第11話 過去
それは、全てを拒むかの様に、そびえ建っていた。
異質な石材で造られた、妙に人工的な岩壁。
これもまた、流れ着いた異界の異物であろうか。
レイモンドがそこにたどり着くと、やはり数匹の異形のモノ。
しかし、妙な光景だった。
異形のモノは、その場にいる人々を蹂躙してはいない。
人々は剣を振るい、盾で盾で防ぎ、異形のモノと戦っている。
おされてはいるものの、異形のモノの海岸線からの侵入を阻止している。
他では見ない光景だ。
みんな異形のモノのちからに圧倒され、南の中央の海岸線でも、西でも東でも異形のモノにても足も出ない状況だったはず。
だが、この場所だけは違うらしい。
屈強そうにも見えない男達が、倒せないまでも異形のモノと戦い、侵攻を抑えている。
そして、そこに駆け込んだレイモンド。
どうにか異形のモノをおさえこんでいた男たちの視認速度を超えた速さで、異形のモノを両断する。
男たちは何が起きたのか戸惑いながらも、しかし、混乱すること無く陣形を整えた。
レイモンドの前腕はすっかり刃物の様な甲羅に覆われ、それが、敵を切り裂く。
体中に出来た甲羅がそれぞれ武器代わりとなり、殴る、蹴るの動作だけで異形のモノを次々と葬る。
まるで聖鎧の様な戦い方。
男たちは驚き、しかし、レイモンドを拒絶しなかった。
それどころか、レイモンドが敵を倒すごとに歓声を上げている。
自分の姿が受け入れられてる事に違和感を感じながらも、自分の姿が鎧にでも見えているのだろうかとも思い、悲しくも感じる。
すでに体中が甲羅で覆われ、異形のモノよりも頑丈になっている。金属出来た鎧かどうかは汚れ等で遠目にはわからないだろうが、近寄ればすぐにわかってしまうだろう。
人が化け物になった姿と知れれば、やはり怖がられるだろう。
レイモンドは敵を倒し終えると、すぐさま、その場を後にしようとした。
「アスレイ!」
去り際に耳にした、自分の苗字。
思わず足を止め、振り向いてしまった。
「やはり、アスレイの子か……」
顔さえも一部は甲羅に覆われ、人である部分がだいぶ減っている。
しかし、歩み寄ってくる初老の男は気にもせずにいる。
「大きくなったものだ。しかも、我らを守ってくれるとはな……」
思わず足を止めたレイモンドだが、この初老の男に見覚えはない。
「誰だ」
口はまだ人間の言葉を使えた。
「意識もしっかりしとるのか。アスレイは正しかったようだな……我らが間違っていたか……」
ふむ。と勝手に納得し、更に話を続けた。
「流れ着いたお前さんをアスレイが引き取ると言った時は反対したものじゃがな。凶事を呼びこむ赤子と思ったが、まさか、我らを助けてくれることになるとは思わなんだ」
「父とは知り合い……です……か?」
「うむ。アスレイはこの先の出じゃ。お主は聞かされておるか? 海辺で拾われたことを」
レイモンドは静かに頷く。だが、海に出ようとして難破した誰かの子として話を聞いている。
自分を我が子として育て、そのために住みやすい場所に移住したとも聞いた。
「領主からは処分の命令が出たがな、アスレイはお前の笑顔を見て殺せなかった。そして、自分の身分さえ捨てて旅だったのじゃ。赤子を殺したことで騎士道に 反したと嘯いてな。俺等は離反と思ったが、それまでのアスレイを知っていればこそ、悪い意味での奔走とは思えずに、後は追わなかった。」
そこまで言うと、初老の男はレイモンドの頬を撫でた。
「それがまさか、こんな形で、あの赤子に再び出会うとはな」
レイモンドに平然と触れ、そうかそうかと言いながら納得している。
「アスレイは元気でやっておるか?」
いつしかレイモンドも多少気が緩んで来ていた。しかし、答えない。なんらかの誘導尋問かも知れないという疑心暗鬼。今の話を聞いて、それは強くなった。
