14話 エメラルドクライシス

 深夜一時。寝静まった町を、イサミは一人巡回していた。いつもの見回りだ。偶然、同じように巡回していた警察官が見かけた。


「あ、あの服軍警だ」

「お疲れ様です!」


 敬礼する警察官に、イサミも敬礼を返した。歩道をオレンジ色の街灯が照らしている。イサミは周囲を警戒しながら静かに歩いていた。

 風がふわりと吹いた。


「……?」


 何かを感じたイサミは立ち止まり、周囲を見回した。しかし特に何も見当たらない。


「……気のせいか?」


 気を張りすぎたのかとイサミがそう判断した、

 まさにその刹那だった。空から何かが来る。瞬時に判断したイサミは飛躍した。ギリギリのところでイサミが立っていた場所が抉れた。誰かが確実にイサミを襲おうとした。アッシュ色の髪に黒のバイザーで顔を隠した、黒いマントの青年だった。イサミは受け身で着地し、瞬時に構えた。


「何奴!?」


 青年はゆっくりと立ち上がる。


「……軍警の機械人とお見受けする。名は?」

「……R0防人シリーズ、タイプナンバー133。名はイサミ。汝もバイザーを取り、名を名乗れ」

「名乗るほどの名はない。だが強いて名乗るとするなら、“ラルカ”とでも名乗れと命令されている」

(ラルカ……? “人形”の名を持つ者?)


 イサミは構えながら警戒する。


「ならばラルカ殿、問おう。何故奇襲をかけた? 軍警への奇襲は威力業務妨害に値するぞ」

「命令を実行しただけだ」

「命令?」

「機械人を殺せ。それが命令だ」


 一瞬、ラルカの姿が消えたかと思えば、瞬時にイサミの前に現れた。ラルカの足がイサミを捉える。


(速い!!)


 イサミは左腕で足を受け止めた。しかしその威力は強く、今にも吹き飛ばされそうだ。イサミは隙を突いてこちらも回し蹴りを繰り出す。上手くヒットし、ラルカは吹っ飛んで木にぶつかる。


(手応えはあった……だが硬い! あれくらいでやられるとは思えんが……)


 土埃が晴れると、ラルカがゆっくりとこちらに向かって歩いている。ダメージはさほど負ってないらしい。


「奇襲を命令した汝の所有者は誰だ!?」

「命令により黙秘する」


 また素早くイサミに接近した。蹴られる前にイサミは後ろに引く。しかしすぐさま移動し、イサミの背後を蹴る。


「がっ……!!」


 イサミは吹っ飛ばされ、茂みに突っ込んだ。ラルカはゆっくりとそこへ向かって歩く。すると、茂みからイサミが跳躍してきた。


「はあっ!!」


 イサミは上空から急降下し、かかと落としをする。ラルカは両腕をクロスさせて受け止める。双方は弾かれ、お互い構えた。


「……なるほど、理解した。ナンバー133、イサミ。軍警に所属しているだけのことはある。だが……」


 すると、ラルカの脚からぷしゅーっと煙が噴出された。ブラウンのブーツが変形し、黒の装甲が施された異形の脚と化した。


「デストロイヤーモード、起動。一撃必殺、排除する」


 明らかに何かを仕掛けてくる。イサミは警戒を強める。すると、突然ラルカの姿が消える。


「消えた!?」


 イサミは構えながら周囲を見回す。


「どこかに移動した? だが気配が……」


 その一瞬だった。上空から電気が流れる音が聞こえた。イサミが空を仰いだ時には、すでにその脚はイサミを捉えていた。


「ジ・エンド」


 激しく土埃が水飛沫の様に上がった。ラルカは軽やかに着地した。イサミが立っていた場所は、激しく抉れて窪んでいた。その中心地には、電流を漏らしながらぴくぴくと体を揺らすイサミが倒れていた。彼女の腹部は大きく穴が開いていた。


