28話 黒蠍と白蛇〈後編〉
突然現れたその男性は、不敵な笑みを浮かべてブラックスコーピオンとホワイトスネークを真っ直ぐ見つめていた。と思いきや、すぐにハーツ達に体を向けた。男性の瞳は切長で榛色をしており、一見するときつそうな印象だ。その笑顔もどこか余裕な感じがした。
「待たせたな! 祐介、健次郎!」
男性の顔を見た二人は、口を大きく開けて驚愕の表情を見せた。
「く、工藤さんっ!?」
「あ……兄貴いいいいっ!!」
健次郎に至っては感極まって泣きだした。
「無事……とまでは言わないが、生きているようで何よりだ!」
ハーツは何が起きているのかわからず、男性と二人を往復しながら見ていた。
「民間人か新入りかはわからないが、うちの事務所社員を守ってくれてたんだな。うん! 素晴らしい!」
男性はハーツの頭をぽんと叩いた。
「えっと、お前は……?」
「そうそう! 初対面時には自己紹介をしないとだな! だがその前に……」
男性は敵二人に再び体を向け、背中に背負っていた二丁のマスケット銃を手に取り、二人に銃口を向けた。
「ひとまず仕事を片付けないとだな!」
彼からただならぬ戦意を感じ取ったブラックスコーピオンは、何故か笑みを浮かべていた。
「上好……!」
ブラックスコーピオンはエストックを構え、勢いよく飛び出した。男性は銃の引き金を引く。マスケット銃の銃口からそれぞれ赤い光弾が一発放たれた。ブラックスコーピオンは空中で回避し、エストックと銃身がぶつかり合う。
「随分と腕を上げたようだな! “狗郎”!」
「!」
双方は弾かれ、ブラックスコーピオンは下がった。
「ちっ!」
ホワイトスネークがマシンガンを乱射する。男性はマスケット銃を投げ捨てると、腰元に挿していたナイフを取り出し、接近しながらなんと銃弾を全て弾き返した。
「!?」
気づけばホワイトスネークの喉元に男性とナイフが迫っていた。
「相変わらず近距離戦闘は苦手みたいだな、“睦美”」
「っ!」
ホワイトスネークは後ろへジャンプし、男性に向かって銃を向ける。すると、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
「このサイレンは……!」
「軍警か……」
「俺が呼んだ。このまま続けるつもりなら、逮捕は免れないが?」
「これくらいで怯むなぞ……!」
発砲しようとするホワイトスネークを、ブラックスコーピオンが制止させた。
「……今回はあなたの顔に免じて、一時撤退しましょう。しかし次はないですよ」
「随分と強気じゃないか。新しい主にでも雇われたか?」
「然り。今の我々は、死伝天使様のためにあります。次はかの御方のために、あなたを殺します。烬さん……いえ、ブラッドファイア」
ホワイトスネークは懐から何かを取り出す。それは、キューピッドやレイジュが使っているあの棒だった。スイッチを押すと発光し、光が収まると二人の姿は消えた。
「……!」
危機を脱した。そう感じたハーツは、急に力がほうと抜けて座り込んだ。
「ハーツさん!」
「大丈夫か!? やっぱり怪我が……」
「いや……大丈夫だ……急に力が抜けて……」
すると、男性がハーツに手を差し伸べた。一瞬戸惑ったハーツだったが、男性から敵意は感じられないため、とりあえずその手を取って立ち上がった。
「少しだけだが見ていたぞ。いい戦いぶりだった!」
「!」
笑顔を見せる男性に、ハーツはいつの間にか見入ってしまっていた。
事態収束後、現場には軍警の援軍が到着し、ハーツ達は軍警に状況を報告した。片足を損傷した祐介はかかりつけの技師がいる病院へ搬送された。健次郎も麻痺毒とはいえ油断はできないため、祐介と同じ病院へ搬送されることになった。ハーツは比較的軽傷だったため、機械人用の薬を塗るだけで済んだ。
