21話 決意
エルトリア帝国領地内。中心地の城にてその話が巡っていた。
「ハーツが裏切った……!?」
ユリウスが深刻そうな顔をしながらそう言った。彼の視線の先には、タブレット端末を操作するレイジュの姿があった。
「そう。キューピッドが言ってたことは本当だったってわけ。言うなれば、ミイラ取りがミイラになるってやつね」
「……」
ユリウスは眉をひそめていた。ユリウスの隣でヨシタダが顎に手をやる。
「千年前の記憶は消去されて、彼は心がない時の初期状態だったんだろう? 何故またそんなことが?」
「私に聞かれても知らないわよ。で、今はいらないデータを削除してるとこよ」
思案顔のヨシタダは、レイジュから端末を取る。
「ふむ……収集して自分のものにしたデータも消すのはちょっともったいないね。戦闘用データは残しておいて、人格プログラムを完全にラルカに移行しようか。ついでに良い機会だ。先日陛下が試作品として開発した新作のパワードスーツがある。それの実地テストに彼を使わせてもらおうか」
「えっ? 別に、そこまでする必要ないんじゃ……」
「彼は一度ならず二度も陛下を裏切ったんだよ?それなりに罰はちゃんと与えてやらないと。ああでも大部分は変わんないか。ボロ雑巾になるまで、陛下の操り人形として働いてもらう。それが彼の運命さ。ね、ハーツ?」
「……ああ、そうだな。罰は必要だからな」
ユリウスは腕を組んで視線を背けた。
「……その新作のパワードスーツっていうのは?」
「文字通りだよ。陛下がラルカ用に作っていただいたもの、対無心の刃専用の特注品さ」
♢
「そうですか……はい、わかりました。ではよろしくお願いします。はい」
寂しげな表情を浮かべながら、穂乃果は受話器を置いた。シェアハウスの電話は今時珍しすぎる黒電話だ。
「美香ちゃん達がどうしたって?」
「今日は軍警本部に泊まるって。ハーツ君の件でちょっと揉めちゃったみたいで」
「そうか。それは大変だったな」
「ハーツ君の件もなんとかするって、さっき美香ちゃんから……っ!?」
その時、突然穂乃果が頭を抱えて苦しみだした。
「ほ、穂乃果さん!? どうしたっ!?」
「あ、頭がっ……ああっ……!!」
苦しんでいたかと思いきや、突然穂乃果はすっと起き上がった。
「?」
穂乃果の様子が明らかにおかしかった。彼女の表情は無表情で、目が赤く点滅している。
「穂乃果さんっ? 穂乃果さーんっ?」
「……エルトリア、万歳」
「はいっ?」
「エルトリア、万歳」
冷たい響きを秘めたその言葉は恐ろしさを感じた。
「お、おいっ、急にどうしちまったんだ!?」
何が起こったのかわからない康二は慌てふためいている。それを遠くから見ていたルカが急に走りだした。
「康二どいて!!」
ルカは康二を突き飛ばすと、穂乃果の首筋に手刀を当てた。
「あっ……!?」
穂乃果は膝から崩れ落ち、ルカは腕で彼女を受け止めた。
「な、何したんだ!?」
「大丈夫、気絶させただけだから。ちょっとごめんね」
そう言いながらルカは穂乃果の頭に手を置いた。すると、ルカの右手に回路が浮かび上がる。
「……脳波が微かにだけど乱れてる。これ絶対何かされてるね」
「何かって?」
「多分、洗脳っぽいことされたんだと思う。何かを刷り込まれたみたいな……」
「それって大丈夫なのかっ? なんか命に関わるとかじゃねえよなっ?」
「大丈夫だとは思うけど……」
ルカは穂乃果を壁際に寝かせると、すぐに黒電話を操作しだした。
「とりあえずオレの知り合いにその手に詳しい人がいるから電話してみる。康二は穂乃果を見ててあげて」
「お、おうっ!」
♢