「……」


 ラルカは静かにそれを見ている。


「……初陣にしてはなかなかだった。だが、やはり事足りない」


 そう言い残し、ラルカは開発地区の方へ歩きだしたのだった。


 ♢


「通り魔事件、ですか……」


 機械人を狙った通り魔事件が発生するようになったのは、それから今日までの二日間のことだった。ヴィクトルは誠から事の詳細を説明されている。


「狙われているのは戦闘用かそれに近しい機械人。人気の少ない場所と時間帯で襲っているらしい。現在、ラルカを名乗るその機械人の情報を収集中だ」

「では、イサミはそいつに……」

「イサミには悪いことをした。彼女には詫びとして、退院後一週間は有給休暇を与えてやる予定だよ」


 ヴィクトルは端末を操作し、モニターに映像を映す。イサミに内臓されているカメラから撮った映像だ。映像にはラルカの姿が捉えられている。


「見たことのない機械人ですね……まさか奴もエルトリアの?」

「まだわからない。とはいえゆっくりしている場合でもない。こうしている間にも被害者は出ている。早急に対応しないとな」

「はい。エルトリア関係でなかったにしても、これは立派な殺人未遂事件。一刻も早く解決しなければなりません。有事の際はお任せを」


 ヴィクトルは敬礼して意を示した。


「ああ、いざという時は頼むよ。そうだ。それからアルマに伝言を頼めるか?」

「奴にですか?」

「イサミの見舞いをお願いしたいんだ。彼女はアンドロイドとはいえ心がある。多少落ち込んでいるはずだ。少しだけでも元気づけてやらんとな」


 ♢


 そんなわけで、ヴィクトルからイサミのお見舞いを頼まれたアルマは、美香と共に軍警が所有している病院へ向かった。美香はお見舞い用にと花を抱えている。


「イサミの奴大丈夫かな? 入院したって聞いたからびっくりしたぜ」

「襲われて怪我を負ったんだよね?」

「イサミが入院ってことは相当だと思う。あいつもヴィクに負けないくらい強いからな!」

「アルマは何度か手合わせしてもらってるんだっけ?」

「ああ! あいつすげーんだよ! 当分はあいつから一本取るのが目標だな!」


 二人は指定された部屋へ着いた。アルマがドアをノックする。


「イサミー! オレだ! お見舞いに来たぜ!」


 ドアが自動的に開いた。


「お邪魔しま~……えっ?」


 部屋が見えた瞬間、二人は硬直した。この病院の個人用病室は、ベッドとタンスとテレビがあり、どこにでもあるホテルの部屋と何ら変わらない。ところが、イサミがいるであろうこの部屋は今、あちこちが大量の本で埋め尽くされていた。しかもかなりびっしりと山になって。