帰還を許可されたハーツは、助けてくれた男性と共に事務所へ戻った。なんでも男性は事務所の人間だと言うので、とりあえず連れて行くことにしたのだ。事務所には純香がおり、男性を見た途端に驚いて立ち上がっていた。
「烬!?」
「久しぶりだな、純香!」
「えっ!? あんた、帰るの来週じゃなかったの!?」
「緊急事態のため急遽帰還した!」
「あの、純香……この人は一体……?」
「……祐介が言ってたでしょ? 来週まで出張でいないって奴。そいつがそうよ」
純香はやれやれと肩を落としながら、二人の間に立った。
「あんたははじめましてよね? こいつは工藤烬。所長の懐刀。で、烬。こいつはハーツ。昨日入ったばっかの新人」
「新入りだったか! 改めてよろしくな!」
男性、烬はハーツに手を差し出し、握手を求めた。ハーツは烬から敵意を感じないと知ると、烬と握手を交わした。
「で、烬はどうして帰ってきたのよ? 緊急事態ってのは?」
「うむ! エルトリア調査の件で、どうしてもお館様の耳に入れておきたいことがあってな」
「お、お館様?」
「所長のことよ。それ、大至急ってやつ?」
「ああ、大至急だ」
そういう訳で純香は所長、夏目を呼び出し、彼を所長専用の席に座らせた。
「至急話しておきたいことがあると聞いているが?」
「はい」
烬は真面目な表情で夏目を見据える。その様子を遠くからハーツと純香が見守る。
「まず、確認のためにお館様に問います。お館様は、無心の刃と言うのはご存知で?」
「!?」
そのワードを聞いてハーツはぎょっとした。無心の刃。つまりアルマのことだろう。
「……エルトリアに関しては、歴史が抹消されたが故にさほど詳しくはない。が、無心の刃と言う言葉には聞き覚えがある。あくまでも噂程度ではあるがな」
「構いません。知っていることだけで結構です」
「……無心の刃。噂ではこう語られている。エルトリア皇帝自らが開発した、最強にして最悪の人造兵器。エルトリアの発展はその兵器があってこそとも言えるらしい。そして、真偽は不明だがこうも言い伝えられている。その兵器こそ、エルトリア崩壊の引き金を引いた凶器ではないかと……私が知っていることはこれくらいだ」
「ありがとうございます。確認が取れただけでも結構です。では、それを踏まえた上で俺から調査の報告をします」
烬は懐から書類を取り出した。
「お館様が推測された通り、やはりここ日本がエルトリアの機械兵被害が一番深刻でした。では何故ここ日本がダントツなのか。今までは日本が世界で一番エルトリアの技術に馴染んでいるが故に狙われやすいからと言われていました。しかし、もう一つ別にあるのではないかと調査の末に感じるようになりました」
「ほう……?」
「俺は先日、かつてエルトリアと同盟を結んでいたとある小国……現在は亡国と化したその地へ赴きました。そこで、まだ抹消されていないであろうエルトリアの研究記録が残されていました。確認したところ、その記録はある計画の研究記録ではないかと思われます。計画の名前は、『プロジェクト・ノーハート』。解析した計画内容からはこう書かれていました。人類史上最強最悪の兵器製造計画」
夏目は目を見開いて息を飲んだ。
「これはあくまで俺の推理ですが、この計画こそかの無心の刃の製造計画ではないかと。そして、その記録書には気になることが」
「気になること?」
「記録書の一部に兵器製造の材料となる物が
書かれていたのですが、主要材料にアロンダイトスフィアともう一つ。名前はこう書かれていました。ダーインスレイヴ、と」
「っ!?」
夏目が徐に立ち上がった。
「ダーインスレイヴ、だと……!?」
何も知らないハーツと純香は首を傾げた。夏目は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、静かに座り直した。
「……すまん、続けてくれ」