普通に旅だったという話も出来ただろう。だが、レイモンドの父親がどこまで話したかわからない状況なら、ある程度の真実を語り、そしてその居場所を探るというのも有ることだろう。
「先を急ぐので、これで」
そう言うとレイモンドは走りだそうとした。
しかし、ひとときでも他の人と会話したという意識の緩みから、急な空腹を覚える。
異形のモノと戦い始めてから数日、何も口にしていない。
そして、大量の出血。
体力が保つほうがおかしい。
だが、この体なら大丈夫なのでは? という思いがあった。
「ここから先には敵らはおらんよ。全てここで止めておった。少し休むが良い」
レイモンドは初老の男も、その他の連中にも信用をおけない。しかし、人と話したという安心感か、急激に意識が薄らいでいった。
目が覚めると、数時間が経っている様だった。
体のあちこちにあった甲羅は剥がれ落ちている。
まるで、本当にかさぶただ。だが、ソレが有った場所は元のように人の皮膚。
それが異形のモノの攻撃を防ぎ、また、倒すための武器になってくれていた。
それが無くなった。
安心と、そして、困惑。
起き上がると、そこは簡易なベッドだった。
どうやら運ばれ、寝かされていたらしい。
檻などではなく、普通の部屋だ。
「あら? もう目が覚めましたの?」
部屋に桶と手ぬぐいをもって入ってきたのは、年若い少女だった。
ああ、とだけ答え、頭を抱える。
「お疲れのようでしたから、数日は眠られるかと……食事、すぐに用意しますね」
レイモンドは少女に待ってくれと頼んだ。
「俺の服は……?」
レイモンドにかけられたシーツの下は全裸だった。
「あ、はい。ボロボロだったので捨てちゃいました」
あっさりと言われ、レイモンドは絶句した。
人の服を勝手に捨てるなと言いたかったが、気を失ってしまった失態のせいかとも思う。
自分の手を、体を見て、気づいた。
「姿が戻ったのはいいけど、これじゃあみんなを守れない。どういうことだ?」
少女は困ったように「私も、事情を聞いてるわけではありませんので……」と答える。
それもそうだろうなと、納得してしまった。
さっきの初老の男。あの男に聞くのが一番だろう。
気づくと少女は既に居なく、レイモンドはベッドに座ったまま途方にくれた。
さすがに、あの甲羅があればマシだが、人間の格好で全裸で出歩きたくはない。
しばらくすると、少女は食事を持ってやってきた。
何か安心する。
少女が妹に似ているからだろうか。
目鼻立ちといい、髪型も同じだ。それで親近感が湧いてるのかもしれない。
「いちおう、食べやすいものをお持ちしましたけど、こちらでよろしいですか?」
「いや、それよりさきに着るものを……」
「私が作ったんです。自信作ですよ」
服の要求はあっさりとスルーされた。
王都や町からも離れた田舎の村。しかも、異形のモノに襲われたあとだというのに、食事の施しか。
口を付けるにも、少し躊躇する。
先ほどの姿を見られている。
もし毒入りならば、食べれば死ぬだろうか。
少し考えた後「君が一口食べてみてくれ。その後なら食べる」と言った。
相手の歓迎に対しては、ものすごく失礼な物言いだ。
しかし少女は、顔を赤らめてしまった。
「えっと……あの……その……それだと、あの……間接キスに……」
「そーじゃない」
毒味させてから食べるという意味を伝えようとしたのに、ニュアンスを斜め上に間違われて、さすがにレイモンドもツッコミしてしまった。
「あああ……、もういい」
出された食事をたいらげると、睡魔。
眠り薬とかというよりも、凄まじい疲れだ。
体が鉛のように重い感じがする。
「んでさ、俺の服なんだけど……」
「あとで村長様が来ますので、ソレまでゆっくりしていてくださいね」
聞いてない。
また横になった。
