18話 煌めいて残響
機械人襲撃事件が発生するようになってから数週間、未だ事件解決の糸口は見つからなかった。
事件調査長期化を受けた軍警は、緊急の作戦会議を開いた。指揮は局長である誠が取っていた。
「事件の長期化を受けてこの度、軍警は本日付けで事件実行犯である機械人、ラルカを指名手配することとなった。未だ犯人の目的、及び彼の所有者は不透明。謎が多すぎるのが現状だ。そこで我々は、少しでも素性を暴くべく、作戦を展開することにした。従って、こちらの使用を政府より許可された」
誠の合図に従い、イサミがジュラルミンケースを持って壇上へ上がり、そのケースを開いた。中に入っていたのは、一本の剣だった。竜の様な形の黒色の柄に赤い宝石が埋め込まれてあり、刀身は赤く透明な素材で出来ている。
「神剣フラガラッハ。かのエルトリア皇帝が生前使用していた剣。負の遺産としてそのほとんどが抹消されているエルトリアの歴史的遺産の中でも数少ない代物。資料にある通り、この遺産はエルトリア崩壊の際、負債の肩代わりとしてここ日本で管理されている。エルトリア皇帝復活の今、おそらく強奪の狙いどきであるのは確かだろう。そこで、作戦はそれを逆手に取り、事件実行犯であるラルカがエルトリア関係者なのか、確かめることとなった。この遺産を仙台にある歴史的厳重遺産管理倉庫、通称“封印の間”に移送するという情報をリークさせ、奴らを誘き寄せるというのが今回の作戦だ。作戦実行は明日明朝予定。迅速に対応するように」
♢
「そういうわけだから、貴様の任務はフラガラッハの護衛と襲撃の鎮圧。ラルカの対応もそれに入っている。心してかかれよ」
ヴィクトルから呼び出され、軍警本部で事の発端を聞いたアルマは胸を躍らせていた。何故なら、
「つまりラルカとのリベンジってわけだな!」
アルマの目にはリベンジに燃える炎が宿っているように見えた。
「……リベンジだけではないことも頭に入れておけ。今回移送されるフラガラッハは数少ないエルトリアの遺産。エルトリアを忘却させないための防衛措置だ。もしエルトリア側に強奪でもされたら、不利になるのはこちらだ。重々承知しておくんだな」
「もっちろん! この数週間で鍛え上げたオレの実力、あいつに思い知らせてやっからよ!」
そう言いながらアルマは、最近習い始めたと言い張るボクシングのシャドーをヴィクトルに見せつけた。本当に大丈夫なのかとヴィクトルはため息をつきながら呆れる。
「すでに言った通り、作戦は明日明朝からだ。期間は仙台に向かうということもあり約二日間。それまでに休息と準備を済ませておけよ」
ヴィクトルからそう言われたため、アルマは一時的な休息を取ることにした。
軍警本部を出て、準備のためにシェアハウスに戻っていた時だった。もはや見慣れた海の見える公園、梶ノ浜公園を通っていると、通路に見覚えのある人がいた。ハーツが海を眺めている。
「ハーツだ! おーい!」
アルマは声を上げて手を振った。声に気づいたハーツがこちらに振り向いた。
「アルマか」
「奇遇だな! 何してんだ?」
「海というやつを眺めていた」
「ああ、ここ良いとこだもんな」
アルマはハーツの隣に近づき、一緒に海を眺めた。
「……懐かしいなあ。思えばここでミカから心を教えてもらったんだよな」
「そうなのか?」
「ここに初めて来た時はさ、目覚めたばっかでなんか寝ぼけてた感じだったから、何も感じることはなくってさ。風が気持ちいいとか、空が綺麗だなとか、そんなの全然わかんなかった。でも、心を思い出した今ならわかる。こうしていると、心が澄んでいく気がする。嫌なことも忘れられるくらいに」