「本……?」

「二人共? 何故ここに?」


 そこへ、点滴の支柱を携えたイサミがやって来た。


『わああっ!?』


 二人は声を揃えてびっくりした。


「イ、イサミさんっ!」

「もしや見舞いに来てくれたのか? わざわざすまないな」

「いや、それより……あれ……」


 アルマは部屋の中を指差す。


「ん……? あっ……!」


 事情を察したイサミは、顔を赤らめた。


「……すまない。置き場所がなくて」


 とりあえずアルマと美香は本を整理し、部屋を片付けてあげた。


「悪いな。本来は自分がやるべきことなんだが」

「いえ。イサミさんにはいつもアルマがお世話になっていますから」

「かたじけない」

「ところで、どうしてこんなに大量の本が?」

「……やりたいことが見つからなくてだな……とりあえず、暇つぶしに読書でもと思ってたら、いつの間にかここまで……」


 積まれていた本は皆、武術に関するものばかりだった。


「入院中でも鍛錬してるんですね。あ、鍛錬じゃなくてイメージトレーニング、ですか?」

「そんなところだ」

「安心したよ。その様子じゃ大丈夫そうだな!」


 もっと深刻かと心配していたが、アルマは心底ほっとした。

 本を片付け終え、二人は椅子に座った。


「でも、イサミをここまで追い詰めたってことは、相手はそれだけ強かったってことだよな?」

「ああ……悔しいが完敗だった……正直言って、あれほどの力は初めてだった……」


 イサミは俯いて暗い表情を浮かべた。


「あんなものが今も暴れていて、民間の機械人に危害が及んでいるとなると、自分の無力さが憎らしくてたまらない……!」


 イサミの拳がふるふると震えている。


「イサミさん……」

「そいつ許せねーな! 関係のない機械人を襲うなんて、どうかしてるぜ! だったらそいつ、オレがぶっ飛ばしてやる!」

「ア、アルマ!」

「気持ちはありがたい。だが危険だ。別にアルマ殿を信用していないわけではないが、正直なところ、奴は強い。アルマ殿と同等かそれ以上……張り合えるかどうか……」

「んなもんやってみなきゃわかんないだろ!」


 アルマはイサミに向けてサムズアップサインを送った。


「イサミの仇は必ず取る! だから、イサミもオレを信じろ!」

「アルマ殿……!」

「もう! そうやってすぐに無茶しないの!」


 美香が心配そうに立ち上がる。


「いくらアルマがサイボーグだからって、傷つくのは嫌なんだからね?」

「あはは……努力はするからさ!」

「……かたじけない、アルマ殿。この御恩はいつか必ず」


 イサミはベッドの上で正座し、頭を下げた。


「いいっていいって! その代わりちゃんと休めよ? 全快したら、また手合わせよろしくな!」


 イサミの仇を取ることを決意したアルマは、さっそくヴィクトルの元へ向かう。事情を聞いたヴィクトルは、アルマと美香を個室へ案内した。


「そうか……貴様も例の通り魔を……ならちょうどいい。局長も貴様に頼むところだったみたいだからな」

「戦闘用の機械人が襲われている、でしたよね?」

「ああ。今のところ被害に遭っているのは都内だけ。だが被害が拡大するのも時間の問題だ。叩くなら今が好機だろう」


 ヴィクトルはテーブルに地図のホログラムを表示させた。


「被害が報告されている時間帯は深夜から早朝未明にかけて。場所もこの時間帯に人通りが少なくなる場所が多い。ただし、住宅街や路地裏などの狭い場所での報告は出ていない。おそらく奴の攻撃が広範囲だからだろう。狭い場所では目立ってしまうからな。そこで、これを逆手に取って奴を炙り出そうと思う」

「と言いますと?」

「囮を使う。これが最適解だ。ただし、囮には人間を使う。機械人を囮にしてしまうと、ターゲットとして奴は容赦なく襲い掛かるだろう。それでは囮の意味がない。しかしだからと言って普通の人間では危険だ。そこで、普通の人間を機械人に偽装させる。身につけている衣服にカモフラージュを施し、あたかも本物の機械人だと奴を騙し、油断させたところで奴を叩く。これが僕の作戦だ。で、肝心のその囮に関してなんだが……」


 ヴィクトルは持っていたペンを美香に向けた。


「?」

「考えに考えた結果、貴様が適任だと判断した。大空美香。貴様が囮になれ」


 その言葉の後、間が空いた。

 美香が囮になる。危険な機械人を炙り出すために。


「え……」


 美香が低くつぶやくが、すぐに悲鳴に変わり、同時にアルマの絶叫も聞こえた。


「ええええええええっ!?」

「はあああああああっ!?」

「わわわわたわたわたっ、私が囮ですかっ!?」


 アルマはテーブルをバンと激しく叩いた。


「おいヴィク!! お前何考えてんだよ!? ミカにそんな危険なことさせるわけねーだろーが!!」

「僕だって最初はそう思ったんだ! だが、この作戦を聞いて囮やりますなんて言う人間、どこにいると思う?」

「だ、だったらお前とこの部下にでも…」

「軍警は暇じゃないんだ! それにあまり多く関わればカモにされるのがオチ。こういうのは最小限に抑えた方がいい」

「だからってミカに任せられるかよ! そうだ! ならマコトに任せるってのは…」


 誠という言葉が出た瞬間、ヴィクトルはアルマの顔をテーブルに叩きつけた。ガアンッと嫌な音が響いた。


「貴様……!! 今回は見逃してやるが、次似たようなこと言ったら即座にコロスぞ……!!」


 もしや、誠を囮にすることに怒ったのだろうか。さすがにそれは失礼だったなとアルマの代わりに美香が反省した。

 ヴィクトルはアルマを解放し、再びソファーに腰掛ける。


「……安心しろ。身の安全は保証する。もとより貴様は局長にそう望んだのだろう? それに、何かあれば貴様は彼女を優先する。それを逆手に取った上での作戦でもある。まさか、この期に及んで出来ないとでも?」

