23話 光の先へ
事態収束後、驚くほどのスピードで話は進んでいった。
まず、美香は誠の元に呼び出されていた。話は当然、アルマの独断専行による処罰だ。
「命令を守るということは、自分だけでなく周囲の身を守るためのルールでもある。自分勝手な行動がどれだけ危険を及ぼすのか、それは理解しているね?」
「はい……」
誠は腕を組んで思案顔を浮かべる。
「本来ならアルマはもちろん、保護者である君も厳罰に処するところだが、結果的に事収束に繋がったことも考慮し、今回は不問としよう」
「!」
「ただし、二度目はないと思ってくれたまえ。それと、念のためアルマとヴィクトルには二週間の出動謹慎を言い渡す。君はその間アルマをちゃんと見張っておくようにね」
「はい、すみませんでした!」
美香はぺこりと頭を下げて謝罪した。
一方、明里はきょろきょろと軍警本部を回っていた。ハーツを探しているからだ。すると偶然にも、ヴィクトルとイサミに遭遇した。
「あ……!」
「黛殿?」
「あのっ、ハーツ君はっ?」
「!」
二人は顔を見合わせた。
「……すまん。面会は許可できん。奴は事件の重要参考人だ。念のため隔離させてもらってる」
「ただ、ずっとこのままってわけではない故、そこは安心してほしい」
「……はい。あの、その怪我……」
ヴィクトルはハーツによって破損した右腕をギプスで固定された状態だった。
「大したことはない。じきに修復される」
「アルマ君はっ?」
「心配はいらない。ちゃんと破損箇所は修復済みだ。大したことなかったのが幸いだったな」
ヴィクトルやイサミが言っていた通り、アルマは無事だった。ハーツに貫かれた腹部は修復され、意識も回復していた。本部の病室でアルマは起きて景色を眺めていた。そこへ、誠と話を終えたばかりの美香が入ってきた。美香の気配を感じ取ったアルマは、ベッドから明るい表情を見せた。
「ミカ!」
全快したかと思わせんばかりにアルマはベッドから降りて、美香に抱きついてきた。
「アルマ……もう大丈夫なのっ?」
「ああ! もうこの通りぴんぴんしてるぜ!」
「……無理してない?」
「えっ? 全然! 何言ってんだよ?」
屈託なく笑うアルマに、とりあえず美香は安心した。
「ご飯、一緒に食べる?」
「食べる!」
診察衣から私服に着替え、アルマは美香と共に食堂へ赴いた。そこに明里も加わった三人で、ヴィクトルとイサミから今後のことを聞かされることになった。
「何度も言うように、ハーツは今回の事件の主犯格であり、エルトリア関係の重要参考人だ。被害者が未遂で済んだとはいえ、これも立派な襲撃事件でもあるしな。このまま無罪放免というわけにはいかないだろう」
「そんな……」
明里はしゅんとうなだれる。
「だが、それはあくまでハーツの中にあった、ラルカという人格プログラムが起こしたことだ。それに加え、エルトリア皇帝による強制的な暴走を強いられた部分も見受けられた。言い方を悪くして言うなら、人形として利用された可能性がある」
「それって、情状酌量の猶予はあるってことですか?」
「まだ可能性の話だがな。だが少なくとも、死刑のようなとても重い罰にはならないと思う。もちろんそうならないよう、こちらからも努力はしてみる」
「ただ、これで裁判となるとかなり複雑にはなる。早くて半年、長くて二、三年以上か」
「そ、そんなにかかるんですかっ?」
「つまり、その間ハーツ君はずっと檻の中……!?」
「マジかよ!? そんなのひどすぎんぞ!!」
わあわあと喚くアルマと明里に対し、ヴィクトルは呆れ気味に制した。
「待て、話は最後まで聞け! 確かに裁判となれば時間はかかるが、それはあくまでも裁判上での話だ。問題を起こさずにいてくれれば、生活自体は特に変わりはない」
「それってつまり……」
「つまり、いい子でいれば普通に生活はできる。ずっと檻の中ではないというわけだ」
「な、なんだあ……びっくりしたあ……」
アルマはほっとした。
「とはいえ何が起こるかわからん。故に明日から奴を一ヵ月間、こちらで監視及び事情聴取を行う。面談できるのは明日の朝だろうな」
「それじゃあ、朝には会えるんですね!」
明里の顔がぱあっと明るくなる。
「ああ。あまり時間は設けられないがな」
三人は顔をお互い見合わせて胸を弾ませた。
♢
そして翌日早朝、僅かな面会が設けられた。場所は梶ノ浜公園の渡り橋だった。そこでヴィクトルとイサミと共に、ハーツは待ち合わせていた。
「……すまないな、二人共。オレのわがままってやつに付き合わせて」