「……理解できないな」
ハーツのその言葉は冷たく響いてくる。本当に何も感じてないように。
「心があることはそんなに良いことなのか?」
「ん~、どうなんだろうな~……でも少なくとも、オレは良いことだと思う。心があるから楽しいって思えるし、誰かに優しくできるから」
「優しく……」
「ハーツにだってきっとあるよ! 結果は散々だったけど、オレのこと心配してアドバイスしてくれただろ? それって、心がなかったらできないと思う! ハーツが気づいてないだけ!」
「……!」
アルマはまたハーツの胸に拳を当てた。
「ハーツの心はここにちゃんとあるはず! 心があるオレが言うんだから、きっとそうだ!」
屈託なく笑うアルマに、ハーツは呆然とそれを見つめている。
「心……オレにも……?」
ハーツはしばらく自分の胸に手を当て、言葉にできない何かに浸っていたのだった。
♢
作戦当日の朝を迎えた。
まだ夜明けを迎えていない暗い時間、出発するアルマを美香達ハウスの住人全員が見送りに来ていた。
「じゃっ、二日間のお仕事に行ってきやっす!」
「一緒に行ってあげられなくてごめんね?」
「いいっていいって! ミカが危険なことに巻き込まれるのもあれだしな! 大丈夫! 絶対戻ってくっから!」
「うん。わかってる」
「これお弁当。お腹空いたら食べてね」
穂乃果はアルマに紙袋を渡した。
「おっ! ありがとう!」
「健闘を祈るであります! アルマ隊員!」
「まあ、無理しない程度にね」
「頑張ってね! 帰ったらごちそう作るから!」
「がばって~」
「……あっ、そうだ。しばらくミカとは会えないから行く前に……」
そう言いながらアルマは急に美香を抱きしめた。
「ほえっ!?」
「ぎゅううう~っ! っと」
満足したアルマは美香を離した。
「おしっ、充電完了! じゃあ行ってくる!」
『いってらっしゃーい!』
走っていくアルマの後ろ姿を、美香達は見送った。
「愛の充電ハグというやつか……初々しいねえ、お前ら!」
康二がにやにや笑いながら美香をからかう。
「もうっ、そんなんじゃありませんからっ!!」
「……つーか今日もハーツの奴は出かけてんのか? 見送りぐらい来てやってもいいのによお」
♢
軍警の車に乗り込んだアルマは、ヴィクトルとイサミと共に仙台へ向かう。
都内から仙台までは休息無しで行った場合、約五時間かかる。三人が乗る車両には、例の神剣フラガラッハがジュラルミンケースで厳重に保管されているため、警備を重ねて周囲を四車が走っている。
「すげー数の車だな?」
アルマが車の窓からその様子を見ている。
「当然だ。今僕達が移送しているこのフラガラッハは、政府より持ち運びを許可された貴重な物だからな」
「そんなに大事な物なのか?」
「大事なんて言葉では足りないくらいだ。貴様もすでに知っていると思うが、かつてのエルトリアは世界の三分の二を支配し、支配した国を虐げた独裁国家だ。かのアメリカや中国ですらも慄くほどと言い伝えられている。崩壊後に機械技術そのものは頒布されたが、それを受け入れる条件として、惨劇をぶり返す可能性と世界平和も視野に入れ、歴史上の出来事やその証拠品のほとんどを抹消することとなった。が、だからと言って全てを忘れるわけにはいかない。記憶の片隅に置くことで悲劇を繰り返さない。だから全て消したわけではないのだ」
「その証拠の一つがフラガラッハ。皇帝ゼハートの力の象徴を形にしたもの。日本が所有、管理することで悲劇を忘れないようにする。まさに文字通り、負の遺産ということか」
イサミの意見にヴィクトルが頷いた。
