22話 ハートオブハーツ〈前編〉
「穂乃果さんが操られている!?」
思わず康二はそう声を上げた。
おかしくなった穂乃果をどうにかするため、ルカは前職を通じて知り合った男に頼んで、穂乃果を診察させてもらうことになった。今穂乃果を含めた三人は小さな病院にいた。その知り合いの男、杉浦明宏は脳専門の医者だった。ベッドに寝ている穂乃果の頭には複数のコード付きパッドが貼られてあり、一つのパネルにそれは繋がっていた。杉浦はそれを眺めながら解説を始めた。
「今現在の彼女の脳波パターンが、何かに洗脳された時の脳波とほぼ一致している。詳細は不明だが、おそらく何らかの方法で脳に電磁パルスに似た何かを送り込み、洗脳もしくは記憶操作をしたんだろう。今のところは脳機能に影響はないだろうが、厄介なことになっているのは確かだろう」
「それって、命に別状はないが、その洗脳ってやつを解除しないと厄介だってことっすか?」
杉浦はこくりと頷く。
「話を聞く限りじゃ、明らかに普通ではなかったんだろ? エルトリア万歳とか抜かしていたとか?」
「うん。穂乃果はそんなこと言わないだろうし」
「で、どうすればいいんすかっ?」
「一応こっちでも解除できるかやってみるけど、できなかったら方法はただ一つ。洗脳した側が解除しないといけないだろうな」
「そんなこと言われても、一体何が原因かなんてわかりようが……」
ルカが腕を組みながら窓際に寄りかかる。
「……心当たりがないわけじゃない」
「マジか!? 何か知ってんのか!?」
「でもわかんないよ? 全く違うかもだし。それにオレの考えがもし合っていたとしたら、明里達を傷つけるかもだよ?」
ルカが何言ってるのかわからず、康二は首を傾げた。
「……元から怪しいとは思ってたんだよね。でも疑うのもあれだったから言わなかったけど。もしオレの考えが正しいとしたら……」
♢
突然現れたそれに、開発地区にいた人々は興味津々で見ていた。何かのイベントかと盛り上がる人や、またエルトリアの襲撃かと恐る人もいた。赤い光彩が施された黒き巨大機械兵に、アルマとヴィクトルは唖然とした。
「無心の刃……殺す」
巨大な拳がアルマに向かって突き出される。
「離れろアルマッ!!」
我に返ったヴィクトルがアルマの肩を引く。間一髪で攻撃を避けれた。
「ハーツ……!」
「無心の刃……殺す」
愕然となるアルマにヴィクトルが喝を入れる。
「しっかりしろ! とにかく戦うぞ!」
「でも……!」
「あんな状態で話ができると思うのか?」
ヴィクトルの言う通りだった。明らかに話し合いできる状態ではない。
「……わかった!」
気持ちを切り替えて、アルマはハーツと向き合う。
「おおおおおっ!!」
雄叫びを上げながらハーツは拳を突き出し、二人はそれを跳躍して避けた。地面が激しく抉れたことから、その威力は凄まじいことがわかる。
「エルトリアの兵力が強化されている……やはり機械人襲撃はデータの収集狙いだったのか!」
すると、どこからか笑い声が聞こえた。振り向くと木の上にレイジュがいた。
「お前はっ!」
「レイジュとか言ってたな? 貴様の差し金か!?」
「私は彼の記憶を消しただけよ! ああ、強いて言うならそうね。人格を完全にラルカにしたってとこかしら!」
「何っ……!?」
「つまり、今のそいつは心を宿していない、完全な戦闘アンドロイドってことよ!」
「……っ!!」
