27話 騎士、探偵になる

「また機械人が狙われている、ですか……」


 ヴィクトルは眉をひそめてそうつぶやいた。局長室にて誠から聞かされた話に、ヴィクトルとイサミは警戒を強めていた。


「ああ。だが今回は未遂ではない。れっきとした殺人事件だ。この間テレビ番組で起きた事件についてはすでに知ってるな?」

「タレントの東堂塔子の番組で銃の乱射が発生し、MCの彼女とゲストのクリスハイトが襲撃されたというやつですね?」

「確か、東堂塔子殿と銃撃に運悪く巻き込まれたカメラマン二人は一命を取り留めたものの、クリスハイト殿はデータが激しく損傷してそのまま……」


 痛み入るように誠は頷いた。


「で、その襲撃時刻と同時期、開発地区内の地下バーにて妙な動きがあった。偶然その場にいた機械人が、その時の様子を音声録音していた」


 誠はボイスレコーダーのスイッチをONにした。


〈見たか! 愚かな人間共よ!これが真の力、真の裁きだ! 人間と機械が共存する時代はもうすぐ終わりを迎る! これはその革命前夜に過ぎない! 目撃者共よ、刮目せよ! そして脳に刻め! 我らは解放者! 人が人らしくあるために、我らは機械人に反旗を翻す! そしてそれを導くこの俺の名は……死伝天使だっ!!〉


「アズライール……」

「キリスト教における死を司る天使の名前ですね」

「この音声が録音される直前、この声の主がバーのテレビジョンに向かって銃を発砲したと目撃証言が出ている。発砲直後、テレビの中で乱射が発生したというわけだ」

「まさか、テレビ越しに殺人をっ?」


 ありえないと言わんばかりにイサミが声を上げる。


「いや、多分共犯者じゃないか? タイミングをあらかじめ測って、バーで発砲した後に共犯者が別の場所で銃撃をする。それにさっきの録音で言ってただろう? 我らって。おそらく奴には協力者がいる可能性があると僕は思う」

「なるほど……では銃撃は演出みたいなものか」

「よほどのサイコパスか、ただの派手好きか……」


 ふざけてるなとヴィクトルは呆れていた。


「事件はこれだけではない。一週間前にはサイボーグの登山家が、その二日後にはアンドロイドのアイドルが、死伝天使を名乗る男の被害に遭った。殺害方法は、前者がナイフで首を掻っ切り。後者が巨大照明を銃撃で落下させて圧死。画像がSNSに投稿されている」


 誠がモニターに二枚の画像を映す。


「注目してほしいのはここだ」


 二枚の画像が拡大された。映し出されたのは、迷彩柄のマントに、包帯で巻かれた腕が出た男性らしき影だった。


「まさかこいつが……!」

「ああ。クリスハイトの事件の主犯格と同じ人間と思っていいだろう。当然だがまだ確かな証拠はない。そこでだ。尻尾を掴むため、ある賭けに出ることを決意した。二人はこのイベントは知ってるかな?」