軍警本部には、事情聴取などで長引いた時のために、民間人用の個室が用意されている。アルマ、美香、明里の三人は今日はここで寝泊まりすることになった。しかし、美香はなかなか寝つけず、廊下の休憩所に居座っていた。
ハーツがラルカだった。その事実が未だ受け入れず、美香は俯いていた。
「ミルク入りでよかったか?」
そう言いながら美香の前に、カップに入ったコーヒーが出された。イサミが差し出してくれたのだ。
「……はい。ありがとうございます」
美香はイサミからコーヒーを受け取った。コーヒーから伝わる熱はちょうどいい温度で、美香の手の平を温める。
「……まだ信じたくないのか?」
イサミが美香の隣に座る。
「いえ……そういうわけではないんです。敵だったことにはびっくりしました。でも、訳ありだったのかなっては思ってたので、その辺りは全然平気です。心配なのは、アルマと明里ちゃんのことで……」
「……自分は機械人形故、人の感情や気持ちというのはよくわからない。だがそれでもわかる。大空殿以上にショックだったと。特にアルマ殿は」
「はい……アルマはすっごく素直だから、相当ショックを受けているんだと思います」
「サイボーグとやらは悩みやすいと聞く。何かあれば、保護者である汝が寄り添ってやれ。アルマ殿は大空殿を深く信頼しているからな」
「そのつもりです」
すると、遠くから早い足音が聞こえてきた。誰か早足で来ているのかと見てみると、ヴィクトルが真面目な顔をしながら早歩きで廊下を歩いていた。
「副官殿?」
イサミが声を上げる。
「すまん。後にしてくれ」
そう言いながらヴィクトルは通り過ぎていった。何かあったのかと二人は疑問に思っていた。
そのヴィクトルが向かった先は、アルマがいる個室だった。ヴィクトルはノックもせずにドアを開ける。部屋の中は電気がついておらず真っ暗だった。
「……いるんだろ、アルマ」
わかっている上でヴィクトルは敢えて聞いた。内蔵されている暗視機能でアルマの姿を捉えた。アルマは二段ベッドの下で膝を抱えているのがわかる。
「……先ほど判決が下された。機械人襲撃事件解決のため、奴を、ラルカもといハーツを破壊することとなった。おそらく奴は明日、再び姿を現す可能性が高い。厄介なことになる前に叩く。故に明日明朝に作戦を展開する。貴様は対エルトリアとして参加してもらうぞ」
「……破壊してどうするんだよ」
アルマの小さなつぶやきもヴィクトルは聞き逃さなかった。
「そうだな……可能であれば回収して解析。危険性が高い場合は完全に抹消させる。挙げるとするならばこの二つだろうな」
「ハーツが敵だからか?」
「……吐き違えてでも救うなんて言うなよ。奴はエルトリアのスパイだった。貴様は騙されていたんだ。思い当たる節がないわけではないだろう? 貴様が無茶をしていたのも、奴の口車に乗せられていたからだろう? 怖い以上の感情を出せなんて、アドバイスにしては重いとは思わなかったのか?」
ヴィクトルは静かに部屋に入り、アルマの近くで膝を着いた。
「どちらにせよ奴はエルトリアの、皇帝側の機械人だ。放置はできん」
「……」
「……とりあえず今日は休め。明日明朝に連絡するからな」
ヴィクトルはアルマに背を向ける。その先には美香が立っていた。美香は心配そうな顔でヴィクトルを見据える。ヴィクトルは入れ替えるように部屋を出る。その瞬間、ヴィクトルは美香に耳打ちをした。
「奴を頼む」
「!」
ヴィクトルが姿を消した後、美香はゆっくりと部屋に入り、アルマの前でしゃがんだ。
「大丈夫?」
美香の問いかけに、アルマは小さく首を横に振る。
「だよね……うん。聞くの野暮だったね」
アルマは自身の胸を掴み、ぽつりぽつりと話し始める。
