3話 はじめましての日常〈前編〉
なんとか機械兵騒動を鎮圧し、軍警の青年ヴィクトルは本部へ帰還した。
彼の前には誠が鎮座していた。
「ではヴィクトル、いや、樋口勝利副官。状況の報告を頼む」
「……イエス、マイマスター。開発地区を暴れ回っていたR2タイプは、所在不明の機械人によって討伐。自分が到着した時には既に……」
「事情聴取はできなかったか?」
「それが、すぐに去ってしまって……申し訳ありません」
「……いや、いい。開発地区の被害が収まっただけでも十分だ。事情聴取はまた次でいい。その時は、頼めるな?」
「承知しています」
「……さて、問題はこれだな」
誠はモニターに映像を映した。あの巨大ホログラムの映像だ。
「エルトリア帝国皇帝、ゼハート・ヴィ・エルトリアを名乗る者。千年以上前の人間が何故今になって現れたのか。そして出現した千年前のプロトタイプ。偶然にしては上手くいきすぎている。もしあの映像が本人なら可能性は一つ。奴は新たな体を得たと言っていた」
「……奴自身が機械人だと?」
「あくまで推測だ。ここ最近の地震の連続発生といい、何かが起きているのは確かだ。慎重に情報を集める必要はある。その辺の通達も君に任せてもいいか?」
「局長のお望みのままに」
「……ここでは崩してもいいんだぞ? 勝利」
先ほどまで堅かった誠の表情が緩む。
「不安要素はあるだろうが、何も時間がないわけではないんだ。あまり気を張るとぽっきりいくぞ?」
「兄上……」
「そうそう、それでいい。ともあれ期待してるぞ、我が弟よ」
♢
「そーいうわけで、改めてよろしくお願いしやっす!」
あぐらをかきながら頭を下げるアルマに、穂乃果達はぽかんと見ていた。
無理もないだろう。何故なら彼はさっきとは雰囲気が違うからだ。
「……なんか、雰囲気変わってね?」
「そうね……妙にハキハキしてるっていうか……」
「美香ちゃん美香ちゃん」
明里が美香の服の裾を引っ張る。
「どうしちゃったの、あの人? すごく感じ変わってるんだけど?」
「あー、えっと……目が覚めた、的な?」
美香も何て説明しようかわからなかった。
何せ急にああなったため、原因すらわからないのだ。とりあえずさっきまで寝ぼけてた風だったので、目が覚めたとしか説明できない。
「ごめんな! 大事な絵を台無しにしてしまって!」
アルマは手を合わせて千枝に謝っていた。
「あん時はなんつーか、寝ぼけてて判断がつかなかったんだよ!絵は元通りにはできないけど、もうしないから! 頼む、このとおーり!」
「もうしない?」
「しない!」
「じゃあ“ねんしょ”書いて!」
千枝が破いたメモ用紙を出す。
「ね、“念書”っ!? 千枝ったらそんな難しい言葉、どこで学んだの!?」
「ルカくんから聞いた!」
「ごめん。約束させるにはどうすればいいか聞いてきたから、念書書けばいいんじゃないかって」
「ルカ君ったら! もお~!」
「ねんしょ……はよくわからないけど!」
アルマは千枝を抱き上げた。
「!」
「高い高いしてやるからさ! それで許してくれないかな?」
言葉通りアルマは千枝を高い高いしてやった。
「きゃー!」
千枝は嬉しそうにはしゃいでいた。
「あらあら、あの分なら許してくれそうね」
「絶対さっきのこと忘れてんな」
「……それで、アルマ君だっけ? 名前思い出せたんだよね? てことは記憶も思い出せた?」
「記憶……」
明里の問いにアルマはうーんと考える。
「……ダメだ! 名前とオレには心があるってこと以外は全く……」
「そっか。でも名前だけでもよかったよ!
