6話 共同戦線〈前編〉

 その日、突然彼はやって来た。


 チャイムが鳴ったので美香は玄関に向かう。扉を開けるとそこにいたのは、ヴィクトルと何人かのスーツの男性達だった。


「あ、あなたは……!」

「軍警局長からの呼び出しだ。すぐに準備を」


 突然のことに美香は呆気に取られた。


「美香ちゃーん?」


 そこへ、明里がやって来た。


「誰か来た……の……!?」


 初めて見るヴィクトルの姿に、明里は不意打ちのときめきを食らった。


(やだ……めっちゃイケメン!!)

「み、美香ちゃん……この人はっ?」


 もじもじと明里が尋ねる。


「軍警の、副官さん……」

「軍警の!? 嘘っ!? 私とそんな変わんない感じなのに!?」

「……僕は二十二歳だ」

「二十二!? えっ!? 年上!?」


 それはちょっと意外だった。確かにヴィクトルの見た目は明里や美香とそう変わらない感じだからだ。


「えっと……呼び出しって言うのは?」

「文字通りだ。わかったらさっさとあいつを連れてこい」

「あいつ……あっ、アルマ君のこと? 待ってて! 今起こしてくる!」

「あっ、明里ちゃん待って!」


 美香の制止を無視して明里は居間で寝ているアルマを起こしに行った。


「アルマくぅーんっ!! おっはよーっ!!」


 いきなり大声を出してきたため、さっきまで熟睡していたアルマもすぐに目を覚ました。


「おおおおはようっ、ございますっ!?」

「熟睡中ごめんね!? お客さん! アルマ君と美香ちゃんに用があるって!」


 アルマが何事かと言う間もなく、明里はアルマを無理矢理連れて行く。


「お待たせ! 連れて来たよ!」

「あ、明里ちゃん……!」

「……ああっ!? お前、この前ミカを叱った銀ピカ!!」


 ヴィクトルの眉がぴくりと動く。


「ヴィクトルだ。名前を間違えるな」

「えっ!? 叱った!? 美香ちゃんを!?」

「ああっ、えっと、私が悪いから叱ってくれただけで……」

「……埒が明かんな」


 呆れてため息をついたヴィクトルは指を鳴らした。そしてまた二人に手錠がかけられた。


「ええっ!? また!?」


 手錠をかけてくれたのはイサミだった。


「再度すまない。念のためだ」

「ご苦労。では行くぞ」


 言われるがまま二人は車に乗せられ、そのまま走り去ってしまった。


「ええええっ!? お姉ちゃあーん!! 美香ちゃんとアルマ君があーっ!!」


 明里はただ慌てふためくしかできなかった。


 ♢


 連れて行かれた先は、軍警本部だった。前回と同じく場所は局長室だ。手錠は着いた際に外してくれた。


「すまないね二人共。わざわざ呼び出してしまって。学校には私から連絡したから」


 誠は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「いえ、大丈夫です……」


 美香はそう言ったが正直不安だった。呼び出しとは何かわからないのだ。道中質問しようかと思ってはいたが、またヴィクトルに叱られるのもあれなので黙っていたのだ。


「そ、それで呼び出しとは?」

「ああ。本当はアルマにだけ用があるんだが、大空君がいないとごねるかと思ってね。保護者という意味で君も呼んだんだ」


 それは想像がつくかもしれない。草薙との面会も美香同伴を望んでいたくらいだ。

 そんな肝心のアルマは、美香に隠れながらヴィクトルをじーっと睨んでいた。ヴィクトルは気にもせず瞑想している。

 だが次の一言でその瞑想は終わった。


「単刀直入に言おう。アルマと勝利でペアを組んでほしい」

『!?』


 ヴィクトルはかっと目を開いた。


「兄う……じゃない、局長!! 何ですかそれは!? 初耳ですよ!?」

「すまんすまん。言うと絶対反対すると思って」

「当然です!! 誰がこんな馬鹿と!!」

「ば、馬鹿……!?」


 さすがにアルマもカチンときた。


「気持ちはわかる。うん、わかるさ。しかしまずは話を聞いてほしい。確かに、アルマにエルトリアの脅威と戦ってほしいとは私は言った。だが、それをたった一人に任せるのはさすがにどうかと考えてね。それに、彼は高い戦闘力があるとはいえ、それを上手く活用する技術はまだ甘い。そこでだ。経験のあるお前としばらく組めば、対エルトリア戦力として大きく貢献はできるんじゃないかと思ったんだ。要するに、しばらくアルマの先輩として戦闘のいろはを叩き込んでほしいというわけだ。何もお前、指導は初めてではないだろう? なら好都合じゃないか」

