第14話 選択

「ぜっったいに覗いちゃだめですよ?」


 レイモンドは旅のさなかにはあまりしていなかったが、シュリアには毎日の日課だ。


 水浴びというか、レイモンドがするのは汚れ落とし程度。異形のモノの体液を浴びた時や泥で汚れた時に、それを落とす程度だ。体の清潔さよりも、一匹でも多くの異形のモノを倒す。そればかりを考えていた。


 シュリアの水浴びも覗いたことも無いし、覗く気も無い。それなのに毎回言われる。


 顔を見るたびに妹のリリを思い出し、女性として見ることもない。


 ただ、リリの事を思い出し心配になる。


 洞窟から無事に出られただろうか。出た後、異形のモノや野党に襲われていないだろうか。


 一緒に居たかった。しかし、みんなの自分を見て怯えた顔が頭から離れない。


 水浴びを終え戻ってきたシュリアの最初の一言は「そろそろ覗いてくるかなぁって思ったんですけど……?」だそうだ。覗かれたいのか覗かれたくないのか、どっちなんだか。


 適当な果実や食べられそうな野草を道すがら確保したのか、シュリアは毎日食事を作ってくれる。ありがたいとは思うが、申し訳ない。


 力仕事やらなにやらは普段の生活でやっていた。しかし、家の事になると母親とリリに任せっきりだったなと思う。


 シュリアを見ていると、どうしてもリリを思い出し、安否が気にかかる。


「そういえば、なんでついてきたんですか?」


 何度目の同じ質問か、いつもはぐらかされるが、やっぱり気になる。


 今日もそれだ。ニコニコとしながら聞いてない風にしらばっくれてる。


 まあ、いいか。どうせ異形のモノを倒し終わったらさよならだ。


 それ以上に一緒にいる理由も無い。


「え? お嫁さんになりにですよ?」


 おもいっきりむせた。


 いつものようにスルーするかと思えば、時間差でとんでもない回答が来た。


「だ、誰の?」


「レイモンドさんのお嫁さんに決まってるじゃないですかぁ」


 からかってる。絶対からかってる。


 ああ、そうなんだ。と適当に返すが、流石に年頃の少年なので、からかわれてるにしろ照れが隠しきれてない。


「あたしも村では一人でしたし、レイモンドさんが来てくれた時は嬉しかったんですよぉ」


 一人? と聞くと、はい、とだけ答えて食事の準備を続ける。


 話を続けるでもなし、シュリアは黙ってしまった。


 それ以上に聞くのも、なにかいけない気がした。


 妙なものを背負い込んだかな、とレイモンドは少しため息を付いた。


「ところでさ……お嫁さんって何か知ってる……よね?」


 きょとんとしてるシュリアの顔を見てると、わかってるのかわかってないのか。


 当たり前の事を聞いて呆れたかと思っていたら「一緒に暮らす人ですよね」という中途半端な答えが帰ってきた。いちおう合ってはいるんだが、何かこう違う気がする。


 誰かと会話する事が、誰かと居ることが安らぐ。


 こういうやり取りでさえ、しているだけで気が楽になる。


 レイモンドは思わず「……一人じゃないって良いな」とつぶやく。


 聞こえてるのかいないのか、シュリアは出来た料理の皿を笑顔で持ってくる。


 異形のモノが現れてから、ずっと一人で戦い続けていた。


 何度も危ない目に合い、いくらも傷を負い、そして、守った人に怖がられた。


 自己満足だしな、と納得するも寂しかった。


 誰かと一緒に食事する。


 それだけで気が楽になる。


 岩場で助けた3人は、不安そうにしていたが今は眠っている。


 なぜ襲われたのに、生き残っていたのかが不思議だ。


 あれだけの数の異形のモノに囲まれれば、すぐさま人間は餌食になるだろう。それなのに、3人とも無事に生き残っている。本人達に理由を聞いても、明確な答えはかえってはこない。


 もし秘密にしないといけない理由ならば、命を助けた者にも口を閉ざすのだろう。


 難しい顔で食事をするレイモンドを、いつの間にかシュリアが覗き込んでいた。


「どうかしました?」


 なんでもないと返事をするが、レイモンドの表情が気になって仕方ない様子だ。


「そっちこそ、どうかしたの?」


 さっきの妙な返答もあって、聞き返してみると「初めて見たキノコをスープに入れたで、不味かったかなぁ? って」という、これまた凄い返事が来た。


 レイモンドも流石に吹き出す。


「と、とりあえず……えっと……スープに入れるのは、食べられるとわかってるものだけにしてください……」


 シュリアが「これなんですけどね」と見せてきたキノコは、珍しいが食用に出来なくはないものだ。レイモンドが普段に山で山菜採りしていた時にも稀に見かけたもの。


「あの3人にも起きたら分けてあげて」


 そう言うと立ち上がり、身支度を整える。


「残りの場所で近いところ、わかる?」


 流石に戸惑って「まだ行くんですか? 少し休んだほうが……」とシュリアが言うが、「寝てる間に誰かが死ぬかもししれない。だから行く」と言い切った。


 正直、3人の相手もちょっと苦手だった。ずっと一人で戦い、また、助けた人にも今までは逃げられ、それでも戦い続けた。助けた誰かと一緒に居るなんて事が、今までは無かったのだ。


