30話 Suddenly farewell

 真っ暗だった空間に、激しく白いライトが照らされた。


「!?」


 いつの間にか気を失っていたアルマは、そのライトの光で一気に覚醒した。


「ここは……!?」


 アルマは周囲を確認する。どうやら何かの部屋の中にいるようだ。そして今の自分の状況を把握する。自分は今、手首を頭上で拘束され、吊り上げられている。なんとか動かそうと体を揺らすが上手くいかない。


「無駄だよ。その手錠は特注品でね、並大抵では外れないよ」


 暗闇から清々しい男性の声が聞こえてきた。アルマの目の前に現したのは、ヨシタダだった。


「誰だ!?」

「お初にお目にかかる。私はヨシタダ。ゼハート皇帝陛下に仕えし四幹部が一人さ」


 にこにことヨシタダは笑顔を浮かべながらすっとお辞儀をした。


「お前がミカを連れ去ったのか!? ミカをどこにやった!?」


「安心したまえ。彼女は無事だよ。私は死んでも女性には危害は決して加えない派でね、彼女には傷一つ付けないと約束しよう。ただし、条件付きではあるけどね」


 ヨシタダはアルマに近寄る。


「では改めて……」


 少しだけ瞑想した直後、ヨシタダは腕を広げてアルマに怪しい笑みを向けた。


「私とははじめましてだね、無心の刃殿。陛下の切り札にして、エルトリアを滅ぼした張本人」

「!?」


 その言葉を聞いてアルマは息を飲んだ。


「ああ、君記憶がなかったんだったね? 驚くのも無理はないだろう」

「オレが、エルトリアを滅ぼした……!?」

「そうだよ。君はエルトリアの覇権のために陛下によって改造され、多くの人間を殺し、そして、エルトリア国民を血の海に沈めた、人の形を模った化け物だよ」

「……!?」


 化け物。そのキーワードがアルマに刻まれる。アルマは目を見開いて微かに震えている。


「オレが……人……殺し……!?」

「あー……そんなにショックだったかい? でも落ち込むことはないよ。今の君の姿は確かに化け物だけど、それはさすが陛下だ。化け物すぎていない、中立したデザインだ。まあ強いて残念な点を挙げるとするならば……」


 ヨシタダはアルマのマフラーを手に取る。


「このマフラーかな?」


 すると、アルマの心臓がドクンと強く脈打つ。


 ──とても似合ってるわ。


 その時だった。

 アルマの手首を縛っていた手錠が、みしみしとひび割れて壊れた。その様子にヨシタダはぎょっと目を丸くした。


(馬鹿な……!? 特注品を……!?)


 アルマはヨシタダの胸ぐらを掴む。


「これに汚い手で触るんじゃねえ!!」


 アルマの拳がヨシタダの腹部にヒットした。


「がはっ……!?」


 ヨシタダは吹っ飛ばされ、壁にめり込んだ。アルマは肩で息をしながら、震える手でマフラーを掴んで口元を覆う。


「……これに触れていいのは、大事な人だけだ……っ!!」

「……なるほど……道理でキューピッドやレイジュが苦戦するわけだ……」


 ヨシタダは立ち上がり、服を摩る。


「お前の話なんてどうでもいい……!! 早くミカを返せ……!!」


 アルマはギロリとヨシタダを睨む。


「まあまあ、そんなに怒らないでくれたまえ。ちゃんと条件を飲んでくれれば彼女には…」

「返せって言ってるんだっ!!」


 アルマの怒号が衝撃波の如く波打った。ヨシタダはそれに一瞬だけ慄いた。


「……キューピッドが言ってた通りだね。君は彼女に特別な感情を抱いている。でもね、無心の刃殿。君は勘違いをしている。人と機械じゃ一緒にはなれないよ。まあ少なくとも、彼女に君は相応しくはないね」


 ヨシタダは指をぱちんと鳴らした。すると、部屋がパリーンとひび割れ、床に宇宙空間の様な映像が映し出された、異質な空間へと変わった。


「ここがどこか説明し忘れてたね。ここは私が作った仮想空間だよ。現実での姿はただの廃工場だけどね。こんな物まで開発できるとは、さすがは陛下だ」


 床から何かが出てきた。それは、十字型の杭の様な物に四肢を拘束され、磔にされた美香だった。


「ミカッ!!」


 アルマは救出しようと走りだした。しかしその直後、ズンと何かが頭上から押し寄せ、アルマを床に這いつくばらせた。


「なっ、あっ……!?」


「限定型重力圏。陛下の新作さ。ああ、安心したまえ。まだレベルは初級だから、その程度では死なないよ。まあもっとも、レベルを上げれば君はすぐにでもぺっしゃんこになるけどね」

