2話 目覚めた心〈後編〉

「お、起きた……!?」


 突然の出来事に美香は一瞬唖然となったが、すぐに踵を返した。


「あっ、大丈夫!?」


 美香は慌ててベッドから降り、床の上で膝立ちした。

 青年がゆっくりと起き上がった。まぶたが開かれたその瞳は、アメジストの様な綺麗な色をしていたが、光が差していないようにも見える。虚な目、と言った方が近いだろう。青年は起き上がると、その体勢のまま動かない。


「あのー……?」


 すると、美香に気づいたのかこちらにゆっくりと向いた。虚な目に美香の心がちくりと痛んだ。何かを感じ取ったのか、美香は優しく微笑む。


「……大丈夫だよ。怖くないから」


 すると今度は突然、青年は身を乗り出した。


「えっ、あっ、ああっ!?」


 どさっと倒れる音がした。その直後、部屋の扉が開いた。


「美香ちゃーん?」


 相手は明里だった。


「お姉ちゃんがそろそろ晩ごはんだって……」


 明里の視界に映っていたのは、美香が青年に押し倒され、密着している光景だった。明里は持っていたタオルを落とし、呆然としていたかと思いきや、いきなり甲高い悲鳴を上げた。


「何だっ!? どうした!?」

「どうしたのー?」


 何事かと思い、康二とルカが自室から顔を出す。慌てふためいた明里が走り寄ってきた。


「エッエッ、エロエロエロエロ!!」

「エロエロって何だ!?」


 何のことかさっぱりわからない二人は、とりあえず明里が青年が寝ている部屋を指差していたため、部屋を覗く。


「だ、だずげで……」


 美香は今にも押し潰されそうになっている。


「……あれがエロ?」

「違ぇから!!」


 なんとか事情を飲み込んだ康二は美香を救出し、そのまま二人をリビングへ連れて行く。

 とりあえず青年が目を覚ましたということで、ハウスの住人みんなが集まる。


「もう、びっくりしたわよ!いきなり悲鳴を上げるから何事かと思ったわ」

「だだだだって!」

「ごめんね、誤解を招くようなことして……」


 青年はまだ寝ぼけているのか、船を漕いでいるかのような仕草を見せながら美香に寄り添っている。


「……それじゃあ私から質問。あなたのお名前は?」


 穂乃果から質問されたが、青年は答えない。ただ虚空を見つめているだけだ。


「あなた、名前は?」


 美香が聞き返すと、ぴくりと眉が動いた。


「……オレは」

「喋った!」


“オレは”と言っただけなのにみんなその第一声に興奮している。


「オレ、は……」


 しかしその一言から先は答えない。


「オレは、何?」

「……」

「まさか、名前思い出せないのっ?」

「まあ……ああ、でも無理はないんじゃない? 千年間も眠っていたんでしょう? だったら記憶も曖昧にはなるはずよ?」

「そっか……」

「記憶喪失ってやつか……あ! ならこれはどうだ? こういうのは頭に衝撃を与えてやりゃ

 戻るんじゃねーか?」

「そ、そんな痛いことさせられませんっ!」

「まあ仕方ないわ。無理に思い出すとかえって良くないと思うし、ゆっくり思い出させましょう?」

「……そうですね」


 美香は青年の手を握った。


「大丈夫。ゆっくり思い出そ?」

「……」

「名前思い出せないなら、思い出すまで新しい名前を付けといた方がいいんじゃないかな? ほら、呼ぶ時に不便だし」

「そうね。それがいいかも」

「はい! ちぃちゃん“タマ”がいい!」

「猫かよ!」

「どっかに名前に繋がるような手がかりない? 機械人ならどこかに番号とかあるはずだよ?」

「それが、咲世子さん曰くそういうのが一切なかったみたいで……」

「へえ、珍しいね。やっぱり千年前は違うのか……」


 とりあえずみんなで名前を考えることにした。


「……はい!」

「はい、康二さん!」

「見た目からシンプルに“メカメカマン”!」

「却下! なんかダサい!」

「はい」

「はい、ルカ君!」

「髪が赤みがかってるから“レッド”とかは?」

「うーん、なんか地味かも。とりあえず却下!」

「はい! タマがダメなら“クロ”がいい!」

「千枝はとりあえず猫から離れよ?」

「もう明里ったら、それじゃあ堂々巡りよ? ここは美香ちゃんに決めてもらいましょう?」

「えっ!? えーっと……って、あれ!?」


 ふと隣を見ると、青年がいなくなっていた。慌てて周りを見ると、いつの間にか冷蔵庫の前にいた。青年は冷蔵庫から何か缶を取り出している。それを見た康二が顔を真っ青にした。


