5話 スクールデイズ

「どーだミカ! 似合ってるかっ?」


 アルマが自慢げにそう言った。

 今の彼の姿は、恭一のお古であるパーカーとTシャツに加えて、黒のテーラードジャケットとスラックスを着た、学生みたいなスタイルだった。


「うん、似合ってるよ」

「いやあ、まさか俺が就活時代に使ってたスーツが役に立つとはな。しかもぴったりサイズとは」

「おお~! 本当に学生さんだね~!」

「ありがとう、穂乃果さん。学校の手続きとか色々とやってくれて」

「いいのよ。これもアルマ君の社会勉強になるなら、安いものよ」

「明日からミカと一緒かあ……!」


 明日から始まる学校生活に、アルマは先程から興奮していた。


「なんか嬉しそうだね、アルマ君」

「これでミカをいつでも守れるからな! 留守番なんてもうごめんだ!」


 堂々と言うアルマに美香は照れっぱなしだ。


「美香ちゃんのために学校通うとか、ある意味すげえよなあ」

「これってストーカーじゃないの?」

「ルカ君! しーっ!」

「でも、ちゃんとお勉強するのよ? フリースクールとはいえ学ぶ場所であることには変わりないんですからね?」

「おいっす!」

「ちぃちゃんも保育園でお数字べんきょーしてるよ!」

「じゃあいざとなったらお願いしまっす!」


 アルマと千枝の謎のやり取りに、思わず美香は頬を緩めてしまう。


「……なんか美香ちゃんも嬉しそうだね」


 明里が小声で話しかけてきた。


「そ、そうかなっ?」

「アルマ君が来てから美香ちゃん、ちょっとだけど明るくなった気がするし。なんかお互いが必要不可欠って感じがする」

「……そうかもだね」


 ♢


 そして翌日、アルマ初登校日を迎えた。


「いらっしゃい、アルマ君!! ようこそ未来学園へ!!」


 来て早々に環が手厚い歓迎をした。


「あなたがうちに来てくれて本っ当に嬉しいわ!! これからお互い、切磋琢磨しましょう!!」


 環の熱い情熱にアルマは若干引いている。


「……すまんな。石塚はお前に会えて嬉しいんだ」

「石塚環さんと立花修君だよ。私と宗介君の部活仲間」

「タマキとオサムだな! うん、よろしくな!」


 アルマは二人と握手を交わした。

 さっそくアルマに校舎内の案内をした。


「何度も言うけど、ここ未来学園は所謂フリースクールよ。あ、フリースクールってのはね、訳あって普通の学校に通えてない人が通う、もう一つの学校みたいな場所よ。まあうちはフリースクールにしては結構しっかりとした場所なんだけどね。先生もいるし、部活もある。あとは、ここは機械人達の数少ない学び場みたいな所でもあるかな? ほら、機械人って普通の人とはちょっと違うでしょ? もちろん普通の学校に通えている機械人もいるけど、やっぱりどうしてもハンデが出るからね。うちはそういう人達も受け入れてるんだ。例えばそうね……あ、あの人」


 環が指を差す方を見ると、校庭で背の高い青年がストレッチをしている。近くには走り高跳びで使うマットとバーがある。


「一見普通の人に見えるでしょ? 彼、サイボーグよ」

「!」

「元々普通の人間だったんだけど、事故で瀕死の重傷を負ってね、脳以外は全身機械。機械の体だと人間の体と比べて柔軟性に欠けているんだけど、彼はその限界を超えたくて走り高跳びやってるの」