「監視で来ただけだ。勘違いするな」
「とか言いつつ、本当は心配しているのだろう?」
「っ!」
図星を突かれたのか、ヴィクトルは赤面した。
「……お前達にも悪いことをしたな。本当にすまなかった」
「すでに過ぎたことだ。気にするな」
「ま、まあ、あまりとやかく言うとあの馬鹿がうるさくなるからな」
すると、遠くから足音が聞こえた。はっとなって振り返ると、アルマ、美香、明里の三人がこちらに向かって走って来た。
「おーい!」
アルマが大きく手を振っている。
「ごめんねっ、待った?」
「いや、大丈夫だ」
「……とりあえず自分達は引こう」
「ああ、だな」
空気を察してヴィクトルとイサミは少し離れた場所から見守ることにした。
「……私も下がるね」
美香がそうつぶやいた。
「えっ?」
目を丸くさせるアルマに対し、美香はそっと耳元で囁いた。
「話したいこと、いっぱいあるでしょ?」
「!」
美香は促すようにこくりと頷いた。
「……ありがとな、ミカ」
美香はそっと離れ、ヴィクトルとイサミの元へ向かった。三人だけになり、それぞれ話を始める。
「あはは……なんか、何から話していいんだろうね? 今のうちに話したいこといっぱいあったのに、ハーツ君の顔見たら忘れちゃったよ」
「アカリもかっ? 良かったあ~! てっきりオレだけかと思ってた!」
「……実はオレもだ」
ハーツが視線を逸らしながらそうつぶやいた。
「バグとかじゃないはずなのに、不思議だな」
「多分、それが普通なんだよ。きっとね」
ハーツは遠くにある海を眺めた後、アルマに向き直った。
「……まずはお前に謝りたい、アルマ。陛下、いや、ゼハートの命令とはいえ、お前をたくさん傷つけてしまった。本当にすまなかった」
「気にすんなって! オレはこの通り、どうってことないからさ!」
「でも、お前を追い込んでしまったり、ひどいことをしたんだ……怒る権利ぐらいあるはずだ」
「そんなのいらねーって! 結果的に良い方向に繋がったんだ。逆にこっちが感謝したいくらいだよ」
「そんな、感謝なんてオレには…」
すると、アルマはしかめっ面をしながらハーツの頬をつねった。
「!?」
「後ろ向きになんな! 次ネガティブなこと言ったら引っ叩くぞ?」
「ひ、ひっぱらくっ?」
目を白黒させ、呆け面になったハーツに、思わずアルマは吹き出してしまった。
「良い顔するようになったじゃないか!」
「そ、それは、まあ……」
ハーツは照れ臭いのか視線を逸らし、自分の胸に手を当てる。
「……オレは多分、ゼハートに記憶を消された」
「!?」
「アンドロイドのオレに心があるって、教えてくれた人がいたみたいなんだ……名前は思い出せない……でも、すごく大切な人だったと思う……」
「ハーツにもいたのか……!? 心を教えてくれた人が……!?」
「ああ、多分な。けどゼハートはそれを消した。オレを完全なロボットにするために」
「そのゼハートって人、ひどいよ! ハーツ君を道具みたいに使うなんて!」
明里が頬を膨らまして怒っている。
「ハーツ君はどっからどう見ても人間と変わらないのにね!」
「……心を得た今ならわかる。目的はわからんが、奴のやってることはきっと間違ってる。それはおそらく、人間にも機械人にも良くないことだとオレは思う」
ハーツはぎゅっと胸を押さえた。
「オレはそれに加担していた。だから、罪滅ぼしなんて言わないけど、いつかなんらかの形で償いたい。できる、だろうか……?」
戸惑いと不安が混じったその声に、明里は一瞬はっとなる。しかしすぐに優しく微笑んだ。
「……やっぱりハーツ君は優しいね」
「え?」
「その優しさだけでも十分できるよ、償い。だから自信持って! ね?」
「明里……」
すると、明里はハーツの手を包んだ。
「ずっと待ってるから! ハーツ君がうちに帰ってくるの!」
「……!」
「ああ! その時が来たら盛大に祝わないとな! もちろんごちそう付きで!」
アルマと明里はハーツをそっと抱きしめた。
「だから絶対帰って来いよ?」
「うん。ハーツ君は家族だもん」
「二人共……!」
ハーツの胸の中が、温かい何かで満ちていく。緊張して強張っていた心が、解かれていった。
「……ありがとう、アルマ、明里」
そう低くつぶやきながらハーツは二人から離れると、今にも泣きそうな顔で二人を見つめ返す。
「オレの心を、取り戻してくれて……!」
ハーツの背後から朝日の光が差し込んできた。まさにそれは夜明けの光。ハーツの再出発を照らすような、光だった。
