かめるために、草刈り場に行き鎌を振るった。


 ザンッ!


 一度に前方三メートルの草がすっぱりと切れた。やっぱり効率が全然違うわ。名付けて、草薙の鎌2号改よ!


「これでミー子の飼い葉集めも簡単になるわね」


 今更だけど、十二歳で正面から農作業や酪農をするのは厳しいから、少しは楽する方法を考えなくちゃいけないわ。過度に錬金術に頼るのはブラック職場ルート行きの危険があるけど、その前に過労死したら元も子もない。


 今後も時々は低級ポーションを卸して、少しずつお金を貯めていくのよ。そして、徐々に生活環境を改善していくわ。水汲みだって、製粉だって、ミルクの保存だって。なんならコンロやオーブンだって筐体と魔石さえあれば作れるわ。そしたら薪も節約出来るしショートケーキも夢じゃないわ。ぐふふ。


 私は秘めた野望に心をときめかせた。

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