 シュリアもため息をつき少し目を閉じる。何を感じているのか。


 戦いの中、町の様子を「聞く」といった。耳が良いという事なのだろうか。


「少し遠いです。あちらの方。遠いので数まではわかりません」


 ゆっくりと、方向を指差す。


「なにか違う気がします。私も行ったほうが……」


 シュリアが言い終わる前に「3人の側にいてやって」と断り、走りだす。


 僅かな仮眠だが眠気もなく、食事で体力もじゅうぶんだ。まだ、誰かを助けられる。


 それが、自分を育ててくれた父や母に、自分を慕ってくれた妹の為になる。


 誰かが困っていたら助けるのが騎士道だと父に教わった。そして、それに憧れた。


 この手で守れるものがあるのならば。


 この力で守れるものがあるのならば。


 この国の、みんなを、この手で、この力で守る。






 王軍と反乱軍の戦いは、まさに泥沼にはまっていた。


 混戦状態の上に、数の上では優勢だった王軍の中から反旗を翻したものが出始めた。


 また、援軍。


 王軍に合流する領主軍と、点在していた反乱分子が集まり、反乱軍に味方する。


 通常、領主同士の戦いや、既に場所がわかってる反抗勢力への攻撃であれば位置的な物が拮抗するだろう。だが、既に混戦の上に敵や味方がどこから来るかわからない。


 陣形など既になきものになっている。


 ただの殺し合い。それが今の状況だ。


 下手をすれば、味方をも斬る事があるかもしれない。だが、剣を振らねば自分が斬られる。


 そんな状況下で平静を保っていられる者は少ない。


 疲弊した者はその場で崩れ落ち、通りすがりの誰かに斬られ、また、武器を奪われる。


 武器や装備で味方と勘違いした者に、背後から殺される。


 誰が味方で、誰が敵なのか。


 人間同士の戦いこそが一番醜い。


 南から王への連絡。そして、それは王軍へと伝わるはずだった。しかし、伝令役の兵もまた、この混戦の中に身を投じられずに居た。


 指揮官が何処に居るのかさえ、わからない状態なのだ。


 今までの人間同士の戦いでは、こんなことはなかった。


 まるでルールの有るゲームの様な。人は死ぬ。兵は殺され、騎士も殺される。生き残った者達は賞賛され、褒美を貰う。しかし、それもルールのひとつ。敵味 方に別れ、敵と味方がわかるような武器や姿。そして軍旗。陣形。それらは常に誰が味方で誰が敵かをわかりやすくしていた。


 だが、反乱軍との戦いに、それはない。


 しいて言えば開戦直後であれば、貧相でまちまちな装備をしていた方が反乱軍だ。だが、混戦の中、王軍の屍体から奪った盾で防ぎ、奪った剣を振るう。そして、血や泥にまみれて鎧は既に判別不能。そんな中で敵だけを攻撃することは難しい。


 後方を守る遠距離攻撃の弓部隊もまた困惑していた。


 何処に撃っても味方と敵が混在している。遠くの敵の弓の部隊がいるだろう場所に撃てば、全く違う方向 から矢が飛んでくる。どちらの弓部隊も指揮なく、何処へ撃てば良いのかと躊躇するような状況。「どこでも良いから撃て」と言う者も、それに従う者もいる が、何に、誰に、何処に当たっているのか、いや、当たってるかもわからない。


 人と人の戦いが延々と続くなか、戦いに身を投じる者ばかりではない。近くの屍体から取るものだけ取って逃げ出すものもいる。お互いに四方を敵に囲まれ混 戦状態だというのに、両手に物を抱えて、こそこそと逃げ惑う者。見下げ果てた者として斬るも、その姿を見た味方が敵と間違い斬る。


 王軍の騎士達は後退の指示を出してはいた。しかし、伝わらない。


 後退して陣形を整え、改めて敵を撃破する。正攻法だ。


 しかし、伝わらない伝令と混戦。指令を理解した者だけが後退し、混戦は反乱軍が有利となる。有利となるが、一旦有利になるだけのはず。王軍の騎士はそう考えた。陣形を整えれば、反乱軍など蹴散らせると。だが、後退し集まった数を見て困惑した。


 あまりの数の少なさと、混戦で未だ戦い続ける多さに。


 少数の槍型陣形。それで混戦で命令を理解できていない味方ごと撃破する。それが騎士の決定だった。


 まるで板状のチェスしか知らないような指示。だが、騎士に反論するものは居ない。


 誰もが自分に出来ることを考え、そして、自分がすべきことを考えていた。


 しかし、それが大勢に影響することはない。


 突撃の命令とともに、少数の部隊が混戦に突入する。そして、味方の剣に斬られた者が、味方の矢で撃たれたものが、牙をむく。


 少数の部隊が、味方と思えるものは歓喜して死に、敵と思える者は迎え撃って死んだ。そして、少数の部隊ゆえ、すぐさま混戦に飲まれ、戦場は屍体で埋もれていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る