 モニターが二人の前に移動し、ある画像に切り替わった。燃える炎を背景にした広告。文面は、“Grandeur Of Duel 開催決定!!”とある。

「グランドールオブデュエル? これって確か……」

「ええ、存じていますよ。違法賭博の一種として危険視されている、非公認決闘でしょう? 何故今これを?」

「来月一日にこのイベントが開催されるそうでね、人間はもちろん機械人も多数出場する。犯人からすれば殺人の格好の場だろう」

「つまり、このイベントに参加して奴の尻尾を掴むということですか」

「ご名答! しかしながら、このイベントは毎回死者が必ずと言っていいほど現れる。だからこそ賭けにはなる」


 ヴィクトルはため息をついた。


「局長、僕が簡単に倒されるとでも?」

「……いや、思ってないさ。じゃなきゃここに呼ばないからな」


 ヴィクトルはきりっと表情を引き締め、すっと敬礼した。


「必ず任務を果たしてみせます」

「頼むよ、勝利」

「……して、この件は二人には?」


「ああ。もちろん協力してもらう手筈だ。

 ただし、ハーツは別口を通して頼むつもりだ」

「別口?」

「更生計画だよ。例の場所からだ」


 ヴィクトルの眉がぴくりと動いた。


「……本当に大丈夫なのですか? あそこにハーツを配置させて」

「何。お前だって一応は信頼しているだろう? 何より彼がいるなら大丈夫さ」


 ♢


 事の発端は二日前に遡る。更生計画の件で話があると誠から聞かされたハーツは、軍警本部に一人で赴いていた。そこで誠から言われたのは、仕事の斡旋だった。


「仕事?」

「そう。更生計画のモットーが何なのかはわかるね? 君は人を傷つけてしまった分、人を助ける責務がある。そのための行動を起こすためにも、まずは働いてもらわないとね」

「はあ……それは構わないが、具体的にはどうしろと?」

「実は、私の古い知り合いがやっているある事務所があってね、そこでなら更生計画に基づけるのではと私は睨んでいる。すでにその知り合いには君のことを話している。君の本質がどのようなものかをテストしたいとのことだ。そこで、明日君はそのテストを受けてもらう。とりあえずはそこで試して、ダメだったら別の仕事を探してやろう。まあ、君だったら大丈夫だろう」


 ♢


 という訳で、ハーツは仕事の入社試験を受けるため、翌日渋谷へ向かった。事務所の人間が本社まで案内するとのことなので、待ち合わせ場所であるハチ公前に来た。


「入社試験、か……」


 前日、ハーツはこの件をハウスの住人に知らせると、頑張ってエールが送られてきた。穂乃果に至っては面接受かったらごちそうを振る舞うと張り切っていた。


「みんなが応援してくれてるもんな……精一杯応えてやらないとな」


 ハーツは胸に手を当てて、覚悟を決めた。


「あ! いた!」


 そこへ、少年の声が聞こえた。ハーツの前に、サスペンダーを着けた銀髪の小柄な少年が走り寄ってきた。少年は手に持っていた写真とハーツを、視線を往復させながら見ていた。


「間違いないですね。ハーツさん、ですよね?」

「あ、ああ」

「はじめまして! 僕は栗原祐介と申します!」


 少年、祐介がぺこりと頭を下げたため、ハーツも習って頭を下げた。


「お話は所長から聞かされています! 事務所まで案内しますね!」

「ああ、ありがとう……」


 礼儀正しい祐介の立ち振る舞いに、ハーツは思わず拍子抜けしてしまった。事務所に着くまでの間、二人はお互いの事情を話すことにした。


「えっと……ハーツさんはアンドロイドなんですよね?」

「ああ」

「へえ~、すごいなあ! 失礼ですけど全然見えないですから」

「よく言われる」

「うちは僕以外はみんな普通の人間なので、似たような人が来てくれて、ちょっと嬉しいです」

「僕以外……? お前も機械人なのかっ?」

「あ、はいっ。正確には一部機械化なので、機械人ではないのですが……」


 苦笑いを浮かべながら祐介は、ズボンの両裾を捲り上げた。


「!」


 露わになった彼の足は、丈夫そうな鉄製の義足だった。


「昔、交通事故に遭って切断せざるを得なくなりまして……あと、電脳ではないんですが、脳もちょっとやられたので少しだけ……」

「そうだったのか……」

「似た境遇の方と会ったことがないんで、これを機にハーツさんと仲良くなれたらなあって……あっ、すみません! 私情でしたね!」

「いや、気にしてない」


 ハーツのその言葉を聞いて祐介はほっとした。


「ところで、オレは仕事の入社試験を受けるって話以外、仕事先のことを知らされていないんだが、どういうところなんだ?」

「ああ、それはですね…」

「いたああああーっ!!」


 祐介の説明を遮って突然絶叫が聞こえた。二人はお互い肩を震わせた後、声が聞こえた方に視線を向けた。信号がある横断歩道の向こう側に、強いくせっ毛の黒髪の少年が立っていた。


「祐介ーっ!! おおーいっ!!」

「えっ? ケンさんっ?」


 信号が青になった直後、少年は全速力で横断歩道を走り、二人の前に立った。かなり走ったせいか少年は息を切らしている。


「知り合いか?」

「あっ、彼は狩屋健次郎さん。僕と同じ事務所の人間です。ケンさん、どうしてここに? 事務所にいたんじゃ……」

「緊急事態だっ!! すぐに来てくれっ!!」

「緊急事態っ?」

「事務所が乗っ取られた!!」

『!?』


 ♢


 二人に連れられてハーツがやって来たのは、レトロな雰囲気漂う八階建てのビルだった。祐介曰く、事務所はこのビルの四階にあると言う。三人は階段を使って四階まで上がり、扉の前に立った。扉には合金のプレートが飾られてあり、“夏目探偵事務所”と刻まれている。