アルマは激しく喘ぎ、拳を握りしめる。
「……せよ」
「ん?」
「返せよ……ハーツの記憶返せよっ!!」
「はあ? 話聞いてなかったの? 今の彼はラルカ。ハーツなんてもういないわ。一度ゴミ箱に捨てたものは戻りませーん! でもそうね。代わりに良いこと教えてあげる! 消してないデータもあるにはあるわ」
「何っ?」
「戦闘用機械人を襲った時に収集したデータよ! そしてもちろん、あんた達に関するデータもね!」
レイジュの説明通り、ハーツは二人を解析していた。
「ヴィクトル……本名、樋口勝利。銃火器の扱いと身のこなしの速さ、そして高い身体能力を誇る」
機械兵の手から銃弾が発射される。ヴィクトルはそれをジグザグに避ける。
「しかし、その動きは正確性が高く、故に予想可能!」
ヴィクトルがハーツとの距離を縮めたところを狙い、肩から大型のキャノンを発射した。
「ぐあっ!!」
もろに受けてしまい、ヴィクトルは吹っ飛ばされる。
「ヴィク!!」
すぐさまアルマが駆けつけるが、それすらもハーツの解析通りだった。
「無心の刃は人を救助する際に大きな隙が生まれる!」
ハーツが背後に瞬間的に移動し、巨大な拳でアルマを殴った。
「がはっ……!?」
アルマは激しく吹っ飛ばされ、木にぶつかった。
「いいわ、いいわよラルカ!! そのままやっちゃって!!」
ハーツは巨大な拳でアルマを捕まえた。
「くそっ!!」
ヴィクトルが銃を拳に向けて発砲し続けるが、弾かれるだけで傷一つ付かない。
その様子を、軍警本部の窓から美香と明里が双眼鏡越しに見ていた。
「なっ、何あの巨大ロボット!? 何かの撮影っ!?」
「私にも見せて!」
美香は明里から双眼鏡を取って見る。双眼鏡に映っていたのは、ロボットに囚われているアルマだった。
「アルマ……!!」
「えっ? アルマ君がどうしたのっ?」
「アルマが大変……!!」
美香は双眼鏡を投げ捨てて走りだした。
「み、美香ちゃん!?」
慌てて明里も後を追う。
「さあラルカ!! そのままぶっ壊しちゃって!!」
レイジュに言われるがまま、ハーツは拳を強く握りしめる。
「ぐっ、あっ……!!」
「無心の刃……」
──オレの名前はアルマだ!! 忘れちまったけど、誰かがオレをそう呼んでくれた!!
「?」
突然ハーツの脳裏にアルマがかつて言っていた言葉がよぎった。
「アルマ……いや違う。奴は無心の刃。陛下よりそう呼べと命令された」
──オレには心がある。ミカが教え、取り戻してくれた心が。
「心……」
すると、ハーツの頭からノイズ音が聞こえてきた。
「あっ……ああっ……!?」
気を取られたハーツはアルマを解放した。
「ハーツ……?」
「ちょっと!! もう少しだったのに何やってんの!?」
「何だ……!? 様子がおかしい……!?」
──ハーツにもちゃんとあるみたいだな! 心ってやつが!
「違う……オレに、心は……!」
巨大パワードスーツを通しながらハーツは胸を押さえ始めた。
──君は優しいんだなって思ったから、ありがとうなの。
「優しい……? そんなの、オレには……!」
──ハーツ君は優しいよ!
「違う……オレは、オレは……!」
苦しみだしたハーツの声に、アルマははっとなった。
「ハーツ……まさか記憶が!?」
「そんな馬鹿な!? ハーツとしての記憶データは完全に抹消したはず!! 思い出すわけが……!!」
──いい加減自覚しろって! お前には心がある! オレが断言する!
