6話 共同戦線〈後編〉
シェアハウスがある住宅街から徒歩圏内の商店街。
そこにある古いお店。“花井屋”と書かれた深緑色の暖簾が出ている。ここは源蔵が営む和菓子屋だった。美香は暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ!」
店に入ると、穂乃果の声が聞こえた。作業場から黛三姉妹とルカが顔を出した。
「あら美香ちゃん、アルマ君! おかえりなさい!」
「二人共! 良かったあ~、無事で! 軍警に連れて行かれた時はどうなるかと思ったよ~!」
「ご心配おかけしました……」
美香は苦笑いしながら頬を掻く。初めて見る店内の雰囲気に、アルマは興味津々そうに見回す。すると、鼻に甘い匂いがついた。
「なんか美味そうな匂いがする!」
「ここ和菓子屋だからね」
「おおっ、大空の嬢ちゃんか」
別室から源蔵が顔を出す。
「ご無沙汰してます、花井さん」
「おー、見ないうちにちょっと背ぇ伸びたな? ん? ああ、機械人の新入りも一緒か」
「あ、はい。アルマ君です」
アルマはひらひらと手を振って挨拶する。
「ふぅん……ま、よろしく頼むわな」
「二人共、あっちで手洗ってきて! エプロンとバンダナもそこにあるから」
「はい! 行こっか」
何かするのかと疑問に思いながらも、アルマは美香について行く。着替えを終え、二人は作業場へ向かう。
「美香ちゃんはお饅頭の梱包をお願い。黒餡と白餡それぞれ三つずつね」
「はい」
「アルマ君は初めてだったわね? 明里、色々と教えてあげてくれる?」
「はーい。じゃあアルマ君には……まずはお店の見学からかな?」
明里に連れられ、アルマは店内を見学することに。まず訪れたのは調理場だ。
「ここが調理場。和菓子を作る場所だよ。今はお饅頭を作ってるとこ」
ここにも甘い匂いが漂っている。一人の従業員が餡子を生地に手早く包んでおり、もう一人は蒸し器から饅頭を取り出している。完成したお饅頭にアルマは興味津々だ。
「食べてみるかい? 出来たてだよ」
従業員のおばちゃんが一つ差し出してくれた。
ほかほかの出来たてにアルマは顔を輝かせ、物も言わずかぶりつく。ふかふかの生地と餡子の優しい甘さが口いっぱいに広がる。
「美味い!!」
「そりゃあ良かったよ!和菓子職人の冥利に尽きるねえ」
あっという間に一個完食した。
「美味しいでしょ? ここの和菓子」
「ああ! なんていうか、すっげー優しい感じがする!」
「明里ちゃーん! ちょっといいかーい?」
遠くでおばちゃん二人が呼んでいる。明里は急いで駆け寄った。
「小豆運ぶの手伝ってくれるかい?」
「うん、いいよ!」
台車の上に小豆袋が二袋ある。明里はおばちゃん達と協力して一袋持ち上げるが、これがなかなか重い。
「あ、相変わらず重いなあ……」
「運べばいいのか?」
すると、アルマは明里達が持ち上げた袋を軽々と持ち上げた。
「えっ、ええっ!?」
驚く間もなく、アルマは台車の上に残っていたもう一袋も軽々と持ち上げた。
「おやまあ!」
「これはたまげた!」
おばちゃん達もびっくりしている。
「アルマ君!? それ三十キロぐらいあるよ!? えっ!? しかも二つも!?」
「全っ然余裕だし!」
「まあまあなんてたくましい子なんだい!」
「すごく助かるよ!」
おばちゃん達が若い女子並みにうっとりと惚れている。
しばらくすると、作業場のテーブルに色とりどりの和菓子が並びだした。全部先程運んだ小豆から作られていると明里から聞かされたアルマは、その美しさに見惚れていた。
「こんなちっちゃい豆粒からこんなに美味そうなのが……!!」
「すごいでしょ? 小豆は和菓子に必要不可欠な存在なのよ?」
そう言いながら穂乃果は包みにリボンをかけている。
「一個でいいからくれないかっ?」
「あ、これはダメ! お土産用だから!」
「お土産?」
「そ。これ用のね」
そう言って明里は箱を見せてくれた。“お祝い”と書かれた花柄の紙とリボンに包まれている。
「おじいちゃんのお友達に水彩画の先生がいてね、その人の七十七歳のお祝いのお土産品なの。喜寿って言うのよ。私も明里も小学生の時にちょっとだけ習ってたから面識があるのよね。だからこれは、私達二人からのお祝いでもあるの」
すると、とんとんと誰かがアルマの肩を指で叩いた。
「?」
振り向いた瞬間だった。何かがアルマの口の中に入った。
「んぐっ!?」
「はい、不意打ち成功」
そこにいたのはルカだった。
「今何を……美味い!」
口いっぱいにほんのり甘い味が広がる。ころころと口の中で転がる。飴玉のようだ。
「これ何っ?」
「あんこ飴。ここの名物。せっかく来たから最後の一個、あげようと思って」
そう言いながらルカは店裏に回る。
「じいちゃん。いつものやつは?」