そんな三人の様子を、離れた場所から美香は優しく見守っていた。彼女の隣にいたヴィクトルは、何故か眉間に皺を寄せながら肩を震わせていた。
「ヴィクトルさん?」
「勝利殿? まさか、泣いてるのかっ?」
「……うるさい」
♢
こうして事件は収束を迎えた。
軍警は事件解決の功績が讃えられ、民間人や一部関係者から高く評価された。ハーツの処遇は追って伝えると誠から言われたものの、やはり不安だった。シェアハウスからハーツがいなくなると、一抹の寂しさが住人達によぎった。
「はーくん、どうしたのー? 何でいなくなったのー?」
無邪気に聞く千枝を穂乃果は寂しそうに微笑みながら答えた。
「……ハーツ君はね、しばらく旅に出たんだよ。でもまたすぐに会えるわ」
「本当っ?」
すると、何か思い立ったのか、千枝は私物の画用紙を徐に取り出した。クレヨンで描かれたその絵は、ハーツらしい人物が笑顔で走っているのが描かれていた。
「帰ってきたら、はーくんにあげるの!」
「そう……きっと喜ぶわ」
一方で、縁側で缶ビールを飲む康二と、その近くでゲームをやるルカもまた、ハーツがいない寂しさを噛み締めていた。
「……帰って来たら、一緒に風呂入れるかな」
「さあね」
「……やっぱり寂しいよな。一度抜けてしまうと」
「そういうもんなの? オレにはわからないや」
「そういうもんだろうよ。多分だけどな」
♢
その日、エルトリア領地は大いに揺れていた。物理的にも、精神的にも。激しく揺れる地に、キューピッド達幹部四人は恐れ慄くしかできなかった。
「こ、これってもう激おこ通り越して、げきオコスティックってやつだお……!!」
「ユリウス……前に言ってた本気の怒りってこのことを指すのかい?」
「……いや、まだ半分だな」
「嘘っ!? これで半分なのっ!?」
「おのれハーツ……!! 三度も我を裏切るとは、ロボット風情が……!!」
玉座に座るゼハートは、拳を握りしめながらその怒りを露わにしていた。
「レイジュ!!」
ゼハートに呼ばれたレイジュは肩を震わせた。
「調整に加担したのは貴様だったな!? 何故このような事態が起きた!?」
「も、申し訳ございません陛下っ……! 私にも予測不可能な事態でして……っ!」
「言い訳など見苦しいっ!!」
怒りの叫びが音波の様に拡散された。今にも吹き飛ばされそうな勢いだ。
「……無心の刃。やはり厄介な存在だな。彼奴の持つ心という存在は、どうやら他者にも影響を及ぼすようだ。早々に砕かねばならんな……」
「でしたら陛下、そろそろあれの使用時では?」
ヨシタダが颯爽とそう提言した。
「何?」
「あれなら無心の刃の心を壊す、少なくとも揺らぐことは可能かと思いますが? 何せあれは関係者なのですから」
「……なるほど。確かにそうかもしれん。いずれにせよあれを使う時が来る日はあったからな。であれば、あれの指令及び管理はヨシタダ、貴様に委ねようと思うが?」
ヨシタダはぺこりと頭を下げて受諾した。
「陛下の仰せのままに……」
その怪しい笑顔からは狂気すらも感じられたのだった。
♢
青白い月の光が、アルマの暗い自室を照らしている。その月と星空を窓を開けてアルマはベッドに座って眺めていた。理由は特にない。ただ眺めていた。
「窓開けっぱなしだと風邪ひくよ?」
そこへ、美香が静かに入ってきた。
「機械人は風邪なんてひかないっての!」
いたずらっぽくアルマは笑って返した。美香は柔らかく微笑むと、アルマの隣に座った。
「……ハーツがいなくて寂しい?」
「!」
少し間を置くと、アルマは膝を抱えた。
「……なんか心がすかすかしてる。ハーツいた時はこんな感じなかった」
「うん。多分それが寂しいって気持ちだよ。心にぽっかり穴が開いた感じって言うの」
「穴……」
アルマは胸に手を当てた。
「あっ、物理的にって意味じゃないよっ? 感覚的なっていうかなんて言うか……」
「……いや、わかるよ。ミカの言いたいこと」
「そ、そう? ならよかった」
胸に手を当てながら、アルマは夜空を見る。
「……オレ、やっぱり機械の体なんだなって、今になって改めて思った。でも同時に、こんなんでいいのかなって思った」
「こんなって?」
「ハーツが暴走した時、ふと思ったんだ。オレもあいつみたいにいつかなっちまうのかなって。もしもオレがハーツと同じ、エルトリアに作られた存在だったらとしたら……誰かを傷つけるために改造されたとしたら……もしそれが事実で、オレもいつかハーツみたいに暴走することになったら……そう思うと、あの時ほどじゃないけど、怖くて……っ」
