第13話 仲間。そして、敵
レイモンドとシュリアは、要塞と化した町の外に居た。
鎧を付けてるとはいえ、異形のモノには見えない二人。しかし、人間が二人きり。
今の異形のモノが襲ってきている状況で、呑気に声をかけてる方がおかしいのかもしれない。
だからか、町に向かって声をかけても、何の応答もない。
それどころか、町からの音もしない。
要塞や城塞というよりも、無人の廃墟の様な雰囲気を漂わせている。
「これじゃあ、異形のモノが一匹入り込んだだけで、誰も逃げられないな……」
様子を伺うも、気になるのはやはり異形のモノ。
敵が居るか居ないかで、この町を過ぎるかどうかを決めようと思っていた。
「中には人はいますね。気配は僅かにします。けど……すごく怯えてますね……」
無事なら良いと思うも、それでも心配。
「よく分かるね……」
なんとなくという返事に、理由は教えてもらえないかと諦める。
「いずれ食料も尽きて……それからどうするつもりなんでしょうね」
そうだな。と言いつつ、踵を返す。
「安全になったら、すぐに教えればいいよ。シュリアはここに残って貰っていいかな? 異形のモノが来たら教えて欲しい」
「はーい」と相変わらず気の抜けた返事をするシュリアを後に、レイモンドのは「岩場の方に行ってくる」と走りだした。
シュリアから聞いた大体の位置に敵がいる。
未だにどうやって索敵してるのかはわからないが、的確に場所を当てる。
浜辺付近の岩場に隠れた村。
海からの直風を避けられる場所で、それでいて、海からの漂流物を探しに行けるような場所に作られた村だ。
走りながら、小刀の柄を握る手に力が入る。
伐採斧の柄の様に握りつぶされたりしない、しっかりとした柄。
しかし、形は異様だ。
涙型を半分にしたような形で、膨らんだ部分の内側に柄がある。
殴るように使っても、こぶしの覆う刃が敵を裂く。
真っ直ぐな鋼を打ち鍛え、両刃の剣にするのが普通なこの世界では、この形の武器は見たことがない。
だが、使いやすかった。
レイモンドのこぶしが硬質化した時、前腕や手の甲の棘が鎌化した時、それらで敵を倒した感覚と似ている。
岩場を駆け抜け、村が見える位置まで登る。
見下ろせば、村は鎮まりかえっていた。
静寂のなか、僅かな音。
レイモンドの耳に届いたのは、わずかに何かを引きずる音。
この村は、シュリアには後回しにと言われていた。敵の数が多い。
しっかりと敵を確認してから、確実に倒さないと体力がもたない。
だが、聞こえる音は、誰かが引きずられてる音。
我慢なんて出来るわけがない。
レイモンドは音のする方へと全力で走る。
居た。
十や二十じゃない。レイモンドの村が襲われた時よりも遥かに多い数が、そこにいる。
そして、その場所の地面には、どれだけの人が流しただろう血だまり。
「貴様らぁぁぁぁぁっ」
考えなしに突っ込むレイモンド。
自分たちが攻撃を受けると、傷を受けると思ってもいないだろう異形のモノ達は緩慢だった。
なにごとだ? とばかりにバラバラに振り向く。
その間を縫うようにレイモンドが駆け抜け、その両手に持った小刀が敵を切り裂いていく。
異形の甲羅を切り裂き、腱を斬り、そして、殺していく。
異形のモノ達の速度が急激にあがる。
レイモンドを対等な敵と、自分たちの天敵として認識したのか、構えるような低姿勢。
しかし、レイモンドの動きに遅滞無く、さらに低い位置を切り裂く。
敵の頭が下がったことで、こぶしの位置での刃でも殴り、吹き飛ばすことで後ろに位置する敵の視界を奪い、そして、その横から斬る。
倒しても倒しても、敵が減る感じがしない。
だが、終わりが見えないという気持ちでレイモンドの体力が削られる。
獲物ではなく敵としてレイモンドを狙う異形のモノの攻撃は素早く、また、正確。
そして、敵の数は多い。
