13話 狙われた騎士
新生エルトリア領地。
その中心部にある城の中で、ゼハートの臣下に位置する者達が集まっていた。
「キューピッド!!」
先日アルマ達を襲った女性、レイジュがテーブルを激しく叩いて叫んだ。怒りの矛先は、ポテトチップを食べているキューピッドだった。
「無心の刃は弱くなかったじゃない!! あんなに馬鹿力があるなんて聞いてないわよ!!」
激しく憤慨するレイジュを、キューピッドは冷めた目で見ている。
「別に軟弱とまでは言ってないお。キューちゃんの時は弱かったってだけだお。てゆーかさ、怒りたいのはこっちなんだけど? キューちゃんの可愛いベーちゃんをスクラップにしやがって! あれ生み出すのにどんだけ時間かかるかわかる!?」
「失敗作は失敗作でしょう!? あんたの作るやつなんて始めっからスクラップ同然なのよ!」
「ひっどーっ!! あんた血も涙もないわけ!?」
「まあまあお二人さん。そこまでそこまで」
すると、闇の中から袈裟服の様なものを纏った怪しげな男性が現れた。男性はにこにこと笑っている。
「女性はカリカリしていると美しくないよ。花の様に、蝶の様に、艶やかでないと、ね?」
「うるせー、エロ法師! あんたなんかに宥められても微塵も嬉しくないお!」
「おやおや、これは手厳しいなあ。それより、レイジュが言っていたのは本当なのかい? 無心の刃は健在していたと」
「……ええ、そうよ。認めたくないけど」
レイジュは人差し指を真下に降り、モニターを出現させた。映し出されているのは、先日の戦いの映像だった。
「ほお……これが無心の刃……」
男性はモニターを覗き込む。
「あの馬鹿力、想像以上だったわ……当時のことは知らないけれど、あんなのが千年前に暴れていたと思うと鳥肌が立ってしまう……」
「そりゃ当然さ。なんてったって彼は皇帝陛下の隠し玉。最終兵器だったからね。千年前の繁栄も彼無しでは到底無理だって断言してもおかしくないって噂らしいし。そんな彼が陛下を裏切り、今は民間人の猿共ともう一人……」
映像が拡大され、美香が映る。
「この可憐な小さき少女を守ってる、か……」
「本っ当理解不能だお! そんなブサイクのどこに守る要素があるんだか!」
「いけないよキューピッド。この世に醜女はあれども不細工な女性なんていない。女性はみんな美しいものだよ」
「何その謎理論? 気色悪いお! まさかそいつも狙っているのかお?」
「ああ、見てごらんよ! この今にもぽきりと折れそうな手足、儚げなオーラ、これを美しいと言わずして何と言う? 今すぐにでも私のものにしたいね……」
男性は怪しい笑みを浮かべている。見ているだけで悪寒が走りそうだ。
すると、どこからかカツッカツッと足音が聞こえる。遠くから左腕が義手になっている暗めの茶髪の青年が歩いてきた。
「おおっ、これはこれはユリウス! メンテナンスの方は終わったのかい?」
「……ああ、問題ないとのことだ」
「……それで、話は聞いてる?」
「?」
男性は青年、ユリウスの耳元で囁く。
「例の彼、調整が終わったみたいだ」
「!」
青年の目が見開く。
「……記憶は消したんだろうな?」
「それは安心したまえ。すっぱり消えているよ。裏切り者とはいえ、彼もまた利用価値があると陛下が判断なされている。しかしそれでも裏切り者は裏切り者。罰はある。そう……ボロ雑巾になるまで、陛下の操り人形として働いてもらうという罰さ」
♢
今日は日曜日。外はまだ暗い。今は朝の五時だ。鳥のさえずりが少しだけ聞こえる。シェアハウス秋桜の玄関には、ジャージ姿のアルマと、起きたばかりの康二とルカがいた。アルマは玄関で準備体操をしている。
「日曜の朝だってのにトレーニングたあ、精が出てるねえ……」
康二は眠そうにあくびをしている。
「今日もジョギング?」
「ああ! 体力つけないとな!」
「サイボーグに体力は必要なくない?」
「オレには必要なの!」
準備体操を終え、アルマは靴を履いて紐を結ぶ。
「蝶々結び、だいぶ上手くなったね」
「これ難しいんだよなあ。手先使うのあんまり得意じゃないし」
