33話 鉄の心

 グランドールオブデュエル。通称GoD。予選のルール設定は以下の通りである。

 戦場となる舞台は、直径三キロメートルの仮想空間で出来たフィールドとなっている。対戦相手の開始位置はランダムだが、最低でも一キロメートル離れてのスタートとなる。

 勝利条件は相手を殺すか、二十秒以上ダウンさせるか、リタイアさせるか。どのみち戦闘を継続できないと判断されれば、如何なる手段も問われない。ちなみにリタイアは対戦相手同士が五メートル範囲内でエンゲージしてから三分後に可能となる。武器の使用も戦法も問われない。まさに倒せばなんでも良しなルールなのだ。


 ♢


「……以上が、予選のルールになります」


 祐介がモニターを見ながらそう説明してくれた。


「生き残るには勝つかリタイアしかないってことか……」

「死伝天使、だったっけ? 機械人を殺してる殺人鬼って。確かにこの状況は殺しにはうってつけだな」

「上等じゃないの。殺人鬼と殺り合えるなんて、滅多にないもの」


 不敵な笑みを浮かべる純香に対し、祐介はやや呆れた。


「はいはい。純香さん、興奮しない。とにかく、僕達の目的はあくまでもその死伝天使のみ、で良いんですよね?」

「ああ。そいつを倒せば大空は救出できる。

 二回勝利して本戦進出するのがまず大前提だが、予選で奴とぶつかる可能性もゼロではない。もしそいつと遭ったら全力で叩く。そのつもりでいってくれ」

「で……その死伝天使って誰を指すんだ? 組み合わせ見たけど名前がないぞ……?」


 健次郎の言う通り、デジタルサイネージには死伝天使の名前らしきものはなかった。


「悟られぬよう別の名前を使ってる可能性があるかもな。特徴は既にこちらである程度は把握しているし、僕が見つけた場合は連絡する。お前達は逐一対戦相手の特徴を報告してくれると助かる」

「了解っす! で、ヴィクトルさん。それともう一つ話しておきたいことが……」

「何だ?」

「サイネージ見てる時、見ちゃったんですよ……ブラックスコーピオンとホワイトスネーク、あの二人が出てるみたいです」

「!」


 ヴィクトルは目を見開いた。


「あいつら死伝天使に仕えてるって言ってたっぽいしねえ。そりゃそうかってやつね」

「……そうか。報告感謝する」


 ヴィクトル達と会話しつつ、ハーツは莉央のそばにいるアルマを伺っていた。


「……アルマにも話すべきか?」


 ハーツは小声でヴィクトルに話しかける。


「話したところで無意味だ。おそらく今の奴は大空のことで頭がいっぱいだろう。大空が救出できれば手段なんて知ったこっちゃないって言いそうだしな」

「ああ、なるほどな……」


 すると、ヴィクトルはハーツの肩に手を置く。


「とはいえ何しでかすかわからん。いざとなったらハーツ、貴様に任せるぞ」

「!」


 アルマに何かあったら頼む。その意図を汲んだハーツは頷いた。


「それでは早速いってみよーっ!! GoD予選一回目、開始だーっ!!」


 参加者のボルテージが最高潮に上がる。

 午後七時、戦いが開始された。


 ♢


 予選一回目。早速アルマが戦いの場に転移された。

 真っ暗な空間に、巨大なモニターがある。モニターにはカウントダウンと対戦の組み合わせが表示されていた。

『Alma VS 堂島鉄心』と。


(堂島鉄心……どんな奴かは知らねーけど、

 ぶつかったからには勝つしかない!)


 アルマは深呼吸して息を整え、頬を叩く。


「ミカのためにもやるしかねー……!」


 カウントがゼロになった。モニターが消えたと同時に、周囲がノイズに飲み込まれながら変わっていく。今アルマが立っているのは、何かの遺跡の跡地みたいな場所だった。目の前には眩しく輝く夕陽。真下に森があることから、今いる場所が丘の上であることがわかった。アルマは周囲を確認する。


「堂島って奴は……」


 今のところそれらしき人物は見当たらなかった。


「離れてんのか……?」


 周囲を警戒しながらアルマは丘を滑りながら降りる。森の中へ突入し、アルマは森林を上から下まで確認する。どこから襲ってくるのかわからないからだ。しばらく進んでいると、光が差してきた。どうやら出口が近いらしい。


(森の中にはいなかったな……ていうか、動く気配すらないな……どっかで待機してんのか?)


