第2章

0話② もう一つの惨劇

 炎が燃えている。

 空を見上げると、飛行船らしき乗り物が煙を上げて地に落ちてきた。爆発はしなかったが、激しく地面を抉って不時着した。


「マリーナ姫!!」


 誰かの叫びが聞こえた。アッシュ色の髪の青年だ。青年は飛行船に向かって走っている。

 すると、飛行船から誰かが出てきた。ペイルピンク色の髪をした美しい少女だった。少女は飛行船から出ると、ガクッと膝から崩れて倒れた。


「マリーナ姫!!」


 青年は倒れる少女を支えた。


「歯車……なんとか持ち出しました……!」


 少女は震えながら何かを取り出す。手の平サイズの歯車だった。


「これさえあれば、きっと……ごほっ、ごほっ!」


 少女は辛そうに咳き込む。


「喋らないでください! 早く、手当てを……!」

「ハーツ!!」


 そこへ、左腕が義手になっている青年が、多くの機械兵を連れて現れた。


「ユリウス……!!」

「マリーナまで……お前達は何を考えてるんだ!? これはゼハートに対する反逆罪だぞ!!こんなことをして、二人共ただで済まされるわけないってわかってるのか!?」

「聞いてくれ、ユリウス!! 奴は、ゼハートは…」


 すると、少女が青年の前に立った。


「マリーナ姫……?」


 少女は寂しげに微笑むと、義手の青年に向かって真面目な表情を見せた。


「ユリウス! あなたがお父様、ゼハートの友人であるのならわかるはずです! お父様は多くの犠牲を出そうとしている! この戦争に勝利してしまえば、お父様以外誰も幸せにはなれない!」

「……確かにそうかもしれない。でも、ゼハートは約束してくれた! 世界を全て手に入れたら、必ず平和な世界にしてやると!」

「それは……あなたを安心させるための口実。あの人がそんなことするわけがない。あなたのことも、道具としてしか見えていないはずよ」

「……だとしても、俺はゼハートのために戦う!! 邪魔をすると言うのなら、いくら二人が相手でも容赦はしない!!」


 義手の青年は背負っていたいくつかの武器から刀を取り出し、二人に刃を向ける。


「ユリウス!!」


 少女が青年の肩を引いた。


「ハーツ……よく聞いて。あなたに、世界の命運を託します」


 少女は持っていた歯車を青年に託した。


「これはあなたが持っていて。この歯車は、世界の命運を担う大切なもの。どうかこれを持って逃げなさい。あなた一人なら逃げられます」

「なっ……何を言ってるんですか! 姫を置いて逃げるなんてできません!」

「命令よ、ハーツ。あなただけでも逃げて」

「……っ!!」


 青年はぐっと拳を握りしめた。


「そんな命令……聞けるわけないだろ!! 知っているくせに!! もうオレはただのロボットじゃない!! マリーナ姫がくれた心がある!! オレの心が叫んでいる!! あなたを……お前を見捨てないって!!」

「!!」


 少女の目が潤んだ。しかし涙は流さずぐっと堪える。


「……ありがとう、ハーツ。あなたがいたから、私はここまで来れたのよ」

「マリーナ姫……!!」

「……いつだってそうだよな、ハーツ。お前が……お前だけが!!」


 義手の青年が二人を睨みながら刀を構える。


「!!」

「何でっ……何で人間ですらないお前が!!」


 義手の青年は歯を食いしばりながら距離を縮めて走りだす。覚悟を決めた青年が目を瞑る。しかし、感覚はなかった。


「……!!」


 ゆっくりと目を開くと、少女が刀に刺されていた。青年を庇ったのだ。


「あっ……!?」


 義手の青年が驚愕していた。


「マリーナッ!!」


 義手の青年は頭が真っ白になってしまったのか、刀を抜かずに離した。


「……良かった……ハーツ……」


 少女は力なさげに微笑み、そのまま倒れた。どうやら即死らしく、動かなくなってしまった。


「あ……ああっ……!!」


 義手の青年は言葉を失い、その場に立ち尽くした。


「そ、んな……嫌だ……こんな……こんな、ことは……!!」


 青年の目から涙が溢れる。


「……っ!!」


 青年は涙を流しながら拳を握りしめる。


「ユリウスゥゥゥ!!」


 怒りを込めた青年の拳が義手の青年に突き出された。

 が、それよりも先に義手の青年が、義手となっている左手で青年の腹を貫いた。


「がっ……!?」

「……悪く思うなよ、ハーツ……っ!!」


 義手の青年は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、そのまま手を離した。青年の腹に穴が開き、電流がバチバチと漏れている。


「……歯車は、俺が預かる」


 義手の青年の手には、歯車があった。青年はそのまま倒れた。


「ユリウス様ーっ!」


 そこへ、エルトリアの兵士らしき男がやって来た。


「ユリウス様! ご無事で何よりです!」

「……」


 義手の青年は歯車をポケットに隠した。


「……ゼハート、陛下に報告してくれ。裏切り者二名の内一名は死亡。残りは行動不能にしたと」

「は、はい!」


 義手の青年は遠くの景色を眺める。遠くからは炎が燃え上がっている。

「……ああ、これがお前の答えなんだな、ゼハート。もう戻ることはできない修羅の道を、お前は選んだんだな……」

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