靴紐を結び終え、準備はバッチリのようだ。
「じゃ、行ってくる!」
「おー、いってらー」
「気をつけてねー」
二人に見送られ、アルマは走りだした。
アルマが現代で目覚めてから、早二ヶ月が過ぎようとしていた。彼はすっかり現代の生活に馴染んでいた。二ヶ月も経つと、アルマ自身にも出来ることが増えていった。最初はぎこちなかったカトラリーの使用も、今では難なく使いこなすようになり、文字の読み書きも平仮名と片仮名がだいぶ上手くなっており、今は簡単な漢字を学んでいる。どれもシェアハウスやスクールでの学びから得たものばかりだ。成長とはまさにこのことだろう。
さらに、顔と性格の良さが影響したのか、二ヶ月もすればシェアハウスがあるこの町に暮らす多くの人と顔見知りにもなった。初めて学校に行った際に聞き込みをした商店街の人達はもちろん、シェアハウスのご近所さんとも親しくなり、すっかりアルマは町の住人の一人だ。(噂では一部の三十代以上の女性達がアルマに惚れているらしい)なのでこうしてジョギングをすれば、自ずとアルマに話しかけくる人は多いのだ。
ジョギングを終えると、外はすっかり明るくなっていた。玄関では穂乃果が迎えてくれていた。
「お疲れ様、アルマ君。朝ご飯出来てるわよ」
「やたー! もう腹ぺこぺこなんだよ~!」
すると、二階から美香があくびをしながら降りてきた。
「すみませ~ん……寝坊しちゃいました~……」
「おはよう美香ちゃん」
「ミカー!」
美香を見つけた瞬間、アルマは靴を放り投げて瞬時に美香に抱きついた。
「ひゃあ!? アルマったら……」
「こーしてるとー、疲れが吹っ飛ぶんだよなー!」
「朝から二人はラブラブだねえ~」
「そうねえ~」
穂乃果と明里は暖かい目で二人を見ており、美香は恥ずかしくて赤面する。
「ちょっ!? 二人共違いますからーっ!!」
二人はそれぞれ着替えを終えて、朝ご飯が並んだ食卓へ向かう。
「さ、じゃあ食べましょうか」
『いっただっきまーす!』
今日の朝ご飯は、ロールパンのサンドイッチとポテトサラダ、コンソメスープと野菜ジュースだ。
「ジョギング終わりにホノカが作るご飯食べると、力がぐわわーって湧くなあ!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ~。アルマ君はいつも美味しそうに食べるものね」
「ちぃちゃんもねーちゃんのごはん大好きっ!」
「ありがとう」
「ジョギング続いてるね! 成果は出てる?」
「せーか?」
「何か変わったとこないかってこと!」
「ん~……あ、最初の頃より長く走れるようになったとか?」
「おお~! 成果出てるねえ~!」
「強くなるためだかんな!」
何気ない会話が弾んでいた時だった。
最近買ってもらったばかりのアルマのスマホがけたたましく鳴りだした。画面には“ヴィク”と表示されている。
「もしもしっ?」
すぐにアルマは対応する。携帯の使い方もすでに履修済みだ。
「マジか! わかった、すぐ行くっ!」
どうやら緊急事態らしく、アルマは急いで朝ご飯をかき込む。
「また軍警っ?」
「最近多いわねえ。無理して行かなくてもいいのよ?」
「いーや行く! てか行かないと! ごちそうさまっ!」
アルマは食器を片付け、パーカーを羽織って玄関へ走る。
「行ってきまーす!」
『いってらっしゃーい!』
♢
二ヶ月が経った今もなお、エルトリアによる攻撃は続いていた。今のところ政治的干渉はなく、ただ襲撃を一方的に行うという、迷惑極まりない行為が目立っていた。今日この日もアルマはヴィクトルと共にエルトリアの機械兵に立ち向かった。
「ぶちかませええええっ!!」
アルマの重い一撃が炸裂し、巨大な機械兵は木っ端微塵と化した。全て殲滅し、アルマはヴィクトルとイサミと共に救助活動を進める。
「大丈夫かっ?」
瓦礫から男性二人が救助された。
「ありがとうございます……」
「瓦礫の隙間から見えてたよ……あんた、すごいんだな……」
「!」
男性二人は頭を下げて去っていった。
「今日も派手にやられたな」