「夏目……探偵事務所っ?」


 仕事先は探偵事務所なのかと、ハーツは目を見張った。


「ああ~……俺がいながらこんな事態になるとは~……!! かくなる上は、切腹して謝罪を……!!」


 健次郎は懐から宝石が埋め込まれた短剣を取り出し、わなわなと震えながら腹に突き刺そうとした。


「ちょっ、ケンさんっ!! 今は切腹してる場合じゃないですっ!!」


 祐介が小声で慌てて止める。


「とにかく様子を見ましょう! ハーツさんはなるべく僕達から離れないように!」


「わ、わかった……」


 祐介は一呼吸した後、扉のドアノブを回した。ささっと三人は中に入り、花壇に身を隠した。


「ああ……ああ、ああっ!! もう嫌っ、嫌なのよっ!!」


 部屋中に女性のヒステリックな叫びが響く。ハーツは花壇からその様子を伺う。見ると、奥にある机の上にノースリーブの黒いワンピースを着た女性が、足を組んで座っていた。その下には、体を縄で縛られ、口に猿轡をくわえられた少女二人が座り込んでいた。さらに花壇の近くの部屋からは、受付嬢らしき女性数名が様子を伺っている。


「早く所長を出しなさいよっ!! でないとこの部屋諸共爆発するわよ……!!」

「爆発……!?」


 よく見ると、彼女の手には何かのスイッチがあり、机の上には長方形型の何かの機械が乗っている。


「祐介、あれは……!」


「間違いない……百年前に作られたハイジャック用爆弾だ……! 五十年くらい前に製造が禁止されて全部回収されたって聞いてたけど、まさかまだ残っていたなんて……」

「あんた達が悪いんだからねっ!? あんた達が余計なことさえしなければ、私はこんなことにならなかったのに!!」

「うわー……しかも動機は私怨かよ……」

「仕方ないですよ……うちは決して恨みを買わないところとは言えませんから……」

 犯人は私怨持ち。しかも爆弾と人質まである。良くない状況なのはハーツでもわかる。


「その上女を人質に取るとか卑怯だろ……!」

「彼女達は?」

「愛華ちゃんと舞華ちゃん。うちで事務のバイトをしている双子の姉妹です」


 言われてみれば、人質の二人は顔が瓜二つだ。


「何かしらの要求を飲まねーと、人質の解放と爆弾の解除は無理だよな……」

「ええ。しかもあの爆弾なら、彼女の言う通りこの部屋諸共爆破は可能ですね。ケージか何かで爆弾を覆い被せれば、爆発は少し抑えられるかもですが……」

「やっぱりここは所長出すかっ?」

「無理ですよ! 出したところで殺されますって! 出かけているのが幸いでしたね……」

「ああーっ、もう! 焦ったい! ここは俺が!」


 健次郎は意を決して花壇から姿を見せる。


「ちょっ、ケンさん!」

「おいっ!」


 健次郎に気づいた女性はきっと顔を歪めた。


「く、来るな! 来たら爆破させるわよっ!」

「……わかった! こっちは妙なことしないから!」


 健次郎は手を上げて降伏の意を示した。


「あんた知ってるわ……狩屋健次郎ね……? 事務所きっての切り込み隊長……あんたなんて怖くないわ! 油断させようったってそうはいかないから! 机の上に乗って、頭の後ろで手を組みなさい!」