「……なあ、ミカ……もしオレが、ミカと同じ、普通の人間だったとしても、こんな風になるものなのか……? ここが今、すげーぐちゃぐちゃだ……悲しくて、辛くて、悔しくて……色んなものがごちゃ混ぜになって、どう表現したいのか全っ然わかんねー……」
「……そうだね。普通の人でもそうなるよ」
美香はアルマの隣に座った。
「でもごめんね。私はそうでもないんだ。実を言うとね、納得してる部分があるんだ。初めてラルカに会った時、彼は私の名前を呼んでいたの。初対面のはずなのに何で知ってるんだろうって。で、彼がハーツ君だったってわかった時、ああ、そういうことだったんだって納得しちゃった。もちろん、複雑な気持ちではあるよ? 私がアルマと全く同じ経験をしていたら、多分そんな感じになると思う。でも、そうじゃないから……」
「……こんな感じ、生きてたら何度もあるのか?」
「……多分ね」
息を詰まらせ、アルマは胸をさらに強く掴む。
「……ハーツの、言ってた通りかもしれねえ。辛いなら捨てればいいって。だって……っ」
美香ははっとなってアルマの顔を見た。アルマの目から涙の粒が溢れ出ている。
「こんなに苦しいの……初めてだから……だからっ、どうしていいか、全然わかんねーよっ……!!ミカが教えてくれたこの心は大切にしたいのに、一瞬だけ、捨てればいいなんて考えちまった……!! なあ、オレはどうすりゃいい……? 何を信じりゃいいんだよ……?」
苦しみながら涙を流すアルマを見た美香は、アルマを自分の胸に引き寄せた。
「ミカ……?」
「それはアルマがよく知ってるはずだよ? だって言ってたじゃない。自分の心に正直でいたいって。信じたいって」
美香はアルマと視線を合わせる。
「だったら、その通りにしてごらん。ハーツ君をどうしたい? 君にとってハーツ君は、本当に敵だったの?」
「!」
アルマの脳裏によぎるのは、ハーツと過ごした短い期間。あまりにも早い感覚ではあったが、それでも無駄なものではなかった。
「あいつは……愛想はなかったけど、誰かのことをちゃんと見てくれてた……それに、このチョーカーを返してくれた時、戦えって言ってくれた……ヴィクのことも庇ってくれた……本当に敵ならそんなことしないはずだ……」
「じゃあ、どうしたい? 君の心は今、何って言ってる?」
「……助けたいって叫んでる!」
アルマは涙を拭う。
「あいつは確かに悪いことをしてたけど、最後にはオレやヴィクを助けてくれた! あいつのしたことは許せねーけど、でももしそれが本心じゃなかったとしたら……」
「したら?」
「……オレはあいつを助けてやりたい! もしあいつが命令に縛られているのなら、オレが救ってやりたい! そうだ……何でこんな簡単なことに気づかなかったんだ……答えはすぐそこにあったんだ……!」
やっと顔を上げたアルマに美香はほっとした。
「ミカ……多分オレは今から、すっげー最低なことするかもしれない! 下手したらミカを危険に晒すかもだ! それでも、オレを信じてくれるか?」
美香はこくんと頷いた。
「アルマが自分で決めたことだもん。私がとやかく言うことなんてないよ」
「……ありがとう、ミカ」
アルマは美香を強く抱きしめた。
「絶対に帰ってくるから」
「うん。約束だよ」
♢
明里のことは自分が請け負うと言ったため、アルマは美香を置いて本部から走る。もう日付は変わっているがまだ深夜だ。今ならまだ間に合うと思ったアルマは、作戦を展開する場所へ向かって走る。場所はかつてイサミが襲われたあの場所だった。アルマが急いで走っている時だった。
「……!?」
彼の目の前に、イサミが立ちはだかった。
「イサミ……!」
気づけばアルマの周囲には、軍警所属であろうスーツの男達が囲んでいた。
