第12話 進む先

 シーツで無理矢理に服を作り、レイモンドは貸し与えられた小屋の外に出た。


 何の変哲もない小さい村。


 しかし、そこかしこで村人が持つ道具は、まるで見たことがないような形のものがある。


 一見普通の道具に見えても、なにかしら違う感じ。


 微妙な違和感。


「わかるかね?」


 気配も感じさせずレイモンドの背後に立っていたのは、最初に話した初老の男。


「そういえば、自己紹介もまだだったの。儂はグレッグ。この村で村長をしておる」


「……レイモンドです」


 横にまで来ると、優しい笑顔でレイモンドを見る。


「名は変えておらんか。アスレイらしいな。……この村はな、漂流物を売って糧を得ておる。何かわからなければ、高値で売ることもままならん。故に研究も盛ん じゃ。そして、その漂流物の中で武器として使えるもので、今回の敵の侵略には耐えることが出来た。……売らずに隠しておいたおかげじゃな」


 聞いてもいないことをべらべら喋るおっさんだ。レイモンドの第一印象である。


「何か聞きたいことはあるかね?」


 その問に対して、今一番聞きたかったこと。


「なんでシュリアさんは、俺に服をくれないんですか?」


 グレッグは、想定外の質問に吹き出した。


「まあ、それは……あとで用意させよう。まあ、あの娘は気は利くんじゃが、何かと間が抜けておるでな」


 はあ、と呆れるようん返事をするレイモンド。


「頼みが有る」


 グレッグはいきなり真面目な声だ。何かなとグレッグを見る。


「この村で敵を防いでいた武器。あれらのことは他言無用でお願いしたい」


 レイモンドは答えない。


「この村に敵に対抗出来る武器があるとわかれば、全て軍に奪われるじゃろう。そして、敵を全て倒したあとは、その武器の奪い合いじゃ。今までも火種と考え、異物は便利で安全なものと解ったものしか売ってはおらんじゃったが、今回ばかりは使うはめになったしもうた」


 まあそうだろうなとレイモンドも思う。


 異形のモノの体を切り裂ける武器。つまりは、騎士の鎧など軽々と切り裂くということだ。異形のモノの攻撃を受け止められる防具は、戦場で敵の攻撃を全て 無効化できるだろう。どちらも国が没収し、国の威信を高める道具になるか、それとも、制圧の道具にでもなるかだ。下手に盗賊や野党等に使われでもしたら、 自警団なんてなすすべもない。