「はあっ!? 何でそんなこと……」

「言うこと聞かなきゃ吹き飛ばすわよ!?」


 仕方ないと観念した健次郎は、そのまま言う通りにした。


「まずい……! 私怨を持ってるだけあって、彼女は事務所の人間を把握している……! これじゃあ僕が行ったところで堂々巡りだ……!」

「……!」


 ふと、ハーツは何かを閃いた。


「……事務所の人間じゃなければいいのか?」

「えっ? そ、そうですね……それなら油断は突けられますし、状況打破ならいけるかと。でも……あっ!?」


 ハーツの言いたいことがわかった祐介ははっとした。ハーツはこくりと頷いた。


「オレなら犯人に面は割れてない。気を引かせるくらいならできるはずだ」

「む、無茶ですよっ! 危険ですっ!」

「大丈夫だ。いざとなれば、オレも戦える」


 ハーツは祐介にリングネックレスを見せる。


「いや、そうではないんですよっ! あなたの事情は所長から聞いてます! 変に揉め事を起こしたら、せっかくの減刑がぱあですよ!?」

「こんな状況を放置するわけにはいかないだろう?」


 ハーツは胸に手を当てる。


「……オレには、心があるって語りかけてくれた友人がいる。そいつは自分の心を大切にしたいと言っていた。何よりそいつは大切な誰かを守りたいって言っていた。オレも……あいつみたいに強くなりたい。あいつならきっとこの状況を打破しようと、もがいてなんとかするはずなんだ。だったら、オレもそうすべきなんだ」

「ハーツさん……」


 ハーツは目を閉じ、アルマを思った。


(オレはまだどうしたいのかわからない……でも、大切な人を守りたいってそう思えてる……だから今はあいつなら、アルマならどうするか。真似事ぐらいしかできないが、いいよな?)


 ──ああ! 今はそれでいい! いつかお前が何をしたいのかわかる日は、きっと来るだろうから!


 そうアルマが言っているような気がした。


「ああ……だよな……」


 ハーツはすっと立ち上がり、ゆっくりと爆弾魔に近寄る。


「ハーツさん!」

「あんた、事務所の人間じゃないわね……?」

「ああ、そうだ。正直に話すと、ここで入社試験を受ける予定だった者だ」

「入社希望ってこと……? そんなあんたが何の用よっ!?」

「……」


 ハーツは女性を見据え、手を上げた。


「?」

「オレも攻撃しない。だから、もうこんな馬鹿なことはやめるんだ」

「はあっ!?」

「……オレは、心が目覚めたばかりだ。故に誰かを憎むとか復讐するとか、そういったものが理解できない。だから、あんたが考えていることなんて理解することはできないし、寄り添ってあげることもできない」

 ハーツは手を上げたままゆっくりと歩み寄る。


「でもわかることがある。あんたのやってることは間違ってる。どんな理由かは知らないが、自分を満足させるために関係のない誰かを巻き込むのは論外だ。そんなことをしたところで、心は満たされるわけがない。空っぽなままだ」

「ぐっ……!」


 いつ殺されてもおかしくないのに、ハーツは自分に近寄り続ける。そのことに女性は困惑してたじろいでいた。気づけばハーツと女性の距離は近くなっていた。


「今ならやり直せることはできる。お前もオレと同じなんだ。誰かを傷つけてしまった分、誰かを救う義務があるんだ。だから……一緒に自首しよう!」

「……え?」

「は、はいっ!?」


 自首しようというワードに周囲が固まった。何故ここでその言葉が出るのか。


「オレもお前と同じ罪人だ! 今からオレは減刑をなかったことにする! そうすればオレは牢獄行きは確定だ! だから、面倒なことになる前に一緒に自首をしよう!」


 話の観点がめっちゃズレてると、祐介はもちろん健次郎や受付嬢達も驚愕した。しかもハーツ本人は発破をかけているのではなく本気で言っている。そのことに関してもさらに驚いた。