危うく変な名前付けそうになってたし」
「アルマ……スペイン語で“魂”って意味だね」
「名前がわかったなら、明日にでも申請しないとだわ」
「しんせい?」
「そうよ。あなたがここに住むってことは、この地に生きる人として認めてもらわないといけないのよ。一応、咲世子さんって言うあなたを検査してくれた人からの話では、住所も身内も生存すらも不明なことから、あなたは難民ってことになったわ。とりあえずそれも含めて、明日はあなたのことをちゃんと国に申請しないといけないの。でないとあなた、放浪者になっちゃうもの」
「わっ、それは大変だね!」
「んー……難しいことはわっかんねえけど」
アルマは美香を後ろから抱き寄せた。
「ひゃっ!?」
「オレはミカと一緒ならなんだっていい!」
「ちょっ、アルマ君……!」
「はいはい。とりあえず離れて?美香ちゃんが困ってるでしょう?」
穂乃果は優しくアルマを離した。
「おおう……意外と大胆な奴だな?」
「うん、かなり……!」
「さ、今日はもう遅いわ。みんな歯磨きして寝ましょう」
「はーい!」
穂乃果に諭され、寝支度を済ませた美香は自分の部屋のベッドに寝転がった。
「……今日は本当に色々あって疲れた」
早いとこ寝ちゃおうとした、その時だった。
どこからかバタバタバタッと音が聞こえ、バンッと自室のドアが開いた音がした。
「!?」
びっくりした美香は起き上がった。自室の入り口の前にいたのは、アルマだった。
「ミカ! 一緒に寝ようぜ!」
アルマは布団を持って目を輝かせていた。
「え……ええっ!?」
「なあなあいいだろっ? 一人で寝るの、なんか寂しいんだよ! 一緒に寝れば寂しくないし、ミカに何かあればオレが守ってあげれるし!」
「ちょっ、待っ、さすがにそれは……!」
「ダメか……?」
アルマは美香を見上げて伺っている。まるで子供、子犬みたいだと美香は不覚にもきゅんとときめいてしまう。しかしだからと言ってベッドに一緒に寝るのは気が引ける。
「……ちょ、ちょっと待ってて!」
何か思い立った美香は慌ててタンスを開けて中を探る。
「えーっとえーっと……あった!」
美香はタンスからイルカを象った抱き枕を出し、アルマに手渡した。
「?」
「眠れない時に使ってるんだ。今日はとりあえずこれで我慢して?」
抱き枕というのがわからないのか、アルマは抱き枕を色んな方向から観察している。
「えっと……こう使うんだよ」
美香は抱き枕を抱きしめる仕草をする。とりあえずアルマもそれを真似てみる。
「……!」
ふとすんすんと匂いを嗅ぐと、花の様な良い匂いがした。
「なんか、良い匂いがする……」
「あ、多分ポプリのせいかも。安眠効果があるって言うから……」
「ん……」
さっそく眠気が来たのか、アルマは抱き枕を抱いたまま床に寝転がった。
「あっ、床で大丈夫っ? なんなら布団敷くけど…」
言う間もなくアルマは眠ってしまった。とりあえず持って来た布団をかけてあげた。寝顔はとても穏やかでどこか可愛らしい。
「……本当に子供みたい」
なんだかほっとした美香は、自分も寝ることにした。
「……おやすみ」
♢
もしかしたら昨日のことは夢かもしれない。そんな気がして美香は目が覚めた。
外はすっかり朝だ。美香は慌てて起き上がった。床には抱き枕を抱きしめながら眠るアルマがいた。
「夢じゃなかった……」
安心したような落胆したような、よくわからない気持ちだった。
すると、外で鳩がバサバサッと羽ばたく音が聞こえた。その音に目が覚めたのかはわからないが、急にアルマの目が開き、飛び起きてきた。
「ひゃっ!?」
思わず美香は変な声を上げる。
「……あっ、ミカおはよう! よく眠れたかっ?」
美香を見た途端にアルマは擦り寄ってきた。
「う、うん……おはよう……」
とりあえずアルマを連れて美香は一階へ降りた。
昨日の話では、今穂乃果は千枝を保育園へ送った後、アルマの件で役所に行っているはずだ。康二もルカも今日この時間は仕事に出ている。となると今このハウスにいるのは、自分とアルマとあと一人。
「大っ変!! 遅刻しちゃううーっ!!」
制服姿の明里が走り回っている。
「あ、おはよう美香ちゃんアルマ君!!」
「おっ、おはよう!」
明里は急いで食卓にご飯と味噌汁と納豆を置く。
「ごめん、納豆混ぜて!」
「は、はいっ!」
言われるがままに美香は納豆を混ぜる。
「お姉ちゃんやルカ君がちゃんと起こしてくれたのに、何で二度寝しちゃったんだろー!?」
明里はすごい勢いで納豆ご飯を食べている。それを美香とアルマはぽかんと見ていた。
「あ、美香ちゃん今日学校は!?」
「えっ? あ、あるけど、今日はアルマ君のことがあるから先に咲世子さんの所に行こうと思うけど……」