「ばっ……馬鹿野郎っ!! ミカはオレが守る!! 絶対だ!!」

「だったらそのつもりでいけ。そのために貴様は戦うのだろう?」


 自分から言い出したことを突かれ、アルマはぐうの音も出なかった。


「……傷一つ付けないよう、こちらも最善は尽くす。だから、やってくれるか?」


 ヴィクトルの真剣な表情から嘘は感じられない。アルマほどではないが彼も信頼できる。美香はそう感じた。


「……わかりました」

「ミカ!」

「怖いけど、けど役に立てるのなら、頑張ります!」

「……感謝する」


 すぐさまアルマは美香の手を握った。


「絶対守るからな!? 何かあったらすぐに助けを求めるんだぞ!?」

「うん、わかってる。二人が守ってくれるってわかってるから」

「!」


 ヴィクトルがはっと顔を上げた。


「……ヴィクトルさん。よろしくお願いします」


 美香はぺこりと頭を下げた。


「あ、ああ……」


 なんだか調子が狂うなとヴィクトルは頭を掻いた。


 ♢


 その日の夜、作戦が始まった。場所は以前イサミが襲われた場所と同じ所だった。

 街灯の灯りの中を歩く人影。軍警の制服を身に纏った美香だった。顔は軍帽を深くかぶっているため、あまり見えない。美香は周囲を警戒しながらゆっくり歩いている。しかし緊張しているのか、少しギクシャクしていた。そんな彼女を、遠くからアルマとヴィクトルが見張っている。


「こんなんで本当に大丈夫なのかよっ?」

「心配は無用だ。彼女が着ている制服には、匂いの強い機械人専用のコーティング剤と油を染み込ませてある。あまり深く見なければ人間とは思わないだろう」

「ミカに何かあったら承知しねーかんな!」

「そうさせないために我々がいるんだ。嫌ならちゃんと見張ってるんだな」


 美香が歩く度に二人は静かに移動する。そうこうしているうちに、美香はイサミが襲われた現場近くに着いた。一度美香は周囲を見渡すが、今のところ変なことは起きていない。


「……とりあえずは大丈夫、かな?」


 美香が再び歩きだした、その時だった。


「軍警の機械人だな?」

「!!」


 上空から声が聞こえ、美香は空を仰いだ。街灯の上に誰かがいる。その人を見た途端、美香の背筋が凍った。


(何、この人……!?いるだけで鳥肌が……!!)