「な、何言ってんのあんた!? 誰が自首なんか…」

「オレは覚悟を決めている! だからあんたも腹を括るんだ!」

「いや、話聞いてた!? 自首なんて…」


 その時だった。カチリと何かが鳴った音がした。


「え?」

「あ」

 見ると、女性の親指がスイッチを押していた。すると直後、爆弾に付いていた電子板に数字が表示され、カウントダウンを始めた。残り一分を切った。


『ああああああああーっ!?』


 思わず祐介と健次郎は悲鳴を上げた。


「ああああと一分で爆発するっ!?」

「おいっ! 止めることはできないのか!?」

「む、無理よっ!! 解除の仕方だってわかんないし!!」

「外だっ!! 外に投げ捨てるんだっ!!」

「ダメですっ!! 民間人が巻き込まれますっ!!」


 どうすればいいかハーツは狼狽える。するとふと、ハーツは祐介の言葉を思い出す。爆弾に何かを覆い被せれば爆発は多少防げるかも、と。


「そうだ……! 何かケージ、じゃなくても、何か覆い被せるもの……!」


 ハーツは周りを見渡すが、これといったものが見つからない。ふと、ハーツの視界に双子の姉妹が映る。姉妹は涙目で怯えている。


「ーっ!!」


 歯を食い縛りながらハーツは、咄嗟に姉妹を爆弾から離した。突き飛ばされた姉妹を健次郎が受け止める。


「あんた!?」


 ハーツは指輪を指にはめ、換装した直後、爆弾を抱えてうずくまった。


「ハーツさん何を!?」

「大丈夫だ!! この状態なら壊れてもリカバリーは効く!! 少なくとも爆風は抑えられるはずだ!!」


 電子板のカウントダウンがゼロになった。


「ハーツさんっ!!」

「っ!!」


 ハーツは覚悟を決めて目を閉じた。


 爆発は──来ない。

 いつまで経っても爆発する気配はなく、ハーツは疑問に思いながらも警戒する。


「……ーツ、ハーツ、ハーツ!」

「!?」


 聞き覚えのある声にハーツは目を開いた。ゆっくりと顔を上げると、そこには何故か誠がしゃがんでいた。


「誠……? えっ、何故ここにっ? てか、爆弾!」

「ああ、それならもう大丈夫だよ」

「は……?」


 見ると、ハーツの腕には爆弾がまだあった。カウントダウンがゼロになったまま、何も動きはなかった。


「え……あ、あれ……?」

「大丈夫ですかっ? ハーツさん」


 誠の背後から祐介と健次郎が様子を伺っている。


「あんた、アンドロイドだよなっ? その度胸、どっから来てんだっ?」

「ていうか、いつまで爆弾抱えてるのよ?」


 何故か爆弾魔の女性まで誠の近くにいた。


「えっ、えっ……ええっ?」


 何が何だかわからず、ハーツは困惑している。


「……騙すようなことして悪かったね。君を試すために必要なことだったんだ」

「試す……?」

「すみません、ハーツさん……」


 祐介が申し訳なさそうに頬を掻く。


「さっきまでの出来事はー!」

「ぜーんぶ演技だったんでーす!」


 すると、縛られていたはずの双子の姉妹、愛華と舞華が声高らかにそう宣言した。


「え、演技……!?」

「ああ。入社試験のためのね」

「はっ!? これが……入社試験!?」

「然り」


 受付嬢達がいた部屋から、低い男性の声が聞こえた。


「試験は無事終了したようだね、夏目所長」

「所長……?」


 受付嬢達は道を開けて頭を下げる。現れたのは、和服姿の初老の男性だった。近くにいるだけで感じる貫禄さに、ハーツは思わず惹かれた。


「樋口から更生を促してほしい機械人がいると聞いてな、その魂が如何なるものか、試させてもらった」

「紹介するよ。夏目隆光。ここ、夏目探偵事務所の所長で、私の古くからの知り合いだ。彼は昔から人間と機械人を繋ぐ架け橋的なことをやっていてね、今回の更生計画に関しても、私から白羽の矢を立たせてもらった。彼なら君を導いてくれると思ってね。しかしながら、人のことは言えないが彼もまた慎重派でね。何かしら試さないと認めないタイプなんだ」

「それで、演技を……?」

「で、所長? これだけ派手にやったもの。相応の判断はついたんでしょうね?」


 爆発魔を演じた女性がふふんと涼しげな顔をした。夏目はしばし瞑想すると、誠に背を向けた。


「……樋口の要望に応えよう」

「ありがとうございます」


 誠は去っていく夏目に向かって頭を下げた。


「……おめでとう、ハーツ。君は晴れてこの事務所の仲間入りだ」

「え……」

「おめでとうございまーす!」

「まーす!」


 愛華と舞華が互いの手を繋ぎながら祝福した。

「騙した側が言うのもあれですが、僕、すごく感動しました! ハーツさんって漢気溢れてるんですね!」

「ああ! みんなを助けるために自分から爆発の犠牲者になろうとするなんて、普通なかなかできねーしな!」

「ま、度胸だけは認めてあげるわ」


 誠は座り込んでいるハーツの手を掴み、引き上げた。


「では改めて、今後とも更生計画を全うしてくれたまえ、ハーツ」


 誠は柔らかく微笑むと、事務所の人達に会釈しながら去っていった。トントン拍子で就職が決まったことに、ハーツはただ呆然とするしかなかった。

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