4話 守るべきもの〈後編〉

 とりあえずもう危険性がないと感じたのか、避難していた生徒達が動かなくなった戦車の元へ集まってくる。


「これどーすんだよー?」

「さっき学長が軍警に電話したってらしいよ?」


 皆が戦車に注目しだす一方、機械人の生徒達はアルマに迫っていた。


「すごいぞあんた!! あんたみたいな機械人は初めてだ!!」

「お前は俺達機械人のヒーローだ!!」


 機械人、特に男性に位置付けられる機械人達がアルマを賞賛していた。肝心のアルマ本人はどう対応していいかわからずおろおろとしている。

 その一方で女性に位置する機械人二人が美香に話しかける。


「あの機械人、大空さんの知り合いなんだって?」

「羨ましい~。あんなイケメン見たことないわ!」

「えっと、その……」


 美香も何と返していいかわからない。


「アルマくーん!」


 そこへ、零が駆け寄って来た。


「あっ、学長だ!」

「アルマ君! 学校を守ってくれて、本当にありがとう! 何とお礼を言ったら……」

「いやいやっ、礼なんていらないって!ミカとミカの友達を守りたかっただけだから!」

「それでも学校を守ってくれたのは事実だ。みんなの居場所を守ってくれて、ありがとう!」


 生徒からも感謝の言葉が飛び交う。慣れない光景かアルマは照れ臭そうに頬を掻く。


「……みんなに提案がある。彼がもしこの学校に来てくれるとしたら、どうかな?」

「!」

「えっ、ここにっすか?」

「彼は色々と訳ありでね、社会勉強という意味でここで学んでもらいたいと僕は思う。みんなはどうかな?」


 すると、生徒達の顔が明るくなる。


「全然良いですよ! 大歓迎です!」

「はい! 学校を救ったヒーローですし!」

「少なくとも俺達機械人は歓迎しますよ!」


 アルマのことを拒む生徒は誰一人いない。皆彼のことを歓迎している。


「……まあそんなわけで、みんなこうして歓迎してくれてるんだ。大空君、君はどうだい?」

「わ、私は……」


 すると、アルマが背後から美香を抱きしめる。


「ミカと一緒にいられるのかっ?」

「ああ。ただし、彼女だけでなく、ここで色んなことにも目を通すこと。それを約束できるなら、僕は歓迎するよ」

「……!」


 アルマの表情が輝いている。


「ミカ! オレここに行きたい! てか、ミカと一緒にいられるならどこだっていい!」

「ア、アルマ君……」

「……大空君は嫌なのかい? 彼と一緒にいて、不愉快だと感じるかい?」

「!」


 不愉快だなんてとんでもない。アルマと出会ってからは驚きの毎日だ。見ているこちらが元気をもらえるくらいに。不愉快ならもうとっくに見捨てている。


「……じゃあ、ちゃんと勉強するって約束できるなら」

「いいのかっ?」

「うん」

「じゃあ頑張る!」


 アルマは嬉しそうに美香を抱きしめた。嬉しそうな彼の表情に、美香は照れながらも胸が弾む。

 その時だった。突然悲鳴が上がった。


「おいおいおい!? まだこいつ動くぞ!?」


 完全に停止したはずの戦車が、ぎしぎしと音を立てて起き上がろうとしている。アルマは美香を背後に隠して構える。アームの一本がアルマに向かってきた。


「っ!!」


 美香は思わずぎゅっと目を瞑った。

 すると、ガキンッと金属音が鳴る。


「……?」


 美香はそっと目を開ける。見ると、アームの一本が切断されていた。

 その近くには、きっちりと切られたシルバーブロンドの髪の青年が立っていた。青年の右手部分にはナイフの様な刃が生えている。

 青年がこちらを振り向く。青年の瞳は赤く、全身が白いせいでよく映える。


「……!?」


 異質な感じを醸し出す青年に、美香もアルマも目が離せなかった。それは周囲にいた生徒達も同じだ。


「何だ、あいつ……!?」

「俺、あいつ知ってるぞ……! 確か、軍警のスペシャルコップ、ヴィクトルだ!」

「軍警の!?」


 周囲がざわつく中、ヴィクトルと呼ばれたその青年は美香とアルマに近寄る。


「お、おおっ! 助けてくれてありがとな! あんたも機械人かっ?」