「まったく……奴らの考えていることはわからんな」
「……でも」
アルマはぎゅっと拳を握りしめる。
「でもちゃんと守れてる!」
♢
救助活動が終わり、アルマは軍警の車でシェアハウスがある町まで送ってもらうこととなった。
「今日の貴様の戦闘、荒削りすぎていたぞ。僕がいなかったら間違いなくやられていた」
「それはヴィクがちゃんとフォローしてくれたから、だろ?」
「確かに。今日の二人のコンビネーションは上手くはまっていた。おかげで敵の殲滅も早く済み、人命救助も滞りなく進めることができた。この二ヶ月で成長したな」
ふふんと自慢げに胸を張るアルマに、ヴィクトルははあとため息を漏らす。
「イサミ……あまりこいつをおだてるなよ? 絶対調子乗るのが目に見えている」
「アルマ殿は副官殿とは違う。褒めれば伸びる。そういうタイプだ」
「あのな……」
「そう言う副官殿も、アルマ殿に少なからず影響受けているのでは? 自分が思うに、副官殿はこの二ヶ月で表情が綻びやすくなったと見受けるが?」
「はあ!?」
「それだけではない。この間、副官殿直属の部下からこんな言葉を聞いている。ヴィクトル様が最近になって格下の部下を気にかけるようになったと」
「そ、それは……」
「あと、小さな事で怒ることがちょっとだけ減った。指示が以前より的確になった。挨拶を返す回数が増えた。それから…」
「もういいっ!!」
ヴィクトルは顔を赤らめて制止した。徐に立ち上がったこともあってかかなり焦っているのがわかる。はっと我に返ったヴィクトルは、すっと静かに座った。
「別に悪いことではないだろう? 局長殿に聞かせたら喜ばしくなると思うが?」
「そういう問題ではない!」
強がるヴィクトルに、やれやれとイサミは肩を落とした。
「時にアルマ殿。汝の通う学校は楽しいか?」
「学校? ああ、もちろん! 勉強は嫌だけど、毎日がすっげー楽しい!」
「人間関係は良好か? 学校でよく喋る人はいないか?」
「よく喋る人か? えーっと、ソースケだろ? タマキにオサムに、あとシオンだな!」
「シオン……草薙殿のことか」
「ソースケの部活? の人達はみんな優しくてさ! タマキはオレのことすごいって褒めてくれるし、オサムは本のこといっぱい教えてくれるんだ! ソースケも物知りで何でも知ってるから、勉強の時は助けてもらってんだ!」
「人間関係は良好そうだな」
イサミはほっとした。とはいえここで少し考えた。
「アルマ殿には、これと言った特別な友人はいないと見受けるな。平等に広く浅く接する、といったところか。だが、一人くらいは作っても問題はないと思うぞ。本音を言い合える仲を持つ者をな」
「?」
「……要するに、貴様もあの少女と同等の、気心の知れた友人を作ったらどうかってことだ」
「ふむ……一番手っ取り早いのは、副官殿と友人になってみるというのはどうだろうか?」
「はあっ!?」
ヴィクトルが意表を突かれたのか立ち上がった。
「ヴィクと?」
「今は戦闘関連でしか会えてないだろう? 友人になるなら、プライベートでも会ってみるとか」
「プライベート……そういやオレ、戦う以外のヴィクって見たことないかも! なあ! ヴィクって戦わない時何してんだっ? デートとかしてんのかっ?」
すると、眉間に皺を寄せながらヴィクトルはアルマの頬を強くつねった。
「痛い痛い痛い痛い痛いーっ!!」
「絶対教えてなるものか……!!」
「……まあ、ある意味友人ではあるか」
♢
町に着いたため、アルマは商店街で降りることとなった。去っていく車をアルマは見送った。
「あれっ? アルマ!」
そこで、偶然美香と遭遇した。
「ミカ! まさか迎えに来てくれたのかっ?」
「あー、そうじゃないんだけど、ちょうど図書館から帰ってたとこなんだ。あ、もう用事終わったのかな?」
「おう! 今日もエルトリアの悪い企みをぶっ潰してきたぜ!」
えっへんとアルマは威張った。
「そっか。じゃあ一緒に帰ろっか」
ふと、アルマの目にポスターが映る。“モックバニラ、今だけ2個買うと1個無料!”と書かれている。どうやらバーガーショップのシェイクの広告らしい。すると、アルマは何かを閃いた。
