第10話 混迷

 南の町から南の海までの間には、幾つかの村がある。


 行軍は、村での徴収というなの略奪を行いながら、ゆっくりと進んだ。


 遂には海岸に到着し、聖鎧の戦いの後を目にする。


 聖鎧の姿はどこにもなく、異形のモノも残骸だけ。


 行軍の目的は、目の前の荒れ狂う海に現れた道を封じること。


 行軍の司令官の名はレヴィアス。


 王の直属の騎士であり、領主と並ぶ地位を持つ。


 そのレヴィアスが陣頭に立ち、壁の建設を始めさせた。


 壁。いや、城壁。


 荒れ狂う海の間際。誰もが近づきたくないのが本音だ。


 下手に波にさらわれれば、命はないだろう。


 唯でさえ縦横無尽に吹きすさぶ突風が、体を不安定にさせる。


 工事は難航した。


 騎士達は剣を抜き、叶わぬと知りながらも異形のモノが襲い来ることを警戒する。


 悍ましい異形のモノ。


 味方を殺し、喰らった、許しがたし異形のモノ。


 もし現れれば、全力で戦う。


 建設を行う側も必死だ。


 海に出来た道を塞ぐとなると、つまり、ぎりぎりで壁を作らねばならない。


 どちらも命がけだ。


 レヴィアスは聖鎧の本質を知っている。


 異形のモノが居らず、聖鎧が現れれば、それは脅威。


 聖鎧もまた、異形のモノとして騎士達に討伐を命じなければならない。


 老兵が適合し、素体となったことも知っている。


 老兵とレヴィアスは旧知の仲だった。


 騎士として様々なことを教わり、良き先輩であり、また、父の様に尊敬していた。


 立ち会った領主より伝えられた聖鎧の姿。


 まるで爬虫類の様な姿。


 現れなければ、しかし、そうなればそれで探さねばならない。


 聖鎧は適合者がいれば動く。それは、誰が適合するかわからない。だからこそ、安置しなければならない。


 誰も触れないところに、誰も知らないところに。


 そうすることで、聖鎧の暴走を防げる。


 もし、異形のモノが触れて聖鎧と適合したらと考えると冷や汗が出る。


 現地に到着した際に、既に足に自信があるものに捜索を指示した。しかし、見つけても近づくな、かならず報告を優先せよ、

と。


 聖鎧の、勇者の本質は、知られてはならないのだ。それに、動いている聖鎧に近づけば、そのまま死につながるだろう。


 荒れ狂う波と風の音。


 まともに目を開けているのが辛い様な場所。


 異形のモノも居ない。聖鎧もいない。


 着々と進む壁の建設は、僅かな安心感を与えてくれる。


 騎士達は、兵士達は、みな抜身で剣を携えている。


 いつでも振れる様に。


 壁は完成するだろう。だが、妙な不安。


 最初の調査団の報告では、道と異形のモノの事だけ。


 レヴィアスは聖鎧の探索の他に、他に道ができてない事を確かめるべく命令を下した。


 他にも道があれば、南の、いや、海沿い全てを壁で覆う必要が出てくるかもしれない。


 脳裏に嫌な想像が膨らむ。


 敵は地上を通ってきた。


 だがもし、人間が、餌が居ると知って海を渡れるとしたら?