「オレには……心なんて……!」
「ハーツッ!!」
アルマが力一杯叫んだ。
「オレだ!! アルマだ!! 思い出してくれ!!ハウスで一緒に過ごしたあの日を、短い間だったけど楽しかったあの日を!! 本当にお前がエルトリアの人間で、オレやみんなを騙すつもりだったなら、あの日々は楽しくなかったって言うのかよ!?」
「ハウス……!」
ハーツの脳裏に浮かぶのは、シェアハウスで過ごした短い日々。
一緒に食卓を囲んだ日。
テレビを見て盛り上がった日。
みんなで穂乃果の手伝いをした日。
「楽しい……!? 楽しいって……!?」
「思い出せハーツッ!! お前にも心があるんだっ!! だったら楽しいって気持ちが何なのかもわかるはずなんだっ!!」
穂乃果、明里、千枝、康二、ルカ、美香、アルマ。シェアハウスの住人一同が笑っている光景が、ハーツの頭から離れられない。
「ああっ、あっ……ああああっ、ああっ!?」
すると、パワードスーツから電流が流れだす。
「ハーツ!?」
「ア、アル、マ……!! 明、里……!!」
「信じられん……貴様の言葉が奴に届いているようだ……!」
ヴィクトルが近寄りながら驚いている。
「何してんの!? さっさとやっちゃいなさい!!」
「命令……破壊……命令……!!」
「……どうやら貴様の考えは正しかったらしい。奴は命令に操られているようだな……じゃなきゃあんな風に苦しむわけがない」
「……っ!!」
アルマはぎりっと歯を食いしばると、顔を歪めながら天を仰いで叫んだ。
「これ以上ハーツを縛るんじゃねえ!! ゼハートオオオオッ!!」
アルマの絶叫とハーツの苦しむ姿を見て、ヴィクトルは覚悟を決めた。
「……だったら、僕達でやればいい」
「ヴィク……!?」
「僕達で奴を、ハーツをエルトリアから解放させる。貴様はエルトリアに対抗できる唯一の存在。僕は平和のためにエルトリアと戦うと決めた。そんな僕達なら、可能なはずだろ? ……僕も貴様と同じ気持ちだ。仮にも一機械人である奴をここまで苦しめる皇帝に、心底腹が立ったものでな!」
「ヴィク……!!」
ヴィクトルの脚部から銃が飛び出すと、銃が変形しだし、キャノン砲に変化した。
「貴様の一撃必殺のリボルバーと、僕のこのキャノン砲。同時攻撃であの装甲を叩く! 狼狽えている今が好機だ!」
「さっすがはヴィク! わかりやすい説明だな!」
アルマも左手を換装させる。
「ちょっ!? そうはさせないんだから!!」
レイジュが止めようとした、その時だった。彼女の背後から拘束具が飛び、捕縛した。
「なっ!? ああっ!?」
四肢を拘束されたレイジュは木から落ちた。振り返ると、木の下に銃を構えたぼろぼろ姿のイサミがいた。
「イサミ!?」
「貴様、アルマにやられたんじゃ!?」
「あれくらいでやられるなら軍警を辞めている!」
イサミは不敵な笑みを浮かべる。
「……すまん、イサミ。僕は……」
「事情は察している! 罰が下されるのなら自分も受けるだけだ!」
「……感謝する!」
ヴィクトルはキャノン砲を構えた。銃口に光が一気に集まりだす。
「待ってろハーツ! 今助ける!」
「僕は下を狙う! 貴様は頭部をやれ!」
アルマは片足に力を入れ、いつでも飛び出せる準備を整えた。
「発射までカウント、5・4・3・2・1……ゼロ!!」
合図と共にアルマは地面を蹴って飛んだ。
「おおおおおおおおおおおおっ!!」
アルマはパワードスーツの頭部に拳を突き出す。と同時に、キャノン砲も激しい光を発射させた。しかしさすがはエルトリアと言ったところか。たった一発だけでは砕けない。実際に出ていないわけではないのに、何か障壁が出ているような感覚がした。
「か、硬え……!!」
「怯むなっ!! ここが正念場だっ!!」
「……っ!!」
二人は一瞬たりとも油断せずに力を込める。すると、少しずつパワードスーツにひびが入りだした。
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ああああああああああああああああっ!!」
二人は雄叫びを上げて闘気を昂らせた。
『ぶちかませえええええええええええっ!!』
そして、その瞬間は訪れた。
バリィンッとガラスが割れたような音と共に、パワードスーツが破壊された。そこからハーツ本人が現れ出た。
「そ、そんな……!! 陛下が作った兵器が……!!」
レイジュがその様子を見て悲嘆したのだった。
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