 そう思いながら森の中を進んでいた時だった。出口から一メートルくらいの距離にまで縮めた頃、アルマの胸に突然緊張感がよぎった。


「!?」

 咄嗟にアルマは木影に隠れる。


(何だ……!? この嫌な感じ……!?)


 アルマは自身の胸を掴む。心臓が強く脈打っている。


(初めてハーツと戦った時ほどじゃねーけど、

 それと同じ感じがする……! これ以上進んだらダメな気が……!)


 恐る恐るアルマは木影から様子を伺う。出口の先にはまだ何も見えていない。


(……いやっ、ビビってんじゃねーよ! オレ! ミカを助けるにはまずここを乗り越えないと!)


 恐怖に緊張しながらも、アルマは静かに木影に隠れながら出口に近づく。そして、出口からの距離が目と鼻の先にまで近づいてきた時、それが見えた。


「……!!」


 それを見たアルマは息を殺した。出口からおそらく二キロメートルは離れているであろう場所。ゴツゴツとした岩場の上にそれは立っていた。

 上半身裸の、筋骨隆々の男。身長もおそらくアルマより遥かに高い。多分二メートルは確実に越している。顔と体にはいくつかの傷が刻まれていた。男は仁王立ちしながら鋭い眼光を放っていた。


(まさか、あいつが堂島鉄心……!?)


 男とアルマの距離は推定二、三キロ離れているが、それでも男の覇気は肌に直接感じられた。


(すげー気を感じる……! あれが優勝経験者のオーラってやつかよ……!?)


 アルマが恐る恐る木影から様子を伺っていた時だった。


「聞けっ!! 挑戦者よっ!!」


 突然男、堂島が叫んだ。距離があるにも関わらず、その叫びは鼓膜を破りそうな勢いだった。アルマはびくっと肩を震わせた。


「見ての通り、俺は逃げも隠れもしない!! 俺は卑怯と退屈と言う言葉がこの世で最も嫌いだ!! 故に今すぐ姿を現せ!! 正々堂々、一対一で来い!!」


 超音波の様な叫びが止まると、アルマは殺していた息を静かに吐く。言葉はどうあれ、相手は挑発をしている。


「……よくわからねーけど……!」


 覚悟を決めたアルマは木影から飛び出した。チョーカーに触れ、換装しながらアルマは堂島に向かって跳躍した。足音と気配から堂島はアルマを視認した。


「はああああっ!!」


 アルマは右足を突き出し、堂島はそれを左腕で受け止めた。衝撃波が飛ぶ。お互いが弾かれ、アルマは受け身で着地する。


「ほお……?」


 構えるアルマの姿に堂島の口角が上がる。


(なんと凝ったパワードスーツ……!! かの名作、英雄王アイアンキングを彷彿とさせるようだ……!! そして何より……!!)


 堂島は自分を見つめるアルマの目に注目する。


(あの瞳……!!)


 アルマの目からは強い闘志を感じられた。


「とりあえずは及第点だ……!!」


 そう言いながら堂島は構える。


(さっきの攻撃を生身で……!? こいつも機械人か……!?)


 堂島は余裕の笑みで右手の四本指を揃えてくいくいと動かし、こちらを挑発している。


「!」


 挑発に乗ってしまったアルマは、足に力を入れて加速し、パンチを繰り出す。堂島はそれを腕をクロスさせて受け止める。


「くっ……!!」


 アルマは拳に力を目一杯込めるがびくともしない。


「どうした少年!? その程度かあっ!?」


 堂島がアルマを弾き飛ばすと、左手を後ろに引いて手の平を開いたままアルマの腹部を押し出した。


「……っ!?」


 衝撃波が走り、アルマは西へ吹っ飛ばされ、そのまま森林エリアの木にぶつかった。


「がはっ……!!」


 ずるずると落下した後、アルマはどうにか無事であることを確認する。


(なんつーパワーだ……!!)