「どういうことだよ!?」
「見ての通りだ。局長殿と副官殿がこう来るであろうと予想したまでだ」
イサミは懐から無線機を出す。無線機から誠の声が聞こえる。
〈すまない、アルマ。気持ちは重々承知している。だがこれもまた民間人を守るためなんだ。わかったら本部へ戻って待機してくれ〉
「ハーツを破壊するんだよな?オレはそのために利用する。違うか?」
〈否定はしない。だがそれが最善策なんだ〉
「オレは、ハーツは操られてるんじゃないかって思ってる! だったら、破壊なんて必要ねーだろ!」
「ぬるい!!」
イサミが力強く叫んだ。
「イサミ……!?」
「仮に百歩譲ってそうだとしても、軍警はそれを見逃すほど甘くはない。もしまた奴が同じことをしたらどうする? 汝が責任を取るとでも言うのか?」
「それは……!」
〈アルマ。これはもう決定事項なんだ。辛いことかもしれないが、耐えてほしい。軍警は民間人の平和のためにあるんだ〉
「……っ!!」
アルマはギリッと歯を食いしばり、拳を強く握りしめた。
「……じゃあ、ハーツの意思は関係ねーって言うのかよ」
「奴はエルトリア皇帝の側近だ。それに、あのような奴に意思などそもそもあるはずが…」
「あいつには心があんだっ!! オレやお前と同じように!! 今あんたらがやろうとしてんのは、それを無視してるみたいなもんじゃねーか!! 民間人の平和のためにハーツを破壊する!? ハーツの意思を無視して!? それがあんたら軍警のやり方なのかよ!!」
イサミは眉をひそめてアルマの叫びを聞く。
「……ならばどうする? 仮に自分を倒したとしても、この先にいるのは副官殿。それすらも打ち倒すとでも? それは、軍警への反旗と捉えるが?」
アルマは左足を引き、戦闘態勢を取る。
「ハーツを助けるためなら上等だ!!」
「……局長殿。戦闘の許可を」
〈いいだろう。ただし破壊はしないように〉
「承知」
イサミは無線機をしまい、空手の構えを取った。
「悪く思うなよ、アルマ殿! 自分は樋口に仕えし人形! 彼らのためなら如何なる非常、受け止め進むのみ!」
イサミは片足に力を入れて飛び出し、アルマに向けて拳を突き出した。
♢
「明里ちゃん、入るよ?」
そう言って美香は明里の部屋へ入る。明里は膝を抱えて床に座っていた。
「美香ちゃん……」
明里は今にも泣きそうな顔をしていた。
「……ちょっと外出ようか」
美香は明里を連れて休憩所へ行った。自販機でジュースを買い、明里に渡した。
「ありがと……」
「……ごめんね。巻き込むことになっちゃって」
明里はふるふると首を横に振る。
「……信じられない? ハーツ君が悪いアンドロイドだってこと」
「……そりゃそうだよ。ハーツ君がアルマ君を壊すためにうちに来たなんて、今でも信じられないよ……」
「うん、だよね。私もそう思う」
「……でもね、一つだけはっきりとわかることがある」
「何?」
明里はジュースの缶を握りしめながら話す。
「上手く言えないんだけどね、ハーツ君がうちに来てから、アルマ君が来た時よりさらに毎日が楽しく感じるようになったんだ。なんか、ハーツ君のそばにいるとね、すごく安心するんだ。この間動物園に行った時も、すごく楽しかった。ハーツ君と一緒だったからそう思う。何よりハーツ君、私を守ってくれたんだ。ちょっとだけ無愛想だけど、本当はすごく優しいんだって、わかった……」
明里の肩が震えている。
「きっと、もうわかってたんだ……ハーツ君が私にとって、すごく大事な人になってたんだって……!」
明里の目から涙が溢れてくる。
「明里ちゃん……!」
美香は明里をそっと抱き寄せた。