今まではレイモンドが奇襲をかけるように戦っていた。今回の様に正面切って斬りこむなんてことはあまりない。だが、頭に血がのぼったレイモンドは倒すことだけを考えていた。
レイモンドの耳が捉える。
まだ泣いてる子供がいる。
異形のモノ達の群れの中に、生きてる人がいる。
子供だけじゃないかもしれない。
何人が生きてるかわからない。
だが、誰か一人でも生きてるなら、絶対に助ける。
異形のモノの速度があがったか、レイモンドの動きが鈍り始めたのか、異形のモノの攻撃がレイモンドのに当たり始める。
かすり、切られ、打たれる。
レイモンドはしかし、立ち止まらずに傷から出来たかさぶたでさえ、また武器にする。
レイモンドから流れでた血がかさぶたを伝い、そして更に武器としてのかさぶたを鋭利にしていく。
悲鳴。
戦っている位置よりも、もっと先。そこで悲鳴。
間に合え。間に合わせるんだ。絶対に。
更に低い姿勢。更に強く地面を蹴る足。そして、恐ろしいまでの速度。
走るために振っただけの手に持つ小刀が、左右に居た異形のモノ達を切り裂く。
悲鳴があがっただろう位置。そこにレイモンドがたどり着いた時、しかし、そこに死体はなかった。
もちろん、生存者も居ない。
不思議に思いながらも、周りから遅いかかってくる異形のモノを次々に倒す。
「3人、助けましたよー」
シュリアの声。
一体何処からと思うも、それどころじゃない。
「手伝いますね」
屋根の上から飛び降りて来たシュリアに異形のモノが飛びかかる。
「あぶな……」
レイモンドが言い終わる前に、シュリアは一匹の頭を蹴飛ばし、別の位置に着地。
次の瞬間、背後を見せていた異形のモノを両断した。
まるでレイモンドの攻撃の様に。
だが、レイモンドと違うのは力任せではない。何かしらの技法だろうか、小柄な体からは想像できない切れ味だ。
そして、しかし、戦い方はレイモンドの比ではなかった。
戦い慣れているどころじゃない。レイモンドが直線的にまっすぐ倒しているとすれば、シュリアは風に舞う鳥の羽。敵の攻撃をいなすことで背後をとり、その回転のまま敵を薙ぐ。また、敵の動きの死角か、異形のモノがシュリアを探すような動作をしている間にも倒していく。
「凄い……」
呆然としそうになってるレイモンドに「後ろ」とシュリア。
はっと気づくも後ろからの攻撃をまともに食らってしまう。
背当ての部分は、異界の材質の防具。それが、レイモンドの体を守った。
転びはすれど、衝撃を受け気を失いかけはするも、手をついてなんとかの着地。そして次の瞬間には攻撃。攻撃は異形のモノの腕が振り切られる前。腕と体が分断されて転がる異形のモノ。
届くわけがない距離。しかし、レイモンドの手から流れ出た血は、小刀の刃を伝い、いつの間にか長剣に匹敵する長さにまでなっていた。その刃先が敵を切り裂いたのだ。
流石に一、二度敵に当たれば砕ける程の細さ。しかし、その時は十分だった。
シュリアが合流してから小一時間。
戦い続けたレイモンドは流石に疲労を感じ始めた。
「ところで、町は?」
息が多少上がっている。
「ずっと中を聞いてましたが、特に何もなさそうだったので。大丈夫かと。」
「そっか」
今までは少数の敵を倒しては、次を探すと言った感じだった。言うなれば休み休みだ。これほど大量の敵を倒し続けるというのは未経験。
あまりに多い敵の数に、逆に何故ここに敵が集まっているのかという疑問が湧いてくる。
「キリがありませんねぇ」
シュリアの言葉に「そうだね」と頷くも、攻防の手を緩められない。
屋根に置き去りの3人も気になる。
なぜ生き残れたのか。
だがまず、すべき事がある。目の前に群がる異形のモノを全て討ち滅ぼす。
王命に従い南に行軍した軍隊。そして、それを迎え撃つ様に現れた反乱軍。
民衆のためにならば協力すべきはずが、お互いは命の削り合いに専念していた。
王政を守るもの、王政に反旗を翻すもの。