僅かにだがアルマの体は震えていた。アルマは自分の左手を見据える。
「それでもしミカや大切な人を傷つけることになったら……っ!」
すると、美香はアルマの左手を優しく両手で包み込んだ。
「そうだね……アルマが機械人である以上、そんな時もあるかもしれない。でもね、私は知ってる。たとえアルマが誰かを傷つけるために改造されたとしても、それは千年前の話。今の君は違う。ちゃんと誰かを助けられている。私や大切な人を守りたいって心が、
今の君にはある。だから、自分を恐れないで。君は世界で一番優しい心を持ったサイボーグなんだから」
「ミカ……!」
アルマの目から涙が滲み出る。
「あれ……? おかしいな……なんか、ミカに優しくされると……目から変なのが出ちまう……ミカの前なら、出していいってわかってるけどよ……こんなの、あんまりミカには見せたくないのにっ……!」
美香は優しくアルマの背中をさすった。
「……見せてもいいよ。約束したでしょ? 私に対しては本音を伝えてって。それは素の自分も出していいってことだよ。だから私の前では泣いてもいいよ」
「ミカ……っ!!」
アルマはぎゅっと美香を抱きしめ、美香の肩に自身の顔を埋めた。
「……やっぱりミカは優しいよ……っ!!」
堪えきれない嗚咽を漏らしながら、アルマは美香を強く抱きしめる。まるで不安を少しでも紛らすように。それを察知したかのように、美香はアルマの頭を優しく撫でた。しばらくアルマは美香を抱きしめ、落ち着いたらそっと離れた。
「……ありがとう」
アルマは涙でぐしょぐしょに濡れた顔を拭う。
「落ち着いた?」
「ああ、だいぶな……すっきりはした」
目を赤く腫らしながら、アルマはきっと真面目な顔を美香に向ける。
「ミカ……オレ、今よりもっと強くなるよ。恐怖に負けないように、自分にも負けないように。でも……それでも不安で負けそうになったその時は、お前に頼ってもいいかな……?」
それを聞いた美香は少しだけ驚いた後、ふっと頬を緩めた。
「……やっと弱みを見せるようになったね」
美香はアルマの頭をそっと撫でた。
「戦うばかりじゃ疲れるもんね。うん、辛くなったら頼って」
「ミカ……」
アルマの胸が鳴った。今までも似たような感覚はあったが、それとはまた違った感覚だった。
なんだか胸が熱い。このまま美香を独り占めしたい。誰にも邪魔されずに、ずっと。
そんな気持ちがよぎった。アルマは美香の肩をガシッと掴んだ。
「!」
美香は一瞬肩を震わせたが、不思議と怖くはなかった。何故なら目の前で真剣な面持ち見せるアルマに、安心感を感じたからだ。
「ミカ……」
安心感と同時に胸がドキドキと脈打つ。美香にとってこんな気持ちは生まれて初めてだった。今ならアルマに委ねてもいい。そう思えてならなかった美香は、静かに瞳を閉じた。その気持ちはアルマも同様だったらしく、美香にゆっくりと顔を近づける。この行為がどんな意味を持つかなど、少なくとも一般常識がやや欠けているアルマにとっては全く知らされていないが、本能がそれを阻害することを許さなかった。アルマは本能に従うがまま、少しずつ、少しずつ美香の顔に近づく。二人の顔の距離が三センチ未満にまで近づこうとした時だった。
「アルマくーん!」
突然扉がノックされたと同時に、明里が扉を開けてきた。はっと我に返った二人は慌てて離れた。
「あれっ? 美香ちゃんもいたんだ? あっ、もしかして何かあった?」
「う、ううんっ!? 何でもないよっ!? ねえっ!?」
「あっ、あっ、ああっ! 何でも、ないぞっ!?」
「そう? お姉ちゃんがね、デザートにプリン作ったんだって! 早くしないと全部食べちゃうよ~!」
「ううううんっ! 行く行くっ!」
美香はあたふたしながら部屋を出ていった。
「……!?」
ここにきてアルマは自分はさっき何しようとしてたのか、やっと理解した。
(何、やってんだ……!? オレ……!?)
体温が二度三度上がったような感覚が急に来たと同時に、胸が激しく脈打つようになった。今まで感じたことのない感覚と気持ちに、アルマは半ばパニックに近い状態だ。
(何だ、これ……!? 胸がすげーバクバク言ってる……!? でも、何でだ……? 何でこんなに、“苦しい”んだ……?)
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