「ですが……!!」

「まあ、戦闘だけにしぼるならイサミに指導してやるのが適任なんだろうが、実戦やアドリブとなるとお前が適任だ。習うより慣れろ、と言うだろ?世界平和のためにも、な?」


 ヴィクトルはぐぬぬと苦し紛れに呻く。


「そういうわけだから、アルマも頼むよ。これもまた君の大事な大空君を守るためでもある」

「ミカのために……」


 アルマは視線をヴィクトルに向ける。ヴィクトルはギロリとアルマを睨んでいる。


「……こいつと組むってのはあれだけど、ミカのためになるならやる!」

「ア、アルマ君……!」


 美香は心配していた。明らかにヴィクトルはアルマを毛嫌いしている。そんな彼と組むなんて心配以外言葉が見つからない。


「助かる! じゃあ早速、二人の実力を見よう。イサミ、シミュレーターの準備を」

「はい」


 イサミは一礼し、部屋を出た。


「……言っておくが、局長に言われたからやるんだ。本来なら貴様みたいな馬鹿と組むなど、死んでもごめんだからな」

「おう! オレも美香叱った奴と組むなんて絶対ヤだかんな!」


 清々しい笑顔とは裏腹に放った悪口に美香はぎょっとした。


「アルマ君っ!? それ笑顔で言うことじゃないよ!?」

「大丈夫大丈夫! あんな奴いなくたって、オレはミカのためならなんでもできるし!」

「はははっ、それは頼もしいな!」

「局長……」


 ♢


 イサミから準備ができたと聞いたので、早速アルマとヴィクトルはシミュレーションルームと呼ばれる空間へ入った。

 場所の設定は廃墟と化した町だ。二人はとあるビルの屋上にいる。


「おお~……まるで本物だ……!」

「本物ではない。シミュレーターだ。そんなことも知らんのか」


 何かと噛み付くヴィクトルの言動に、アルマはむっとなる。

 すると、二人の前にモニターが映し出された。モニターには誠が映っていた。


〈モニター映ってるかい?〉

「はい。問題ありません」

〈よし。では今から君達二人がいかに協力できるかどうか、見せてもらう。まずは各々、戦闘準備に入ってくれ〉


 そう言われたため、アルマはチョーカーに触れ、パワードスーツを身に纏った。


〈勝利。武器に不備はないな?〉

「弾数、刃の状態、動作、いずれも問題ありません」

〈よろしい。ではミッションを伝える〉


 モニターにマップが表示され、いくつかの映像がポップアップされている。


〈ミッションは一つ。制限時間内に全てのターゲットを破壊し、ゴールまで辿り着くことだ。各地には攻撃型ミニボールとユニットを配置している。それぞれ赤い印は破壊可能。青い印は破壊NGだ。青を破壊したらペナルティとして一つにつき時間をマイナス一秒。ゴールは今いる場所から東にある高速道路だ。ターゲット配置図は勝利が持っててくれ。二手に分かれるもよしだが、今回はあくまでも協力できるかどうかだ。二人で協力しないと難しい局面も設定している。そこは頭に入れといてくれ〉

「……善処します」

「あれ? ミカは?」

〈あっ、ここだよ!〉


 美香がモニターに映る。


「見ててくれよな、ミカ! 絶対良いとこ見せるから!」


 アルマは自信満々にピースサインを送る。


〈う、うん。無理しないでね?〉

〈では、一分後にスタートだ。健闘を祈るよ〉


 モニターが切れ、カウントダウンが始まった。


「でっ? まずは何すりゃいいんだ?」


 そう言いながらアルマは準備体操をしだした。


「……ここから西に反応がある。まずはそこを攻めるのが吉だ。破壊対象は二種類。ミニボールは貴様に譲る。僕はユニットの方を破壊する」

「ボールだな! ラジャー!」


 カウントダウンが十秒に入った。二人は西の方角を向く。


「……足引っ張ったら殺すからな」

「それはこっちの台詞だ!」


 カウントがゼロになり、二人は走りだした。スタートダッシュを決めたのは、アルマだった。その瞬発力にヴィクトルは驚愕した。


(速い……!?)