「……ハーツ君を助けたいよお……!! でも私、アルマ君みたいに強くないし、戦うこともできない……!! 私、ハーツ君とこれからも一緒にいたいのに……!!」
嗚咽混じりに泣く明里を、美香は優しく背中をさすってやることしかできない。
「……大丈夫だよ。アルマがきっとなんとかしてくれる。今は……アルマを信じよう?」
静かな廊下に明里のすすり泣く声がよく響いた。
♢
暗闇が徐々に明るくなっている。夜明けがもうすぐ来るのだろう。
薄暗い林の中を、アルマは走っていた。歯を食いしばりながら、涙を滲ませながら走っていた。
「くそっ……くそっ、くそっ、くそっ……!!」
やってしまった。もう戻れない。アルマは強く後悔した。マフラーがまるでそれを現すかのようにたなびく。だが、そうでもしないと前へ進めない。脳裏に浮かぶイサミの言葉。
──全ては樋口のために。
そう言って彼女は倒れた。けれど自分にだって譲れないことはある。まずはそれを優先しなければならない。そのためには戦わないといけないのだ。林を抜けると、アルマは一旦立ち止まって呼吸を整えようとした。心が苦しい。今にも張り裂けそうだ。
「うっ、くっ……!!」
滲み出る涙をアルマはゴシゴシと拭った。泣くのは今じゃない。何より美香がいない。自分の中で泣いていいのは、美香がいる時と一人の時だけと決めていたからだ。必死に涙を堪えて、アルマは頬を叩いた。
「はあー……はあー……」
深呼吸をし、自身を落ち着かせる。
「……大丈夫。まだ戦える」
そう言い聞かせてアルマは前を向いた。
「!」
その先に、彼は立ちはだかっていた。
「ヴィク……」
アルマはゆっくりと歩きだし、ヴィクトルとの距離を二メートルくらいにまで近づけた。
「そうか……イサミは……」
「……そこを退け、ヴィク」
「……退けと言われて退く馬鹿がどこにいる?」
「退けって言ってんだっ!!」
怒りが込められたアルマの叫びに対し、ヴィクトルははあとため息をついた。
「貴様は馬鹿だとは思っていたが撤回させてもらう。貴様は大馬鹿者だな」
アルマは眉をぴくりと動かす。
「……貴様だけは敵に回したくなかった」
「オレだって、ヴィクとはこんな形で戦いたくはなかった……」
『けど!!』
アルマは戦闘態勢を取り、ヴィクトルは右手の刃を振りかざす。
『こっちにも譲れないものがある!!』
双方地面を蹴り、互いの武力がぶつかり合った。弾かれるとヴィクトルは銃を取り出して発砲する。アルマはそれを避けつつ左手を突き出す。ヴィクトルは瞬時にそれを右腕の盾で受け止めた。
「貴様が今やろうとしていることは、倒すべき相手を生かすということ!! ましてや相手はエルトリアの、皇帝に仕えし敵だ!! そんな奴を助けるなど笑止千万!! いや、むしろ無意味なことだ!!」
「無意味なんかじゃねえ!! ハーツを助けてエルトリアから解放する!! それがオレが心に決めたことだ!!」
「自己満足の正義でやっていけるほど世界は甘くはないぞ!!」
ヴィクトルは弾き返し、アルマは受け身で着地する。
「貴様の様なお人好しだけでは、誰でも救えるなんて思うなよ!? その甘さと寛容さが命取りになることだってある!! 貴様はそれを知らないだけだ!!」
「知ったところで知るもんかよ!! オレはオレの心に嘘はつきたくないって決めた!! 今やってることを見過ごすことがそうだ!! だからオレは救うんだ!!」
「殺さなければ救える命も救えんぞ!!」
「ヴィクの頭でっかち!!」
「そう言う貴様はわからず屋だ!!」
ヴィクトルは肘落としをかますが、アルマは腕でそれを受け止める。
「お前にも心があるならわかるだろ!? あの時ハーツが庇ってくれなかったら、お前だってやられていたかもしれないんだぞ!? あれは心がなきゃできないはずだ!!」