「だあああっ!! ダメだダメだダメだっ!! それは特別な日に飲むスペシャルチューハイ!! てか未成年が酒飲むんじゃねえええ!!」


 慌てて康二は缶を取り上げた。何もなくなった手を青年は見つめる。

 すると今度はテーブルの上に視線を落とす。テーブルの上には画用紙があり、千枝が描いたであろう絵が置いてあった。その様子を見た穂乃果は嫌な予感を察した。


「はっ!? それは千枝が今日保育園で描いた、自信作かつお気に入りの絵!」


 止めようとしたが遅かった。持つ力が強すぎたのか、バリっと破れた。周囲の空気が凍った。


「ぎゃーっ!!」


 お気に入りの絵を破られ、千枝がギャン泣きした。


「寝ぼけてんのか!? 寝ぼけてんだな!? よーしわかった、そこへ直れ!!」

「康二さん落ち着いてっ!」

「ルガぐんん~!!」

「よしよし」

「みみみ美香ちゃん!? ちょっとだけでいいからその子連れて外に出てくれる!? こっちで落ち着かせるから!!」

「は、はいい~!!」


 美香は青年を引き連れて慌てて外へ出た。

 とりあえず時間を稼ぐため、シェアハウスがある住宅街から少し離れた、開発地区と呼ばれる町へ向かった。サイボーグとはいえ青年の今の風貌は少し目立つため、人気の少ない海の見える公園へ行った。


「ここ座って」


 青年は美香に言われた通りに芝生の上に座った。


「……あのね? 後で帰ったら、ちゃんと謝ろう? あの絵は千枝ちゃんのお気に入りだったの。お気に入りのものを壊されたら、嫌でしょう?」

「……」


 青年は何も答えず、ただ虚空を見つめる。光が差していない虚な瞳に、美香は再度胸を痛めた。


(何も感じてないのかな……? ううん、と言うより、感じるのを拒んでいるみたいな……まるで、“昔の私”みたいだ……)


 美香は青年を優しく抱き寄せる。


「……?」

「……大丈夫だよ。私は君の味方だから」

「味方……?」

「うん。でもね、悪いことしたら駄目なの。君だって、悪いことされたら嫌って思わない?」

「嫌……?」

「心がちくんって痛まない?」

「こころ……心って、何だ?」

「……心はね、誰かを思う気持ち。誰かに優しくするためにあるもの。そして心は……」


 美香は青年の胸を見た。彼の胸元には、青く光るアロンダイトスフィア。美香はそれに優しくそっと触れた。


「!」

「心は、ここにあるもの」


 美香は優しくはにかんだ。風がびゅうっと吹いた。

 青年は触れられた胸に手を当てる。


「心……」


 すると、それまで光がなかった瞳に、キラキラとしたものが差したように見えた。

 と、その時だった。

 ズンと何か来たかと思ったら、突然激しく地面が揺れだした。


「わっわわっ!?」


 あまりの激しさによろめいた美香を青年が受け止めてくれた。


「あ、ありがとう……!」

「あ、ああ……」


 しばらくして、地震は収まった。

 が、直後に“それ”は起きた。

 突然空にレーザー光線みたいなのが出現し、何か巨大なものを描きだした。やがてそれは、人の形を作った。何重にも重ねられた甲冑とマントを纏った、顔の見えない存在だった。大きさはざっと二十メートルはある。


「な、何……!?」


 全長二十メートル以上あるその映像は、美香以外にも見えていた。町にいる者が皆、何事かと目を見張っている。たちまちそれはSNSにも広がり、世界中から注目されるようになった。