 アルマの問いには答えず、ヴィクトルは右手の人差し指を真下に降り、半透明のウィンドウを出した。見た感じどうやら何かの証明書らしい。


「軍警副官兼スペシャルコップ、ヴィクトルだ。先日の機械兵騒動における事情聴取のため、身柄を拘束させてもらう」


 彼の周囲に、軍服姿の人間達が並ぶ。


「えっ? はっ?」


 二人が呆気に取られていると、突然二人の手に頑丈そうな手錠がかけられた。


「は、はい!?」


 手錠をかけたのは、長い青髪の女性だった。女性は冷静な表情でこちらを見据えている。


「すまない。念のためだ。機械人はともかく人間の方は悪く思わないでほしい」

「お、おい! ミカに何する気だ!?」

「安心してほしい。悪いようにはしない」


 なす術もなく二人は車に乗せられてしまった。


「あああっ!? 大空さんがっ!?」


 それを見ていた環が慌てふためくが、どうすることもできず車は走り去ってしまった。


「どどどどうしましょう部長!?」

「どうするって言われても!!」

「……あ、軍警来たんなら、あれ処分してもらいたかったな」


 ♢


 手錠をかけられたまま連れて来られた場所は、軍警の本部だった。

 とりあえず美香とアルマは、ヴィクトルと青髪の女性について行く。


「あ、あの……」

「発言は許可していない。局長と面談するまではしばし黙っててくれ」

「は、はい……」


 気迫あるヴィクトルの佇まいに、美香はしゅんとなった。一方で美香を落ち込ませたと思い、アルマはむっとなった。

 しばらくして、大きな扉の前にたどり着いた。


「局長! 連れて来ました!」

「どうぞ」


 扉が自動で開いた。

 そこにいたのは、軍警局長、樋口誠だった。誠は書斎の椅子に座ってこちらを見ている。


「その二人が例の?」

「はい。解析用の画像とも一致してます」


 初めて出会う軍警の本部、そして局長に、美香は緊張で固まっていた。


「おいミカ! こいつ誰だ?」


 アルマが小声で尋ねる。


「ぐ、軍警……町の平和を守る人達だよ。で、この人はその軍警の一番偉い人……」

「まずは手荒な真似をしてすまなかったね。私は常に慎重なタイプだからつい、ね。イサミ、手錠を外してあげなさい」

「はい」


 イサミと呼ばれた女性は手錠を解錠した。とりあえず解放され、二人はほっとした。


「まあまずは座りたまえ。話をしよう」


 誠に言われ、二人は近くのソファーに座った。


「ああ君、武装は解除してもらっていい。堅苦しいのは苦手でね」

「?」


 おそらくアルマのパワードスーツのことを指しているのだろう。


「人間バージョンに戻ってって言ってるんじゃないかな?」

「ああ、そういうことか!」


 すでに戻る方法はミネルヴァから指示されている。人間時の姿をイメージするのみだ。

 アルマはがっちり装備された姿から、普通の青年の姿に戻った。


「へえ……“換装システム”か……珍しいのを使ってるんだね?」

「そ、それで、私達に何か……?」

「そうだね。単刀直入に聞こうか。イサミ、映像を」


 イサミが手に持っていた端末を操作し、空中に映像を映し出す。映し出されたのは、先日アルマが戦っていた時の映像だった。


「あの機械の化け物を倒したのは、君だね?」

「ああ、そうだけど?」

「理由を聞かせてもらえるかい?」

「理由……んなもん一つだ!あいつがミカを怖がらせたからだ!」


 堂々と答えたその時、ヴィクトルの刃がアルマに突き出された。


「!?」

「貴様、言葉には気をつけろ。局長の前での不遜な態度は許さんぞ」


 失礼な言葉だったのかと美香は冷や汗をかく。


「ヴィクトル」


 誠の冷静な発言に、ヴィクトルは静かに下がる。


「すまないね。つまりはあれかい? そこにいる彼女のために戦った。てことでいいのかな?」

「ああ!」

「それはさっきの戦いもかい?」

「もちろん! ミカの大事な場所を壊すのは許さねーからな!」

「!」


 フリースクールは大事な場所。そう言ってくれたことに美香は嬉しく思えた。