「命令により、貴殿を排除する」


 人影が街灯から飛び、激しく急降下した。


「きゃあっ!?」


 美香のいた場所が激しく抉れた。衝撃で美香は転げ回った。


「……!?」


 軍帽が落ちたため、美香の顔がよく見える。その顔を見た影、ラルカは硬直した。


「大空、美香……?」

「えっ? 何で、私の名前……」

「何故彼女がここに……」


 その時、ラルカの体を何かが拘束した。頑丈そうなアーム状の物が手と胴体と脚を拘束した。


「!」


 体を拘束され、ラルカは倒れた。


「残念だったな。彼女は囮だ」


 そこへ、銃を構えたヴィクトルが現れた。


「機械人と騙されたのが仇となったな」


 アルマもすぐに駆けつけ、美香に近寄った。


「大人しく出身地と目的、貴様の所有者について話してもらおうか」

「……なるほど、これは油断した。だが、このハプニングは想定内だ」


 すると、拘束具がばちばちと電流を出し、激しく破壊されてしまった。


「馬鹿なっ!? そう簡単に壊れるものじゃないぞ!?」


 解放されたラルカは立ち上がり、ヴィクトルに蹴りを繰り出す。受け止めきれずヴィクトルは吹っ飛ばされた。


「ヴィク!!」


 アルマはヴィクトルが吹っ飛ばされた先へ走る。ヴィクトルは木に衝突して倒れている。


「大丈夫か!? ヴィク!!」

「問題ないっ……だが気をつけろ……!! 奴の脚力、尋常ではないぞ……!!」


 するとすぐさま、ラルカが二人に急接近した。右足がヴィクトルを捉えている。


「!!」


 避けれない。そう判断した。ヴィクトルはぎゅっと目を瞑る。しかし蹴られた感覚は感じない。


「……!!」


 目を開くと、パワードスーツを纏ったアルマがラルカの右足を受け止めていた。


「貴様……!?」

「……?」


 アルマの頑丈さに異変を感じたのか、ラルカは足を引き、一旦引いた。アルマはヴィクトルを引き上げた。


「貴様、大丈夫なのかっ? よく受け止められたな……」

「あれぐらい余裕だって!」

「……認識。データ上の画像と一致。把握。無心の刃を確認」

「無心の、刃……?」


 何のことかと思い、アルマは周囲を見回す。


「……ヴィクのことか?」

「僕はそんな名前で呼ばれたことはないぞ。貴様のことを言っているのではないか?」

「オ、オレはアルマだ! 無心の刃なんて名前じゃない!」

「……命令に誤作動は無し。貴殿は無心の刃。命令により、排除すべき存在」


 すると、一瞬にしてラルカとアルマの距離が縮まる。ラルカの拳が突き出され、アルマはそれを両手で受け止めた。彼の脚力ほどではないがそれでも強く、押し潰されそうだ。


「ヴィクはっ、ミカを頼むっ!!」

「あ、ああ……!」


 よろめきながらもヴィクトルは美香の元へ向かう。


「お前の言う無心の刃って何だ!? オレはそんな名前じゃねーぞ!!」

「こちらは命令に従っているだけ。無心の刃を破壊せよと」

「だからっ!! オレの名前はアルマだ!! 忘れちまったけど、誰かがオレをそう呼んでくれた!!」

「……無心の刃、すなわち貴殿を破壊せよ。それがこちらに課せられた命令だ」


 拳はアルマを押し返し、アルマを跳ね返した。アルマが後ろへ引っ張られる中、ラルカの足がアルマを蹴飛ばす。


「ぐっ!!」


 アルマは受け身を取って着地し、ラルカに向かって拳を突き出す。ラルカは腕をクロスさせて受け止める。


「お前にそう命令した奴はどこのどいつだ!? エルトリアの奴か!?」

「命令により黙秘する」

「少しは質問に答えろよっ!!」


 パワー勝ちしたのか、ラルカは吹っ飛ばされた。しかし、壁にぶち当たろうとした寸前、見事に両足で着地したラルカは、足を曲げ、アルマに向かって跳躍する。弾丸の如く発射されたラルカに、受け止める余裕もなくもろに食らってしまった。


「がはっ……!!」


 バウンドしながらアルマは転げ回る。


「……意外。貴殿はかなり頑丈と見た。今まで葬った奴らより頑丈だ。最初の相手、133は大したことなかったな。訂正。R0防人シリーズ、タイプナンバー133、イサミは機械人の中でも弱い」

「っ!!」


 アルマの脳裏に悔しがるイサミの顔がよぎる。明らかにイサミを馬鹿にした。アルマは怒りを露わにした。


「イサミを馬鹿にするんじゃねえっ!!」


 アルマは跳躍し、かかと落としを繰り出す。激しく土埃が舞い上がった。所々で響く激しい音は、美香とヴィクトルにも聞こえていた。


「アルマは大丈夫なんですか……!?」

「奴のことだからそう簡単にやられることはないだろうが……相手がどう来るかにもよるな……」

「すぐに軍警の人に応援をっ……!」


 ヴィクトルは苦し紛れに首を横に振る。


「あの力では犠牲が増えるだけだ……!」


 美香はアルマの無事を祈ることしかできず、手を握って懇願する。美香の祈りとは裏腹に、アルマは追い込まれていた。木を背にアルマはラルカに追い詰められている。


「……次で終わらせてもらおう」


 ラルカの脚が変形する。明らかに何か仕掛けると思ったアルマは、瞬時に左手を義手に変換させる。


(やられる前に、叩くっ!!)