 やがて、その映像から音が聞こえ始めた。


『地球上に生きる全ての民よ。我は、エルトリア帝国皇帝、ゼハート・ヴィ・エルトリアである』


 その言葉を聞いた者全員は、喉を詰まらせ、呆けていた。当然美香もそうだった。


「エルトリア、皇帝……!?」


 ♢


「エッ、エッ、エルトリア皇帝ーっ!?」


 石塚家自宅から環と修がその映像を見ていた。


「エルトリアって、千年前の……」

「何コレ何コレ何コレ何コレ!? ノストラダムスの予言か何か!?」


 ♢


「エルトリア、だって……!?」


 一方で宗介達野々村兄弟も自宅から見ていた。


「エルトリアって滅んだんじゃないの?」

「どういうこと? 千年も前に死んだはずの

 皇帝が何故今更……?」


 ♢


 たちまち巨大な映像はニュース速報となり、世界中に知らされるようになった。世界中が困惑する中、映像の人物は続ける。


『既に周知の通り、我が帝国は千年前に、最終戦争の失敗を以て滅んだ。しかし、我々は諦めはしなかった! 我は新たな体を手に入れたのだ! そして今、ここに新生エルトリアの建国を宣言する! 目覚めよ、我が機械兵!』


 すると再び地震が起き、美香と青年がいる公園から見える海から何かが隆起してきた。


「な、何……!?」


 現れ出たのは、無数の脚を持った蜘蛛の様な形をした機械だった。機械兵と呼ばれたそれは海から現れ出ると、高く跳躍し、地上へ降り立った。しかも最悪なことに、その場所は美香がいる所だったのだ。


「あ……ああ……!?」


 機械兵の顔らしき部分から赤い光が鈍く光る。まるでこちらを見ているようだ。あまりの大きさと不気味さに、美香の膝が震えている。しかし、ふと視界に青年が映り、美香ははっとした。


(……この人は戦闘用サイボーグかもって咲世子さんは言ってた。この人が戦ってくれればなんとかなる……!?)


 一瞬希望が見えたが、すぐに美香は咲世子や穂乃果と交わした約束を思い出す。


(ダメ……いくら戦闘用だからってそんな危険なことさせられない……!! 何より、私が守るって約束したじゃない……!!)


 恐怖心を必死になって抑え込み、美香は青年の手を引く。


「逃げるよ!」

「えっ、あ……!?」


 とにかく遠くへ。美香はそう決めて走った。当然のように機械兵が追いかけてきた。陸上選手でもなければ特別足が速いわけじゃない。だがそれでも離れなければと美香は必死に走る。

 やがて二人は公園を抜け、海を抜け、崖のある場所まで走った。しかしもうこれ以上は走れない。体力的にも、場所的にも。


「あ……!」


 目の前は海。そして崖上だ。これ以上進むには飛び降りるしかない。だがそれは自殺行為だ。明らかに高さがある。


「どうしよう……一旦引き返して…」


 振り返ると、そこには既に機械兵が追いつめていた。機械兵はじりじりと二人を追いつめる。美香は顔を真っ青にして震えている。


「あ、あ……!!」


 美香は青年に視線を移す。青年は呆然と立ち尽くしている。


(……この人だけでも、せめて……!!)


 覚悟を決めた美香は青年を思い切り突き飛ばした。


「あっ……!?」


 青年が崖下に落ちる。あの感じなら海がクッションになって助かるはず。美香はほっと胸を撫で下ろした。ところがその直後、機械兵が一気に攻め寄り、美香を突き飛ばした。


「きゃっ……!?」


 美香は青年よりスピードを出して落ち、落下する青年を追い越した。美香は上にいる青年に手を伸ばす。


(もう、ダメ……!!)


(心はね、誰かを思う気持ち。誰かに優しくするためにあるもの)


 美香の言葉が青年の頭をよぎった。


「心……」


 青年の中で何かが弾きそうになる。ずっと封じ込めていた、何かが。

 すると、彼の胸のアロンダイトスフィアが

 眩い光を放った。まるで何かが覚醒したかのようだ。


「胸の奥が……熱い……!」


 その一瞬だった。美香の姿が一瞬だけ、違う人間の少女に見えた。

 金髪碧眼の、見目麗しい少女。


〈助けて!〉


「っ!!」


 ドクンと脈打つ鼓動。何かが、解放された。

 青年はゆっくりと美香に手を伸ばす。


「!」


「“エシリア”ッ!!」


「え……!?」


 自分とは違う名前に美香は呆気に取られた。

 青年は美香を抱きしめて、そのまま海へとダイブした。激しく水飛沫が上がる。崖から見下ろす機械兵はそのままどこかへ行ってしまった。


 ♢


 深い深い闇の中を美香は漂っていた。

 自分は死んだのだろうか。何も感じられない。ただ聞こえるのは、誰かの声。


(誰……誰なの……?)