「……っ!!」
「それでもお前は、あいつに心なんてないなんて言い切れるってのかよ!!」
互いの体術が炸裂し、双方は距離を置く。
「……僕は、貴様のそういう疑わないところ、素直すぎるところ、異常なまでに自分を犠牲にするところ、そんなところが……そんなところが憎ましくてたまらなかった!! 何故そこまでして真っ直ぐでいられるのか、見てるだけで腹が立ってた!!」
「……オレも、お前のそういう頑固なところ、すぐ怒るところ、意地悪なところ、全っ部まとめてすっごい大嫌いだ!! そうやって自分が正しいって言い張ってる部分、見てるだけですげームカついてた!!」
「そんな貴様に!!」「お前に!!」
二人は右手を互いに突き出す。
『敵うわけがないって思ったんだあああああっ!!』
激しい爆音が響いた。
夜明けがもうすぐそこまで来ていた。その柔らかくも眩しい光は、大の字になって倒れた二人を照らした。二人の頬は損傷はしていないものの、赤く腫れてはいた。二人はお互い深く呼吸をしている。
「……やはり貴様は大馬鹿者だな」
「だったらヴィクは頭かてーよ……」
「僕はそういうタイプなんだ」
「オレも馬鹿で結構だ」
あんなに罵り合いながら戦ったのに、何故か今は清々しかった。おそらくそれは、互いの本音を知ったからだろう。
「……まだやるか?」
「……いや、もういいや。なんかもう充分な気がする。お前がトドメ刺していいぞ」
「それはこっちの台詞だ。そちらがやれ」
「お前がやれよ」
「いや、貴様がやれ」
その後一瞬だけ二人は黙ると、思わずぷっと吹き出してしまった。アルマは目に手を当てて笑いだし、ヴィクトルは瞑想して頬を緩めた。
「やっぱヴィクには敵わねーな!」
「お互い様だろ?」
ヴィクトルはゆっくりと起き上がり、アルマの腕を引いて立ち上がらせた。
「どうやら貴様も頑固者らしいな。そんな貴様に何言っても無駄みたいだ。ならば聞く。本気なのだな?」
「本気じゃなきゃここにいねーよ!」
「……」
ヴィクトルは視線を一度背けて、再びアルマを見据えた。
「ならやり遂げてみせろ! この僕の目の前で、貴様はやれるってところを!」
ヴィクトルが拳を突き出す。
「できなかったら許さないからな!」
「……!」
ヴィクトルが自分を信じてくれる。そのことに胸が熱くなった。
「……おう!」
アルマは拳を当てた。絆を確かめ合った瞬間だった。
「……でも、いいのかっ? こんなことしたらヴィクだって何されるか……」
「覚悟の上だ。じゃなきゃ軍警やってられるか。とはいえこのままだと厄介だな。一応兄上に掛け合ってはみる。それと、後でイサミとその部下に謝れよ? イサミはともかく部下の半数は人間だ。まさかとは思うが殺してないだろうな!?」
アルマはぶんぶんと首を激しく横に振る。
「ならいい。とりあえず急ぎ連絡を…」
「あっ!? ハーツ!?」
「はっ!?」
アルマが声を上げたのを聞いて、ヴィクトルは視線を向ける。確かにその先にいたのは、ハーツ本人だった。ハーツがその場に立っていた。
「ハーツ!」
アルマはハーツに駆け寄った。
「無事だったんだな! 良かった~!」
「……」
ハーツは無表情でアルマを見つめている。
「早く帰ろうぜ! アカリが待ってんぞ!」
「目標確認。無心の刃……殺す」
すると、突然空から何かが落下してきた。それは巨大な部品だった。部品はハーツを取り囲み、徐々に形を作っていく。気づけばハーツ自身は、巨大な黒いロボットへと変化したのだった。
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