「皇帝の企みは未だわからん。だが、世界征服のリベンジが目的ならば、力を取り戻す動機としては成り立つ。この剣を強奪する理由もそこだろうな。仮にラルカが皇帝の関係者ならば、おそらくこちらが素性をバラすためにフラガラッハを移送していることもすでに承知済みの可能性が高い。正直言ってかなりのリスクはあるぞ」
「皇帝が何考えてんのかなんて知るもんかよ!」
アルマは拳をバシッと叩いた。
「エルトリアの好き勝手なんかさせない! そのために戦うんだ!」
意気込むアルマにイサミはふっと頬を緩ませ、ヴィクトルはやれやれと言わんばかりに肩を落とした。
その時だった。突然車が急ブレーキをかけながら左側に急激に傾きだした。
「な、何だっ!?」
すぐさまイサミが窓から様子を見る。見ると、海を渡る高速線の道路が半分抉れている。おそらくこれを回避したのだろう。よく見れば車の一台が落下している。左に急に傾いたせいで、アルマとヴィクトルは車内左側に倒れていた。
「奇襲か!?」
「はい!! おそらくは!!」
「早いな……今はどの辺りだ!?」
「そろそろ茨城県水戸市です!!」
「一度高速を降りて態勢を立て直す!! それまで持ち堪えられるか!?」
「やってみます!!」
残った車両四つは急ピッチで高速を降り、水戸市内を走り回る。その途中、道路のマンホールが、アルマ達の乗る車両の前方を走っていた車諸共吹っ飛んだ。車は真上に飛び上がると、勢いをつけてこちらに落ちてくる。
「ぶぶぶぶつかるーっ!?」
イサミが運転席に駆けつけ、ハンドルをものすごい勢いで回した。間一髪で衝突は免れた。
「あっぶね~……!! ナイスだイサミ!」
「まずいな……確かこの先は……!!」
「ああ、原子力発電所がある!! おそらく奴らの狙いは、敢えて危険な場所に我々を追い込ませることだろう!!」
ヴィクトルの読み通り、車は水戸市内にある原子力発電所に追い込まれてしまった。待ち伏せしてたかのように、そこには大量の機械兵がいた。機械兵の一機がレーザー光線を放つ。タイミングよくアルマ達の車の道を穿ち、車両を真っ逆さまに反転させた。
「なあああっ!?」
当然車内も反転し、アルマ達は真っ逆さまに転がった。
「おいっ、脱出するぞ!! イサミはフラガラッハを!!」
イサミがジュラルミンケースを抱えたのを確認し、アルマ達は車から脱出した。
「痛っつつ……」
「護衛車両が全てやられた……!! 孤立が本来の目的か……!!」
「待ってたわよ!」
頭上から声が聞こえた。顔を見上げると、クレーン型の機械兵の上にレイジュが立っていた。
「お前は、あの時の!」
「名乗り上げるのは初めてよね? 私はレイジュ。でも覚えなくて結構よ。ここがあんた達の墓場になるのだから!!」
機械兵達が一斉にアルマ達をロックオンする。周囲は取り囲まれ、逃げ場がない。
「……イサミはまだ全快したわけではない。だから貴様にはイサミの護衛を任せたい。頼めるか?」
ヴィクトルからの耳打ちにアルマは頷いた。
「よし……」
ヴィクトルの両足から拳銃が二つ飛び出し、ヴィクトルはそれを手にする。
「貴様らの相手は僕だ!」
「面白いわ! 受けて立とうじゃない!」
放たれたレーザーにヴィクトルは高く跳躍して避け、二丁拳銃を巧みに撃ち続ける。撃ち抜くことは不可能だが、それなりに攻撃は効いている。ヴィクトルは右手から刃を出し、落下の要領でクレーン型機械兵を切り裂いた。
「ちぃっ!」
レイジュはポールに飛び乗って爆破を避けた。落下の際に離した二丁拳銃を取り、周囲の機械兵を一斉に射撃し、近づく兵器には鍛えられた体術で一掃する。