 美香は声のする方に向かって手を伸ばした。


 ♢


「おい! しっかりしろ! おいって!」

「っ!?」


 体を揺さぶられたせいか、美香ははっといきなり覚醒した。目の前にいたのは、びしょ濡れになった青年だった。美香は今青年の腕の中にいた。


「私……生きてる……?」

「……良かった……!! 助けられた……!!」


 青年はほっとし、美香の額に頭を当てた。いきなりの接近に美香はドキッとした。


「あ、あの……ごめんなさい、近い……」


 はっとなった青年は慌てて離れた。


「怪我してねえよなっ? どこか痛むかっ?」

「えっと……うん、大丈夫。多分」

「よし! じゃあ大丈夫だな! うん!」


 青年はゆっくりと美香を立たせた。すると、どこからか爆発音が聞こえた。


「!?」


 見ると、開発地区の町から火の手が上がっている。


「……そうだ! あの怪物が!」


 美香はさっきまでの出来事を思い出した。明らかにあの機械兵だ。機械兵が町に出たのだ。


「どうしよう……!! 町の人が……!!」


 美香は自分のせいかもしれないと顔を真っ青にした。今は開発地区だけだが、このまま放っておけばハウスがある町にも被害が出るのは目に見えて確実だ。すると、青年が美香の肩に両手を置き、視線を合わせた。


「大丈夫だ……! オレが何とかしてみせる……お前を悲しませる奴は、オレがぶっ飛ばす!」

「え……!?」


 青年はすぐさま走りだした。


「あっ、ちょっと待って!」


 美香は慌てて青年の後をついて行った。


 ♢


 美香の予想通り、機械兵は開発地区で暴れ回っていた。機械兵は人間機械人問わず傷つけている。緊急事態に警察やら自衛隊やらが何とか駆けつけるが、あまりの凶暴さに歯が立たなかった。