「すごいよな。向上心があるというか」


 アルマはそのサイボーグの青年をじっと見ていた。興味があるのだろうか。


「あ、あの子もだわ」


 校庭の階段で少女がパソコンを打っている。タイピング速度が速い。


「彼女はアンドロイドよ。人間の知識と文化を学びたくてここに通っているの」

「あっ、あいつ!」


 すると、校舎内の中庭から男子達が騒いでいる。


「あいつこの間の奴だよな!?」

「学校救ってくれた奴だ!」

「おーい!」


 男子からの呼びかけにアルマはとりあえず大きく手を振った。


「あらあら、もう人気ね?」

「なんでも男子のほとんど、彼に惚れちゃったらしいぞ?」

「何よそれ……」

「あ、あの!」


 今度は女子生徒二人がアルマの前にやって来た。二人共何故か顔を赤らめている。


「こ、この間はありがとうございました! 戦っている姿、すごくかっこよかったです!」

「かっこよかった?」

「褒められてんのよ」

「そうか! それはありがとう!」


 アルマの笑顔に女子二人はきゃーと黄色い歓声を上げて去っていく。


「女子にもモテモテとは……ハイスペックなサイボーグ拾ったわね、大空さん」

「ハ、ハイスペック?」


 その後も色んな生徒がアルマに興味を示す中、四人はある場所へ辿り着く。


「そしてここが我が部活、機械研究部! 通称キカケンの部室よっ!」


 部室の中は本棚で占められており、名前通り何かを研究する場所っぽい。


「本がいっぱいだ……!」

「おっ? 本に興味あるか?」

「自由に読んでもらって構わないわよ! ここは文字通り、機械を研究する場所なんだから!」


 すると、部室の扉が開く音がした。宗介が入ってきたのだ。


「なんだ、みんないたんだ! アルマ君も!」

「紹介するわ! 我がキカケンの部長、野々村宗介様よ!」

「ブチョー?」

「部活のリーダーみたいな人、かな」

「へえー! ソースケって偉いんだな!」

「いやあ~、部長なんて大したことないよ。あくまでも肩書きみたいなものだし」

「そんなもったいない!! 何せ部長は去年、二百年前の初代AI将棋盤を発掘、解析したことが国から表彰されたんだから……!!」

「ちょっ、待っ!? それは言わないでくれる!? 後にさらに古いやつ発掘で恥ずかしい目に遭ったんだから!!」

「まあ部長の家柄は代々機械人と強く関係のある家柄だしな。アルマも何か困ったら頼るといい」

「ソースケの姉ちゃんとかか?」

「そうそう! あとお兄さんもその辺り詳しいから」

「ソースケの家族ってすげーんだな!」


 それは確かに否定はしない。実際機械関係に疎い美香も何かと助けてもらっているからだ。


「で、ちょっとアルマ君にお願いがあるんだけど!」

「何だ?」

「良かったらうちの部に入らないっ? アルマ君みたいな機械人がいると、うちの部の広告塔になれそうなのよ! だってうちら、機械関係の部活だから!」

「それは名案だな!」

「あ、それいいね! 機械人がいたら色々と融通が効きそうだし!」


 つまり、アルマがこの機械研究部にいると宣伝効果があるということだ。


「ええっ? でもなんか利用しているみたいで私はちょっと…」

「いいぜ! ミカがいるならどこでも!」


 後ろ向きな美香に構わず、アルマは二つ返事で快諾した。


「ええっ!? い、いいのっ?」

「なんか楽しそうだしな!」

「ありがとおおーっ!! 歓迎するわっ!!」


 環はアルマの手をがっしりと握った。すると、また部室の扉が開く音がした。


「失礼するよ」


 そこにいたのは零だった。


「あっ、学長!?」

「お疲れ様っす」

「いきなりすまないね。ちょっとアルマ君を探してて」

「オレ?」

「大空君もいいかい?」


 零に誘われ、二人は学長室へ向かった。ソファーに座り、お互い対面している。


「まずはようこそ、未来学園へ。君を歓迎するよ。さっそくなんだが、君に大事な話がある」

「大事な話、ですか?」

「実はうちの学校は機械人保護団体、IMPと提携していてね、訳ありの機械人達を支援しているんだ。今回のアルマ君みたいにね。ただ、先日樋口大使から聞いたんだけど、君の場合他の機械人とはちょっと違う。言い方を悪くして言うなら、他の人より世間を知らなさすぎる、といったところだね。もちろん大空君や学校の生徒達がその辺りは支えてくれるだろうけど、やはりちゃんと大人から教えてもらった方が良いと思ってね。だから、IMPを通して君のために特別講師を迎えることにしたんだ」

「特別講師?」

「今日はその人を紹介しようと思って呼んだんだ。どうぞ、こちらへ」


 学長室に誰かが入って来た。

 長い黒髪をハーフアップにした、眼鏡をかけた女性だった。

 美香は慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「紹介するよ。草薙詩音さん。元々はIMPの職員だけど、今回教育実習生としてうちに来てもらった。草薙さん。彼がアルマ君と、保護者の大空美香君だ」

「はじめまして、草薙詩音と申します! 教員経験はまだ浅いですが、どうぞよろしくお願いします!」


 詩音は優しく微笑んでいる。優しそうな雰囲気に美香も安心した。厳しそうな人だったらどうしようかとちょっと心配していたからだ。詩音は眼鏡を上げて調整すると、アルマに目線を合わせた。