 人員が足りない。


 今いる兵力では、海岸線全てなど到底無理だ。


 ここまで来る間は、途中で異形のモノや聖鎧に出会うことでの全滅が頭を占めていた。


 迂闊と思いつつも、なんとかしないといけない。


 壁の上からの監視。


 各地に配置するとなると、大規模な配備になるだろう。


 今は取り敢えず壁の建設を再優先に、道を確認する兵に海も注意せよと命じた。


 杞憂であればいいが。


 剣を握る手に、妙に汗をかいてるのを感じた。


 レイモンドが洞窟を出てから倒した異形のモノは数体。


 恐らくは聖鎧から逃げ延びたであろう単体ばかりだ。


 レイモンドは聖鎧の事を知らず、ただ、行軍の取りこぼしと思っている。


 そして、レイモンドの体。


 何匹もの異形のモノを相手にし、幾つもの傷を負い、体中が角質に覆われてる様な状態。


 人が見れば、まるで甲虫だ。


 異形のモノとはまるで違う。しかし、どこか共通する様な部分がある。


 そして、レイモンドは戦いに慣れてきていた。


 視界に入るやいなや姿勢を低くし、その手刀で異形のモノの足を切り裂く。倒れた異形のモノはもがき暴れるが、しかし胴体

部分は無防備。そこにトドメの一撃。


 人間と同じく頭部に思考の部位があるらしい。いくつも頭部があるものは解らないが、頭が一つのものであれば頭部を破壊

する。


 聖鎧の姿を知らない者がみれば、レイモンドが聖鎧に見えるかもしれない。


 人間の力が及ばぬ相手を瞬殺していく。


 切り裂き、貫き、引きちぎるたびに返り血の様な体液を浴び、傷を追う度に体は強くなっていく。


 時に素早い異形のモノもいた。


 レイモンドの攻撃が当たると同時に、異形のモノの爪もレイモンドにえぐり込む。


 物凄い勢いで吹き飛ばされ、しかし、えぐられた場所、飛ばされて打ち付けた場所が強化される。


 治癒は一瞬。


 レイモンドは既に察していた。


 俺は人間じゃない。


 化け物だ。


 なんだって良い。家族を助けられるのなら。


 レイモンドに攻撃を与えるも、しかし、異形のモノも致命傷。立ち上がることはない。


 直ぐに次の敵に向かう。


 敵が何処にいるかなんてわからない。とにかく走る。


 町の周辺を全て、そして、異形のモノが行くであろう全てで戦うつもりだった。


 体は既に人の形をした甲虫。


 森を駆け抜け、ヤブが、棘が、肌にかかっても傷ひとつ付かない。


 駆け抜ける速度もまた、人外。


 まるで跳ねまわるように駆け抜ける。


 海岸に近づくほどに、異形のモノの残骸が増える。


 行軍の一部隊でも居るのだろうかと思えるが、異形のモノしか見えない。


 遠くから見れば、レイモンドもまた異形に見えるだろう。


 体中に甲羅を纏い、そのこぶしで異形のモノを屠って行く。


 同士討ちに見えても仕方ない。


 居た。


 動いている異形のモノ。


 しかし様子が違う。


 異形のモノは、何かに向かって攻撃している。


 それが遠くからでもわかる。


 何かとは、人とは違う何か。


 レイモンドは構わず突っ込み、異形のモノを殴り飛ばす。


 不意の攻撃だったためか、異形のモノは成すすべなくレイモンドに斬り裂かれる。


 感覚は既に麻痺している。


 レイモンドにとって、異形のモノは既に恐怖の対象ではなく、的。


 恐怖に怯えていた時には死の合図だった爪の攻撃も、ただ単に緩慢に振り回されるだけのもの。


 多勢に無勢ではあるが、密集すればするほど、異形のモノの動きに制限が付く。


 懐に入りさえすれば、レイモンドのこぶしが敵を貫く。


 僅かな時間で異形のモノは倒され、そこにはレイモンドだけが立っていた。


 気になったのは、異形のモノが攻撃していたもの。


 レイモンドに攻撃を受けながらも、異形のモノは最後までソレを攻撃していた。


 トカゲのような、ソレにしては大きい。そして、それは痙攣するかのように震えている。


 異形のモノの別物か。


 レイモンドは、そのトカゲの頭を殴った。


 いや、殴ろうとした。殴ろうとしたこぶしが空を切り、地面にめり込む。


 次の瞬間、腹に違和感。


 やばい。


 後ろに飛んだが、だいぶ腹の肉を斬り裂かれた。


 異形のモノに攻撃されていたから動けないと思った誤算。


 今までは腕や足。相応に傷を負ってはいたが腹は初めてだった。


 最初の異形のモノに叩き潰された恐怖の記憶を思い出してしまう。


 こいつは危険だ。そう感じる何かがある。


 よろよろと頼りなげに立ち上がるソレは、レイモンドから視線だけははずさない。


 人で言えば動くのもやっとだろうという様相。しかし、先ほどの回避と攻撃は、異形のモノを遥かに超えている。


 体に異変が起こってからの、初めての難敵。


 異形のモノの上位か? それとも、別の何か?


 普通の人間ならば、こいつはこの状態でも難なく殺すだろう。


 放っておくわけにはいかない。


 レイモンドが僅かに動くと、ソレに反応したかのように敵も僅かに動く。


 異様な緊張感が、静けさの中で交差している。


 動けない。動けば、危険。そう感じる何かが有る。


 海の荒れる音も、風の巻く音も、どちらもレイモンドには届いてない。


 目の前の敵だけが、レイモンドの五感を刺激している。


 戦っている時よりも激しい消耗。


 向かい合っているだけで、命を削られていく感覚。


 しかし、その永遠にも感じた時間は、突如として崩れた。


 敵が、まるで乾いた粘土細工のように、崩れ始めた。


 崩れ落ちた欠片は、砂のように更に崩れていく。


 なんだ。何が起きている?


 砂のように崩れるのも、何かの攻撃か?


 離れていく。いや、ジリジリと自分が後退していた。


 崩れきった敵の中に、妙な箱。


 近づくのも危険な気がする。


 八角形のそれは、聖鎧。だが、それをレイモンドは知らない。


 人を飲み込んでいた時は巨大だった聖鎧は、なぜか小さな小箱の様な大きさになり、そこにあった。


 息を呑みつつも、慎重に近づき、崩れ去った敵を確認する。


 ただの砂だ。


 何の変哲もない砂になっている。


 下手に吸い込まないようにと口を抑えつつ、レイモンドは四方に視線を巡らす。


 こいつみたいなのがまだいれば、敵を倒すのにも時間はかかる。


 探しだし、倒す。全ての異形のモノを倒して、みんなの安全を勝ち取る。


 レイモンドはまた走りだし、その場をあとにした。


 聖鎧は異形のモノを倒し続けて、最後まで戦った。


 だが、それを知る者は居ない。


 レイモンドに看取られながらも、しかし、聖鎧とは知られず、敵として向かい合って崩れた。


 聖鎧は、最初に浜に打ち上げられた時のように、ただそこに有った。


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