 早く立て直せねばと立ち上がろうとした。しかし、そこへ堂島が立ちはだかった。


「!?」

 ふんっと堂島は鼻で笑うと、アルマの頭を掴み上げ、木に激しく叩きつける。聞いたことのない嫌な音と共に、堂島はアルマを叩き続ける。この様子を現実世界からモニターで見ていた参加者達は興奮していた。


「おおーっ!! さすがは堂島!!」

「やっぱ優勝候補はこうでなくてはな!!」


 一方で、唯一アルマを知るハーツ一同は、その様子に慄いていた。


「ああっ……なんて容赦ないことを……!!」


 祐介はおろおろと狼狽えている。


「あら、あれくらい大胆なの、私好きよ?」

「興奮してる場合っすか!!」

「あいつ……なんてパワーなんだ……!?」

「人間技とは思えんな……」


 ヴィクトルとハーツは堂島の圧倒的強さに驚愕する。


「アルマは大丈夫なんだよな……!?」

「奴は頑丈だからな……あれくらいでやられるとは思えない。だが、相手の力量によっては、あるいは……」


 不敵な笑みを浮かべながら、堂島はアルマを叩き続ける。


「!」


 ふと、堂島はその手を止めた。アルマの体から力が出ていない。


「……逝ったか」


 堂島はアルマを離した。アルマは木の幹にもたれ掛かる。


「……さてと」


 勝利を確信した堂島はアルマに背を向けて思案する。


「相手の負け判定は二十秒。それまでどうしたものかね」


 その時、ザリザリッと砂を掻く音が聞こえた。


「!?」


 まさかと思い、堂島は振り返る。目の前には、ふらふらと立ち上がるアルマがそこにいた。


「マジか……!」


 意識があることに堂島は驚く。


「……人の頭をバコバコ殴りやがって……!!」


 アルマは頭を抱えながらこちらを睨みつける。


「機械人で修復効くとはいえ、痛ぇもんは痛ぇんだからな!!」


 アルマの復帰に観客は驚きの声を上げる。


「マジかよ!? 生きてやがる!!」

「相手堂島だぞ!?」


 一方で、アルマの無事にハーツ達はほっとした。

「よ、よかった……!」

「まったく……ヒヤヒヤさせてくれる……」


 まだまだ戦えることを確認した堂島は、ギラリと眼光をアルマに向けた。


「お前、機械人か。なら丈夫なのも納得だ」

「そう言うお前だってそうだろーが!」

「ああ、よく言われるが違うぞ?」


 きょとんとした表情で堂島は答えた。


「俺は純度百パーセントの人間だ」

「!?」


 部分改造すらしていないことにアルマは驚愕する。


(人間であんなパワー出せるのかよ!?)


「ああ……でも勘違いするなよ? 人間相手だからって手加減なんかしたら俺が許さないからな。全力で、殺すつもりで来い!!」

「そうかよ……だったら安心した!!」


 突き出されたアルマの拳を、堂島はまたしても生身で受け止める。すぐさま蹴りに切り替えるがそれも受け止められる。一手一手が全て生身で無効化される。まるでアルマの次手を見透かした上で難なく受け止めているかのようだ。一度アルマは後退して再度構える。堂島はそんなアルマを鋭く見据える。


(中途半端な技じゃ効かねーってことか……! 殺すつもりで来い……そう言うなら!!)


 アルマは左手をリボルバーに換装させる。


「おお……!!」


 アルマから溢れる闘気に堂島は興奮した。


「いいぞ、それだ……そのままぶつかってこい!!」


 堂島は嬉しそうに構えた。覚悟を決めたアルマは片足に力を入れて加速した。


「おおおおおおおおらああっ!!」


 渾身の一発を堂島は腕をクロスさせて受け止める。機械兵を一撃で貫くアルマ渾身の技を、ただ一人の生身の人間が受け止めている。しかもかすり傷すら付かずに。


(機械じゃないのに、硬ぇ……!!)