「そうだったー! 美香ちゃんとこは登下校自由だもんね! いいなー、私もそこに行きたかったなー! って、もうこんな時間!?」
明里は朝ご飯を平らげて玄関へ向かう。
「それじゃ、朝練行くんでごゆっくり!」
嵐の如く明里はハウスを出ていった。
「……」
「なんつーか、すげー騒がしかったな?」
「あはは……明里ちゃんは元気だから……」
美香も朝食を食べ終え、アルマを咲世子の診療所兼研究所へ連れて行った。
「あっ、美香ちゃん!」
研究所には宗介と恭一がいた。
「あれっ? 宗介君に恭一さん? 二人共学校は?」
「姉さんに頼まれちゃって……今日ミネルヴァさんが帰国するから片付け手伝ってくれって」
「大学の授業が午後からだから、俺はそのついで」
「……あっ! その人!」
アルマに気づいた宗介が近寄ってきた。
「野々村宗介君。友達だよ」
「ソースケ……」
「あ、どうもどうも」
「兄の恭一です~」
アルマは美香の後ろに隠れながら、二人をじっと観察していた。
「なんか、ごめんね?」
「あー、大丈夫大丈夫」
すると、研究所の扉が開き、咲世子が入ってきた。
「ごめんなさい!ちょっと遅れちゃったわね」
「姉さん! ううん大丈夫。ある程度は片付いたから。それよりほら、美香ちゃんが」
「……あら? 目覚めたのね、良かった」
咲世子はアルマをまじまじと観察している。
「は、はい。今日は色々と検査してもらいたいかな~って思って来たんですが……」
「あー、姉ちゃんに用があったんだ? いやあ~、それならちょうどいいや。姉ちゃん相手なら色々調べられるし」
「?」
「実はさ~、俺もその人に関して疑問があったんだよね。昨日SNSに投稿されてたやつなんだけど……」
そう言いながら恭一がスマホを見せてくれた。
「これ、君だよね?」
映っていたのは、昨日の機械兵騒動で戦っていたアルマの姿だった。
「ほええっ!?」
いつの間にか撮られていたことに美香は驚く。
「えっ!? あっ、本当だ!! あの怪物やっつけたの、君だったの!? 全然知らなかった!!」
「まあ!」
「SNSが彼への賞賛でいっぱいだよ。ニューヒーローキター! とか、開発地区の英雄だー! とか。あ、超テライケメンってコメントもある」
「オレ褒められてる!?」
「うん。ヘイトもほんのちょっとあるけど、ほとんど君を褒め称えてるコメントばかりだよ。で、本題に入るんだけど……」
恭一がずずいっとアルマに詰め寄る。
「君、もしかしてスーパーヒーロー……?」
「えっ?」
「その格好にあの活躍っぷり、もう明らかにスーパーヒーローだよねっ?しかもよくよく見たら君、あれに似てるよねっ? 俺が子供の頃大っ好きだった、英雄王アイアンキングのアイアンキング!! このフォルム!! このメカメカな感じ!! まさにそっくりだ!! あのっ!! 良かったらこのTシャツにでいいんでサインを…」
「はいそこまで」
興奮する恭一の頭を咲世子が硬いファイルボードで制裁した。
「ごめんなさいね、うちの弟が」
「兄さん、ああなると止まらなくなるんだよね」
「あ、あはは……」
気を取り直し、咲世子はアルマの診察に入った。
「なるほどね……」
美香から話を聞き、咲世子は椅子に座りながら深く考えている。
「覚えているのはアルマと言う自分の名前と、自分には心があるという事実だけ、ね……」
「まあ千年も眠っていたんでしょ? 記憶が曖昧になるのも無理ないんじゃない?」
「他に何か覚えていることはあるかい?」
「ん~……」
アルマが腕を組んで考えている。
「ダメだあーっ! 思い出そうとすればするほど頭の中がモヤモヤして……無理!」
「……あっ、そう言えば」
美香がふと思い出した。
「落ちた私を助けようとしてくれた時、私のこと“エシリア”って言ってたよね?」
「エシ……リア……?」
「エシリアって誰?」
「エシリア……エシ、リア……?」
アルマは頭を抱えて硬直していた。
「……ごめん。やっぱり思い出せない。あの時は心が目覚めたばかりだったから、よく覚えてなくて……でも……大事な名前、な気がする……」
苦しそうに頭を抱えるアルマに、美香は申し訳なく感じた。
「ご、ごめん! 記憶を呼び戻そうとしただけなのに、なんか……ごめんね?」
「ああいや! ミカが謝ることじゃ……」
「エシリア……もしかしたら、元の持ち主の名前かもしれないわね」
「きっとそうだよ!」
「一応後で調べてみるわ。でもまずは、あなたの身体能力とかを調べなきゃね。色々テストするから協力してくれる?」
「テスト?」
「あなたの得意不得意を調べるってこと。大丈夫。そんな難しいことはないわ。美香ちゃんのためにと思って、ね?」
「そうかっ? ミカのためになるならやる!」