「ああ、そこの壺だ。今月はちと少ないかもだが我慢してくれ」
ルカは小さな壺の蓋を開ける。
「……ん、充分だよ。三週間あれば保つかな」
壺の中からビニールで梱包された黒紫色の飴玉が出てきた。ルカはそれを麻の袋に詰めている。
「何してんだ?」
「飴の補充」
「作る途中でひび割れたり変形したりして商品にならなくなった飴を、こうしてルカ君が定期的に回収してるの。ルカ君はここのあんこ飴が大好きだものね」
「だってもったいないでしょ? 形が変わっても味変わんないし」
ルカはあんこ飴を一つ口に入れる。
「幸せ者だねえ、源蔵さんは。子供達がみんな手伝ってくれて」
「ええ。果報者とはこのことだわね」
「何言ってんだ。チビはおろか機械人のガキまでついて来て、鬱陶しいったらありゃせん」
源蔵がため息混じりに皮肉を放つ。
「おじいちゃん見てー。絵描いたのー」
「おおおっ、すごいなあ~! 上手に描きおって! 千枝は偉いなあ~!」
千枝が絡んでくると、さっきまでの皮肉はどこへ行ったのやら、源蔵は満面の笑みを見せた。
「ごめんなさいね。おじいちゃん、小さい子にはちょっと甘いから」
「ちょっと?」
♢
お店が閉店時間を迎えた。源蔵はお土産の和菓子を届けに自転車で行った。穂乃果は店のシャッターを下ろす。
「二人共、今日はありがとう。おかげで助かったわ。はい。これは頑張ったご褒美」
そう言いながら穂乃果が二人に差し出したのは、深緑色の小さな包みだった。
「わあっ、ありがとうございます!」
「出来たての花井焼きだよ。アルマ君もきっと気に入ると思う」
外はもうすっかり夜だった。一行はシェアハウスに帰宅していく。
「どうだった? 楽しかったでしょ?」
「楽しかった! 見るもの全部が新鮮だった!」
「そう言ってくれるとおじいちゃんも喜ぶわ。おじいちゃんはこの道五十年だから」
「なんかさ、あそこにいるとこう……心がほわほわするっていうか、優しくなれるような感じがしたんだ! わがしってすげーんだな!」
「でしょう? でもねアルマ君、和菓子は色んな人が関わっているのよ? 小豆や小麦粉とかの材料を売るお店がなければ作れないし、それを作る農家さんや業者さんがいないとそもそも作ることすらできない。売るお店がないとみんなに提供できないし、技術がなければ形すらならない。何か一つでも欠けていたら、和菓子は上手く出来ないのよ。和菓子だけじゃないわ。どんな時でもそう。誰か一人、何か一つ、たったそれだけが欠けていたら、あっという間にバラバラ。チームワークって大切なのよ」
「!」
「アルマ君も今の社会を生きるためにも、チームワークってのは大切だってこと、ちゃんと学ばないとね」
穂乃果にその件を話したわけでもないのに、何故か見透かされていた。いや、見透かされたと言うより、核心を突いたと言った方が正しい。美香のために一人で戦っていたアルマにとって、そのキーワードは重くのしかかる。アルマは胸に手を当てて空を見上げた。
「チームワーク……」
♢
その日以降、誠の宣言通りチームワークの特訓が繰り返された。
しかしなかなか上手くいかず、特訓中は常にヴィクトルはアルマに対して怒ってばかりだった。特訓が終わる度にアルマはくたくたになって休憩室のソファーでうなだれていた。
「ううう……今日もめっちゃ怒られた……」
そうぼやいていると、アルマの頬に冷たい感触がきた。
「?」
「今日もお疲れ様」
近くにいたのは、飲み物を持った誠だった。
「今日も見事に叱られたな」
誠はアルマの隣に座った。
「マコトの弟は短気なんだな」
「あいつは自分にも他人にも厳しいからね。でもあまり警戒しないでほしい。あれでも勝利はちゃんとアルマを良い方向に向かわせようと気を張っているんだ。あいつは真面目だから」
「ならなにも怒んなくていいのによ!」
「仕方ないさ。あれは勝利を改造した研究者の悪い影響だからね」
「けんきゅーしゃ?」
「ああ。イサミの開発者であり、勝利をサイボーグに改造した人だ」
興味を持ったアルマは誠の話を聞く。
「彼は非常に研究熱心で、故に非常に頑固な人だったんだ。思い通りにならないとすぐキレたり、自分とは違う考えを持つ人とはすぐに喧嘩したりしてね、まあ……ちょっと困った人だった。その気性は彼が開発、改造した機械人にも現れ出ていてね、彼開発の機械人はみんな手厳しく扱かれてしまっていたんだ。中にはあまりの厳しさに自らスクラップになった機械人もいたくらいだ」
そんなに厳しい人がいるのかとアルマは息を飲んだ。
「まあそれでも、イサミは良い方だった。前にも話したな? 彼女は樋口家に仕える機械人だって。彼女には元々、樋口家を守るという感情プログラムが設定されてあるから、ある程度厳しくても問題はなかった。元の性格プログラムが真面目だからってのも良い影響ではあった。が、問題は勝利の方だった。今じゃ考えられないだろうけど、実は彼、元々泣き虫で臆病な性格だったんだ」