「くそっ……このままじゃ被害がデカくなる……!! 応援を呼べ!! 軍警に連絡だ!!」

「は、はいっ!!」


 ♢


 軍警。文字通り軍事警察の略称だ。被害規模が大きな事件事故は彼らの専門だった。まさに今、この軍警の出番だということだ。

 さっそく軍警本部に連絡が行き届く。局長室にて数名の軍人に囲まれながら、一人の男が鎮座していた。


 軍警局長、樋口誠。

 軍警における全ての権限を持つ男だ。


 逆立った黒髪に涼しげな目をした風貌。一見局長らしさはないが貫禄は感じられた。


「樋口局長。例の機械モンスターは現在、開発地区二都を制圧。今のところ死者は出ていませんが、それも時間の問題かと」

「化け物に関して何か情報は?」

「先ほど専門家による報告が来ました。おそらくは戦闘用R2タイプのプロトタイプ版。千年以上前のナンバリングかと」

「あの映像通り、千年前の機械が目覚めたというわけか……まだ制圧されていない地区の避難誘導は?」

「完了まであと三十パーセントです」

「まずいな……これじゃあ手が回らないな……とりあえず避難は最優先に。ランク3以上の武器携帯も許可する」

「はっ!」

「念の為、“彼”の出動許可も出す」

「了解! 聞いていたな、“ヴィクトル”! 時間がない! 早急に出動せよ!」


 扉の近くに、きっちり揃えたシルバーブロンドの髪をし、白銀の鎧を纏った青年が立っていた。


「……了解。スペシャルコップ、ヴィクトル。

 任務遂行を開始する!」


 ♢


 開発地区のあちこちで火の手が上がっている。消防車がいくらあっても足りないくらいだ。無作為に暴れ回る機械兵は、逃げ回る人々を怪しく見つめている。

 すると、赤ん坊を抱きしめていた母親らしき女性が足を躓いてしまった。最悪なことに機械兵にマークされてしまい、無数の脚の一つが女性を踏みつけようとした。


「いやああああっ!!」


 もうダメだと女性は赤ん坊を強く抱きしめた。しかし、踏みつけられた感覚が全くしない。


「……?」


 恐る恐る振り向くと、サイボーグの青年が脚を受け止めていた。


「早く逃げろっ!!」


 女性はぺこぺこと頭を下げながら走っていく。その様子を遠くから町の住人が見ていた。


「何だっ、あいつ!? 母親を助けたぞ!?」

「脚受け止めるとか怪力すぎんぞ!?」


 機械兵は脚を強く押し込んでいく。


「ぐっ、ううっ……!!」


 地面のアスファルトがひび割れる。このままでは押し潰されてしまう。


「こ……のおおおおおおっ!!」


 青年は力を振り絞り、押し返した。機械兵はバランスを崩して激しく倒れた。町の住人達からおおーっと歓声が出た。しかしすぐさま機械兵が起き上がってきた。


「あの脚が厄介だな……まずはあれをなんとかしないと!」


 また進もうとする機械兵を、青年は止めようと脚を掴んだ。しかしやはりと言ったところか、脚は止まることなく進む。青年もつられて引きずられてしまう。


「止っまれええええ!!」


 青年は足を踏ん張って引っ張る。少しだけだが機械兵の進みが鈍くなった。


「おおっ、あの機械人すげえぞ!?」

「なんつーパワーだ!」


 すると、青年を邪魔だと感じたのか、機械兵が激しく蹴り飛ばした。


「がっ……!!」


 青年は激しくアスファルトに叩きつけられた。厄介払いできた機械兵は再び進む。


「待ち、やがれ……!!」


 青年がよろけながらも立ち上がる。


「あいつそのものをぶっ倒さないと意味がない……!! 最速で、一撃でやれる、そんな攻撃があれば……!!」


 青年がそう強く願っていた、その時だった。突然左手が熱く感じた。見ると、左手が発光し、気づけば左手がリボルバー付きの義手に変化していた。


「力がみなぎる……! これなら!!」


 青年は再び走りだし、高く跳躍した。狙うのは脚に繋がっている部分、すなわち本体だ。


「ぶっ飛べえええええっ!!」


 左手に力を込め、球体状の本体に突き出す。リボルバーが激しく回り、バキバキバキッと本体がひび割れる。青年がアスファルトに着地した途端、機械兵は電流を漏らしながら停止し、そのまま爆発した。


『……!!』


 町の住人達が言葉を失っていた。

 一撃であの機械兵を倒した。その事実を飲み込めていないのだ。

 だが、それ以上に驚いている人がいる。


「……やった、のか……!? オレが……!?」


 爆発した炎を青年は目を丸くして見つめる。


「……やったあああああ!!」

 一人の男性がそう叫んだ。

 それに火がついたのか、町中で歓声が上がる。


「何だよあの機械人!? すげえよ!! あの化け物を一撃で!!」

「ヒーローだ!! 俺達のヒーローだ!!」


 絶望から歓喜に変わる。まるでお祭り騒ぎに等しい。人々は青年を讃えていた。

 その人混みを掻き分けて、美香が遅れてやって来た。


「……!!」


 あの青年が倒したのか。美香は驚くことしかできなかった。青年が美香に気づいた。自分がやったことを示すかのように、美香に向かってサムズアップサインをした。


「!」


 すると、青年は美香に向かって走りだし、突然美香を抱き上げた。


「へっ!? あ、あの!?」


 青年は美香を抱き上げながら高く跳び、ビルを渡ってその場を去った。町の人々は青年に感謝の言葉を放つ。

 そこへ、やっと軍警の部隊が到着した。部隊を率いていたシルバーブロンドの青年が、青年の去り際を見つめていた。


「あの機械人は……!?」


 ♢


「……間違いない。

“無心の刃”、生きておったか……」


 ♢


 海のさざなみが穏やかに響く。さっきまでの騒ぎが嘘みたいだ。美香と青年は互いを見つめていた。美香の目に映っている青年は、もう目覚めたばかりの時とは違っていた。

 虚だった瞳には光が差し、まるで本物のアメジストが埋め込まれたかの様に、キラキラと輝いている。表情もいきいきとしているのがわかる。これが青年の本性なのだろうか。


「なあ」

「!」

「お前、名前はっ?」

「……美香。大空美香」

「みか……ミカか……!」


〈“アルマ”……あなたなら出来るわ……あなたならきっと、この世界を……〉


「……そうだ、思い出した。オレの名前」

「!」

「……アルマ。それがオレの名前だ!」

「アルマ、君……」


 青年、アルマは優しく美香を抱きしめた。


「!?」


 突然のことに美香はドキッとした。


「……ありがとう、ミカ。オレの心を、取り戻してくれて」


 サイボーグもとい機械人のため、人としての物理的な温もりはアルマからは感じられない。

 だが、それでも不思議とそう感じた気がした。

 不思議な感覚に、美香は無意識のうちにアルマを抱き返したのだった。

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