「ダーインスレイヴ。フラガラッハと並ぶ伝説の剣にして、エルトリア皇帝もう一つの武器。フラガラッハが皇帝の象徴なのに対し、ダーインスレイヴは力そのものと言い伝えられています。そしておそらく、皇帝は無心の刃にそれを体内に宿したかと」
「……まさか、皇帝の狙いはその武器が日本にあるからだとでも?」
「可能性はあります。今皇帝は力を取り戻そうとしていますから」
「……」
夏目は腕を組んで瞑想した。
「……この事は樋口に通しておこう。調査、ご苦労であった」
「ありがたき幸せ」
夏目が所長室に戻った後、烬は自分の席に座った。
「さて、次は君の番だな。ハーツ」
「オレ?」
「俺はまだ君のことを知らない。俺もその分自分のことを話すから、君のことを教えてくれないだろうか?」
「あ、ああ。構わない」
ハーツは烬に向けて簡単に自分のことを説明した。
自分はかつてエルトリアに仕えていたこと。実は千年前から存在していたことなど、今自分が知ってることを話した。
「なるほど……君も苦労してたんだな。しかしそれでも人々のために戦うことを選んだのはとても立派だぞ! 偉い!」
また烬から頭を撫でられた。こそばゆい感覚にハーツは戸惑った。
「烬……また悪い癖出てるわよ」
純香がはあとため息混じりに呆れている。
「何かにつけて老若男女問わず頭を撫でて褒めるなって言ってたでしょう?」
「おっとそうだった! すまん!」
烬は笑顔で反省した。
「……その顔絶対またやるわね」
「では次は俺の番だな! ……結論から話すと、俺は元殺し屋だ」
「!?」
殺し屋というワードを聞いてハーツは肩を震わせた。
「そしてぶっちゃけると、昼間戦ったブラックスコーピオンとホワイトスネーク。二人は俺の元教え子だ」
「なっ……!?」
「はあっ!? それ初耳なんですけど!?」
「そうか! 純香は初めて聞いたか! 驚かせてしまってすまないな!」
言っていることと烬の笑みが矛盾しすぎて二人は困惑している。
「いやいやいや! 笑い事じゃないわよ!? あんたが元殺し屋なのは知ってたけど、ブラックリスト入りの二人の師匠があんた!? 全っ然噂すら聞こえてなかったわよ!?」
「お館様以外話してなかったからな!」
全然動じない烬の様子に、ハーツは目を白黒させていた。
「あっ、まさか緊急事態って所長への報告だけじゃなくて!?」
「うむ! 海外で流浪中の二人が来日していると噂に聞いてな、見張りのために至急戻ってきたんだ。だがすまなかったな。祐介と健次郎を巻き込ませてしまった。実に不甲斐ない」
「いや、謝ることじゃ……」
「教え子二人に関しては、いずれケリを着けるつもりだ。その辺りは信じていてほしい」
「別にそれはいいけど……」
「……で、これで互いのことは知れたな。ハーツ、それを踏まえた上で君に聞きたい」
烬は真面目な表情をハーツに向ける。
「君は千年前の記憶を消されたと言っていたな? 具体的にはどんな記憶を消された?」
「どんな記憶……そうだな……オレが覚えていることは主に二つ。オレは千年前から存在していることと、オレはゼハート、皇帝を千年前に一度裏切っていることくらいだ。裏切った動機はわからないし、そもそもオレは何の為に作られたのかすらも思い出せていないんだ」
「そうか。では、無心の刃に関しては?」
ハーツは言葉を詰まらせた。実は友人がその無心の刃本人だなんて到底言えないからだ。
「……所長がさっき言っていたことを、皇帝から聞かされた程度だ。無心の刃がエルトリアを滅ぼした。それは事実だ」
「ふーん? つまりその無心の刃ってのが、エルトリアの支配を壊した平和の立役者ってわけね? まあ元はそのエルトリアに作られたんでしょうけど」
「他に何かあるか?」