「このっ……!!」

「しばらく大人しくしててね。ちょーっと私は今からお楽しみタイムだから」


 鼻歌交じりでヨシタダは美香に近づくと、ほうと恍惚顔を浮かべた。どうやら美香は気絶しているらしく気づいていない様子だ。


「……待っていた、待っていたよ。君にまた会える日が来るのをね、ツェリスカ……」


 ヨシタダの声に目を覚ましたのか、美香の目が開いた。


「ん……」

「ああ、目覚めたんだね?」

「ん……? あっ、あれっ? ここはっ? えっ!? 私、捕まってる!?」

「慌てなくていいよ。大丈夫だから」

「だ、誰っ!?」

「ひどいなあ、ツェリスカ。愛する恋人の名前も忘れるなんて」


 ツェリスカとは自分のことなのかと、美香は戸惑っている。


「ツ、ツェリスカ……!? あのっ、私はそんな名じゃ……」

「いや、君は間違いなくツェリスカだよ。少なくとも君は彼女そっくりだ。まるで彼女の生まれ変わりだ……」


 恍惚顔のままヨシタダは、美香の頬に触れ、すんすんと彼女の匂いを嗅ぐ。


「ひゃっ!?」

「ああ……いい匂いだ……あの時と同じ匂い……」


 その様子を見て怒髪天を衝いたアルマは、目をかっと見開いて口を開く。


「てめえっ……ミカに触るなっ……!!」


 なんとかして起き上がろうとするが、上半身を起こすだけで精一杯だ。


「邪魔しないでくれるかなあ? もうちょっと堪能したいんだよ。管理者権限コール。ただいまより重力レベルをDからBへ移行」


 そうヨシタダが宣言した直後、アルマにのしかかる重力が一気に強くなった。


「がっ……!?」


 アルマの体と彼の周りがみしみしと音を立てている。


「アルマ!!」

「ああ気にしないで! 君は私にだけ集中してくれればいいから!」


 ヨシタダは卑しそうに舌なめずりをした。


「ミカ……ッ!!」


 アルマは辛うじて動ける右手を伸ばす。


「……大丈夫、だよっ……!」


 美香は引きつった笑顔をアルマに向ける。


「実は私っ……こういう状況っ、ちょっとだけ、慣れてるから……っ!」


 その笑顔も、言葉も、見栄からついた嘘だということはアルマでもわかった。美香はなんとか抗おうとヨシタダを睨み返す。それに対してヨシタダは一瞬きょとんとしたが、すぐに嬉しそうに歪んだ笑顔を見せた。


「ああ……それだよ、それ……!! ツェリスカ……気の強いところも相変わらずだ……!! もう我慢の限界が来そうだよ……!!」


 するとヨシタダは、美香の両肩を掴み、頬に口づけを落とした。


「ーっ!?」


 美香は恥ずかしさからか涙を滲ませながら赤面する。それを見たアルマは激しく喘ぐ。


「本当は直接したいところだけど、今日のところはこの辺で我慢するよ……!! お楽しみは最後に取っておく派でね……!!」


 頬を赤らめ、ヨシタダは美香の体を下からなぞる。美香は恐怖と恥ずかしさがごちゃ混ぜになりながら、微かに震えていた。その瞬間、アルマの中で強く、良くない欲望が湧き上がる。

 ──ミカに触るな。

 ──ミカはオレの物だ。

 ──誰にも渡さない。

 今まで感じたことのない感情に若干パニックになるものの、今は美香が汚されていることに対しての怒りの方が勝った。


「ああああああああああああっ!!」


 激しく絶叫しながら、アルマは重力に抗う。無理矢理起きたせいで腕と頬がひび割れたが、そんなことはどうでもよかった。強い重力に逆らおうとするアルマに、ヨシタダは冷たい目で見下ろした。