「あなたがアルマ君ね? 今日からよろしくね」


 詩音はアルマに手を差し出した。アルマは詩音をじーっと不思議そうに見つめている。


「?」


 その様子に美香は首を傾げた。

 すると、アルマがいきなり詩音の眼鏡を取った。アルマは眼鏡を不思議そうに観察している。


「これメガネか? 変わった形だな?」


 確かに彼女の眼鏡は少し変わっていた。金縁に花のモチーフが飾られている、丸フレームの眼鏡だ。


「ア、アルマ君っ!!」


 失礼なことをしたと思い、美香は慌ててアルマの頭を下げさせた。


「すみませんすみませんっ!!」


 一瞬ぽかんとなっていた詩音だったが、すぐに吹き出して笑った。


「樋口大使の言ってた通り、面白い子ね!」

「ふえ……?」

「いいのよ、大空さん。その眼鏡変わってるってよく言われるから。でも確かに、いきなり取るのはちょっとあれだったわね」


 詩音はそっとアルマから眼鏡を取り返し、掛け直した。


「私はいいけど、他の人にやったら迷惑でしょう? そんな時は何て言うのかしら?」

「?」

「ごめんなさい、だよ」

「……ごめんなさい」

「うん、良い子!」


 詩音はアルマの頭を優しく撫でた。それに対しアルマはちょっと照れ臭くなった。意外としっかりとした詩音の対応に、美香はまた安心した。


「……アルマ君には詩音さんが必要みたいですね」

「ええ。おそらく草薙さんにとっても。では草薙さん。さっそく彼との面談をお願いしてもよろしいですか?」

「はい! 行きましょ、アルマ君」

「えっ? ミカはっ?」

「ごめんなさい。大空さんは抜きで」


 美香は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


「やっ、やだ! オレはミカと一緒がいい!」

「アルマ君……」

「大丈夫よ。これでお別れって訳じゃないから。二人を引き裂くなんてできないもの。でも、今は大空さん抜きで、ね?」


 納得いかないのか、アルマは不機嫌そうな顔をした。


「……お昼は一緒に食べよう! ねっ?」

「!」


 美香のその台詞によってすぐにアルマは顔を輝かせた。


「約束だぞ!」

「うん」


 とりあえず機嫌が治ったみたいなので、美香は安心してアルマを見送った。


 ♢


 詩音の案内で個別教室に入ったアルマは、詩音との面談を始めた。

 と言っても最初は詩音がアルマのことを知る為、アルマから話を聞くだけになっていた。詩音はその内容を紙に書いている。目覚めたばかりなため、まだ深く掘り下げることはできないが、美香の話になると話は弾んだ。楽しそうに美香のことを話すアルマに、詩音は終始微笑んでいた。


「ふふっ、本当にアルマ君は大空さんのことが好きなのね。心を思い出させてくれた人、なんだっけ?」

「ああ! 記憶がなかったオレに優しく語りかけてくれて、それでここ、胸の辺りがすっごく熱く感じた。ミカに出会わなかったら感じなかったと思う!」

「そうね、心って大事だものね。学校に行くのは大空さんが心配だからって言ってたわよね? そんなに心配?」

「すっごく!」

「そう……でもねアルマ君。あなたはちょっと勘違いしてるかも」

「勘違い?」


 アルマは不思議そうに首を傾げた。


「単刀直入に言うと、大空さんはあなたが思っているほど弱い人ではないってこと。人間ってのはね、誰しもが必ず支えられないと生きていけないって訳じゃないの。もちろん、重い病とかで誰かに支えてもらわないと生きていられない人もいるでしょうけど、大空さんはそうじゃないでしょう?彼女にもちゃんと強さはある。個人差はあるかもだけどね」

「強さ……」

「そう。人にはそれなりに何かの強みを持っている。弱そうに見えたりそう思っているのはまだ気づいていないだけ。だから人は支えてばっかりではない。一人でも頑張れるって強気になれるの。まあ、それでも難しい時こそ支えてもらうのが一番なんだけどね」