 あっという間にアルマは遠くまで移動していた。


(あれが千年前だと……!? どんな脚力補正を搭載しているんだ!?)


 二人の様子を美香は誠と共にモニター越しに見ていた。


「不安かい?」

「えっ? あ、はい、まあ……」

「まあそんなに気を張らなくていいさ。ここからどうなるか、見届けようじゃないか」


 最初の反応は、高架下からだ。浮遊しているボールと地面を浮くユニットが待ち構えている。


「あれだな……!」


 アルマは片足に力を入れ、一気にターゲットに向けて加速した。ボールからビームが発射される。いくつものレーザービームをアルマは難なくかわし、ターゲットの一つをパンチで破壊する。追尾するビームをかわしつつ、アクロバットにアルマはターゲットを破壊していく。

 少し遅れてヴィクトルが到着した。


「なっ!? もうあんなところまで……!?」


 ユニットが標的をヴィクトルに向ける。ヴィクトルの足から拳銃の様な武器が飛び出す。ヴィクトルはそれを手に取ると構えた。狙っているユニットの中には、破壊NGの青印が一体あった。


「狙いを定めて……」


 ヴィクトルが慎重に狙いを定めていた時だった。


「キィィィック!!」


 アルマがオーバーヘッドキックでターゲットをサッカーボールの如く蹴飛ばした。そのターゲットがヴィクトルが狙うユニットの群れに向かって飛んできた。危機を察知したヴィクトルは後退した。ターゲットが群れとぶつかり爆破した。破壊NGの対象ごとだ。


「しまっ……!!」


 すると、ブザーが鳴った。おそらくペナルティを知らせるブザーだ。


「あり?」

「馬鹿!! 今狙った中に非破壊ユニットがあったんだぞ!!」

「マジ!?」


 やってしまったと考える暇はなく、ビームが次々に飛んでくる。


「ちっ!!」


 ヴィクトルの左腕が変化し、平たい甲板になった。ヴィクトルはそれを前面に出してビームを防いでいる。ビームからガードしながら走りだし、ヴィクトルは右腕を刃に変える。ビームをジャンプしてかわし、ユニットの一体を頭上から破壊した。着地する間もなく、ヴィクトルは空中から拳銃を発射し続ける。ユニットが次々と破壊される。