「うるさい化け物だねえ……管理者権限コール。レベルを……Sに移行」


 権限が執行されようとした、その時だった。突然何かがぶつかる音がした。


「!?」


 音がした方向を見ると、空間に戦車の様な車が突き破っていた。


「馬鹿な……無理矢理こじ開けてきたのか……!?」


 戦車から飛び出す二つの影。戦闘態勢に構えたヴィクトルとハーツだった。


「アルマ!! 美香!!」

「ヴィク……! ハーツ……!」


 仲間が来てくれたことにアルマは安堵した。すかさずヴィクトルは懐からカードの様な物を取り出した。


「管理者権限を強制停止! 現管理者の権限レベルを1に低下!」


 そう宣言すると、アルマにのしかかっていた重力がすうっと消滅した。


「あらら、軍警の強制停止権限か……」


 ヴィクトルはアルマに近寄り、腕を引き上げてくれた。


「サンキュ……!」


 アルマはヴィクトルに礼を伝え、ヨシタダに視線を返す。ヴィクトルも警戒して銃を向ける。


「……!? ヨシタダ!?」


 ハーツが驚くように声を上げる。


「久しぶりだねえ、ラルカ。正義の心に目覚めた感想はいかがかな?」

「……」


 質問には答えず、ハーツは睨みつける。


「いい顔するようになったじゃないか。もっとも、心底気持ち悪いけどね?」

「ハーツ。奴を知ってるのか?」

「……ゼハートに仕えし幹部の一人だ。四人の中で最も考えが読めない男、それがあいつ、ヨシタダだ……!」

「確かに怪しい雰囲気ではあるな……狡猾なのはわかる気がする」

「そう言ってもらえて嬉しいよ! 狡猾という言葉は私にとっては褒め言葉だからね」


 ヴィクトルは鋭い眼光を放つ。


「御託はいい! さっさと大空を返してもらおうか!」

「まあまあ、そう慌てなさんな。条件さえ飲んでくれれば彼女は返すさ」

「だからそんなの…」


 突っかかろうとするアルマを、ヴィクトルが腕を出して制止する。


「……条件は何だ?」

「君達は知ってるかね? かの非公式決闘、グランドールオブデュエルを。来月の一日に七倉町にて記念すべき十回目の闘いが行われる。条件はそこで私の刺客を倒せばいい。殺し方も実行犯も問わないよ。ただ……その刺客を誰も倒せないと判断したその時は……」


 ヨシタダは美香の腰に手を回した。


「彼女は私のものだ。永遠にね……」

「こいつ……!!」


 ヴィクトルは銃を構えながら問いを投げかける。


「その刺客の名は?」

「……死伝天使、アズライールと呼ばせてもらっている」

「!」


 その名は誠が言っていたターゲットの名前だ。


「……二人共」


 ヴィクトルがアルマとハーツにだけ聞こえる音量で話しかける。


「辛いかもしれんがここは耐えて条件を飲むしかない。元々グランドールオブデュエル、GoDには用があったしな……」


 ヴィクトルは静かに銃を収めた。


「……わかった。条件を飲もう」

「ヴィク!?」

「ただし約束しろ! それまでの間は何があろうと、彼女には危害は加えないと!」

「ああ、それは安心したまえよ。私は死んでも女性は傷つけない主義でね。それくらいなら約束できるさ。ただ……」


 ヨシタダは美香の髪を嗅ぐ。


「私はいかんせん気が長くなくてね、あまり待たせないでくれたまえよ? 彼女は私にとって特別な存在なんだ。焦らされると我慢できなくなるかもだよ……?」

「……っ!!」


 アルマは歯を食い縛る。


「そうそう! 一つ補足しとくよ! 君達が負けたその時は彼女は私のものになる。と同時に……」


 ヨシタダは舌なめずりをし、下衆びた笑顔を向けた。


「彼女の全てを奪ってやろうと思う。心も、体も、命もね……」

「……!!」

「下衆が……!!」

「お前には心がない……オレでもわかる……!!」


 気に食わないヴィクトルとハーツは激しく睨み返した。その直後だった。

 ヴィクトルの隣にいたアルマから、強い熱風と闘気が激しく湧き上がってきた。


「アルマ!?」

「おお……! これは……!」


 ヨシタダは愉悦に浸って笑う。アルマが一歩踏み出すと、踏み出した所がめり込んだ。ゆっくりとアルマは数歩歩み寄ると、ヨシタダを見据える。怒りで顔は歪み、目は瞳孔が開ききっている。