(なるほど……この圧倒的なパワー……! 軟弱な人間や機械相手であれば一撃だろうな……しかし、事情は知らんが今の拳では俺には……)

「効かああああああああんっ!!」


 激しく火花を散らしながら堂島はアルマの拳を跳ね返した。


「なっ……!?」


 動揺しながらもなんとか着地するアルマ。堂島はそんなアルマに向けて真面目に語りだした。


「少年。今の技は悪くなかった。しかし今の拳からは微かだが焦りも感じた。それではいざという時弱体化してしまうぞ」

「焦り……?」

「こうは考えてはいなかったか? 早く決着をつけよう。急いで勝たねば。何が何でも本戦に進出しないと」

「!」


 図星だった。早く美香を救出したい。今アルマの頭の中はそれ一点だ。

「……詮索はせん。だがそれではいかん! 戦う覚悟があるならば迷いも焦りも捨て、己の実力を信じてぶつかってこい! だがしかし……その拳に諦めがなかったのは実に良かった。故に!」


 堂島は左の拳を握りしめ、片足を後ろに引く。


「お手本がてらこちらも渾身の一撃をお見舞いしよう!!」


 堂島の闘気が変わった。アルマの胸に緊張感がよぎる。


(目が変わった……!? 何かとんでもないのが来る!!)

「受けてみよ……俺の必殺、孤狼独竜拳ころうどくりゅうけんを!!」


 そう言った直後、堂島の姿が消えた。


「!?」


 背後に移動したのがわかった時にはすでに遅かった。アルマは背後から殴られ、吹き飛ばされる。堂島は吹き飛ぶアルマの前にまで追いつき、連続パンチを繰り出す。そのスピードと威力は凄まじく、息つく暇もないほどだ。そしてひとしきり打った直後、渾身の蹴りをアルマの腹部に一発食らわせた。アルマは激しく吹っ飛び、フィールドにあった大きな岩に衝突した。砂埃が激しく吹き上がった。決まった一撃に、見ていたMCと観客は湧いた。


「決まったああああ!! これぞ、堂島鉄心の十八番、孤狼独竜拳!! この技を受けて無事の確率はほぼゼロ!! 堂島鉄心、早速の一勝確実だあーっ!!」


 初めて見る堂島鉄心の実力に、ハーツ達は愕然とした。

「そんな……あんなのをもろに食らったら……!!」

「機械人ならスクラップ確実じゃねーか……!!」


 祐介と健次郎は息を飲んでいた。


「アルマ……!!」


 ハーツは僅かな希望に縋り、無事を祈った。

 アルマが吹っ飛んだ先を、堂島は悲しげな表情で見つめていた。


「ああ……またやってしまった……」


 うなだれながら堂島はゆっくりと歩く。


「俺の悪癖だ……この技を受けた奴は必ずと言っていいほど死ぬか、生きててもリタイアするか。久々に手ごたえのある奴相手にテンションが上がってしまった……すまない、少年。悪く思うなよ……」


 岩の近くに到着すると、すでに砂埃は晴れていた。堂島の目の前には、ぼろぼろになったアルマがうつ伏せで倒れていた。体からは電流が漏れている。堂島はアルマを悲哀に満ちた目で見下ろした。


「……悪いな。俺にも意地ってものがあるのでな」


 勝利を自覚した堂島はアルマに背を向けた。


(負け判定まであと5、4、3、2、1……)