「……ミカはオレがいなくても大丈夫ってことか?」

「それは大空さん次第かもね。私は大空さんの全てを知ってるわけじゃないから、自分が支えるべきかはこれから見極めるといいわ。……なんて、ちょっと難しかったかな?」

「いや! シオンと話していると、色々と気づかされてすげー面白い! もっと色々聞きたいって思う!」

「!」


 アルマは詩音をわくわくしながら見つめている。まだまだ話したいと言わんばかりだ。


「……そう言ってもらえると嬉しいわね。私もアルマ君ともっとお話ししたいって思ってた。もっと聞かせてもらえる?」

「もちろん!」


 その後も色んな話を交わし、いつの間にか時間はお昼になっていた。また午後に会う約束を取り付け、面談は一旦終了した。

 ちょうどその頃、美香が個別教室に入ってきた。


「失礼します。今いいですか?」

「ミカ!」


 アルマは一直線に美香の元へ駆け寄り、嬉しそうに抱きしめた。やはりこの感じはまだ慣れず、美香は照れてしまう。


「面談大丈夫だった?」

「ああ! シオンと話すの、楽しかった!」

「そう? それは良かった。すみません、草薙さん。ありがとうございます」

「いえいえ! こちらこそ! じゃあアルマ君、次は午後に!」


 アルマは詩音に手を振って教室を出た。最初に見た不機嫌そうな顔はもう出なさそうだ。


 キカケンの仲間と合流し、一行は屋上でお昼にすることにした。

 アルマは朝に穂乃果から渡されたお弁当箱を開けてみる。箱に入っていたのは、おにぎり三つと唐揚げ二個、卵焼きと茹でたブロッコリーだ。美味しそうな品々にアルマは目を輝かせていた。


「これ、ホノカがっ?」

「そうだよ。穂乃果さん、毎朝私と康二さんとルカ君にお弁当作ってるんだ。ほら、私と一緒!」


 よく見ると確かに美香とお弁当が一緒だ。美香とお揃いのお弁当にアルマの目が輝いている。


「あらあら~? お揃いのお弁当ですか~? もうすっかりラブラブですなあ?」


 環がニヤニヤ笑ってからかっている。


「こら、からかわないの!」

「どうだ、アルマ? 学校は楽しいか?」

「ああ! すっごく!」

「それは良かったわ! ここ、普通の学校とはちょっと違う場所だから、敬遠されるかなと思ってたけど、その心配はなさそうね」

「違う場所?」

「最初に言ってたでしょ? ここは訳あって普通の学校に通えない子が通うもう一つの学校だって。機械人はハンデとかで通う子が多いけど、人間はそうじゃないの。いじめで不登校や登校拒否になった子。なんらかの事情があって普通に勉強ができない子。中には家に居場所がなくて通っている子もいるわ。ここは言わばもう一つの居場所みたいな所。だから学校とはちょっと違うのよ。でもだからこそ、色んな人が色んな目的でここを求めているって訳。夢を叶えるために頑張るって子もここにいる」

「夢?」

「そう! ここにいる生徒の多くは夢を持って通っているの! 今朝走り高跳びのサイボーグの子がいたでしょ? 彼は機械人として走り高跳びでオリンピックに出るのが夢って言ってたわ。他にも、ホワイトハッカーになって国に尽くしたいって子や、スタイリストになって技を磨きたいって子もいるわね。ちなみに私は断然、機械関係の考古学者ね! 普通の学校じゃ学べないこと、いっぱい知りたいし!」