 腹黒い領主が持ったとしたら、他の領土を侵略するために使うかもしれない。それどころか、騎士や兵士が反逆すれば、内乱が起き惨劇だ。


「ああ、じゃがな。便利な道具を売ってる村としてなら、どんどん話してくれ」


 呑気なおっさんだ。


 異形のモノに国が蹂躙されてる今が、ウソのように感じるくらいの平和な村。


「ここのことは、口外はしません。十分に休めましたし、そろそろ出発します」


 もうか? と問うグレッグ。


「まだ、襲われてる人がいるかもしれない」


 そう言うレイモンドの手を掴み「服くらい用意させろ」と引き止めた。


 レイモンドはまた、元の小屋で待たされていた。


 先を急ぐのに、と溜息をつく。


 しばらくすると、シュリアとグレッグが小屋に入ってきた。


 持っているのは、服と防具、そして剣。


 シュリアから服を受け取ると早速着る。が、サイズがぴったり過ぎる。


 ニコニコとしてるシュリア。


 流石にシュリアには聞けず、「なんでピッタリなんですか、これ」とグレッグに問う。


「シュリアがおぬしを手当した時に、サイズも測っておったからの。その服もシュリアが作ったのじゃぞ。サイズに合いそうな防具も見繕わせた」


 レイモンドも戦いがなければ普通の少年。妙な恥ずかしさでシュリアの顔がまっすぐに見れない。


「そして、じゃ。シュリアも同行させて欲しい」


 は? と思わず声が出た。


 異形のモノを狩り尽くすという目的。それには恐らくまた、あのかさぶたが出来るまでの戦い、そして、いつまでも続く探索。どう考えても女性を連れてという感じではない。


 男性と女性。差別をするつもりはないが、体力では男性が優っているケースが多い。


「シュリアはな。この村で一番の腕利きじゃ。それなりには役に立つぞ」 


 はあ……? としか答えようがない。


 確かに、今も気配が薄い。居るのはわかるのに、何故か存在感が薄い。敵として相対したら、思わず背後を取られてもわからないかもしれない。ただ単に影が薄いだけかもしれないが、腕利きという言葉から連想すべきじゃないだろう。


「この村の事で、武器のことを口外されても困るしな。それに、女連れの方が怪しまれぬじゃろう」


 遅れるようなら置いていけば良い。安全な場所なら、この村の武器を持っているなら大丈夫だろう。


「わかりました。けど、この村は大丈夫なんですか?」


 グレッグは笑い飛ばし「心配には及ばんよ」とレイモンドの背中を叩く。


 渡された剣はナイフよりは長い小刀。両刃ではなく片刃。それを一対。


 小刀の形もおかしいが、それを入れる鞘も形がおかしい。


「その剣は短さも相まって、敵に近づける者しか使えぬ。この村の者たちは大刀を好むでな。あまりものじゃ」


 シュリアを見れば、既に旅支度が終わっている。妙に動きやすそうな格好。


 手甲と前腕のバックラー、胸に前当、腰にレイモンドが渡されたと同じくらいの小刀。


 それで異形のモノと戦えるのかと思える程の軽装だ。


「それじゃあ、こんどこそ。行きます」


「元気でな。アスレイによろしく伝えてくれ」


 軽く一礼すると、レイモンドは走りだした。


 シュリアは置いていくつもりだ。


 レイモンドの足の速さは鎧を付けていた時と大差無い。人外とも思える速度。


 体にかさぶたの甲殻が無いだけで、体力が戻った分だけ自由度が高い。


「速いですねぇ」


 シュリアは普通についてきていた。それだけでも驚きだ。


 ついてきてる事に驚き、思わず躓いた。


「あら? 丈夫ですかぁ? まだ全快じゃないんじゃ……?」


 心配そうに見下ろしてくるシュリアは息一つ乱れていない。


「ああ、ちょっとびっくりした。……シュリアも速いな」


 足手まといにはならなそうだが、なにか違和感。


 そういえば、最初に男たちが戦っている時にシュリアは戦闘に居なかった。


 一番の腕利きならば先頭に立つか、それか最後の要だろう。


 先頭に居なかったということは要。なら、なぜ俺の様な男に同行させた?


 自分は人外の姿になって強くなる。ソレを見れば、恐らくは嫌うか怖がるかして離れるだろう。それまでは一緒かな、とちょっと安堵する。


 誰かと一緒にいる。それだけで、これだけ心が楽になるものか。


「南西で人が何かを作ってますね。敵は……」


 シュリアが敵が居そうな場所を次々に口にする。


 唖然とするレイモンドをきょとんとして見ながら「行きましょう」と言う。


 曖昧に「ああ」と返事をして、今度はシュリアが先に進む。


 敵の位置を何故か察知するシュリアが敵を見つけて、先に敵の前に出る。そして、敵がレイモンドに気づく前に小刀で両断する。小刀は恐ろしい切れ味を発揮し、まるでレイモンドのかさぶたが尖っている時の様に異形のモノ達を絶つ。


 シュリアはといえば、レイモンドにも負けない速度で異形のモノを翻弄し、レイモンドが攻撃し易い位置に誘導している。ただ単に逃げまわってるようにも見えるが、レイモンドが攻撃しやすいと感じているのが証拠になるだろうか。