「あいつが!?」
臆病で泣き虫だなんて、今の彼からは想像もつかない。アルマはびっくりして肩を震わせた。
「小さい頃は私の後ろに隠れがちでね、これくらいの小さな虫でもギャン泣きしてたんだ。私にとっては可愛い弟だから、嫌な思いはしてなかったよ。が、ある時どういうわけか、急に私を守りたいって言うようになってね、十四の時に戦闘用機械人になったんだ」
「!」
「ただ、さっきも言ったように開発者がとても厳しくてね、調整当初は毎日のように泣いていたよ。これじゃあ何の為に改造されたんだって、ずっと口癖のように愚痴っていたんだ。状況が変わったのはそれから一年後。その開発者が実験中の事故に巻き込まれて亡くなった時だ。己の無力さってのを改めて感じたんだろうな……以来、あいつは自分に厳しくなった。きっと、あいつにとって君は昔の自分みたいで放っておけないのかもしれないだろうね。敢えて厳しくしてるのは、あいつなりの愛情みたいなもんだろう」
自分は昔のヴィクトルに似ている。厳しくしているのは放っておけないから。初めて知ったヴィクトルの本音に、アルマは深く考えさせられた。
だがそれでも、もう少し自分のことも知ってほしい。似てるとはいえ自分はヴィクトル本人ではない。自分にだって譲れないものがある。せめてそれだけでもわかってもらいたい。ならどうすれば良いか。アルマは頭を悩ませていた。
♢
「そうねえ……まずはその人を知ることからかしらね」
詩音が腕を組んでうんうんと頷いている。その日もアルマは先日と同じように、学園で詩音と個別指導を受けていた。チームワークと言うキーワードが突っかかっていたアルマは、どうすればいいチームワークになるか、課題のドリルに苦戦しながらも詩音に相談していた。
「知る?」
「相手のことを知らずにチームワークなんて、知識ゼロで壊れたテレビを直すくらい非常に無理な話だからよ。まずは相手のことを知ること。その人が何を思っているのか、その人が何に対して怒っているのか、考える努力が必要ね」
とりあえずアルマは、最初の特訓の時のヴィクトルを振り返る。
何故あの時ヴィクトルは怒っていたのか。
自分が逃げたから。
何故逃げたことに対して怒っていたのか。
まだ敵がいて攻撃してくるから。
しかし攻撃は激しかった。
あのままいたらやられるのは確実。
だから逃げたのに怒っていた。
何故、何故、何故。
考えるうちにアルマの頭から湯気が出てきた。
「ア、アルマ君っ?」
「だあああっ、ダメだああーっ!! 考えても考えても答えが見つかんねー!!」
「落ち着いて落ち着いて! ほら、深呼吸して。深呼吸」
言われるがままアルマは深呼吸をする。
「悪いなシオン。ちょっとパンクしてた」
「そんなになるくらい相手は難しい人なの?」
「だってすぐ怒るし、ガミガミ叱るし!」
「あらら……それは難しいわね。でもさ、本当にその人は何の理由もなく怒るのかな?」
「え?」
「だって、誰かに対して怒っていたり、叱ってくれたりするってことはさ、その誰かのことを考えてるってことじゃない? そりゃあ、理由もなく怒る人もいるにはいるわ。でももし考えていないなら叱らず無視すればいいのに、その人はアルマ君のことを見ていたんでしょう? じゃあ、何か理由があるんじゃないかな?」
「理由……」
確かにヴィクトルは無視はしていなかった。それに自分では気づかなかった非を指摘していた。よくよく考えれば、ヴィクトルが理由無しに叱る要素なんてなかった。なんだかんだでちゃんとアルマを見ていたのだ。
「あいつはちゃんと見ていたってことなのか……?」
「おっ、ちょっとはわかったかな? もう少ししたら、今度は君からその人に自分のことぶつけてみたら? その人の反応次第で付き合い方を考えるといいわ」
「オレのこと……」
自分がヴィクトルに伝えたいこと。それを考えていた時だった。
窓ガラスがガタガタと揺れたかと思ったら、突然上空からヘリが飛んできたではないか。
「ええっ!? な、何!?」
アルマは窓を開けて確認する。ヘリから強く風が吹く。すると、ヘリのドアが開き、そこからヴィクトルが現れた。
「お前!」
「えーっと! どちら様ですか!?」
詩音からの問いに、同乗していたイサミが答える。
「突然の来訪失礼する! こちら軍警! 緊急事態のため来訪した!」
「またエルトリアの機械兵が出た! 大至急来い!」
今から色々考えようと思った矢先の事態。アルマは一瞬困惑しながらも、エルトリアがまた何か企んでいるのならと、意を決してヘリに乗り込んだのだった。
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