 リボルバーが激しく回り、アルマは瞬時に距離を詰める。


「おおおおおおおおっ!!」


 左手を突き出したが、空振りした。ラルカの姿が消えたのだ。


「!?」


 その刹那、どこかで電気が流れる音がした。気づけばさっきまでいた場所に突然、ラルカが姿を現した。


「ジ・エンド」


 雷が落とされたような音と共に、前からアルマは激しく蹴られた。


「ああああああああああああああっ!!」


 何かが爆発したかのような音が立て続けに聞こえた。土埃がぶわっと周囲に舞い上がる。


「!?」


 ヴィクトルは美香を庇う。煙は一瞬だったのですぐに止まった。


「大丈夫か?」

「は、はい……っ!?」


 煙が晴れた瞬間、二人は言葉を失った。アルマとラルカがいるであろう林が、真っ黒焦げになっていた。中には葉を散らして枯れてしまった木もあった。まるで雷がその辺一帯に落ちたかのようだ。


「なんて威力だ……!! まさか、イサミはあれを受けたと言うのか……!?」

「アルマ……!!」


 すぐにでも行こうとする美香をヴィクトルは慌てて止めた。


「待て! まだ危険だ!」

「でも……!」

「……僕も行く」


 美香はアルマの無事を祈りながら林へ入った。

 一方、ラルカは健在していた。土埃が舞う中でラルカはアルマが吹っ飛ばされた先へ歩み寄る。行き着いた先は塀があり、行き止まりだった。そこにいたのは、塀にめり込んでいるアルマの姿だった。アルマの体からは電流が流れており、激しく痙攣していた。掠れた声でアルマは喘いでいた。


「……!」


 その様子を見てラルカは口を開いた。


「……133は腹部が穿たれた。他の連中も何かしら欠損した。だが……彼は何も欠損していない。それだけ頑丈ということなのか……」


 すると、ラルカの脚が煙を上げ、ガチャンと何かを装填したかのような音を立てた。


「状況を把握。無心の刃は頑丈。よって最大火力にて破壊する」


 ラルカが歩く度に脚に何かが装填される。


「……っ!!」


 霞んでいく視界の中で、アルマはゆっくりと近寄ってくるラルカを捉える。


(ダメ、だっ……このまま、やられる……わけには……っ!!)


 なんとかして立ちあがろうとするが、指一本すら動かなかった。


(オレがやられたら……次はヴィクとミカだ……!! あんな力……二人が、食らったら……!!)


 徐々に徐々にラルカが近づく。


「っ!?」


 その時、突然アルマの心臓部を、耐え難い恐怖が鷲掴みにした。殺される。その言葉がよぎった。呼吸が荒くなる。今まで感じたことのない気持ちからか、アルマの体が震えている。装填する音の感覚が早くなる。気がつけば、アルマとラルカの間は、一メートルにも満たなかった。ラルカはゆっくりと右足を天に掲げる。

 死ぬ。絶望と恐怖がアルマを包んだ。

 と、その一瞬だった。


「……!?」


 ラルカはその態勢のまま硬直した。見ると、右足からバチバチと電流が流れており、パキッとひび割れだした。


「!!」


 脚が壊れかかってる。そう感じたラルカは脚をすぐに降ろした。


「まさか……」


 それぐらいアルマは頑丈。そう判断した。


「右脚部の損傷を確認。早急のリカバリーを要求。要求により、撤退する」


 ラルカは真上に飛躍し、姿を消した。


(……助かった……のか……?)


 先ほどまでの恐怖がふっと軽くなった。視界が暗転していく中で、アルマは微かに自分の名前を呼ぶ誰かの声が聞こえた気がした。

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