「すごいすごーい。ソレを使える人少なかったんですよー」


 いちいち気が抜ける。しかし、使える人が少ないとはどういうことか。接近戦が苦手な人が多かったのかな程度にレイモンドは思った。


「次、行こうか」


 レイモンドの疲れた様な返事に「はーい」とシュリアが応える。


 後ろに散乱する異形のモノの残骸がなければ、戦ったあととも思えない二人だった。





 王国最後の行軍は、あろうことか人との戦いに突入していた。


 反乱軍が有るという事実が、各地にある国に反抗的な組織に力を与えていた事は事実。


 軍力が異形のモノに注がれる中、もちろん国の窮地に反抗的ではあるが参戦した者もいる。しかし、騎士や兵士が村や町から離れたことで、好機と見た者もいる。


 騎士達は反乱組織もまた反乱軍と呼び、全てを粛清せよと命じた。


 知った顔も中にはいる。


 先見として南に向かった騎士や兵士も、国を裏切り、反乱の一味として行軍と対している。


 聖鎧とレイモンドが異形のモノを倒し続けたからの、人間同士の争い。


 聖鎧はもう動いてはいない。しかし、レイモンドは戦い続けている。


 内地に今現在異形のモノの脅威はない。


 ソレを知ってか知らずか、軍と反乱軍は睨み合っていた。


 剣を交え始めれば血は流れ、人が死に続ける。


 粛清せよと命じはしたが、まだ、お互いの間には距離がある。


 お互いに距離を縮めあいながらも、陣形を変えていく。


 剣を交える段階になれば、お互いの陣形が勝負を左右する。それほど反乱軍は多かった。


 最後になった行軍が、それしか居ないというのもある。


 僅かに詰められていく距離に、一番ピリピリしているのは、領主だ。


「何をしているか! さっさと倒してしまえ!」


 誰も聞かない命令を大声で叫ぶ。


 下位の騎士達も、兵士達も、上位の騎士。隊長格の命令を待っている。


 その騎士は迫り来る敵の陣形にあわせて味方の軍勢の陣形を変え、そして、敵もそれに合わせて変えてくる。


 最後のぶつかり合いの時に、どちらが有利な陣形をとったかで、有利不利が決まるだろう。


 お互いに先鋒として重装備の騎士団。後衛に兵士達といった形。


 兵士達は数で相手を圧倒させるために幅広く攻め上げていく。


 対して騎士団はお互いの隊長の命に従い、相手の陣形に有利な隊形に有利な形にしながら進む。


 しかしだ。


 ぶつかり合う前に、お互いの進軍は止まった。


 どちらの先鋒も拮抗する形で止まっている。


 先に仕掛ければ、突破口は開けるかもしれない。しかし、相手に囲まれ討ち死にする。


 後手に出れば相手が大挙した場合、押し切られる。


 それ以外にも様々な状況が考えられる。


 それ故、拮抗した状態から動けずに居た。


 戦局の拮抗を崩したのは、反乱軍側。


「元騎士、ユーリシア・ウィズモンドの名に於いて貴官らに問う! 何がために戦うか!」


 拮抗し、近い場所までお互いに攻め入った故に届く言葉。


「無論、国のため! 我が忠義を捧ぐ我が国のため!」


 騎士らしい反論。


「国は国民あってのもの。王は領主はそれを忘れ、自らの私利私欲の為に国政を行っている。我らは国民が人であるための国を作るために王を打倒する! 我らに賛同する気はないか!」


「国は王あっての平定と秩序だ。我らは王の元、王の為に戦う!」


 お互いに言い分は譲らない。だが、拮抗を破った反乱軍側には、敵全体の説得よりも、個々の心にある国への不信を駆り立てる目的があった。僅かではあるが、国軍の中で僅かな数でも、この後反乱軍への転身を図るだろう。


「戦闘開始!」


 お互いの隊長格の号令が重なり、人が人を殺し、大地が血に染まる戦いが始まった。


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