「……オレが更生するきっかけが、皇帝からそいつを破壊しろって命令されたことからだ。それに失敗して、多くの人を傷つけてしまったから、オレは更生計画に参加させてもらってる」
「なるほどな。その様子では、ダーインスレイヴの件は初耳のようだな?」
「ああ。初めて聞いた」
「そうかそうか。うむ! しかと理解した! 情報提供に感謝する!」
烬からは嘘偽りは感じられない。故に敵に回るようなことはないだろうとハーツはとりあえず安心した。しかし、胸のモヤモヤは健在していた。無心の刃、つまりアルマにはダーインスレイヴと呼ばれる武器が仕込まれているということ。ゼハートがそれを狙っているが故に日本に狙いを集中しているということ。結論から言えば、エルトリア復権と再戦はアルマが深く関わっているということだ。そう結論付けた時、ハーツにある考えがよぎった。
アルマがいなくなれば戦争は終わる。
そんな愚かで最低な考えだった。アルマは自分の心を取り戻してくれた命の恩人だ。そんなことは間違えてでも考えてはいけないのだ。
事務所から帰った後も、ハーツはその考えで頭がいっぱいだった。ハウスにいたアルマは、大国を滅ぼした兵器とは思えないくらいに屈託なく笑って過ごしていた。無心の刃なんて名前が似合わない程だ。複雑な思いにハーツは悩んでいた。すると、ハーツは思わず口から湧き出た想いをこぼしてしまった。
「アルマって何なんだ……?」
「ん?」
隣で穂乃果がカットしてくれたダイス型の小さなスイカを頬張りながら、アルマがハーツに顔を向ける。
「オレが何だって?」
「あ……」
しまったとハーツは心の中でつぶやいた。どう繋げていいかわからなかったので、仕方なくそのまま伝えた。
「いや、その……アルマって、結局何者なんだろうなって……」
「?」
きょとんとした顔でアルマはこちらを見ている。
「何者……ミカを守るサイボーグだ!」
「うん、それはわかってる」
「えっ? 何何っ? 何話してるの?」
明里と千枝がスイカを食べながら近寄ってきた。
「オレは何者なんだろうってハーツが」
「えー? 何者ー? そうだな〜……私から見たらアルマ君は、明るくて元気いっぱいでよく食べる機械人って印象かなー?」
「ウィルトラマンのお友だち!」
「ウィルトラマンって誰だ?」
「宇宙からやってきたヒーロー!」
「何者かなんて誰にもわからないだろ?」
康二がふふんと澄まし顔で割り込んできた。
「男は謎の一つや二つあった方が、ミステリアス味あっていいのさ……」
「康二が言うと胡散臭いんだけど?」
「それを言うな!」
「ね、お姉ちゃんはアルマ君って何者なんだと思う?」
明里はりんごの皮を剥いている穂乃果に問う。
「そうねえ……いつも元気で、無邪気だけど聞き分けが良くて、変な話にはなるけど私からしたら弟みたいな感じかしらね。前にもちょろっと話したけど、アルマ君ってなんだか明里や千枝がもう一人増えたみたいでほっとけないのよ」
にっこりと微笑みながらそう話す穂乃果に、一同はああと納得してしまった。
「なるほど〜。じゃあ美香ちゃんは?」
「へっ!? そ、そうだな〜……」
まさか自分にも向けられるとは思ってなかったため、美香はびっくりした。アルマが羨望の眼差しで美香を見つめる。
「……勇敢で優しい心を持ったサイボーグ、かな?」
「ミカ……!」
何気なく発した美香のその発言に、アルマは目を輝かせていた。
「おーおー、相変わらずお熱いことで」
「美香って時々無意識にすごく大胆なこと言うよね」
「……で? ハーツはアルマを何者だと思うんだ?」
色々と聞いてはみたものの、やはりハーツにはわからなかった。強く優しい心を持った戦士なのか、国を滅ぼした兵器なのか。心を取り戻したばかりのハーツには、まだわからなかったのだった。
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