一方、アルマとイサミは囲まれたまま、警戒を維持している。
「アルマ殿、自分のことは気にするな。自分は樋口を守りし人形。戦うために作られたものだ。ある程度なら自衛できる」
「悪いけどそれは聞けないな! イサミもオレにとって大事な人の一人なんだ! 傷一つ付けさせるかよ!」
「!」
イサミは目を丸くしたが、すぐに不敵の笑みを浮かべる。
「ならばここは全て汝に委ねるとしよう! 汝は有言実行者、だったな?」
「当然!」
余裕の笑みを浮かべながら、アルマはチョーカーに触れた。眩く放たれた光を、遠くから見下ろす影──ラルカがいた。
機械兵を一斉に駆逐していくヴィクトル。そこへ、レイジュ自らが戦線に出てきた。
「なかなかやるわね! 今度は私が相手してあげる!」
レイジュは助走をつけ、ヴィクトルに向かって蹴りを繰り出す。ヴィクトルはそれを左腕で受け止めた。隙を見てヴィクトルはレイジュに向けて発砲するが、レイジュは扇を翻して跳ね返した。
「さあ、今度はこちらの番よっ!」
レイジュは片足に力を入れて跳躍し、ヴィクトルに向けてパンチを突き出す。ヴィクトルは腕をクロスさせてガードする。
「やはり貴様も機械人か!!」
「そうよ!! でも正確には、人工的に作られたのは心臓部だけってとこね!!」
「まさか、アロンダイトスフィアか!?」
「ご明察!!」
レイジュはバク転して一旦下がった。
「私のこの心臓は陛下より賜りしもの! 死に損ないだった私を、陛下はお救いになった! 陛下のために私は生きる!」
「……亡国に魅入られた愚か者め」
ヴィクトルは苛立ちながら小さくつぶやく。
「あなただって似たようなものでしょ? 政府のお偉いさんの命令で動く犬のくせに!」
「ーっ!!」
激しく喘いだヴィクトルは瞬時に加速させ、レイジュに蹴りを繰り出す。
(速いっ!!)
防御が間に合わず、レイジュはもろに食らった。
「軍警を侮辱するなど、いい度胸だな……!!」
ギロリとヴィクトルはレイジュを睨む。壁に衝突したレイジュがそれにたじろぐ。
「やはり最新式は侮れないわね……」
態勢を立て直し、再び二人は衝突する。
一方で、イサミを守りつつ、アルマは防戦ラインを維持していた。格段に上がったアルマの戦闘力を、イサミは感心していた。
「以前より腕が上がったな、アルマ殿!」
「イサミとの手合わせの成果だな!」
すると、どこからか雷が落ちる音が聞こえた。
『!』
振り返ると、機械兵達が道を開けている。その先にいたのは、ラルカだった。
「来たか……!」
二人は警戒態勢を取る。ラルカはゆっくりとこちらに向かって歩く。
「よお! 数週間ぶりだな!」
「……陛下の剣」
「!」
イサミは警戒し、フラガラッハを強く抱く。
「陛下のために、その剣を頂戴する」
「気をつけろアルマ殿!やはり奴はエルトリア、すなわち皇帝の関係者だ!」
「みたいだな! でも知ったことか! どのみちぶっ飛ばすのに変わりねーよ!」
ラルカは高く跳躍し、左足を突き出す。勢いをつけて落下するラルカを、アルマは腕をクロスさせて受け止める。
「とりあえずイサミは安全な場所へ! 数は減らしたから逃げ道は出来てるはずだ!」
イサミはこくりと頷き、機械兵の死角になっている場所へ逃げ込んだ。力押しで負けたラルカは一旦下がる。
「そこを通せ」
「断る!」
「ならば力づくで押し通す」
ラルカは片足に力を入れて加速する。カウンターの要領でアルマはパンチを突き出した。二人の拳がぶつかり、火花が激しく飛び散る。その後もラルカの回し蹴りが連続で繰り出され、アルマは防戦一方だった。
(やっぱりこいつ強えっ!! でも!!)