アルマは挙手して意思を示した。
「……なんか、見た目によらず素直だね?」
「いやあ、生意気よりはマシだよ」
かくして、咲世子による身体能力テストが開かれた。
内容は大きく分かれて二つ。運動能力テストと知能テストだ。
純粋に能力を見定めるため、アルマは研究室に移動することになった。いくつもの監視カメラを通して、咲世子はアルマを観察している。とりあえず咲世子以外何もやることないので、美香は宗介達と掃除することにした。
なんでも今日はミネルヴァと言う、咲世子と同期の研究者がイギリスから帰国するらしい。そんな彼女を出迎えるための掃除とのことだ。
掃除を一通り終えたら、三人はとりあえずそれぞれの課題をすることに。
そして、テスト開始から約一時間半後、咲世子がアルマを連れてやって来た。
「お待たせ。結果が出たわ」
咲世子はモニターに監視カメラの映像を出す。
「まずは運動能力テストだけど……結論から言うと、測定不能ね」
「えっ? 測定不能って……」
「うーん、簡単に言うと……めっちゃ運動神経良い! って感じかしら?」
「褒められたっ?」
アルマは美香に対して顔を輝かせた。
「多分?」
「ランニングマシーン、速度最大値を超えて故障。パンチングマシーン、測定不能かつ故障。砲丸投げ、シミュレーターでは測定できないくらい遠くへ投擲。バーベル上げ、最大値600kgを二つ同時上げ成功。シャトルラン、走り幅跳び、世界記録の二倍。ざっとこんなものかしらね」
記録を聞く度に美香は言葉を失い、宗介に至っては目眩を起こすほどだ。
「わー、サイボーグってすごーい」
恭一は若干棒読みで称賛している。
「あなたオリンピック出たら確実に金メダルね」
「それってすげーのかっ?」
「ええ。ドーピングかって疑われるくらいに」
「えっ、えっと……ち、知能テストはっ?」
「文字の読み書きに関して説明すると、読みに対する暗記力はずば抜けてたわ。ただ……」
「ただ?」
「どうもあなた、道具が使えないようね」
「!」
突かれてしまったのか、アルマは申し訳なさそうに顔を背けた。
「ペンの持ち方、文字の書き方、その他カトラリーの使用がわかってなかったみたい」
「カトラリー……」
美香には覚えがあった。今日朝食を食べていた際、アルマは物欲しそうに美香の朝食を見ていたが、決して食べようとはしなかった。
(そっか……お箸が使えないから、それで食べようとはしなかったのか)
「あと、簡単な言葉や文章の理解はできるけど、複雑な文章となると時間がかかるか理解不能。知能に関して簡単に言うと……精神年齢十二、三歳ってとこかしら?」
それを聞いて三人はアルマを見た。
(中学生……!!)
なるほどと強く納得してしまった。
「まあ、この辺りは美香ちゃんや周りの人の協力があれば、人並みに苦労はしなくなると思うわ。身柄を預かると言った以上はそうしなきゃね」
「あ、はいっ! が、頑張りますっ!」
アルマが精神的に自分より幼いと知った途端、ますます美香のプレッシャーが高まった。自分が守らねばと言うプレッシャーだ。
「あとはそうね……」
咲世子はアルマを観察する。
「……少し派手ね」
「あー……」
おそらく彼の装甲についてだろう。
「まあ今の時代なら、このままで出歩いても問題はないけど、普通に暮らすとなるとちょっとあれだわ。ちょっとそれっぽくしましょうか」
「それってつまり?」
「彼の姿を今風に改造させるってことよ」
「えっ!? 改造……!?」
恭一が残念そうにショックを受ける。
「そんなに彼の姿が気に入ったの? 兄さん……」
「かいぞー……」
「別の姿にするってことよ」
「や、やだっ!!」
アルマは慌てて美香の後ろに隠れる。
「この格好じゃなきゃ戦えないし、ミカを守れなくなる!」
「ま、守るって、何からっ?」
「ミカを泣かす奴から!」
「あー……要するに、いつでも戦えるようにしたいってこと?」
宗介からの問いにアルマは大袈裟に頷く。
「だよね!! 姉ちゃん、そうしよう!!」
「ああ、ごめんなさい。もうミネルヴァに約束取り付けちゃった」
恭一がガクッと膝から崩れ落ちた。
「さっきから言ってるミネルヴァさんって?」
「戦闘用機械人専門の科学者なんだ。姉さんの助手みたいな人。一般向けじゃない機械人を一般向けにする技術に長けているんだ」
すると、バンッと扉が激しく開いた。強風が吹き込んできた。
「ひゃあ!?」
「て、てて敵か!?」
「ええっ!? もう到着したの!?」
「えっ?」
「あっはあああんっ!! 超ウルトラハイパー天才科学者ミネルヴァさん、ここに帰国よおおおっ!!」
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