 ゼロにいく直前だった。ザリッと何かの音が聞こえた。


「!」


 何かと思い、堂島は振り返った。


「なっ……!?」


 堂島は目を見開いて驚愕した。倒れていたアルマがゆっくりと立ち上がる。肩で息をしながらアルマは堂島を見据える。その目は鋭く、覇気があった。


「お前……!?」


 堂島は動揺していた。あれだけの攻撃を受けてまだ戦えるとは、思ってもみなかったのだ。それは観客も同様だった。


「おいおいマジかよ……!?」

「リタイアの気配がない……まだイケるのか!?」

「いやいや、もうあれじゃ無理だって!」


 傷だらけのアルマをハーツ達は心配する。


「アルマさん……!!」


 観客の予想は大方当たっていた。アルマはなんとか立ち上がれたものの、ダメージは想像以上に大きかったらしく、ふらふらとよろめいている。


「おい!! 無茶をするなっ!!」


 堂島は慌てて引き止める。


「俺の孤狼独竜拳は強大な技!! まともに食らえば最後、死ぬまで痛みに苦しむことになるんだぞ!?」

「……っ!」


 一度片膝を着くも、アルマはゆっくりと再び立ち上がる。堂島はそれが見ていられなかったのか、怒りを込めて叫んだ。


「リタイアしろ、少年!! 死にたいのか!?」


 堂島を見つめるアルマの目は変わらない。

 まるでまだ負けていないとでも言わんばかりだ。


「何故だ……何故なんだ少年!? そこまでして俺と戦いたいのか!?」

「……オレ、にはっ……勝たなきゃいけない……理由が、あるっ……!!」

「何……!?」

「オレが、勝たないとっ……大事な人をっ、失ってしまう……っ!! だから……死んでも勝たなきゃ……オレはオレ自身を、一生許さねー……っ!!」

「……!!」


 死んでも勝つ。たったそれだけの理由。しかし堂島はひどく衝撃を受けた。


「死んでも、勝つ……!!」


 ──ひぃぃっ!! 許してください許してください!! リタイアしますから殺さないで!!

 ──お前みたいな化け物に殺されるくらいなら、負けて非難を浴びた方がマシだっ!!


 堂島の脳裏に響く声。それはかつてGoDで戦った相手の悲鳴だった。


(俺と戦った者は、必ずと言っていいほど死ぬかリタイアしていた……リタイアする者は決まって命乞いか逃走か……しかしこいつはまだ諦めていない……!! 譲れない何かのために、勝つまで戦おうとしている……!!)


 そう結論づけた直後だった。堂島は涙を流して空を見上げた。


「やっと会えた……面と向かい合える者を……」

「……?」


 涙を流しながら堂島はアルマに近寄り、そして両肩をガシッと掴んだ。その勢いのせいか、さっきまで朦朧としていた意識が急に覚醒した。


「感動したぞ!! 少年!!」

「へっ……?」

「譲れない理由があって負けたくない!! 故に戦い続ける!! 勝つまで!! たとえ死んだとしても!! 素晴らしい心意気だ!! 俺はこのGoDでお前みたいな奴を見たことは一度たりともなかった!! 皆して自分が生きるために諦めていた!! だがお前は死ぬ覚悟で挑んだ!! 譲れないもののために!! 立派だ……お前は男の中の男だ!!」


 力説する堂島にアルマは若干引いていた。


「あの……肩痛いんだけど……」

「あっ、すまん……! つい……」


 堂島は慌てて手を離した。そしてふっと困り笑顔を浮かべる。


「初めてだよ、本当に……お前みたいな奴に会えたことを、俺は心から感謝している……」

「は、はい……?」


 堂島はきりっとした表情に切り替えた。


「決着は本戦だ! それまで死ぬんじゃないぞ!」


 そう言って堂島はアルマに背を向けると、どこかに向かってこう叫んだ。


「アイ・リザイン!!」


 すると、堂島の前に楕円形のモニターが現れた。『降参しますか?』と表記されており、その下には手のマークが表示されている。堂島はそのマークに右手を叩きつけた。すると、どこからかファンファーレが鳴り響き、デュエルの終了と勝者の文字列が表示された。