「ミカを……返せ……!!」


 右足に力を入れ、銃の発砲の様に勢いよく飛び出した。


「返せええええええええっ!!」

「待てアルマ!!」


 ヴィクトルが止めようとしたがすでに遅かった。左手をリボルバーに換装させ、ヨシタダに向かって突き出した。すると、ヨシタダの前にバリアが貼られた。バリアはアルマの拳を受け止め、激しく火花を散らした。ヨシタダはふっと鼻で笑うと、頭上で指を鳴らした。すると今度は、ヨシタダの周囲に無数の銃が出現する。


「!?」


 自動で引き金が引かれると、一斉射撃がアルマを引き裂いた。


「があああっ!!」

「アルマッ!!」


 アルマはそのまま倒れ伏す。体中が欠損だらけで電流が漏れている。


「うっ、ぐっ……!!」


 激しく痙攣しながらもアルマは起き上がろうとした。しかしその途中、ヨシタダがアルマの目の前に巨大な大砲を向けた。


「今回は見逃してやろう。ただし、二度目はないよ?」


 ヨシタダは容赦なくアルマに向かって砲撃をかました。


「アルマーッ!!」


 アルマは砲撃によって壁を突き破り、そのまま西の方角へ高く飛ばされた。


(……ごめん、ミカ……!! ちょっとだけ……待っててくれ……!!)


「いや……いや……!!」


 美香は顔を真っ青にして震えていた。


「貴様っ!!」


 ヴィクトルとハーツは戦闘態勢を取る。その様子に対してヨシタダは、ちっちっちっと舌打ちをする。


「続きは、GoDで、ね?」


 ヨシタダは懐から棒を出し、美香と共に姿を消した。


「美香っ!!」

「駄目だ……もうこれ以上は……」


 ハーツは悔しそうに歯を食い縛る。空間が波打ち、元の廃工場の姿に戻った。


「……一度本部へ戻るぞ。至急状況を確認する」

「アルマは……」

「……今は大空の救出を優先する。何、貴様だって信じているであろう? あいつがあれぐらいでは死なないって」

「!」


 ヴィクトルはハーツの肩に手を置く。あいつを信じようと言わんばかりだ。


「……」


 ハーツはアルマが飛ばされた方角を見上げる。


(……無事でいてくれよ、アルマ……!!)


 ♢


 雨が降る音が聞こえる。頬に冷たい雫が当たった。


「……?」


 ひんやりとしたその冷たさにアルマは目を覚ました。


「ここ、は……っ!!」


 傷口に雨粒の冷たさが染みて激痛が走った。痛みに苦しみながらもなんとかアルマは起き上がる。周囲を見回すと、どうやら路地裏にいるようだ。空が暗いことからまだ夜の時間帯だろう。覚醒したばかりでまだぼんやりしている意識を、アルマは無理矢理はっきりさせようとした。


「……そうだ……ミカを、助けねーと……!!」


 アルマは壁に手をつき、ふらふらと立ち上がる。立ち上がる際、足はもちろん体中に痛みが走ったが、アルマは堪えて歩きだす。


(ミカを助けるには、なんとかってイベントがある七倉町に行けばいいんだよな……? 一刻も早く、そこに行かないと……!)


 路地裏を抜けると、ビル街が見えてきた。深夜なのか人の気配も車の気配もなかった。信号機と街灯が静かに点灯しているくらいだ。手すり代わりの壁がないため、アルマはふらふらしながらゆっくりと歩く。

 信号機と街灯の灯りでやっと把握したのだが、アルマの損傷は正直言って酷かった。

 左頬は機械部分が露わになり、腕や足、胴体部は至る所が穴だらけのボロボロになっており、特に左腕は今にも物理的に千切れそうだ。しかも動く度に体中に激痛が走り、息をするのも辛い。さらに雨の冷たさが少しずつ体力を奪っていく。


「ぐっ、あっ……!」


 よろめいたアルマは道路沿いの鉄柵に手をかける。ふと空を見上げると、案内標識があった。北を指す方向に、“七倉町ななくらちょう”と表示されていた。


「なな、くら、まち……!」


 目的の場所だとわかったアルマは心から安堵した。


(真っ直ぐ進めば七倉町だ……! 助かった……!)


 わずかな希望を胸に再び歩きだすが、ここにきて強めの激痛が走った。


「……っ!!」


 痛みに耐えきれず、アルマはしゃがみ込んだ。


(くそっ……体が、思うように動かねえ……!!)