「……君はそこの彼女を強く想っているね?何か彼女に特別な理由が?」

「ミカはオレの大切な人だ!」

「!?」


 ストレートな発言に美香は赤面した。


「ミカはオレに心を思い出させてくれた。だからその恩は返さねーとな!」

「……純粋だね。うん、とても純粋だ」


 誠の顔が綻んだ。その様子にヴィクトルが咳払いをする。


「おっと、話がちょっと逸れたね。結論から言おう。我々に協力してほしい」

「協力、ですか?」

「ああ。先のエルトリア復権についてはすでに聞いてるね?」


 イサミが映像を切り替えた。あのホログラムの映像だ。


「千年前に存在した国にして、今の我々の文化を作り上げた、エルトリア帝国。が、国自体は異常だった。機械を利用し、世界征服を目論んでいた。あの最終戦争で負けていなかったら、今の平和はないだろうね。そのエルトリアもとい皇帝、ゼハート・ヴィ・エルトリア。最終戦争で死んだはずの彼が何故今現れたのか。再び侵略する気か、復讐か、未だ詳細は掴めていない。ともあれ、人々に害なすのは確かだ。放置するわけにもいかない。そこで君だ」

「?」

「すまない。色々と調べさせてもらった」


 誠はイサミから資料をもらう。


「君は立場上、難民扱いとされてはいる。だが君は千年前の人間。エルトリア時代から生きていたらしいね。もしかしたら、何か知ってるんじゃないか?」

「あっ……それは難しいと思います。彼は記憶喪失なので……」

「そうなのかい? ああでもそうか。千年間も眠っていたのなら無理もないか」

「……しかし局長。重要なのはそこではないかと」

「それもそうだね。重要なのは記憶ではなく、君の存在そのものだ。君はあの千年前の機械を倒した。普通の戦闘用機械人では難しかったことを、君はいとも簡単に成し遂げた。つまりは……わかるね?」

「あ……」


 美香はなんとなくだがぴんときた。

 アルマだけがあの機械兵に対抗できる。誠はそう言いたいのだろう。

 しかし肝心のアルマはぴんときておらず、首を傾げていた。それを見ていたヴィクトルがため息をつく。


「貴様だけがあの機械兵を倒せる。

 局長はそうおっしゃられているのだ」

「そう。今この危機に立ち向かえるのは、現状君だけとなる。我々軍警では手に負えない。だからこその協力だ」


 誠はアルマに対して手を差し出す。


「協力してもらえるだろうか? この世界の平和のために」

「あ、あの! それって、あの機械の化け物と戦ってくれってことですよねっ?」

「ああ、そうなるな」

「そ、それはできませんっ! アルマ君にそんな大変なこと…」


 すると、アルマが美香の肩に手を置いた。


「アルマ君……?」


 アルマは誠に対して真剣な表情を浮かべた。


「難しいことはよくわからねえ。でも、美香やこの世界を、あいつ、エルトリア皇帝って奴はぶっ壊そうとしてる。それを止められるのはオレだけ。そういうことなんだな?」

「……そうだね。今のところは」


 アルマは自身の右手を見つめ、握り締めた。


「……わかった! やってやる!」

「ア、アルマ君っ!?」

「だが一つ約束してくれ! オレが一番守りたいのはミカだ! だから、オレに何かあったら

 ミカを守ってくれ! そうしてくれるなら協力してやる!」

「なっ、貴様……!! 局長の提案にそんな条件など……!!」


 ヴィクトルがかかろうとしたが、誠が無言で制止する。


「局長!!」

「大丈夫だ」


 ヴィクトルは苦し紛れに下がった。


「……ああ、わかった。彼女の身の安全は保証しよう」

「!?」

「よろしいのですか? 局長殿。彼女は……」

「わかってるよ。一般市民一人だけのために交渉するなんてどうなのか。そう言いたいんだろ?」

「いえ……自分は別にそうとは……」

「……これはあくまで私の直感なのだが、彼からは強い何かを感じる。それはおそらく、あの皇帝にはないもの。そして少なくとも、悪意ではないもの。それがこの危機を打破する鍵になるかもしれない。なら、その何かを信じようじゃないか。私はそのためならなんだってやるよ」