「おお~! あいつ、やるな!」


 アルマが関心していた直後、狙っていたミニボールがアルマに向けてビームを発射した。


「おっとおっ!?」


 間一髪でアルマは避けたが、ビームはヴィクトルにも飛んできた。


「!!」


 すぐに感知し、ヴィクトルは避ける。


「あっ、悪い!」


 ヴィクトルはきっとアルマを睨む。その時だった。一斉にターゲットが手に負えないくらいにビームを発射しだした。


「やばっ!!」


 咄嗟にアルマはヴィクトルを持ち上げる。


「なっ!?」

「逃げろ逃げろーっ!!」


 急いでアルマはその場を脱出する。ビーム自体はシミュレーターによる攻撃のため、当たってもちくりとした刺激が来るだけで、実際に外傷を負うことはない。


「お、おい!! 逃げるなっ!!」

「無理無理無理っ!! あれじゃ避けきれないって!!」


 ターゲット達は常に二人を狙っているため、すぐさま追いかける。


〈あー、ちょっとあれだね? 一時停止だ、イサミ〉


 シミュレーターが停止され、景色がノイズに飲み込まれて消えていった。


「と、止まった?」


 もう攻撃が来ないと知り、アルマはほっとした。


「このっ……馬鹿が!!」


 アルマに抱えられていたヴィクトルが降り、怒りの鉄拳制裁をアルマに食らわせた。


「痛っ……!?」

「あそこで逃げる馬鹿がいるか!! エルトリアと戦うというのなら、あれくらいで逃げるな!!」

「だからって殴ることねえじゃねーか!! あんなのいっぱい来たら普通逃げるって!! あのまま撃たれて穴だらけになれってか!?」

「逃げるにしても身を隠すくらい考えられるだろ!! 貴様、状況把握が浅はかすぎるぞ!!」

「そんな状況で考えられるかーっ!!」

〈はいはい二人共。仲良く仲良く〉


 スピーカーから誠の声が聞こえてくる。


〈あー、とりあえず一回戻ってきてくれるかい?〉


 シミュレーションルームを出た二人は、操作室と呼ばれる場所へ入る。操作室には美香と誠とイサミがいた。


「ミカーッ!! あいつイジワルだーっ!!」


 そう嘆きながらアルマは美香に抱きつく。


「あはは……よしよし」


 苦笑いしながら美香はアルマの頭を撫でた。


「……局長。もうわかったでしょう。あんな馬鹿と組んだら確実に死にます」


 ヴィクトルははあと長くため息をついた。


「まあまあそう言うなよ。今ので一応実力は見せてもらった。まずは勝利。お前に関しては特に問題はない。相変わらずの高スペックだ」

「!」


 それを聞いたヴィクトルは嬉しかったのか、ふふんと自慢げな顔だ。


「で、アルマの方なんだが、戦闘能力に関してはずば抜けているね。勝利より上なんじゃないかな」

「!?」

「オレってすごい!?」

「ああ。すぐにでも前線に出したいくらいにね。ただ、勝利もちょっと言っていたが、いかんせん状況の把握が苦手みたいだね。倒せればいいの精神でやってたんじゃないかな?」

「それじゃダメなのか?」

「ダメってわけじゃないけど、状況は把握した方がいいと私は思うよ。現に君、自分の攻撃で破壊NGの対象を破壊してしまっただろう? もしあれが攻撃してはいけない人間だったら、やってしまったでは済まされないよ」

「あ、そうか……」

「とりあえず今の君の課題は、協調性を学ぶことからだね。あとチームワークだ。今後ミッション成功するまでは同じことをやるつもりだから、頑張ってくれたまえ」

「またこいつと組むのか!?」

「局長!!」

「大丈夫だ。二人共伸び代あるし、上手くハマればいいチームになれると私は思うよ」


 誠はそう言っていたが、正直美香は不安しかない。現段階では二人の相性は最悪だ。上手くハマるとは思えないからだ。


「あと、大空君」

「は、はいっ?」

「君は仮にも彼の保護者的存在だ。なるべくで構わないから、チームワークとは何かを教えてあげてくれ」

「チームワーク……」

「つまり、協調性を教えてくれってことさ」


 確かに人間社会を生きる上で協調性は大事になってくる。協調性がなかったら孤立は確実だ。アルマにそれが耐えきれるなんて想像できない。


「な、なんとかやってみます……」

「よろしい。では今日はもう帰っていいよ。明日時間があればまた来てくれ。面会は常に許可できるよう、回しておくから」


 ♢


「チームワーク、チームワークかあ……」


 帰還許可を得た二人は、軍警本部近くの公園で休むことにした。美香は自販機でジュースを購入する。


「でもあいつイジワルだし、なんか苦手だ~!」


 ベンチに座りながらアルマは頭を抱えている。


「まあ、人には相性があるしね……」

「ミカのためになるなら仕方ないかもだけどよ、やっぱり納得いかないなあ~……」

「確かにあの人、ヴィクトルさんだっけ? 一匹狼って感じするもんね。チームワークは難しいかも。でも局長さん、上手くハマるまで今後もやるって言ってたし、それなりに努力は必要かも」

「うう……」

 がっくりとうなだれるアルマに、美香は何て声をかければいいかわからない。とにかくまずはアルマにチームワーク、すなわち協力することの大切さを教えてやらなければならない。


「……あっ」

「どうしたっ?」

「なら、あそこに行ってみる? 何かヒントがあるかも」


 そう言って美香はアルマをある場所へ連れて行くのだった。

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