「石塚らしいな。あ、俺は図書館の司書」

「僕はまだふんわりだけど、姉さんみたいに機械人と関わる仕事がしたいかな」


 夢というのをあまり知らないアルマだったが、嬉しそうに夢を語る宗介達三人を見て胸を弾ませた。


「すげーんだな! なあ、ミカは?」

「えっ?」

「ミカにはユメ、あるのか?」


 何気なく言ったアルマからの質問に、美香は表情を曇らせた。


「ミカ?」

「あー……まだわかんないかな? ここに入ったのも、普通の高校と違ってのんびりできるからってのと、近所だからって穂乃果さんに勧められたからだし」

「それはそうかもね! 校風が自由な普通の学校もあるけど、ここはマイペースなのが売りですから!」

「あはは、そうだね」


 美香のその場凌ぎの苦笑いに、アルマは特に何も疑問に思わなかった。


 ♢


 すっかり日も落ち、とっぷりと夜が更けた。

 そんな時、シェアハウスにある一人の来客がやって来た。

 名前は花井源蔵。

 黛家の親戚(祖父の兄に当たる)であり、大空家の遠縁に当たる。両親を亡くしている三姉妹にとっては数少ない理解者の一人だ。

 そんな彼が経木で包んだ手土産を持ってやって来た。


「よお」


 穂乃果とルカが出迎えてくれた。


「あら、おじいちゃん。いらっしゃい」

「仕事終わり?」

「ああ。やっとひと段落ついたってとこだ」


 源蔵は玄関の縁側に腰掛け、手土産をルカに手渡した。


「ん? そいつか? 話にあった機械人の新入りってのは。大空の嬢ちゃんが拾ったって」


 源蔵は居間で横になっているアルマに気づく。

 アルマは美香が貸してくれた抱き枕を抱いてすやすやと眠っている。


「なんだ、もう寝てんのか?」

「ご飯食べたらころっと気絶したみたい。今日が初めての学校だったのよ。色々刺激を受けて、疲れちゃったみたい」

「午後は勉強一本だったから嫌だったって、愚痴漏らしてた。たぶんそれもじゃないかな?」

「ふうん……機械人にしては変わってんな。まあよかったじゃねえか。坊主も同じ話し相手が出来たからちょっとは気ぃ楽になったんじゃねえか?」


 ルカが手土産の包みを剥がしている。中身はしめ鯖寿司だった。


「どうかな……わかんないや。オレと彼とじゃ作られた年代も違うし」

「大丈夫よ。きっとその内仲良くなれるわ」

「んじゃ、儂もそろそろ寝るわ。明日もまた大仕事が待ってるからな」

「うん、おやすみなさい。明日手伝いに行くから」

「オレも明日は昼上がりだし、行くよ。あんこ飴のストックも切れそうだし」

「おうっ、助かる。じゃあな。戸締まりしっかりしとけよ?」


 源蔵は静かにその場を後にした。

 しばらくすると、美香がタオルケットを持ってやって来た。


「ごめんなさい、穂乃果さん。行儀悪いことしてしまって」

「今日ぐらいはいいわよ。アルマ君もここ最近色々あったんだし」

 美香はそっとタオルケットを掛けてあげた。

 穏やかに眠るアルマの寝顔を美香は見つめていた。


「こうしてみると本当に人間みたいだなあ……」

「今更言うこと?」

「ほら、美香ちゃんは機械系に疎いから」

「……なんか、アルマ君と会ってからは色々驚かされることばかりな気がする。まさかこんな身近に機械と関わるなんて、思ってもみなかったな」

「オレも機械人だけど?」

「ああっ、ルカ君はその、日常に馴染んでるっていうか、あんまり違和感がないっていうか……」

「……あー、そっか。オレ戦闘用じゃないもんね。刺激がないからって意味か」

「えっと、なんかごめんね?」


 美香は苦笑いを浮かべた。


「別に」

「……彼、これからも戦わされるのかしら」


 穂乃果が静かにそう言った。


「二人共、この間軍警に行ったんでしょう? エルトリア関係のこと?」


 ぎくりと美香は肩を震わせた。


「えっと、それは……」

「戦闘用に作られたんならいいんだろうけど、私としてはできれば戦わないでもらいたいわ。だって、彼は千年前の人間なんでしょう? 千年前って言ったらどこの国も戦争真っ只中って言い伝えられているわ。そんな時代に生きていたのなら、今この時間を平和に過ごしてもらいたい。現に彼、今楽しそうだし」


 それはあるのかもしれない。千年前を経験しているのなら、その分平和に暮らしてほしいものだ。


「……私も、そう思います」


 美香も考えていることは同じだった。美香はアルマの髪を優しく撫でる。


「私もできれば戦わないでほしい。でも彼のことだから、きっと嫌だって言うかもだけど……それでも私は、彼に幸せになってもらいたい」

「そうね……」


 犬の遠吠えが遠くから聞こえる。まるで何かが起きつつあることを予兆しているかのように。


 ♢


 崩壊した南極、及び新生エルトリア帝国領地。

 領地中心にある城にて動きあり。

 城の奥深くにあるは、四つのポッド。そのポッドには何かが保存されていた。

 エルトリア皇帝ゼハートはそれを見据えている。


「……今こそ目覚めの時。覚醒せよ、新たなる我が臣下達よ」


 そう宣言した直後だった。

 ポッドが四つ共にひび割れだした。バリンと大きな音を立ててガラスが割れた。中から黄緑色の液体が流れ出る。そこから四つの裸足が床に着く。


「長年にわたるスリープ状態からの無事の覚醒、実に見事であった。時は来た。今こそ我が大義を果たす時。貴様らはそのための同士でもある。その魂を我に捧げよ。提供せよ。この手で掴もうではないか。真たる完全勝利を」

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