「あ、そういえばご挨拶がまだでしたね。シュリアと申します。滞在中の世話係を申し付けられましたので、何か有りましたらお申し付けくださいね」
このタイミングで挨拶か? とレイモンドは更に呆れた。
「だから服を……」
起きてシュリアが居た方を向いたが、しかし、もう居ない。
申しつけろと言ったそばから居なくなっている。
「えっと、あのぉ……シュリアさーん……?」
反応は、もちろん無い。
レイモンドは全裸のまま、深くため息を付いた。
王国最後の軍勢が、南へと向かっていた。
領主たちはだれにだれていても、とても陣頭指揮とはいえない。
本当の先陣は騎士達だ。その後を馬に乗せられて領主たちが移動していると言ったほうが良い。
着慣れない甲冑に、長距離の行軍。温室育ちの領主たちには、キツイことこの上ない。
さらに領主たちの気持ちを沈ませているのは、行く先で待つ運命だ。
王の鎮痛な面持ちを考えれば当然だろう。
何が待っているのかもわからず、行軍を指示された。
王が主導を握っての行軍など、今までは王政に反旗を翻した地方領主に対してだけだった。
しかし今回は違う。
全領主に対しての、南への新軍命令。
対するは、異形のモノ。
聖鎧がほとんど倒したと思ってるものも多いだろうそれの、生き残りとの戦い。
今までに送り込んだ騎士、兵士たちからの報告は、ほとんど王と領主のところで止まっている。
騎士や兵士達には事情は伝わっていない。
隠蔽工作ではあるが、それゆえ、未だ異形のモノが居るという緊張感が行軍にはある。
隠蔽工作には色いろとある。今回のものは味方の緊張を保つのに役立ってはいるが、実際は責任逃れだろう。
王からの命令といえど、内容の詳細を教えてもらえていないというのは領主として名誉に傷がつく。それを考えての隠蔽。騎士達への命令も単純な南への行軍。
領主が王に信頼されていないでは? と考える騎士もいるが、領主が敢えて自分たちに事情を伝えていないと考える騎士もいる。騎士達にとっては、歯がゆいことこの上ない。
本来であれば、目的を持って行動すべき高位の騎士達。
命令に従うだけの下級の騎士や兵士達とは違い、最前線で指揮を取らねばならない。ただ単に進めという命令は、高位の騎士達にとっては侮辱でしかない。
高位でも一部の騎士達は、王から領主たちに詳細が告げられていない事を知っている。だが、忠義の為に、ソレは口にしない。それ故に、ストレスが溜まっていく。領主へ、そして、王へ。
忠義とは、領主に対してか、王に対してか、それとも国に対してか。
領主や王であれば、一個人だ。しかし、王は国の象徴でもある。だが、国とくくれば、全ての国民に対して騎士道を貫くことになる。
多くの騎士達は、自分たちを召し上げ、士官を許した領主や王への忠義を守る。だが、それらも本来は、国民が居てこそである。
まるで捨て駒の様に、次々に南へと送られた騎士や兵士達。
そして、今同行する領主は威厳も尊厳もない。
自分たちは、何に対して騎士道を捧げるべきか。
異形のモノ達が来なければ、怠惰な日常を過ごし、騎士もまた世襲で次の世代に移って行く。
恐らくは、今の領主達の様に、剣技も無く、志もなく、ただ地位に甘んじるだけの者が増えていくだろう。
我慢できないと思うものも少なくはない。
早々に国の騎士という地位、兵士という立場を捨てて、まだ小規模ではあるが反乱軍の様な場所に身を投じた者達の気持ちが少しだけわかる。いや、解ってはならないのだが、どうしても頭をよぎってしまう。
捨て駒で結構。しかし、次なる一歩のために足がかりにならんがため。
邪念を振り切り行軍を指揮する騎士達。
だが、雲行きの怪しさは増していくばかりであった。
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