「なあっ、ミカ!」
アルマは美香の手を引いた。
「な、何?」
「まだ時間あるか?」
「え? う、うん。予定は特には……」
「ならさ! これからこの間のデートの続き、やらねーかっ?」
「え……ええっ!?」
「ほら、この間は中途半端になっちまっただろ? あのまま終わるのもあれだしさ!」
「で、でも私、今日はそんなにおしゃれしてないし……」
「関係ないって! この間ジョギングしてる時にいい場所見つけてさ! ミカに見てもらいたいんだよ!」
アルマはポスターを指差す。
「あれ、二人で一緒に飲もうぜ!」
結局シェイクが飲みたいだけなのではとも思えたが、アルマが楽しそうにしているので美香は乗ることにした。
二人はシェイクを買い、アルマが見つけたという湖がある公園へ向かった。冷たくて固いシェイクに苦戦しながらも、その美味しさにアルマは感動している。
「本当にいい景色見つけたね」
目の前の湖は透き通るくらい綺麗で、太陽の光を反射させてキラキラしている。
「ああ! 絶対ミカに見てもらいたくてさ!」
シェイクを飲みながら、ふと美香は先日イサミから言われたことを思い出す。
♢
「大空殿が探している三人の安否についてだが……すまない、死亡が確認されている。二ヶ月前のエルトリア奇襲の際に、トラックに潰されて即死だったそうだ」
♢
予想通り、あのいじめっ子三人組は死んでいた。
これは後に風の噂で聞くことだが、あの三人は美香が中学を辞めさせられた後も、相手を変えながらいじめを繰り返していたらしい。中にはそれで自殺した人間もいたらしいのだが、以前美香に言ってた通り、主犯格の一人が揉み消しできる家柄だったため、遺族は泣き寝入りを余儀なくされたらしい。しかし、三人が死んだことで被害者達の溜まりに溜まった怒りが爆発し、その怒りの矛先は三人の家族に向けられ、現在裁判沙汰になっているとのことだ。だが肝心の事件の当事者が死亡しているため、確かな証言を得られにくいのが現実だ。
美香が彼女達にいじめられていたこと、殺意があったこと、それにより姉を殺されたことに関しては闇の中に葬られてしまった確率が高い。すっきりしない結末。それが結論だ。
あの再会の時以降、美香は時々夢を見る。瓦礫の下敷きになった三人が、血まみれになりながら同じ言葉を繰り返す夢だ。
──アンタナンカ シンジャエバ イイノニ……!!
いくら相手が姉を殺した確信犯とはいえ、見殺しにしたのは事実だ。きっと死ぬまでその事実は、美香の心に影を落としていくだろう。
♢
「……カ、ミカ!」
ボーっとしていた美香は、アルマの声ではっと我に返った。
「大丈夫か? 何かあったか?」
「う、ううんっ、なんでもない!」
美香は少し悩んでいた。三人を突き放した時の冷たい自分。もしアルマが知ってしまったらどうなるのだろうか。いくら優しい美香が大好きだと言っても、あんな自分を見せたら悲しまないわけないはず。そう思うとひっ迫してたからとは言えあんな風になったことを今更ながら後悔した。
「……」
事情はわからずとも何かを察したアルマは、シェイクをベンチに置き、美香を優しく抱きしめた。
「ふえっ!? ど、どしたの!?」
突然のことに美香は赤面した。
「何があったかは聞かねーけどさ、ミカがそんな顔だとオレだって落ち込むぞ? ミカは笑ってるか元気な方が良い。それだけでオレはパワーもらえるし、つらいことだって乗り越えられる。前に言ったろ? 全部背負うなって。どんなにつらいことだろうが、半分だけでいいからオレに背負わせてくれよ。ミカには幸せになってもらいたいんだから」
「アルマ……」
何があっても美香のことを信じる。アルマはそう信じて疑っていないようだ。美香はアルマの腕に触れた。
「……じゃあ、何があっても私の味方でいてくれる?」
「ああ! どんな時でもミカのそばにいる! ひとりぼっちになんかさせねーよ!」
「!」
そう言ってもらって単純に嬉しかった。姉が生きていた時と同じ安心感を感じた。
「……ありがと」