アルマは瞬時にしゃがみ込み、ラルカの回し蹴りを避けるとすぐさまアッパーをラルカの腹に強く突き出す。
「がはっ……!?」
ラルカは真上に飛ばされるが、受け身を取って着地する。
「……?」
ラルカは腹部をさすりながらアルマを見つめる。
アルマはステップを軽やかに踏み込み、はっはっと呼吸を整え、シャドーを数回打った直後、ステップを強く踏み込んでラルカに拳を突き出す。素早く連続して出されるパンチを、ラルカは必死に防御する。まさにそれはボクシングだった。初めて見るアルマの新戦法にヴィクトルは驚いている。
「あいつ、本当にボクシングをっ?」
その様子を見ていたイサミが不敵の笑みを浮かべた。
「やはり上手く馴染んでいる……! 襲撃から今日までの数週間、あらゆる格闘技術を教え込んだ甲斐があった!」
初めのラルカとの戦闘後、リベンジに備えてアルマはイサミから特訓を受けていた。ステゴロ以外の技術を学ぶため、ボクシングやムエタイ、時には一手段としてアクション映画の真似事をやってみたりした。元々物覚えが良かったアルマにとっては、最も有効的な修行になったのだ。
「はあっ!!」
強く突き出されたアルマの一撃により、力押しで勝った。
「何あいつ!? あんな戦法使うなんて聞いてないんだけど!?」
アルマの変わりようにレイジュは驚きを隠せない。
「まずい……あいつ、ラルカが追い込まれ始めてる……! ならばせめて剣だけでもっ!」
レイジュが扇を高く掲げると、ドローン型の機械兵が一斉射撃をしだした。その矛先はイサミだった。危機を感じ取ったイサミは逃げだすが、砲撃の一発がタンクに直撃して爆発した。爆発は凄まじく、逃げるイサミが吹っ飛ぶほどだ。
「ああっ!?」
その弾みでイサミはフラガラッハが入ったジュラルミンケースを離してしまった。
「しまった……!!」
ジュラルミンケースは空中で開き、フラガラッハが宙を舞う。
「まずいっ!!」
フラガラッハは何かに引かれるかのように孤を描きながら落ちていき、やがて、ラルカの手に渡った。
ラルカがフラガラッハの柄を握った時だった。一瞬世界の色合いが反転したかのような、そうとしか言いようがない感覚がした。
すると、フラガラッハ全体に電流が流れだし、ガチャリと何かが動きだす音が響くと、急にラルカの右腕ごと頭上に引き寄せられた。刀身から稲光が集まり、激しく輝く。明らかにこれはまずい。いや、まずいなんて言葉では足りないくらいだ。アルマ、ヴィクトル、イサミの胸に、おぞましい何かがよぎった。
そして本能が叫んだ。──逃げろ、と。
三人は全速力でラルカから離れる。一メートル、いや一センチでも遠くへ。この際スピードの出し過ぎによる脚部への負担など知ったことではない。逃げろ。少しでも遠くへと。ただそれだけを考える。
「な、なんかヤバい!?」
レイジュも恐怖を感じて逃げだした。
「再起動、確認。帯電による放出を推進。接続、完了。放出を許可。殲滅コード、ナハトヴァール、発動」
ラルカはフラガラッハを振り下ろした。電気を帯びた強大な衝撃波が、こちらに向かって放たれた。衝撃波の威力は凄まじく、一瞬にして発電所の半分以上を塵と化してしまったのだった。
♢
サイレンの甲高い音が、ヴィクトルの意識を覚醒させた。
「ん……うっ……!?」
ヴィクトルは顔をしかめながらゆっくりと体を起こした。
「一体、何が……!?」
体は痛いがさほど強いものではなかった。周囲を見渡すと、すぐ隣にイサミが倒れていた。
「イサミ! おいっ、大丈夫か!?」
ヴィクトルはイサミの肩を揺さぶった。
「う、うう……っ?」
イサミはうつ伏せからゆっくりと起き上がる。
「大丈夫かっ?」
「自分は……? そうだ、フラガラッハを……!」
ヴィクトルはすぐに状況を確認する。周囲に機械兵の姿はなく、ラルカとレイジュの姿も見当たらない。