大地は血に染まり、屍体で埋め尽くされる。
王軍もそれほど数が多いわけではない。しかし、反乱軍も王軍を圧倒する程ではない。
それ故の拮抗。
どちらの被害も大きく、しかし、どちらも戦果といえる様な戦果を得ていない。
無駄に思える血が、幾重にも大地に流れていく。
南の地で壁を作っている者達、異形のモノに襲われ避難している者達、他にも、この戦いを見て呆れるものも多いだろう。
だが、反乱軍にとっては王軍が弱体化し、分断されてる今がチャンスではある。
南に向かった半数の王の新軍命令に離反した者も、反乱軍には加わっている。
各地で起きる反乱。しかし、反乱と見えない反乱もある。
騎士達の命令に従わず、町や村を守るとしたものも数えれば、数限りない。
王政に不満を持ち、反乱の軍属になってまで戦うというものは少ない。
みな、保身が一番だった。
だがしかし、軍属化した者達にとって、王国最後の行軍は一番の的だった。
この行軍を倒せば、後ろには王のみ。
異形のモノに蹂躙されている世界だということを、忘れているかのような行動。
異形のモノの侵攻をチャンスと考えているのかもしれない。
王軍の行軍は、しかし、さすがに最後まで残っていた猛者たち。
数としては王軍と反乱軍では、反乱軍の方が僅かに多いかもしれない。しかし、その戦力たるや王軍の騎士一人が、反乱軍の兵士数十人に相当する。
お互い先鋒を務める騎士達が敗れれば負けるかもしれない。兵士達は自分たちがどれほどのものかを知らずに、声を上げて進軍していく。
お互いに己の信じるものを掲げた戦い。だから、避けられない。
無頓着な者が見れば滑稽だろう。しかし、お互いに譲れない。
剣と剣がぶつかり合い、槍が敵を突き、斧が敵の肉を絶つ。飛び交う矢は混線の中、敵味方関係無く当たり、屍体を増やしていく。
少しでも多く生き残り、その中で、相手の隊長格の首を取った方が勝者。
異形のモノとの戦いでは及び腰だった騎士や兵士も、相手が人間となれば話は別だ。
勇猛果敢という言葉の通り、我先にと突っ込んでいく。
そのまま死ぬ者、敵を倒し進む者。直近の敵を無視して、将の首を狙う者。
この場での戦闘は、誰かが少しは想像したであろう。
反乱軍という存在があれば、好機を逃がすはずはない。
だが、国全体が憂いてる状態での反乱は、果たしてどうなのか。
一丸となり、異形のモノに対するべきと考える者もいるだろう。
だがしかし、そこで行われているのは戦争。
人が人を減らし、自らのために、主義主張が違う他人を殺す。
そこで戦う者たちは、まるで戦いに興じるだけの獣の様であった。
そんな中、少しでも行軍を南へ進ませようとする者もいる。
その場の戦闘を度外視している時点で、その戦場では認められない行為だろう。しかし、南で異形のモノ達と戦っている者たちがいると考えて、少しでも援軍をと考えるものならば、理解するかもしれない。
反乱軍にとっては、それは取り囲まれるかもしれないという脅威。
反乱軍に気取られないように左右に展開するそれは、横からの攻撃、後ろからの攻撃になりかねない。
反乱軍もまた、陣形を乱し、気取られずに通過しようとする者達へと襲いかかる。
泥沼だ。
お互いに、敵を敵としてしか見ていない状況下。他の地域で求められているであろう助けなど眼中にない。
目の前に居るのは敵。それは、自らが剣を振るえば倒せる敵。
異形のモノを相手にし、生きて帰れない希望のない挑戦ではない戦い。
騎士として、兵士として、自らの磨き上げてきた技術を使える戦い。
その戦場に居る誰もが感じていた高揚感。
だが、王軍が反乱軍と拮抗しているという情報は、各地に流れるだろう。
そして決起する反乱を心に持つ人々。
人間の世界自体が、今、揺れ始めていた。
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