湖の水面がキラキラと輝いている。まるで今の美香の目に映るものみたいに。
♢
一方その頃、シェアハウスに来客あり。
その人影は静かにハウスに接近し、インターホンを押した。
「はーい」
すぐに穂乃果が対応した。
「どちら様ですか?」
その一瞬だった。
穂乃果の両目にレーザーポインターの様な小さな光が当てられた。キュイーンと妙な音が聞こえる。
「……」
穂乃果はしばらく呆然としたが、すぐににこりとその人を受け入れた。
「“いらっしゃい、待ってたよ”」
美香とアルマが帰ってきたのは、それからしばらくしてからだった。
「ただいま!」
「たっだいまー!」
「おかえりなさい」
いつも通りに穂乃果が出迎えてくれた。
「そうそう、急にごめんなさい。実はしばらくアンドロイドの子を預かることになっちゃって……」
「えっ?」
「ちょうどいいわ。紹介するわね」
そう言って穂乃果は二人にある人物を紹介した。
黒のノースリーブジャケットと半袖シャツに、緑色のカーゴパンツを着た、アルマよりちょっとだけ身長が高い青年だった。青年は真顔でこちらを見ていた。
「よろしくお願いする」
見た目は完全に人間そっくりなのに、若干システム音声っぽい声だ。突然の出来事に、二人はぽかんとなった。
♢
「というわけで、しばらくの間うちに住むことになった、アンドロイドのハーツ君です! みんな仲良くしてね!」
その日の夕方、アルマと美香以外の住人四名に、穂乃果は青年、ハーツを紹介した。ハーツは正座してこちらを見ている。
「よろしくお願いする」
ハーツはぺこりと頭を下げた。
「はわわあ~……またイケメンだあ~……!」
明里はさっそくハーツの顔の良さにときめいている。
「ああ……だんだんこのハウスもイケメンの割合が増えていくのか……?」
康二は寂しそうにそうつぶやく。
「アンドリョイドって、ルカ君といっしょー?」
「みたいだね。なんか声がシステム音声っぽいし」
「でも急だな? 何でまた預かることになった?」
「彼の所有者さん、お店の常連さんなの。その人がなんでも懸賞で旅行を当てたみたいなんだけど、旅先がアンドロイド立入禁止区域らしいのよ」
「立入禁止だとっ? 今時まだそんなとこあんのかっ?」
「ちょっと昔に故障で暴走したアンドロイドが観光客に怪我を負わせるって事件があって、それが原因みたい」
「あ~……それなら仕方ないよな。なるほど、だから預かることになったのか。災難だったな、お前さんも! まあ気ぃ落とすなよ!」
康二がハーツの背中をバシバシ叩いた。
「痛い、痛い」
「ちょっといい?」
そう言いながらルカはハーツの後ろ髪を上げ、うなじを露わにした。うなじには“R1-82”と番号が振られてある。
「R1? 君、万能型なの?」
「そのように設定されている」
「万能型ってことは、なんでもできるってことっ?」
明里の目が輝いている。
「一応」
「じゃあボール回して!」
千枝がボールを三つ持ってきた。おそらくジャグリングを見たいのだろう。
「ボール回し……了解した」
ハーツはボールを手に取り、難なくジャグリングを披露した。
『おお~!』
明里と千枝が感心して拍手している。
「やるなあ! あ、ならこれできるか? 甘栗の皮剥き! 間違って皮付き買っちまってよ」
「皮剥き……了解した」
ハーツは器用に甘栗の皮を剥きだす。
「おお~! さすがはアンドロイドだな!」
「しかも綺麗に剥けてる! すごいわね~!」
「じゃあじゃあ! 私の代わりに宿題できる!?」
「宿題……了解し」
「駄目よ? 明里がやりなさい」
穂乃果の怖い笑顔に明里はしゅーんとうなだれ、美香はあわあわと宥めるのだった。
「さ、そんなわけだから、今日の晩御飯はハーツ君の歓迎会よ!」
「じゃあごちそう出るのか!?」
「ちぃちゃんカレー食べたい!」
「もちろんよ。楽しみにしてて」
やったやったと繰り返しながらアルマと千枝は喜んでいた。
宣言通り、その日の夕食はカレーとマカロニサラダ、唐揚げとフライドポテトと豪華絢爛だった。明里、アルマ、千枝が目を輝かせる中、ハーツは興味を示さないまま、飲み物らしきパックをストローで飲んでいた。