 あまりの痛みに再び意識が朦朧としてきた。立ち上がることもままならず、ただ息を吸うことしかできない。理不尽すぎる状況にアルマは叫びたくなる。

 そこへ、偶然にも遠くからアルマの姿を確認し、関心を持った人がいた。その人物は横断歩道を渡り、アルマのそばに近寄ってしゃがんだ。アルマも意識が朦朧とする中で、ブーツを鳴らす足音で誰かが来たのを感じた。


「……おい、どうした?」


 低い男性の声。ゆっくりと見上げると、夏場なのにモッズコートを着た黒縁眼鏡の青年が、傘を差しながらそこにしゃがんでいた。アルマとそう変わらない感じの青年だ。

 青年──柊莉央は静かにアルマを見据えている。心配そうにしている風でも、かと言って見下している風でもない、ただ真顔でこちらを見ていた。莉央はアルマを観察し、自分なりに考える。


(腕に電線、そしてこのコスプレみたいな異様な格好……こいつ戦闘用機械人か……? 傷が多すぎる……何かの抗争に巻き込まれて命からがら逃げてきたってとこか……?)


 とりあえず莉央は情報を得るため、アルマに質問を投げかけた。


「どっから来た?」


 アルマは答えようとするが、意識が朦朧するあまりに答えがまとまらず、掠れた喘ぎ声しか出せない。


(情報は得られないか……まあ当然か。明らかに重傷だしな……)


 やれやれと肩を落とした莉央は、ポケットからスマホを取り出す。


「待ってろ。今救急車呼んでやるから」


 119と電話番号を入力しようとした時だった。アルマがスマホを持つ莉央の腕を掴んだ。


「あ……?」

「……た、のむ……! 呼ばないで、くれ……!」


 掠れ声でなんとか言語を発したアルマは、震えながらも莉央の腕を強く掴む。


「ああ? そんな状態で何言ってんだよ? お前、死にてえのか?」


 莉央からの問いにアルマはゆっくりと首を横に振る。


「頼みが、ある……オレを、七倉町に連れて行ってくれ……!」

「七倉町……?」


 その言葉を聞いて莉央ははっとした。


(七倉町……死伝天使が参加するであろうイベント、GoDが開催される場所だったな……まさかこいつも参加希望者か……? でもな……)

「お前、自分の状態わかってんのか? そんな状態で七倉町に行ったところでぶっ倒れるだけだぞ? 死にたくなきゃ大人しく救急車に…」


 莉央は電話をかけようと腕を上げるが、アルマが両腕で掴んで必死になって止める。


「なっ……!?」


 あまりの強さに莉央は驚く。


(なんつー馬鹿力なんだ、こいつ……!?)


 しかし、アルマの腕から電流が走る。このまま力めば故障は確実なのは見てわかる。


「おいっ、無理すんな! お前明らかに重傷だろ! 救急車呼べば少しはマシに…」

「それじゃダメなんだっ!!」


 アルマは力を振り絞って叫んだ。思わず莉央はびくっと肩を震わせた。苦しそうに呼吸しながらアルマは続ける。


「ミ、ミカ、を……助け……なきゃ……」


 とうとう我慢の限界が来たのか、アルマはそのまま倒れ込み、莉央の左肩に顔を埋めた。


「あっ……おい!?」


 顔を埋められた直後、ズンと強い重みが莉央の肩にのしかかった。今にも肩が潰れそうなくらいだ。


(お、重っ……!? 何だ、こいつ!? 機械人は人より重いとは聞くが、こいつ重すぎじゃねえか……!? どんだけ機材積んでんだよ!?)

「おいっ、ちょっと……!」


 なんとか引き離そうとした時、アルマの体が青い光に包まれ、ポリゴン状に拡散された。換装が解除されたのだ。


「あ……!?」

(変身した……!? いや、こっちが本来の姿か……)


 莉央はなんとかアルマを引き剥がし、肩を揺さぶって反応を見る。


「おい……おい!」


 すでに気絶しているため反応はなかったが、最後に一言つぶやいていた。


「ミ……カ……」


 アルマの苦しそうな顔を見て、莉央は不機嫌そうに舌打ちをした。


「……仕方ねえな」


 莉央はアルマを腕に抱えて、電話をかける相手を変更して発信する。


「……もしもし? ああ、今一つ目が終わったとこ。ちょっと緊急事態があって、大至急車出せます? ああ、あとうちのアパートに救急用の担架あったはずなんでそれも。できれば機械人用で。それと……」


 雨は静かに降り続き、苦しそうに呻くアルマを容赦なく濡らしていくのだった。

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