 再び誠は手を差し出す。


「?」

「協力に対する感謝さ。握手は知っているかい?」


 とりあえずアルマは手を取った。誠がその手を握り返した。


「!」

「頼むよ」

「あ……ああ! なんかわかんないけど、あんた良い人なんだな!」

「それはどうも。ああ、自己紹介が遅れたね。樋口誠だ」

「まこと……マコトか! オレは…」


 するとまた、ヴィクトルの刃が突き出された。


「貴様……!! 局長を名前はおろか下で気安く呼ぶとは、いい度胸ではないか……!!」


 ヴィクトルはアルマをギロリと睨んでいる。


「す、すみません! 彼、ちょっとまだマナーとかがわからない状態でして!」


 慌てて美香はアルマの頭を下げた。


「構わないよ。君の好きなように呼ぶといい」

「しかし局長!!」

「心配ないさ。お前もそうかりかりしなくていい」

「……」


 ヴィクトルはアルマに鋭い眼光を放ち、すっと下がった。


「すまないね。彼はヴィクトル。私の弟だ」

「お、弟さんでしたか……あれ? でも名前が……」

「ああ、ヴィクトルはコードネームみたいなもので、本名は樋口勝利だ。で、そっちにいるのがイサミ。軍警隊員で樋口家直属のアンドロイドだ」


 イサミは礼儀正しく一礼する。美香も何気に礼を返した。


「それと、私は軍警局長の傍ら、こんなのもやっている」


 そう言いながら誠は美香に名刺を渡した。

 名刺には、“機械人保護団体 IMP大使 樋口誠”と書かれていた。


「機械人保護団体?」

「そこの彼は立場上では難民扱いとされていると言っていたね? 機械人はその特殊な人種柄故に、不遇の立場に置かれていることが多い。彼みたいに、身内が不明で行く宛がない者とかね。そこはそうした人達をサポートしているんだ。里親となる保護者を探したり、就職先を決めたりとかね。何かあればここを頼るといい。力になってくれるはずだ」

「すみません! わざわざありがとうございます!」


 美香はぺこりと頭を下げた。


「……君も頑張りたまえよ。君は仮にも彼の保護者……いや、大切な人なんだ。しっかり彼を支えてやってくれ」


 とりあえず話は終わったため、誠は二人を帰してあげた。美香は誠に頭を下げ、アルマは手を振った。終始アルマの態度が気に入らなかったのか、ヴィクトルは眉間に皺を寄せていた。


「良かったじゃないか、勝利。これでお前の負担も減るかもだぞ?」

「……いえ、別に必要ありません」

「……それより、今日起きた事件の件だが」

「あの戦車型機械のことですね」


 イサミが写真を投影した。


「調べによると、タイプは移動型R6のプロトタイプナンバー。先日の機械兵同様、千年前のモデルかと」

「非戦闘型にも関わらず無理矢理改造され、しかもワープ機能を搭載していたらしいな? これも皇帝の差金か……?」

「わかりません」

「狙われていた場所は未来学園。確かフリースクールだったな?」


 誠は資料を目に通す。おそらく生徒の個人情報であろう。その中には美香の個人情報があった。


「それは、あの少女の?」

「ああ。大空美香君。去年の秋頃にこの学園に来たとのことだ。現在の保護責任者は、親戚である黛穂乃果と言う女性が担っているそうだ。というのも彼女の実の両親、去年逮捕されたらしい」

「逮捕?」

「……まあ、色々あってな」


 誠にはその詳細は見えていたが、敢えて話さなかった。


「さて……考えるべきことは山ほどあるが、とにかくまずは彼、アルマだ。彼にもこれからやるべきことが山ほどある。それがどう転がるか、見届けてやらんとな」

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