「……どうやらいないみたいだな」
「……申し訳ない、勝利殿。自分が不甲斐ないばかりに……!」
「状況が状況だった。仕方がないことだ。フラガラッハは奪われたが、とりあえず貴様が無事なだけで何よりだ」
「……!! アルマ殿は!?」
「そうだ! あいつも巻き込まれたはず……!」
ヴィクトルとイサミは周囲を見回した。すると、ヴィクトルの背後二メートル先に、アルマが倒れているのを目撃した。
「!!」
「アルマッ!!」
ヴィクトルが一目散に駆け寄る。
「アルマ!! おい、おいって!!」
ヴィクトルが呼びかけるが反応しない。
「そういえば……!」
イサミはふと思い出した。衝撃波に巻き込まれる直前、後ろから誰かに突き飛ばされたような気がしたのだ。
「まさか、自分と勝利殿を……!?」
「……おい、冗談だろ……!? こんなところでやられるのか、貴様は……!?」
ヴィクトルの声がこの上なく震えている。
「貴様が死んだら、あの少女はどうする……!? 守るって約束しただろ……!? 死ぬなんて僕が許さないぞ!! アルマッ!!」
ヴィクトルがそう絶叫した時だった。突然ヴィクトルの前でグーサインが出された。
「!?」
「バーカ……こんなとこで死ぬもんかよ……!」
アルマは顔を歪めながらも笑顔でウィンクした。
「てかヴィク……やっとオレのこと、名前で呼んだな……嬉しいよ」
「……貴様、本当の馬鹿……っ!!」
♢
やがて、軍警の援軍が到着し、事態の後始末に追われるはめになった。イサミは本部にいる誠に連絡している。
「申し訳ありませんでした、局長殿。処分はいくらでも承る覚悟でいます」
〈……いや、イサミが無事でよかったよ。それにフラガラッハは奪われてしまったが、報酬がないわけではない。これでラルカが皇帝の関係者であることがわかった。おそらく戦闘用機械人襲撃の目的も、戦闘用のデータを収集するつもりだろう。皇帝が作ってるであろう機械兵器の戦力強化のためにな〉
「なるほど……筋は通ってますね」
〈これである程度の対策は取れるはずだ。あとは、フラガラッハに対しての謝罪をどうするか、それが今の課題だな〉
「政府の反応がどうかによりますね」
〈まあ、悪いようにはならないよう努力はするさ。それよりも、今は後始末をしないとだな。対応が完了次第、本部へ帰還。アルマとヴィクトルとイサミはすぐに検査してくれ〉
「はい」
♢
避難指示によって閑散と化した水戸の商店街。その路地裏から、金属を引っかく音が聞こえる。
「はあ……はあ……あっ、くっ……!」
ラルカがフラガラッハを引きずりながら路地裏をふらふら歩いていた。ラルカは壁に手をつきながらなんとか歩いていた。しかし力尽きたのか、そのまま膝を着いた。すると、ラルカの全身が光に包まれ、そこからポリゴン状の欠片が四散した。
今の彼の姿は──ハーツだった。
ハーツは胸を押さえながら苦しそうだった。
「ご苦労様、ハーツ」
突然、彼の前に誰かが現れた。あの袈裟服を着た男性だった。男性は涼しげな顔でハーツを見下ろしている。
「無事の帰還、何よりだ」
「無事……これが無事、なのか……? オレは今、すごく苦しい……」
「違う違う。私が気にしてるのはそっち。陛下の力の象徴を失わせるわけにはいかないからね」
男性はハーツからフラガラッハを取り上げた。
「神剣フラガラッハ。なるほど……確かにすごいオーラを感じるよ」
「これで、よかったのか……?」
「ああ。強奪作戦は成功だ。陛下もお喜びになるだろうね」
「そうか……なら、よかった……」
すると、苦しそうに呼吸するハーツの頭を、男性が優しく撫で始めた。
「この調子で頼むよ、
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