「な、な、なんとおっ!? 歴戦の猛者、堂島鉄心が参戦十回目にして初めての降参宣言だあーっ!! というわけで勝者、アルマァーッ!!」


 観客に激しくどよめきが走る。


「堂島がリザインしやがっただと!?」

「明らかに堂島の勝ちだったのに!?」

「何だ何だ、何が起こってやがる!?」


 騒がしい一方で、ハーツ達は胸を撫で下ろしていた。


「よかった……なんとか生き残りましたね……」

「ちえー。もっと見たかったのにな」

「姉さん!!」

「相手がリタイア、したんだよなっ? 状況からしてアルマが完全に不利だったのに……」

「わからん。よほどの何かがあったんだろう」


 やがて、仮想空間からワープの要領でアルマと堂島が帰還した。


「あっ、と……!?」


 まだダメージが残ってたせいか、アルマはよろめいた。すると、堂島が腕を引いて支えた。


「すまんな。どうも俺は手加減できないらしい。もし次に響くようであれば無理せずリタイアしろ。まだあと一回チャンスはあるからな」


 堂島はアルマを引き、直立させた。


「ありがとう……」

「何、礼を言うならこっちの方だ。お前は俺に大切なことを思い出させてくれた。その礼は必ず本戦で返す」

「はあ……?」


 何をしたのかわからないアルマは首を傾げた。


「時に少年。名前は?」

「ア、アルマ……」

「おお……名前もまた男らしい……! ではアルマよ。本戦で会うその時まで、お互い生き延びるぞ! 男の約束だ!」


 堂島はアルマに背を向け、ひらひらと手を振り去った。


「……何だったんだ? あいつ。まあ、悪い奴ではなさそうだからいいけど……」


 結局何があったのかわからずじまいのアルマだが、とりあえず生き延びたことに安心した。


「……っと、とりあえずヴィクのとこに行って、状況を報告しておくか」


 アルマがヴィクトルの元へ赴こうとした、その時だ。


「──っ!?」


 背後からえげつない気配を察知したアルマは、東の方向に後ろに飛んで距離を取った。無意識にチョーカーに触れる態勢を取る。視界に映ったのは、迷彩柄のフードマントを着けた者。体格からして男なのはわかる。フードからはフルフェイス型のガスマスクが見えた。目の部分から赤い光が放たれている。


「……!? ……!?」


 一言では言い表せない殺気に、アルマは困惑させながらも警戒する。男はゆっくりとアルマに歩み寄る。背は堂島よりは低いが、それでもアルマより高い。男はアルマを見つめてこう言った。


「……お前、本物か?」


 声はノイズがひどく、声色が聞き取れなかった。質問の意味がわからないアルマは何も答えられない。代わりに質問を質問で返す羽目になる。


「あんた、誰だよ……!?」


 男の目がギラリと発光した。


「……忘れたとは、言わせない」


 すると、男は人差し指を真下に降り、小さなモニターを出現させて操作しだした。そしてアルマの前に、おそらくGoDのトーナメント表であろう図を見せてくれた。英語表記でアルマと書かれた自身の名前と、堂島鉄心の名前が表示されている。


「この、名前……意味は、魂……そして、あの姿……お前、本物、なのか……?」


 アルマ。その名前の由来はスペイン語で魂だと以前ルカが言っていたのを、アルマは覚えていた。言葉の文脈から、アルマはこう悟った。


(こいつ、オレを知っている……!? でも、オレはこいつとは初対面だ……どこかで会ったことがあるのか……!?)


 アルマはできる限り記憶を探る。しかし、どれだけ探ってもこの男に関する記憶は、少なくとも直近では存在しなかった。


(ダメだ……やっぱり思い出せない……!! こいつは、誰なんだ……!?)


 苦しくもがいていると、男はまた喋りだした。


「忘れたとは、言わせない……を、多くの人間を殺した、人の形の化け物……」

「……!!」


 ── 君はエルトリアの覇権のために陛下によって改造され、多くの人間を殺し、そして、エルトリア国民を血の海に沈めた、人の形を模った化け物だよ。


 かつてのヨシタダの言葉が思い出された。そして、アルマは気づいてしまった。


(こいつは……記憶をなくす前の、千年前のオレを知っている……!? じゃあこいつも……!?)


 アルマの視界にふと、男の右手が映る。包帯で巻かれた右腕。そのわずかな隙間に見えたのは、銀色に光る鋼鉄の素肌だった。


(オレと同じ……千年前を生きた機械人……!?)


 アルマの体が微かに震えだす。そんな彼に向かって男は再び喋る。


「本物であれ、偽物であれ、お前は……必ず、殺す」


 コホーとくぐもった呼吸音と共に、男は静かにアルマの横を通り過ぎていった。男の殺気は、去った後も感じられた。

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