「ハ、ハーツ君? 何飲んでるの?」
「燃料だ」
「カレー、食べないのか?」
「オレには必要ない」
「あっ、もしかして食べられないっ? 自動なんとか機能がないのっ?」
「自動食物分解機能は搭載されている。だがオレには必要のない機能だ」
「えーっ! もったいないよーっ! お姉ちゃんの料理は世界一だよ!」
「おう! ホノカのカレーは美味いもんな!」
「ちぃちゃんもカレー大好きっ!」
「ちなみに何て燃料?」
ルカはパックを確認した。パックには“Gタンクβアルカリ性”と書かれている。
「え……βの、アルカリ性……?」
ルカの声が少しだけ詰まった。
「燃料が何だって?」
「彼が飲んでるの、一リットルで三十万ぐらいする超高級燃料だよ」
『三十万っ!?』
「へえ、βの油分多めは見たことあったけど、アルカリ性は初めて見たな。どんな感じか教えてもらえる?」
「油分は少なめ。浸透率は高い。味に関しては説明不可」
「やっぱ高級品は違うのか……」
端っこで明里と康二が、三十万の威力に打ちのめされている。(三十万で漫画本何冊とか、ロゼ何本分とかをつぶやきながら)
結局ハーツは燃料しか口にせず、穂乃果の手料理には目も向けなかった。
「よおーし野郎共! 風呂に入るぞ!」
康二が威勢良くタオルを肩にかける。
「ハーツも入るよな?」
「アンドロイドに入浴は必要ない。現在、洗浄すべき箇所は該当なし」
「いやいやそんなこと言うなよ~! 風呂は良いぜ? 男のロマンがそこにあるからな」
「単純に男語りと演歌を聞かせたいだけでしょ?」
「早く入ろーぜー!」
「ああ悪い悪い! ま、ものは試しだ! 汚れてなくても入ろうゼ!」
「必要ない」
結局ハーツは風呂に入らなかった。
「ちえー、新作覚えたのに」
康二は湯船の中で愚痴を漏らしたのだった。
その後、ハーツは空き部屋に案内された。
「掃除は済ませてあるから、後は荷物を好きに置いてくれるといいわ」
「感謝する」
穂乃果と別れ、扉は閉められた。ハーツは所持していた鞄を床に置く。
「……周囲に反応なし。サーチを開始する」
ハーツは右手を左から右へ振る。すると、キーボードのような形のホログラムが出た。ハーツがそれを操作すると、いくつものウィンドウがポップアップされた。
──初日はシェアハウス住民について報告。
黛穂乃果。黛家長女。二十四歳。シェアハウスの寮母を務める。頭脳、運動能力共に平均。危険度レベルはE。
黛明里。次女。十四歳、中学二年。頭脳はやや下、運動能力は中の上。危険度レベルは同じくE。
黛千枝。三女。四歳、保育園年中クラス。頭脳、運動能力は発達中であることから、危険度レベルは論外。
立川康二。三十六歳、独身。建設会社大熊会に所属。左足が前職の事故によって義足と化している。頭脳は平均、運動能力も平均だがパワーに満ち溢れていることが見受けられることから、危険度レベルはD。
ルカ。カメラマン型アンドロイド。野鳥観察会に所属。頭脳明晰、運動能力は中の上、パワーも健在。しかし戦闘用ではないことから、危険度レベルは同じくD。ただし観察眼は鋭いため、要注意と見做す。
大空美香。十七歳、高校二年。黛家とは親戚の縁に当たる。フリースクール未来学園に所属。頭脳、身体能力共に平均。危険度レベルはE。
そして……無心の刃。またの名を、アルマ。かつての帝国最終兵器。頭脳は記憶欠損の影響で平均より下の一方、運動能力は測定不能。戦闘能力に高い水準を誇ることから、危険度レベル、SSS。前述の大空美香を守護していることから、特別な存在であることが見受けられる。
以上、報告完了──……。
ウィンドウが消去される。
「……基本的情報は履修済み。よってイレギュラーの介入確率は九パーセント。ハプニングによる問題はないと確定。これより、任務に移行する。皇帝陛下より下された任務はただ一つ。無心の刃を、破壊する」
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